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短編

幼馴染はイケメンである。だがしかし

作者:

 ◇side A


 わたしの幼馴染はイケメンである。


 とある事情により十年以上同じ屋根の下で暮らす、一つ歳上の幼馴染を見上げてわたしはそう思った。

 同じ家を同じ時間に出て、同じ駅まで歩く。いつもと変わらぬ風景だが、毎朝「あぁ、こいつってやっぱりイケメンだわぁ」と思ってしまう。


 河宮聖かわみやひじり、十九歳大学生。恥ずかしいほどのイケメンネームだが、実物はもっとキラキラしている。だからわたしは眩しくて眼を細めてしまう。おかげで眼精疲労により、ときおり偏頭痛が起きるのが悩みの種だ。

 イケメン、男前、ハンサム、美男子などなど……。美丈夫を形容する言葉は数あれど、彼の美しさを余すことなく表す言葉を、わたしはまだ知らない。

 それほど麗しい美貌の幼馴染、河宮聖。

 だがしかし童貞だ。


 顔面偏差値の高さは、富士山を超え成層圏に達する。仮に今一番人気のアイドルや俳優と見比べても、彼に勝る者などいない。不死鳥と死んだザリガニ程度には差がつく。

 だがしかし童貞だ。


 加えてスラリとした長身と、遠近法に全力で立ち向かう小顔は国宝級のスタイルである。彼と写真に写る時は、軽く三メートルはバックステップする必要がある。

 というか、一緒に写ってはダメ。絶対ダメ。彼の隣にクリーチャーを発見して死にたくなるから。同じ人間に生まれてきてごめんなさいって、思わずひれ伏したくなる。


 そんな彼は今わたしの隣で髪を風になびかせていた。前下がりのボブが風の精よろしく舞っている。

 黒髪は絹のように艶やかで、朝日を受けて眩い。やかましい駅構内に、サラサラと清流のせせらぎが聞こえてきそうだ。お前は四万十川か? 日本最後の清流か?

 宝石のような瞳をふちどる長いまつげは、思わず漏れる感嘆のため息を受けてゆらゆらと揺れる。

 だがしかし童貞だ。


「かなた。昨日さ、久々に告られちゃった」


 聖の声がわたしの名を呼んだ。

 男みたいで好きじゃないわたしの名前ですら、美しく響かせる美声。彼の本性を知らなければ、ほとんどの女は呼ばれるだけで堕ちてしまうだろう。

『だがしかし』と脳内で突っ込むわたしの思考を、聖が遮った。


「可愛らしい子だったよ」


 なんとも珍しい。

 傾国の美男子たる聖に、畏れ多くも告白する女性は稀だ。わたしの知る限りでも数人しか記憶にない。普通の子なら、人間離れした聖の美しさに臆してしまうからだ。

 そんな聖が可愛いというのだから、余程だったのだろう。そうでなければ無謀というものだ。

 どんな子なのか気になるところだが、いずれにしろ聖にとっては初彼女獲得のまたとないチャンス。


「でもお断りしたよ」


 おめでとうを言おうとしたわたしに、聖は眩しく輝く歯を見せて笑った。

 煌めく笑顔でそんなセリフを言われると、大概の女は勘違いするだろう。私の為に!? とかなんとか。

 もちろんわたしは微塵にも感じない。


「だって、【バブみ】を感じなかったからね」


 艶っぽい唇からおぞましい単語が漏れる。

【バブみ】とは幼児が母親に甘える「バブー」という言葉と、【凄み】などの「み」をつけた造語らしい。


「僕を産んでくれそうなママにしか興味はない」


 わたしの呆れた視線を受けて、そして受け流して聖は力説する。

 俺の子供を産んでくれ、なら分かるが、俺を産んでくれとは意味がわからない。分かりたくもない。


 最近のアニメや小説など、創作物のヒロインでは母性が高いキャラクターが流行りだという。一時期のツンデレやヤンデレはとうに飽きられ、主人公の全てを無条件で受け入れてくれる、母性愛に満ちたヒロイン像が人気だとか。

