第六話 ホタイン達の事情
まあ色々あって、朝になる頃には、村人達の診察と、食品の品質調査は完了する。
あの後も、診察された者は無事であったことと、ちゃんと診察を受けないと命に関わると、半ば脅迫のような説得をされて、どうにか皆が納得してくれたのだ。
『お前が心配してる食中毒の件だが……特に何の問題も無いぞ。そういった症状の奴はいたが、それは以前からで、お前の出した食い物は関係ねえな』
「食べ物の方はどうだ? 腐ってる奴があったりしてねえか? ホタインは丈夫だから、腐ってても大丈夫だとか言う話は無しだぞ」
メガが住んでいるテントの中で、和己・メガ・セイラが、ブロックジャックの診察結果を聞く。
ちなみに外の方では、近隣の村人達が、話しを聞いて続々と集まっている。食べ物がもうすぐ無くなりそうなので、早く新しいのを出してくれと迫る者もいた。
『食べ物の方も問題ないな。むしろ普通に店で売られている奴より、鮮度が遥かに高いぞ。高すぎて、むしろ味が落ちてるのもあるぐらいだし』
「何だよそれ?」
鮮度がまだ充分残っているというなら判るが、鮮度が高すぎるというのは、廃棄品としては妙な話しであった。
「あれは廃棄品じゃなかったのか? てことはやっぱり、俺は現商品の窃盗を……」
『半額のシールが貼ってあったぐらいだし、それは大丈夫なんじゃないのか? まあ廃棄品でも、勝手に持ち出せば窃盗だけどよ。そんなことより、頼みたいことがあるんだが……』
「何だ?」
『ここで診察した奴らに、少々厄介な病気を抱えている奴らがいる。栄養失調の体力低下が、病気を悪化させてるみたいだな。今からたらふく食べさせても、恐らく間に合わん。かといって、こんな土地じゃ、薬の材料も手当に必要な機材も見つからんだろうな……。そこでそういった物を、お前に召喚して欲しいんだが……』
そういえば病気で動けない者もいるという話しがあったのを思い出す。
「それって俺の召喚と関係ないよな?」
『ああ、ないな』
「じゃあパスだ。俺の知ったこっちゃねえし」
即効で断る和己。全く迷いもなく、病人を見捨てる決断をしてしまう。これにはジャックだけでなく、メガとセイラも驚いている。
「ちょっと待てよ! あいつら皆大変なんだぞ! 薬を召喚するぐらいいいじゃねえか!?」
「でもよお~~もしその薬の材料に、うっかり古くなって駄目な奴があったりして、それをやっちまったら……」
『それは大丈夫だ。俺が厳密にチェックして、使えるかどうか調べるよ』
「駄目だ駄目だ! 万が一って事もあるし」
「そんな……和己さんは私達を救うように言われてきたんじゃ……?」
「俺が依頼されたのは、腹減ってる奴をどうにかしろってだけだ。病気の話しなんざ、俺は聞いてねえよ。まああいつが、またそういう依頼をしてきたなら、話しは変わるがな。そう言う場合、俺に力を与えて、そういう命令を出した、あいつに責任を押しつけられるしな」
あくまで万一の自身の保身を最優先にする和己。これに先にキレたのジャックであった。
『おい、お前いい加減にしろよ! 責任は俺が持つから、さっさと召喚しろ!』
「おい、何だよ、お前? 声が怖いぞ?」
『いいからやれ! 出ないとお前にはもう二度と協力しないぞ! こっちは勝手に呼び出されたクチだし、どうしても協力する義理なんてないしな。そういばお前、ゲドの奴に、力を与えられたって言ったな? その力が果たしてお前の身体に安全かな? もし変な副作用があっても、俺はお前を治療なんかしねえぞ』
「くう……判ったよ」
そこまで言われて、ようやく和己は了承した。そしてジャックに指定されたとおりの、原料をその場で召喚していく。
『お前さあ……優しい女と結婚するのが望みなら、まず自分が優しくならないまずいぞ?でないとすぐに離婚だぜ』
「余計なお世話だ!」
「あれが医者なのか? さすが異世界にはすごいのがいるんだな……」
「本当に息子の病気を治してくれるんですか?」
多くの人々の注目する中、大勢の病人や怪我人が一カ所に集められ、ブロックジャックが一人一人診察していく。
最初の食中毒検査のときに、彼らの病状は知っているために、事前に用意した薬を与え、患者や患者の身内に、何か小難しい説明をしていた。
「しかし……本当に大丈夫なのか? あいつの調合した薬……」
「ああ、今回の心配事は……俺も賛成だな」
