第七話 水問題
「でもその話しだと……その女帝が、魔法をかける土地を代えれば良いんじゃないのか?」
「無理みたいです。女帝様の力には、制限があるらしくて、今の帝国領から離れると、力が弱まってしまうそうです」
『妙な話だな……その女帝ってのは何者だ?』
和己は色んな疑問を重ねて、そう質問する。今までの話しを聞く限りだと、その女帝は普通の人間ではないように、和己には思えた。
「聞いた話じゃ、この世界の大昔の文明の生き残りだそうだ。何でも不老不死で、何百年も生きてるとか」
「生き残り?」
『ていうと、お前らは、大昔からこの世界に住んでるわけじゃないのか?』
今までの説明を思い起こすと、この世界には緑の土地がほとんどないという。それはもしかして、この世界は既に滅んでいると言うことだ。
「はい、人妖という異世界を渡る怪物が、かつてのこの世界の命を、ほとんど食べ尽くしてしまったそうです」
『人妖? ああ、成る程ね……』
聞き慣れない単語が出てきたが、何故かジャックは、その言葉で納得したらしい。
「何だよ、その人妖って」
『そう言う怪物が、大群で沢山の世界を滅ぼしまくったんだよ。俺の故郷の世界にも出てきててな、俺たちの世界じゃワールドビーストって呼んでたが……。その人妖は、もういないのか?』
「ああ、鷹丸って奴が、最後の人妖を殺して、絶滅させたって聞いたぜ」
何かスケールのでかい話が出てきたが、どうやらその話は終わったようで、和己とジャックは安堵した。
『そうかい、それは良かった。俺が廃棄された間に、もう終わったんだな……。それでお前らは、何でこの世界にいるんだ?』
「私達の祖先は、昔人妖に追われて、世界を巡り回っていたそうです。この世界に来たときには、もうこの世界に人妖はいなくて、それに当時はまだ少しですが緑は残ってたそうで、それでこの世界に定住したんです」
「でもその緑もどんどん無くなって、しかも異世界を渡る力も無くなって……もう終わりかと思ったら、その女帝が出てきて救ってくれたそうだ。まあ実際は、さっき話したとおりだがよ。全くよ……実際は完全に役立たずの、権力のクズじゃねえかよ」
メガ達の祖先は、異世界を渡る民だった。最初に会ったときに、異世界人という話しをあっさり受け入れたのに、和己は何となく納得した。
「すいません……お話宜しいでしょうか?」
話しが一段落したところで、割って入ってくる者が現れた。
皆がそっちに振り向くと、今まで近くで話を聞いていたらしい村人の一人が、こちらに恐る恐るといった風に語りかけてきている。初老のホタイン族の女性である。
「どちらさんで?」
「私はこの村の村長で、ルシアと言います」
「村長?」
考えてみれば、ここまで村のことに関わって置いて、村の代表が何も言ってこないなんて事はない。
今まで最初に会った二人としか、村人とまともに会話してなかった和己は、そのことにようやく気がついた。
「これほどの恵みを与えられて、差し出がましく思われるかも知れませんが……和己様にお願いしたいことがあるんです」
「うん? 何だ? 内容によるけど」
そういう和己は随分機嫌が良さそうだ。最初は胡散臭げに見られたのに、今はすっかり村人達は、彼のことを信頼しているようで、和己も大分気分が良い。
「水の召喚をお願いできないでしょうか?」
「水? 飲み物ならまだいっぱい……ああ、そう言えば精霊野郎に、水やってなかったな」
『おうよ! やっと思い出したか馬鹿野郎!』
少し離れた所の、村の外れの方に植えられた木から、精霊の文句が飛んでくる。植えたばかりなのだから、確かに早い内の水は必要かも知れない。
「いえ、そうではなくて……畑にあげる水がどうしても欲しいんです」
「うん?」
聞けば、この土地は雨が滅多に降らず、畑の作物が上手く育たないらしい。かつての人妖の脅威はなくなったが、奴らに命を食い散らかした大地は、殆どが砂漠や荒野と化してしまったらしい。
またその災害の影響でかは不明だが、世界の気候も変化しており、今のこの土地の状況もそう。そのため農業用水の召喚を頼んできたわけだ。
「これって依頼に必要なことかな……」
『そりゃ必要だろう? お前が召喚した食糧も、いずれはなくなるぜ。こいつらが自分で食糧を作れる環境にしないと、お前一生帰れないんじゃないのか?』
「いや、そんなのどうしろってんだよ……」
『ここに緑を戻す必要があるな……。ここに雨が降らないのも、森が全くないせいじゃないのか?』
森林は水を吸収し、木の葉から蒸発させて、上空に雲を作らせる効果がある。確かに森を再生させれば、ここにも雨が降る可能性は充分ある。
だがそれを行う行程は、あまりに壮大で、何十年かかるか判らない。
「おいおい、冗談じゃねえぞ! そうしてる間に、俺も雨宮も、年寄りになっちまうよ!」
『それは大丈夫だと思うけどな……お前緑人みたいだし。まあ森を再生とまで行かなくても、水を無限に供給するシステムを用意してやれば良いんじゃないのか?』
「はあっ!? そんな方法あるわけねえだろ!」
召喚術で水を出すことは出来るだろうが、それを無限にということは、一生この土地にいなければならなくなる。
そんなのは、和己もごめんであった。
『意外とあるもんだぞ。俺の世界の技術に、そういうのがあった。大掛かりな転移装置でな、海の水を自動で濾過させて、海から離れた陸に転移させるシステムだ。俺のいた世界じゃ、1日ででかい湖が出来るぐらいの水を出せるのもあったな』
「おいおい、そんな夢みたいな装置……マジであんの?」
ジャックの身体が、少しかくりと揺れる。どうやら人間で言う、首を曲げて頷く動作に当たるらしい。
しかし今の話しは結構凄い。和己のいた世界の、各国の水不足など殆ど解消である。
「そんなもんがあるって……お前の世界って、かなりとんでもないんだな……」
『そうだな。まあ、殆どが別の世界の緑人共から、貰った技術だが。とりあえず召喚してみたらどうだ?』
「いやでもよ……そういうのって、かなり高級品なんじゃないのか? そんなもんで召喚しても、人が困らないもんなんてあるのかよ?」
『意外と大丈夫だと思うぞ。だって俺なんか……まあ、とりあえずやってみろよ。あのゲドが与えた力だ。多分信用できるだろうし』
さっきから説明するジャックの言葉には、聞き慣れない単語や、何故か違和感のある発言が多い。まあ今気にしてもしょうがない。
とりあえず和己は、全体的に違和感を覚えたことで、すぐにも聞く必要があると思ったことを、先に聞いてみることにした。
「お前、物知りなのはいいけどよ……随分協力的だよな? こっちの都合で勝手に召喚したのによ」
『うん? まあ、俺も折角スクラップから復活したんだ! この際、とことんやれることはやってやるさ』
「復活? まあいいや。それでその装置は何て名前なんだ?」
『日本語だと、濾過転水装置て言われていた。その超大型番って、指定してみたらどうだ』
「そうか判った……ん?」
今の発言でもう一つ気づいたことがある。今の自分も、この村のホタイン族達も、何故か当たり前のように日本語を喋っているという事実に。
「なあ、ジャック。俺やこいつらの言葉って、もしかして自動翻訳されてる?」
『いいや? 普通に日本語で喋ってるけど?』
「そうか……まあ難しいことはいいや! よし召喚!」
早速召喚を発生してみる。そんな高価な装置、本当に召喚できるのかと不安だったが、以外と上手くいった。彼らの目の前に、二つの奇怪な器具が現れた。