 なんとも呆れる話だが、つまり聖が言いたいことはそういうことなのだろう。

 それならば【バブみ】とかわけのわからないものを追いかけるより、早々に母性力の高い女の子を見つけろと言いたい。


「違う。まるでわかっちゃいないね、かなたは。それに僕が能動的に動いたら、世間を騒がしてしまうよ」


 聖は遠い眼をしながらフッと笑った。と言うか笑われた。

 いや、だからわかりたくないんだって。


「……あとね、そんな女と付き合ったとしても、すぐに僕が……その、なんだ……ビギナーだとバレるよね? そんなのは耐えられない」


 なんと面倒臭い男なのだ。

 つまるところ、自分から理想の女の子を探す行動力はないのだ。しかも理想は変態的。そして童貞だとバレたくない。バレて恥をかきたくないから、ごもっともな(彼の主観)理由をつけて動かない。

 堂々巡りのドグラ・マグラだ。

 あとな、君はビギナーにもなってないからな。童貞と言え。誤魔化すな。


「……まぁそういう言い方もできるかもしれないけれど、日本語は同音異義語が多いからね。口頭では漢字も伝わらな……」


 うるさいだまれ。能書きはいい。

 わたしは口を尖らせてモゴモゴ言い訳する聖を遮る。


 道程と童貞を聞き間違えるバカはそうそう(・・・・)はいない。君だってわたしの言葉を「曹操はいない」と受信する電波ではないだろう。

 しょうもない事を言ってないで、さっさと彼女を作って欲しいと切に願う。最初は誰だって童貞なのだから気にするな。


「そんなのはインポッシブルだね。女なんて、すーぐ噂ばらまく拡声器じゃないか。どいつもこいつもスーパースプレッダーみたいなもんだよ。アウトブレイク起こされちゃかなわないからね。だから……」


 聖の口がわたしの耳に触れそうなほど接近する。

 吐息まで聞こえる距離だ。だからと言ってわたしはドキドキしたりなんかしない。


「だから、かなたが僕の初めてを貰ってよ」


 わたしは聖の顔を見上げた。きっとわたしの眼は冷たい光を放っているだろうに、彼は天使のように無邪気な微笑みを浮かべている。

 わたしなら童貞だということも知っているし、噂をばら撒かないと思っているのだろう。そしてわたしを踏み台にしようというハラだ。

 あ、ゴメン。やっぱりドキドキする。主に怒りで。

 自分の心臓の音でガヤつく駅構内の音が聞こえなくなる。


 落ち着けわたし。わたし落ち着け。

 大きく深呼吸をする。大丈夫。わたしは冷静だ。

 乗り込む電車到着のアナウンスがやっと聞き取れるようになる。


 わたしは《し》で始まり、《ね》で終わる二音の命令文を、ほんわりと微笑む聖に突きつけて踵を返した。





 珍しくわたしよりも聖の方が帰宅が早かった。幼馴染のやたらデカイスニーカーが威風堂々と玄関に鎮座している。大学に進学してからは、いつも帰りが遅かったので少し意外だ。

 腕時計を見てみるとまだ午後五時過ぎ。共働きの両親の靴はまだ無い。


 ただいまと言ってみたが、聖からの返事はない。虚しく廊下に響いただけだ。不安で心ならずも首を傾けてしまう。

 聖が先に帰宅している時は、阿呆な子犬のように駆けてくるのが常なのだが。

 今朝死ねと言ったが、まさか本当に死んでやしないだろうな。

 そんなことを思いながら自室の扉を開くと、へしゃげた彼の姿があった。

 いや、別に潰れて死んでいるのではない。が、潰れた蛙みたいに土下座を披露している。なんだ? 車にでも轢かれたのか? そういうのは梅雨時期にしとけよ。


「朝はごめんなさい」


 美しい土下座姿から、しおらしく声が上がる。土下座に美しいも何もあったもんじゃないが、聖にかかると、まるで日本舞踊の型のように見えるのだから不思議だ。


 しかしわたしは何に対しての謝罪なのか理解するのに、少なくともまばたき数回分の時間を要した。

 身に覚えがありすぎるのだ。

 当たり前のように、毎日毎日毎日エブリデイ迷惑を被っているのだから仕方ない。


 今でこそ通学先が違うからまだ良いのだが、去年までは色々と大変な思いをしたものだ。

 一昨年のバレンタインなどはその典型かもしれない。

 年に一度だけ許される(らしい)聖へのアプローチDAY。毎年繰り広げられるのは、乙女たちとホモたちとの阿鼻叫喚でカオスな地獄絵図。学校側もホトホト手を焼いていたらしく、なぜか対策とその実行をわたしに丸投げしてきたのだ。

