モブBだから勇者を助けたい
「・・・なんで俺、生きているんだろう」
俺は今都内のとあるビルの屋上に立っている。まあ、ビルの屋上って時点で勘のいい人は察することができるだろうが、そう、俺が今、ここから自分の身を投げようと思っている。
なんで俺がこんな決断をしたのかといえば、まあなんだ。簡単に話をすれば人生に疲れてしまったんだよ。こんなことを言ってはいるけど俺はまだ30にもなっていないんだけどね。
でもさ、自分の生きている意味ってなんなんだろうな。小中高と親に、周りの大人に言われるままに勉強してそれなりの大学に入って、そしてそこでもまた必死に勉強して、勉強とバイトに明け暮れていたから当然みんなが思うような青春というような出来事なんて何もなかった。当然、彼女なんてできなかった。そしてなんとかそれなりの会社に就職して、就職した理由もなんとなく、友人に誘われるままにインターンに参加して企業説明会に参加してなんとなく一つ選んでESを出した。
そこでもまた勉強の連続。適当に選んだから自分が今まで大学で勉強してきたことと何も関係がないところになった。だから日々の仕事を覚えるのがとても大変だった。でもそんなことはどうでもいい。ああ、そういえば、社会人になってしばらくして彼女ができたんだ。そのあたりには俺も少しづつ慣れてきたから人生いい感じになってきたなって思えてきた頃だったな
そして、どこで間違えたんだろうな。思い返してみても思い当たることなんてないんだけど。それでも、現に今俺はここにいる。ふとさ、あるときに気がついてしまったんだよな。まわりの同期たちのスペックの高さに。そいつらは俺よりもかなり優秀で人柄もいい奴らばっかりだった。ここだけ聞けば「なんだよいいじゃん」って思う人間もいると思う。俺だって思う。でもさ、少し考えたらわかるだろ?優れたやつが同期にいるってことは当然俺と比較されるってことなんだぜ。
俺は比較され続けた。でもここで要領のいい人間は上手いことするんだろうな。でも、俺はできなかった、今までただ我武者羅に頑張ることしかやってこなかった俺にとってこういうときのいいやり方ってやつが全くわからなかったんだよな。
つまり何が起きたのかっていうと、頑張ればいつか追いつくと信じてただただ頑張ることを続けた、睡眠時間を削り、日々の仕事を一生懸命取り組んだ。でも、俺はそこで突きつけられたんだ。天才との『差』ってやつを。俺はどんなに頑張っても同期の天才たちに追いつくことができなかった。だからもっと努力して・・・そしてあるとき、フッと気がぬけたんだろうな。仕事でミスをしてしまったんだ。
そこからはもう早かったよ。あっという間に転落してしまった。どんなに頑張っても何にもならないってことを押し付けられれ、俺はもうなにもする気が起きなかった。そして知ってしまったんだ。うちの同期の一人が俺の彼女と付き合っていることを。ま、要は俺は捨てられたってことだな
「だからもう、俺はこの世界に未練なんてないよ」
仕事もダメ。プライベートもダメ。そんな俺は生きている価値があるのだろうか。もうどうしようもないと思ったから俺はここに来て身を投げ命を絶とうと思う。
「さあ、あとは飛ぶだけだ」
今日は風がそこまで強くない・・・だからそんなに高いところにいるっていう感じはしない。ま、まあ少し怖いというのは否定しないよ。でもさ、怖くても、俺は決めたんだ。決めたからには、もうやらないと
「親にも・・・特になにもないな」
友人も、いない。勉強ばかりしていた俺にはそういった存在なんていない。そして親も。もちろん生きてはいるけど、俺が病んだと知るとすぐにやれ俺の努力が足らないだのみんな同じだの言ってくる。そんなこと俺だって知っているんだよ!でも、なにをすればいいのかわからないんだよ!本当はさ、誰か友人がいてその人に話すことができたのならきっとなにか変わったのかもしれないな。
ま、全ては仮定の話だ。イフの話をしたって仕方がないしな。ウジウジしたって仕方がない、それ!飛び降りよう。3、2、1ごー