和己は先程見た、ブロックジャックの調合風景を思い出す。ブロックジャックの一面の蓋がパックリ開く。前はマジックハンドが伸びていたあの蓋だ。
その中に、用意した素材を詰め込み、蓋を閉める。するとジャックの内部から、ガリガリとかき氷を砕くような音が聞こえてきたのだ。その後で、蓋が開き、事前に内蔵しておいた瓶に入った薬が出てきたのだ。
ちなみにその瓶は、先程村人が食べた食用品の瓶である。正直、まともに薬の調剤をしているのか、疑問であった。
やがて全ての診察と薬の提供を終えて、その場は解散。ジャックは和己の元に戻ってきた。
『よしこっちの用は済んだ。後は数日おきに、見て回る必要はあるがな』
「そうか、ごくろうさん」
かなりどうでもよさげに、和己は彼の言葉に頷いた。
『しかし、酷い状態だったな。お前らいくら丈夫な種だからって、こんな土地に昔から住んでたのか?』
「別に昔からじゃねえよ。俺たちは追い出されたんだ。帝国の奴らによ……」
ジャックの言葉に、メガが忌々しげに答える。どうも過去に良くない話があったようだ。
「そういや前にも帝国とかいってたが、そいつは何だ? お前らの敵か?」
「敵? ……まあ、そうだな」
フィクションでは、帝国という名称のつく国は、悪役であることが多い。もしかしたら彼らはその国から、侵略を受けたのだろうか?
「私達……二年前まで帝国に住んでたんです。レイン帝国って言う、ここからずっと北にある国なんですけど」
『住んでた? じゃあなんで追い出されたんだ?』
「口減らしだよ……最近あそこの土地も、大分厳しくなってきて、人口を減らす政策を立ててきたんだ。それで俺たちホタイン族は、野蛮で一番いらない民だからって、真っ先に追い出しやがった!」
聞くところによると、そのレイン帝国は、この世界で数少ない緑のある土地にある国であるらしい。緑があると言うより、緑を作っているのだが。
その国の長である女帝は、強大な魔道士で、その魔力で水を蒔き、土を潤わせて、多くの作物を育てさせて、国を繁栄させていたそうだ。
だが年月が流れるにつれて、次第にその土地に、作物が育たなくなってきたのだという。
「こういうことは昔から良くあったそうです……。何でも土地が悪魔の呪いをかけられて、作物が育たなくなったとか。それで畑の土を、何度も掘り返して、取り替えていたんですが、それもあまり効かなくなってきたみたいで……」
『悪魔の呪い? 大層な理由付けだな……。それは魔力による土の疲労だよ。魔法で強引に作物を育てさせると、当然こうなる』
「えっ、それって何です?」
「ジャック、お前原因判るのか?」
レイン帝国の農地劣化の原因は、当の帝国の間では、どこかの悪魔の呪いという設定であった。
だがどうやら、ここにいるジャックには、本当の理由が分かるらしい。
『普通の農耕でも、長い間同じ土地で作物を育てると、土地が疲れてしばし休まなきゃいかんが……魔法で急激に作物を生長させたりすると、その土地の疲れがめっちゃ早くなるんだよ』
「土地が疲れる? そんなことあるんですか?」
二人が初めて聞くらしい言葉に、驚いている。近くで聞き耳を立てている村人達も、かなり意外な事実だったようだ。
『当たり前だろ。畑も使い続けりゃ、土地の土質も色々変わってくる。いくら魔法で、土壌を良くしても、それもやがて限界が来る。むしろ後になって駄目になったときに、土の回復が遅くなっちまう。どうやらこの世界には、そういう知識が無いみたいだな……。その女帝って奴、魔法を使えば、楽に野菜を生産できると、調子こいてやり過ぎたんじゃないのか? まあその国のこと、俺もよく知らんし、憶測だがな……』
「それで食べ物がなくなって、お前らこんなところに追い出されたのか?」
その問いに、メガが怒り混じりで答える。
「ああ……あのクソ女帝、今まではどんな種族でもその命は平等だ!とか良いこと言って人気取りしてたくせに、食べ物がなくなってくると、手の平返して、俺たちを蛮族呼ばわりしやがって! “この土地に悪魔が入り込んだのは、獣混じりの蛮族が、この国に巣くっているせいかもしれない! 蛮族を全て追い出せば、悪魔を呼び寄せる汚れを取り除けて、神聖な純人に食糧を分け与えられて、一石二鳥だ!”てな……」
「うわっ……そいつはひでえな」
どうやらその女帝というのは、状況と自身の人気に合わせて、発言が右往左往する、駄目政治家のようだ。
ある意味、現実的な統治者とも言えるが。