 何故に? と冷たく目で訴えるわたしの視線から、生徒指導の先生が脱兎のごとく逃げ出したのは今でも解せぬ。


 結局わたしは二月十三日の放課後、体育館に大量のガイドポールを一人おっ立てる羽目になった。本来ならばその日は、好きな男の子にチョコレートの一つでも作っている大切な日だ。

 どうしてわたしが……という思いも確かにあったが、不思議と『まぁ、わたししかいないよなぁ。べっつに好きな人もいないしぃ。あ、ここ分岐させて行き止まり作っちゃえ』とか思ったりもした自分は、救いようのない馬鹿だ。

 さらに当日はアイドル握手会よろしく、いわゆる『剥がし』を担当するという八面六臂の活躍(教師談)だった。


 聖に渡されるチョコレートが手作りの場合は返却し(事情があったのだ)、ストップウオッチできっちり5秒カウントして剥がす。

 皆の視線が痛かった。完全に恨まれ役だ。熱視線で人を焼き殺せたなら、わたしはあの場で灰になっていただろう。

 特に手作りのチョコレートを持ってきた小柄で眼鏡の女の子からは、視線と言うか死線を感じたものだ。中学生くらいのその子は、綺麗にラッピングされた大きめの箱を胸に抱いて、キッとわたしを睨みつけていた。『あんた何様よ?』とレンズ越しにわたしに語りかけているようだった。

「幼馴染だが何か?」と言ったところで、わたしの苦悩は理解はされないだろう。

 聖の隣にいることの多いわたしは、妬みや嫉みに似た視線には慣れていた。それでも自分に向けられる負の感情に慣れはするが、鈍感になれるものでもない。

 だからわたしは自然と人付き合いを疎ましく思い避けてきた。


 そんな訳でこれ一件にとどまらず、わたしは聖と同居し始めてから今まで、数々のトラブルに見舞われてきたのである。亡くなった聖のお母さんとの約束がなければ、こんなポンコツイケメンなどとっくに見放していただろう。

 あ。思い出したら腹が立ってきた。後頭部でも踏みつけてやろうか。


「あの……かなたさん。頭踏みつけは、やり過ぎ感が溢れ出る感情」


 絞り出すような聖の言葉で我にかえる。

 確かに溢れ出る感情が行動に直結してしまったようだ。非暴力を標榜するわたしらしくもない。

 というか、やり過ぎ感が溢れ出る感情って何だ? 日本語でしゃべってくれ。


「暴力ヒロインはもう需要ないんだよ。何度言えばわかってもらえるのか……。今はバブれるキャラじゃないと駄目なんだ、かなた」


 やれやれといった感じで、ベッドに座るわたしの隣に腰掛けた。

 用事が済んだのなら部屋から出て行って欲しいのだが。自分の性癖をわたしに押し付けないでもらいたい。


「だってこんなことを言えるのかなただけじゃん? 『アーッ! 誰か僕を産んでくれーッ! ママー』とか外で言えないじゃん。普通引かれるでしょ?」


 ドヤ顔で言われても困る。わたしだって普通程度には引いてるからな。

 自分をさらけ出せる女の子を早く見つけておくれよ。


「そうは言ってもねー」


 宙を仰ぎながら情けない言葉を漏らす。

 心地よい低音の響きが、触れ合っている肩越しに伝わる。見上げると恐ろしく長いまつ毛が憂いで垂れていた。毎日見ているわたしですら惚れ惚れする美しさだ。外では爽やかを装っているので、人外級の人気が出るのもわかる気がする。