こういうのは勢いが大事だからそのまま走って飛び降りる。パラシュートなんて洒落たものは持っていないから待ち受けるのは地面に激突する未来のみ。このビルの高さはおよそ100メートルだったか?で重力加速度が9.8km/gだからえっと地面に到達するまでの時間は・・・って何で僕はこういうときまで計算しているんだか。習ったことを最後まで生かしたいってね。
さすがに怖いから目を瞑る・・・?あれ、衝撃がやってこない?どういうことだ
恐る恐る目を開けるとそこは見慣れた都会の景色ではなく、あたり一面白い世界だった。ああ、これは死後の世界ってやつか。痛みなしに来ることができるのはありがたいな。
『いいえ、そうではありません』
「んへあ!」
いきなり声がかかったから驚いてしまう、声のした方を向けばそれはそれは美しい女性が立っていた。生きていた時には決して見ることがないくらい美しい。思わず見とれてしまう
『***よ。あなたは死んでしまいました』
あ、こ、これはもしかしたら今話題の異世界転生とかじゃないのだろうか。死んでしまったらなんだかおかしな空間にいて神様からチートの能力をもらって異世界に行ってハーレムを築くことができるってやつ。やったぜ。
『いいえ、残念ながらあなたはそんな主人公みたいなことはしません』
「え?」
『だいたい諦めたあなたにそんなチャンスが与えられるわけがないじゃないですか。なに夢見てるんですか』
あれ?なんか予想とちがう。まあ別にそんなこと期待したわけじゃないから問題ないんだけどさ
『ただまあ転生はしますよ』
「え?本当ですか?」
チートがなくても結局何やかんやで活躍する人たちがいることを俺は知っている。生前の知識を使うことでなりやがるってやつだな
『はあ、だから言ったじゃないですか。あなたにはそんなチャンスが与えられるわけがないと』
「どういう意味ですか?」
『あなたは世界の主人公じゃない。だからそんなおいしい展開などないのですよ』
「そうですか。ならしょうがないですね」
『・・・』
美しい人、名乗ることはなかったから女神様と勝手に呼ぶことにする。女神様は何かを言いかけたけども結局なにも言わなかった。
『***。あなたが***の***になることを祈っています』
目を覚ます。ああ、これが俺の肉体か。そして俺はこの世界で2度目の人生を楽しむことになった。
そんなある日のこと
「勇者召還?」
「ああ、なんでも王都の方で行われたらしいんだ。」
ふうん、勇者召還ね。多分地球から誰かが送られてきたんだろうな。
俺はこの世界に転生されてからもう20年という月日が経った。チートを得られないという女神様の言葉通り俺はなにも能力を得られなかった。まあだからどうということはない。どうせ俺はモブな人間だからな。地球にいた時でさえ俺は常に誰かの踏み台だった。天才たちとの差に嫉妬し、恐怖しそして諦めて生きていたからな
そんな風に俺は特になにもきにすることなく、いつも通り、モブとしての生活を続けることにした
そんな生活が崩れたのはいつだっただろう。それは勇者が召還されてから2年という月日が経った時か。俺は風の噂で勇者が魔王に勝ってそして闇落ちしたと聞いた。
「闇落ち?」
「ああ、なんでも私利私欲にまみれてお姫様に迫ったとか」
「そうなのか」
でも。俺はここでよせばいいのに疑ってしまったんだ。まああれだ。前世でたくさんの小説を読んできたから当然復讐ものだって読んでいるんだ。そういうのって大抵王族がクズで勇者が魔王を倒した後に人気になりすぎることを危惧して陥れようとしたってやつだろ。今回のがどちらなのかはわからないが、俺はここで疑ってしまったんだ。
でも、疑ったところで、俺にはなんにもすることがない。なにもできないと言った方がいいだろうか。どうせ俺はモブなんだ。だからなにもできない。そんな風に思っていたある日のこと
闇落ちの噂を聞いて二ヶ月後のとある夜。俺はなんともなしに外を歩いていた。なんで歩いたのかはわからない。でも、それがすべてだった。
いくら魔王が討伐されたからといってこの世界から魔物がいなくなるわけではない。普通に彼方此方で生活をしている。そしてそれは俺が住んでいる村の近くでも同様のことであった。
「うわあああああああ」
