壁ドン!
ドン!
激しい音が左耳の傍でした。耳の傍には先輩の大きな右手。音は壁を叩いた際の衝撃音。
そして、目の前には先輩の顔。息がかかるほどの近距離に迫っていた。
「俺と付き合えよ」
先輩は耳元で囁くように言った。その言葉に心臓の鼓動が高くなる。
「こ、心の準備が・・・・」
「関係ねぇーよ」
有無を言わさぬ迫力。さらに先輩に詰め寄られ、背中を壁につけたままの状態なので逃げ場がない。
「二度は言わない、俺に付き合え」
先輩の眼はマジだ。制服を着崩した格好はどこか不良っぽさを感じさせる。言動も同様だ。だが、その顔は下手なモデルや俳優よりもずっとイケメンだ。動悸がますます激しくなる。先輩の言葉に嘘はない。付き合う以外の選択肢はないのだ。
先輩に連れて行かれたのは校舎の裏の誰も来ない暗がり。ここなら人目につくこともない。そう考えてのことだろう。先輩は背を向けていた。イケメンで高身長の先輩は背を向けても威圧する空気を放っていた。
「欲しい物がある」
先輩は言った。その言葉を頭で認識する前に先輩はこちらに顔を向けて、手を伸ばした。
「や、やめてください」
拒否する間もなく、先輩の手は制服のポケットに潜り込む。そのまま中をまさぐる。こちらは動揺で声を出すことも出来ない。そのうちに先輩はポケットから手を出して、その下に狙いを定めた。
「やめてください!」
そんな言葉は先輩には通用しない。制服のズボンのポケットに手を入れた先輩は目的のモノを見つけて、ニヤリと笑みを浮かべた。
「何、隠しているんだよ。さっさと出せよ」
先輩は僕の財布を取り出して、中を探った。
「帰りに参考書を買うつもりで用意していたお金です。返してください」
僕は先輩から財布を取り戻そうとする。しかし、身長差がありすぎて、財布どころか、先輩の肘にも手は届かない。僕は男子の中でも背が低い方なのだ。
「参考書に人生を面白おかしく暮らす秘訣でも書いてあるのか?」
先輩は意地悪そうな視線を僕に向けた。
「参考書に書いていない愉しいことを、後でおまえに味あわせてやる」
相変わらず、身勝手な理屈だ。しかし、それでも先輩は約束を違えたことはない。強引で滅茶苦茶でも言ったことは必ず遂行するそういう人であった。
「心配するな、俺たち、友達だろ」
そう言って先輩は僕の頭に手を置いてグチャグチャにかき回した。僕は大きく逞しい先輩の掌に押しつぶされそうな迫力を感じた。心臓の鼓動がさらに激しくなる。まだ、壁を叩いたときの衝撃音が耳の奥で反芻していた。やばい、このままではどうにかなってしまいそうだ。
ふと我に返ると、先輩は僕に背を向けたまま、校舎の正門に向かって歩いていた。僕の手には財布が握られている。先輩は用のなくなった財布を投げ返すことなく、手渡ししてくれたようだ。
僕は中を確認する。お札はすべて持っていかれたようだ。しかし、小銭はちゃんと残されていた。これは先輩なりの優しさなのかもしれない。
僕は先輩の背を見つめる。夕闇が先輩の後姿をシルエットとして映えさせた。
「先輩、怖いけど、・・・・・格好いい・・・・」
僕はため息をついて、言った。行き場のない感情が込み上げてくる。僕の胸はキュンキュンと張り裂けそうなほど、高鳴っていた。