 確かに幼馴染はイケメンだ。だがしかし、そんなことはわたしにとってはどうでもいい事なのだ。ドキドキなんてしたりしない。


「もういっそさ、本当にかなたが僕を男として育ててくれないかな? いい案だとは思わない?」


 聖の細い指先がわたしの髪に触れた。


「かなたの髪、綺麗だよね」


 艶っぽく聖は言う。

 直毛すぎてロングにすると貞子的な何かになるから、聖とさほど長さの変わらないショートボブの髪。女としては高い身長と相まって、よく男と間違われる自分の風貌がわたしはキライだ。

 そんな髪を聖は綺麗だと言った。

 そして……砂時計すら時を刻むのを遠慮するほどの沈黙が流れる。


 で、続きは? はよ続きをよこせよ。

 ふいっと聖の視線が揺らぐ。

 ……。

 くさいセリフに少女漫画的なテクニック、どこで覚えた。

 付け焼き刃なのが見え見えだ。白々しく見上げるわたしの視線を避けるように聖の目が泳ぐ。できもしないバタフライを、必死こいてチャレンジするスイマーのように泳ぐ泳ぐ。


「ええーい! ままよッ!」


 とかなんとか言って、聖はわたしをベットに押し倒した。

 わたしの顔をまたぐように両手で突っ張って、まるで不自然な腕立て伏せのような状況だ。

 あのさぁ……。

 色々とおかしいだろ。というか、おかしい事しかないだろ。そっと押し倒すならわかるが、ベットのスプリングで跳ね返りそうになるのは問題だぞ。

 まず雰囲気すら作れてない場面で、この状況は事案物だ。「おまわりさーん、ここでーす」って言われても文句は言えないぞ。

 あと「ええーい! ままよッ!」はないだろ、どう考えても。


「じゃ、じゃぁどうしたらいいんだよ!? それに、胸が『むにゅ』とかしないゾ!? ゴワって……ゴワって!」


 泣きそうな声で言うものだから、わたしは笑いそうになった。

 なったが、お前……どさくさに紛れて触ったのか? おまわりさーん。おさわりさーん、ここでーす。


 それにゴワつくのは下着のせいだ。胸がちっさいからじゃない。と思いたい。

 童貞はこれだから困るのだ。普通下着をつけた胸を触っても、漫画みたいにむにゅっとかしないからな。ゴワっという感触と、せいぜいレースのザラザラした感触がするだけだ。


 それにしても今日の聖は様子がおかしい。今まで子犬のようにじゃれてくる事はあったが、変にオトコを出してくる事なんて無かったのだが。

 今後もこんな事があっては、同じ屋根の下で暮らすにも不安がつきまとうというものだ。

 一体何があったのだ?