だから、俺はたまたまそこにいたゴブリンたちに見つかってしまい追いかけ回されていた。なんと不運なことであろうか。
走り回っていると目の前に人影が見えた
「おーい、そこの人、助けて・・・いや逃げてくれ、ゴブリンたちに追われているんだ」
最初は助けてもらおうと思ったけどよくよく考えたらこの村にそんな戦闘能力の高い人はいない。つまり俺と同じで無力だ
「・・・***」
「え?」
その人がなにかつぶやいたと思ったら何かが俺の横を駆け抜けていった。みれば腰につけていた剣を抜いていた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう」
人物にお礼をいう。みたところ、俺よりも少しくらい若い感じか。なんていうか、どこか見たことあるというか落ち着くというか・・・わからん。
「本当に助かった?見たところ旅人のようだが、よかったらウチに来ないか?お礼として食事でもしたいんだが」
そういうとその少年は少し驚いて・・・そして悲しそうに
「いえ、遠慮します」
「そ、そうか?まあ無理にとは言わないさ。俺はそこの村に住んでいる***だ。せめて名前でも教えてくれないか?」
「それは・・・」
「それも言えないのか?まあ助けてくれたし、べつにいいけどな・・・あ!」
そこで俺は思い出してしまった。なんで思い出してしまったのかわからないけど、見たことある理由を思い出してしまった。王都から送られてきた勇者の手配書。それと同じだった
「!」
俺が気がついたことに気がついたのだろう。すぐさま距離をとって警戒するように俺の方を見てくる。さっき俺を助けてくれたことからわかるようにどうやら『勇者』としての意識があるようでむやみにこちらを傷つけようとは思っていないみたいだ。
「ああ、待ってくれ・・・その、あれだ。君が日本人だという・・・いやだめだえっと、その」
だめだなんて言ったらいいのか言葉が出てこない。でもさっき落ち着くといった意味がやっとわかった。やっぱり俺の故郷は日本みたいで日本人に出会えたことで落ち着きを覚えたんだろう。
「ど、どうして・・・」
そっか。この世界に地球から転生したのは俺と君のみ。だから当然地球に存在する名前は誰も口にしなかった。それが突然であった男に言われても困惑しないわけがないよな。
「話せば長くなるんだけど、要は俺が前世は日本人だってことだ。この名称を知っていることがその証明だと思うが・・・もし不安なら幾つか質問に答えよう」
「えっと・・・」
悩んでいるな。まあそりゃそうか。だから俺はしばらく待つことにした。落ち着くまで時間かかるだろうし。もちろんモンスターに襲われる心配はあるが勇者がいるし問題ないだろう
「わかりました。あなたの言うことを信じます。それで僕をどうしようっていうんですか?」
そのあと、幾つか質疑応答をして、勇者は完全に俺のことを理解してくれた。さて、ここからが本題だ。俺の目的ね・・・なんでこいつに話しかけたんだっけな
「まああれだ。俺は前世の知識があるからよ。勇者が騙されるなんて小説も読んだことがあるからな。それにお前が噂されるような悪い奴に思えないしな」
そう、こいつは躊躇うことなくモンスターを倒してくれた。あの距離なら俺を見捨てて逃げることだってできたのに。勇者としてそういうことをしてしまうのかもしれないがそれでも俺にとってはそれがすべてだ。
「そうですか」
「まあなんだ。せめて食事でもどうだ?別に泊まらなくたってもいい。腹空いているだろう?」
さっきからちょいちょいお腹の鳴る音が聞こえてきたしな。さすがに空腹には抗えないみたいで素直にうなづいてくれた
そのあと、二人で食卓を囲む。誰かと食べる食事なんて久しぶりだなぁ。そんなことを思いながら食事を食べる。そして食事中に俺に対しての警戒心が薄れたのか、勇者はスヤスヤと眠りについてしまった。
「こいつが勇者ねぇ」
まだまだ若いな。俺がもし本当に勇者を狙うものだったらどうするつもりだったのだろうな。そんなことしないけどさ
その夜のこと俺はなんか眠れなくて起きていた。しばらくすると表の方が騒がしい・・・・?
