エセ長靴をはいた猫
ある貧乏な若者は、
農家の令嬢と結婚することができました。
令嬢といいましても、若者とは年が2回り以上はなれていましたが、
年の差なんて関係ありませんね。
才気に溢れた若者は、
農家の溢れた土地を売り払い、
それを元手に商売をして、
働いて、働いて、働いて、
お金持ちとなることができました。
そんな幸福のつかの間に、
彼の奥さんは、3人目の子供を生み、
その後しばらくして死んでしまいました。
死因に不審な点はありません。
ただ、高齢の彼女に子供を生ませ続けただけなのです。
農家のご令嬢は安らかに亡くなりました。
その頃の死者の弔い方は天葬、いわゆる鳥葬でありまして。
まず鳥葬職人など道具を使いまして全身の骨を砕き、
食べやすくしたあと山の祭壇置かれます。
鳥葬といいましても、群がるのは鳥ばかりではなく、
様々な動物も集まります。
肉食動物から、草食動物までありとあらゆる生物です。
「人の肉を食べるといつか人間になれる」
そんなとても可愛らしい言い伝えがありました。
だからこうして天葬に色とりどりの動物が集まります。
その色の中に、
子供の色が紛れ込みました。
彼女の3人目の子供。
まだこんなにも小さいのに、
白い象の背中に乗り、
亡くなった母親の元へと向ったのです。
しかし、
天葬職人の努力のおかげでまるで離乳食のように食べやすく、
数分も経たない内に子供の目の前で母親は消えてしまいました。
暖かな日差し、
動物さんたちはみんなその場でお昼寝をしました。
争うこともなく、みんな安らかな一時、
その風景はこの世の楽園の様。
子供は泣きました。
母親の姿が消えたからです。
動物たちは起きてしまいました。
ですが、怒ったりはしません。
子供が泣き止まない理由がわかったから。
動物たちは静かに立ち去っていきました。
後に残されたのは、
暖かい日差しと、子供の泣き声と、
小さな子猫が一匹。
3人の子供たちは全て男の子でして、
彼は自分の後継者として育てるため、
とても熱心な教育を行いました。
彼はいつも子供達に右手で天を、左手で地を指差させ、
「天上天下唯我独尊」
と言わせてから、子供達に帝王学を学ばせます。
子供たちも成長いたしまして。
自分で物事を感じ、
夢や目標に向って歩き出す年頃です。
若者は翼を持って大きく羽ばたく、
道をさえぎる壁などはなく、
大空へと飛び立つのです。
そんなわけで、
父親はぽっくりと死んでしまいました。
死因はまったくもって不審な点はございません。
ええ、もうそれは弁護士もビックリするぐらい。
天葬の後には多額の保険金と巨額の財産が残されました。
三人の兄弟は仲良く遺産を三等分いたします。
長男は企業の経営権を、
次男は家と土地と金品を、
三男には保険金を、
諍いを起すことなく厳かに分けられました。
三男の名前をシッダルタと言いまして、
彼は得た保険金を使い、
怪我をした動物を助け、
親を亡くした動物を養い、
飢えた動物たちに食べ物を与えていきました。
彼は動物たちに母親の命が宿っていると信じ、
最大の愛情をもって優しく接していきました。
巨額の保険金も、
広げてみれば微々たる物で、
数ヶ月も経たない内に受け継いだ遺産は消えてしまいました。
彼の回りにいた動物たちも、
人間と同じように、
また一匹、また一匹と消えていきました。
そして最後に残ったのは大きな猫。
猫の名をミミガーと言いまして。
かつてシッダルタの母親の肉を食べた動物の一匹。
「人の肉を食べるといつか人間になれる」
という眉唾な話を信じた猫。
しかし言い伝えは単なる伝説ではなく。
ミミガー自身にちょっとした奇跡が起こったのです。
何時の頃からでしょうか、二足歩行で歩けるようになり、
人間の言葉を理解ししゃべれる様になったのです。
これを奇跡以外の別の言い方をすれば、
化猫といった具合でしょう。
さて化猫ミミガー。
財産を失い貧乏になっても彼の元を離れようとはせず、
シッダルタを飢えさせまいと努力をいたしました。
ある時ウサギを殺し彼に食べるようにと差し出しますが、
シッダルタは一切口にしようとはしません。
ミミガーは「本当に僕ら動物を愛してくれているのだ」と感動しました。
いいえ。
事実は少し違いまして。
彼は調理したものでなければ食べられないのです。
魚であろうが、木の実や草木であろうが、
現物の姿をしたものを直接食べることができないのです。
ただの金持ち病でございます。
シッダルタは飢えました。
やせ細っていきました。
彼は菩提樹の木下で蓮の花を愛でながら、
静かに終わりを迎えようとしていました。
ところがどっこい化猫ミミガーちゃん。
シッダルタをそんな運命にはさせましぇん。
「僕に帽子と剣と靴をお与えください、
さすれば彼方様をもう一度お金持ちにして差し上げましょう!」
この言葉を信じたわけではありませんが、
シッダルタは着ているものを売り払い、ボロ一枚となりまして、
ミミガーに羽根付き帽子と小ぶりのサーベル、
そして長靴を与えました。
シッダルタの元を離れたミミガーは、
この国の王様に会いに行くことにいたしました。
王様の名前をルリ王と言いまして、
現在隣国のマーラ王と長きに渡り戦を続けています。
ミミガーはそこに目をつけ、