 口ごもる聖に「貞操帯を装備させるぞ」と脅したら、しぶしぶ話し始めた。


「昨日告白してきた女の子に、『あなた、ひょっとして……』って言われたんだ。女慣れしてないのがバレたかもしれない。薄っすら笑ってたし」


 なんだそんな事かと思ったが、それとコレとでなんの関係があるのだ。


「だから、手っ取り早く……」


 にへらと笑う聖に鉄槌を下し、部屋の外へ蹴り出す。

 ひどい話だ。十年間一緒に暮らして兄妹のように育った幼馴染のわたしを、自分の都合だけで利用しようというのだ。

 仮にそう思っていたとしても、もう少し女心とかわからんもんかね。


 そう思った瞬間、自分でも『ん?』と思ったが、とりあえず頭の隅にそっと追いやった。



 ◇side B



 新緑をかすめて過ぎ去ってゆく風は、僕の頬を軽く撫でて駆けてゆく。

 見えないものを追いかけて視線を流すと、視界の隅ではチェックのミニスカートが揺れていた。スローモーションのようにひらひらと舞い、白い太ももがちらりと見える。


 どこかで見たような光景だ。まるで運命の出会いを演出されているようで気持ち悪い。出会い系のスパムメールみたいに、開かず削除可能ならどれほどいいだろう。


「私、桃園のどかと言います。聖くん覚えてますか? 私のこと」


 まるで物語の冒頭だな。

 他人事のように僕は思った。


 凛と響く高い声の少女が僕を見上げている。かなたよりだいぶ身長が低い。180センチある僕の肩に満たない。

 至近距離から見上げているためか、それともわざとなのか。上目遣いで微笑む様は、恋愛慣れした者のテクニックに見えてあざとい。


「ごめん。どこかで会ったかな?」


 内心を滲ませて酷くつっけんどんに返す。

 女絡みは面倒だ。声をかけてくる女性をいちいち覚えてはいない。不用意に優しく接して、見当違いに勘違いをされても困る。


「憶えてないかな? 二年前のバレンタインの時、受け渡し会場にいたんだけれど」

「会場? あぁ。あの時の」


 あの時()僕はかなたしか見ていなかった。自分のことだし手伝うと言ったのだが、「座ってろ」と威嚇されてしまった。アレは内心楽しんでいたのではないだろうかと思う。

 無表情でテキパキと動くかなたの姿が脳裏に浮かんで、思いがけず口元が緩む。前日に深夜まで一人で【剥がし】の練習をしていた姿は……なんと言えばいいのだろうか。言葉にできなくて悶えそうになる。

 あの日の記憶なんてそれだけで充分だった。欲しくもないチョコレートを手渡して、目の前を通り過ぎていく女性たちを、僕は正直微塵も覚えちゃいない。

 どうせ彼女らも、僕の見てくれしか興味ないんだからお互い様だ。


「悪いけど覚えてないね」


 何某なにがしさんは唇を噛んで悔しそうにうつむく。

 可哀想ではある。しかし申し訳ないが僕の愛想は、かなた一人分しか用意さていないんだ。

 調子に乗った酷く傲慢な男だと思ってくれたらいいさ。あながち間違っちゃいない。


 立ちすくむ彼女の脇を通り過ぎようと一歩踏み出す。


「……んばったの! この二年間。私なりに!」


 絞り出すような声に驚き足を止めた。

 泣いているのかと思ったが、そうではなさそうだ。自分のつま先を睨みつけるような、同時にすがりつくような。

 あたりの空気が不穏に色づいた。


「君が私のことを知らなくっても、私は君のことが好き。大好き!」


 まるで言霊だ。

 揺さぶるような力がある独白だった。

 ただし、所詮は独白だ。僕のことなどお構いなく捲したてる。

 残念だが、届かないよ。


 たっぷりの沈黙は僕の返事を待っているのだろう。

 こんな時、僕の返事は決まっている。


「僕はーー」



 ◇side A



「かーなたッ!」

「ヘブッ!?」


 ソファーで横になってテレビを見ていると聖がダイブしてくる。いつものことだが、いつにも増して勢いが凄い。


 それにしても腹へのダイブはやめろ。変な声が出たぞ。

 それに愛情表現を通り越して痛恨の一撃になっているのだが。まるでクソでかい犬がじゃれてきているようなものだ。一歩間違えば襲われているようにしか見えないぞ。


「だって襲っているんだもん」


 あどけない顔で言う。


 そうか……

 そうなのか!?


 思わず聖の顔を見返す。


 だがちょっと待ってほしい。

 こいつの襲うとは文字通りの不意打ちでしかないのだぞ、かなた。

 変に勘違いするな。


 私の幼馴染はイケメンである。

 だがしかし……そんなことはきっとわたしには

 残念ながら関係ない話なのだから。



 それでも私は思ってしまう。

 聖に彼女ができたなら、私との関係はどうなってしまうのだろう。


 今の私は聖の幼馴染で、姉風味の妹みたいなもので、その実母代わりみたいなもの。

 聖に愛する女性が現れたなら、私は幼馴染として、姉として、妹として一緒に喜んであげれるのだろうか。それとも母親のように、若干の寂しさと嬉しさの狭間で揺れ動くのだろうか。


 私はそんなことを考えてしまうのに。腹の上でうたた寝し始めた聖の、みょうに幸せそうな顔がムカつく。ムカつくというか、聖の頭の重みがずっしりの腹の少し上。そこがチクっと痛い。


 なんか分からんが殴っておこう。


「いたっ! 何!?」

「べつに」


 私の幼馴染はイケメンである。


 だがしかし、そんなこと、私には関係がない。

 イケメンだろうと、ブサイクだろうと、母親は愛せるのだから。








かなたは幼馴染としても、姉風味の妹としても、母親としても聖を受け入れた最強のバブみさんですが……

残りただひとつ、異性として受け入れられるのはいつのことなのでしょう。


幸あれ

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