「?これはどういうことですか?」
「おい***お前勇者を匿っているだろ!」
人が俺の家の前に群がっているから何事かと思い聞いてみるとそんなことを言われる。なんでかは知らないけどどうやらばれてしまったか。まあシラを切り通すか。
「知りませんよ。それでこんな夜遅くにこんな大勢で・・・でもうちにはいませんよ」
「知るか!ああでもこの近くに勇者が潜伏してるって言われたんだお前も捜索に加わってくれ」
「わかったよ」
そして俺は家に戻り、勇者を叩き起こす
「おい、起きろ!」
「んん?どうしたんですか!まさか闇討ち?」
「んなわけあるか。お前を探すためにこの村の奴らが探してるんだよ。だから起きて逃げろ」
「わかりました」
勇者を起こす。あとはどうすればいいのだろうか。えっと
「道はわかります。短い間でしたがありがとうございました」
「この村の裏に崖がある。そこから飛び降りたら多分巻くことができるだろう。お前さんなら落ちてもなんとかなるだろう」
「ありがとうございます。信じます・・・ですがさすがに落ちたらやばいのでそこで一晩過ごすことにします」
お礼を言って勇者は去っていく。さあて俺はどうしようかな
「おい、あそこにいるの勇者じゃないか?」
「やはり***の家にいたのか。おい***どう言い訳する?」
「言い訳なんてしませんよ」
俺はここで答える、この場所にいることで少しでも勇者の追跡人物を減らすことができたら・・・
「まあいい。お前にチャンスをやるよ。お前なら勇者がどこに逃げたのか知っているだろう?さあ答えろ」
「知らないよ」
「はあ?答えろや」
殴られるでも俺は口を割らない。・・・なんで俺はこんなにも強情なのかな。
「喋らないと裏の崖から突き落とすぞ」
「!」
まずい、そこには勇者が。しかしそれで顔色を変えてしまったのが悪かったらしい。
「おい、こいつの顔色が変わったぞ」
「ということは勇者は裏にいるんだな」
まずい。急いで知らせないと。俺は慌てて走り出す
「あ!待て!」
待てと言われて待つようなバカはいないよ。どこかで聞いたような言葉を思いながら俺はただひたすら走る
「!どうしたんですか?」
「間に合った!今すぐ逃げろ。もうすぐ追っ手が来る」
「どうして・・・」
「いたぞ!あそこだ」
「もういい***ごと撃て!」
話している時間はない。どうすればいいのだろう。てか俺がいるっていうのに普通に撃ってきているんだけど・・・こいつらには同じ村に住んでいるもの同士、温情とかはないのかよ
「すみません。あなたを巻き込んでしまって」
「気にすんな。・・・誰かのためってこんなにも清々しいんだな」
「うてー」
近くまで来ていたのか勇者に向かってたくさんの銃や魔法が向けられる。
「+++、お前だけでも逃げろ!」
俺はなんでこんなことをしたのかわからない。それでも気がついたら俺はー勇者をかばってそしてその衝撃で崖から落ちていた
ああ、そうか。どうして俺が見ず知らずのあいつにここまでしたのか。似ていたんだな。あがいてあがいてそれでも叶わなかった前世の俺と
「***さん!」
「お前は俺みたいになるなよ」
そしてそのまま俺は落ちていく。ああ、そのあとあの勇者がどうなったのかはわからない。それでもなんとかなったと信じている。だって勇者だもんな。それよりも。落ちた時の衝撃をどうしよう
来るべき衝撃に備えて俺は目を瞑る。でももう後悔はない。だって、俺はようやくー
ー自分で決めて動くことができたんだからな
今まで他人に流されて他人のことばっかり見ていた俺が最初でさいごに自分自身で決めたこと。なんでもっと早くに選ぶことができなかったのかな。
『ようやくあなたはあなた自身の主人公になれましたね』
どこかで聞いたような声が聞こえ、そして、俺はー
都内のとある地面に激突した。
『ー月ー日都内にて***さんがビルから飛び降り自殺を行いました。***さんの屍体は自殺の割に健やかな笑顔で死んでいました』