城下で「自分ならほんの49日で人食鬼マーラを退治して見せる」
と言いふらしました。
長靴を履いて人の言葉を離す奇妙な猫の噂は瞬く間に広がり、
敗戦色濃厚な戦争に終止符を打ちたいルリ王は、
猫の手を借りてワラを掴む気持ちでミミガーと会見することにしました、
ルリ王は尋ねました。
「さて、人語を話す奇妙な猫よ。いったいどのように悪鬼マーラを倒すというのかね?」
ミミガーは帽子を脱ぎ、会釈をしながら答えました。
「それは言うことはできません閣下」
「どういう事だ化猫よ。他の無能な輩と同じように、ワシを喜ばせるゴマすりの策戦を言って高給取りに成りたいのではないのかね?」
「殿下。私の計略が事を成せば死神マーラを49日で滅ぼす事は可能でしょう。ですが陛下、見ての通り私は猫でございます、人間とはずるがしこく名誉にこだわる動物でございますら、動物の知恵を借りたとはお認めにはならないでしょう。
私の策戦を聞くだけ聞いてはお払い箱、最後には煮て焼いて食われてしまう、それはゴメンでございます」
「それでは猫又よ、貴様は何をしたいのだ」
「ルリ王様、私に数名の部下をお与え下されば瞬く間49日で大自在天マーラを倒してご覧に入れましょう。そしてその地に我が主人シッダルタ様を国王として迎え入れるつもりです。私の欲しいものは彼方様の保証、シッダルタ様を王として認めて欲しいのです」
「そのシッダルタという輩は人間か?」
「人間でございます」
思案をしたルリ王はミミガーに、女と男の部下を1名ずつ与えました。
ミミガーは去り際に叫びます。
「ルリ王様、49日後に国境付近にお越しください、さすればシッダルタ様の王国をご覧に入れましょう!」
ミミガーは急ぎました。
小さな猫が、
たった49日で一つの王国を滅ぼさなければならないからです。
まずはシッダルタの元へと戻りました。
王様になるその日までに彼に生きて居てもらわなければならず、
そのため部下の一人、スジャータと言う女性に彼の世話を頼んだのです。
「スジャータ」ミミガーは人間に指図をしました「シッダルタ様に何か食べ物を作ってください、お肉とかは使わないで・・・そうだお粥がいい、乳粥を作ってくれ」
シッダルタの身体はすっかり弱っていて、
菩提樹の下で座禅を組む事も出来ず、腕を枕にして寝そべっていました。
「ミミガーよ」シッダルタは掠れた声で言いました「どうやってマーラを退治するかは知らないが、それはとても危険なことだ・・・やめなさい」
「大丈夫ですよシッダルタ様」
「いいからよく聞きなさい。この世は天上天下唯我独尊、人生とは自分が自分である事を知っていればよく、それ以上の望みはなくそれ以下の望みはない。私は今ここで死んだとしても私は構わないのだよ」
「でも・・・僕は構いますよご主人様! 大切な人が死んでいくなんて僕には我慢できません! 僕は彼方に長く生きてもらいたいからお金持ちになってもらいたいんです!」
「これは最後の忠告ですミミガー・・・私を見捨てなさい、そして自由に生きなさい」
「シッダルタ様、彼方様のお考えと僕の考えは一緒なんですね・・・お互いを大切に思って、生きて欲しいって思い合えるんだ・・・僕は・・・僕は・・・」
猫は涙を流しました。
「49日後にお迎えに上がります、それまでお元気で!」
シッダルタの三度の忠告を払いのけ。
ミミガーはマーラの国へと向いました。
攻略の一つとして、
部下の一人、アナンダという男をマーラの国に潜入させました。
国民にミミガー達の味方をするように説き伏せるための布教活動です。
マーラ国王は民衆に対して暴政を強いていたので、
この計略は簡単に事を運び、
シッダルタを王へと求める声が高まりました。
さて、問題はどうやってマーラ軍を打ち破るか。
ミミガーはたくさんの動物を集めました。
その昔、シッダルタに助けられた動物たちです。
ミミガーは叫びました。
「今こそシッダルタ様に受けたご恩をお返しする時だ! 私たちが力を合わせてマーラを討とう!」
動物たちは答えました。
「何故? 確かにシッダルタには恩がある、しかしマーラには怨みはない」
「そんなことはどうだっていい」
「良くはない! 人を一人殺すにも理由が必要だ」
「理由なんてクソ喰らえだ」
「理由も無しに殺生をするのは人間だけだ!」
「そうだ! そうやって僕らは人間に近づいていくんだ! マーラを倒せば、マーラの肉を喰らえば僕らは完全な人間になれるんだ!」
ミミガーは嘘を付きました。
人間がするような大嘘を。
動物たちは信じました。
マーラの肉を食べれば人間になれると。
こうして動物の軍隊が出来上がりました。
動物の軍隊はマーラの居城へと近づきます、
それはとてもすんなりと。
動物であるがゆえに警戒されず近づけたのです。
辺りは夜。
猫の夜目がが光り、
コウモリたちが軍団を誘う、
虎の爪で草花は切り裂かれ、
象の行進で木々は折れ、
それでも人は安らかに眠る。
獣の牙は月の光りで妖しく照らされ、
今か今かと待ち受ける、
鹿や蛇の嘶きは、
眠る人の子守唄。
軍団は止まる。
静寂。
ミミガーの号令。
「踏み荒らせェェェェェェェェェ!!!!!!!!」
サーベルを抜き放ち、
風に飛ばされた帽子も忘れ、
ミミガーはその長靴で走った!
スタンピートは朝方まで鳴り止まず。
49日後・・・
二つの国の国境付近で、
シッダルタとルリ王は出会いました。
共にミミガーの帰りを待っていました。
長靴を履いた猫の帰りを待っていたのです。
しばらくして、
馬車に乗ったミミガーが現れました。
ミミガーは声高らかに話します。
「ルリ王よ良くぞおこしくださいました。シッダルタ様、ここから先は彼方様の国でございます!」
ルリ王は信じられないといったような顔つきで聞きました。
「マーラは? 奴はどうなった!」
「ああ、あのお方」ミミガーは下っ腹を撫でながら「それでしたらご安心を、彼は小さく小さくなりまして、今私のお腹の中にございます」ペロッと舌を出す。
シッダルタとルリ王を馬車に入れ、
王城へと向いました。
まだ半信半疑のルリ王は、途中途中で民衆を捕まえ問いただしました。
「ここは誰の土地か?」
「シッダルタ様の土地でございます」
「貴様は誰の民か?」
「シッダルタ様の民でございます」
「あれは誰の城か?」
「シッダルタ様のお城でございます」
アナンダの住民への懐柔工作は成果を上げていた。
自分の居城よりも三倍もの大きさのある城を見て、
ルリ王は愕然とした。
そしてその中の豪華絢爛たるや・・・
クマや虎の毛皮が敷き詰められ、
鹿の剥製、
毛皮のコート、
襟巻き、
羽毛、
象牙細工、
城の中いたる所に動物の死骸、ではなく、高級品で埋め尽くされていました。
ルリ王は唯々感嘆の声を上げました。
「ミミガーよ、よくぞマーラを討ち果たした。よしッ! 約束どおりそなたの主人、シッダルタをこの国の王と認めよう!」
しかし、ルリ王の目は二人には向けられておらず、
死骸、もとい高級品にばかりに目を向けていた。
大層誇らしげなミミガー。
しかしご主人のシッダルタは弱った身体をスジャータに支えられながら、
喜びはせず、言葉も発せず、祈るように目を閉じている。
ミミガーはゴロニャンと甘えながら言いました。
「ご主人様、僕はやりましたよ。お金持ちになったんですよ」
シッダルタは目を閉じながら首を左右に振り言いました。
「ミミガー、君が何を行ったか私には解りました・・・私は自分が助けた動物たちよりももっとたくさんの命を奪ってしまったのですね」
「あ・・・でも・・・ご主人様、これでもっとたくさんの動物たちを救えますよ」
「それでしたら、もっともっとたくさんの動物を助けたかったら、もっともっともっともっと・・・たくさんのたくさんの動物たちを殺さなければ行けないということじゃないですか。世界中の動物達を助けたかったらそれこそ皆殺しですよ!」
「シッダルタ様・・・」
「命というものはむやみやたらに助けるものじゃなかったのです・・・私は命を助けるつもりで、弄んだに過ぎなかった。理解するには・・・悟るには遅すぎたのです」
シッダルタは涙を流しました。
子供のように泣きじゃくりました。
ミミガーには解りました。
もし自分がいなくなっても、シッダルタ様はあんなふうに涙は流してくれないと。
いや、
あのお方ならきっと流してくれる。
その流してくれた涙が、
僕にとってとても辛いもので、
治りはしない。
もう・・・元には戻らない・・・。
ミミガーはシッダルタの元から去っていきました。
その数年後、
ルリ王は軍を発し、
国は占領され、
シッダルタは放浪の旅へと出ました。
様々な人と出会い、
彼を慕う人はたくさん出てきましたが、
シッダルタは旅をやめようとはしませんでした。
数十年後。
ついにシッダルタも帰らぬ人となり。
その身体は本人の希望により火葬にされました。
自分の身体で動物に影響を与えたくないという願いだったのですが、
彼を慕う人たちによって遺骨は八つに別れ、
信仰の対象となっている。
やぁ
ニャア♪