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万能召喚士と恵みの女帝  作者: 竜鬚虎
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第五十五話 元帥の結末

 ガスが晴れ始めた街の中を、防毒スーツとマスクを纏って、姿が全く判らない男が、軍用ジープに似た車に乗って走っていた。

 この男の名はガイデル。毒ガス爆発の時に、鋼狩人のセンサーで確認したところ、敵は全員毒を浴びても生きていることを知った。すると彼は、ガスが晴れ始める前に、早々にあの場から逃走したのだ。


(死者がグールになるまでにどのぐらいの時間がかかるか? とにかくガスの散布範囲外に早く出なくては……)


 実は帝国全土が、ガスの散布範囲になっているのだが、ガイデルはそのことをまだ知らない。

 自分がグールに襲われる前に、早く逃げようと、人の少ない地区を通って、車を急がせる。だが普段車が通らない悪路で、思うようにスピードが出せない。

 この時の彼の頭の中には、自分が助かることしかなく、国民はおろか、奈々心の身の安全なども、これっぽっちも考えてはいなかった。


「待て! ガイデル!」

「!!??」


 ふとその場に、その車の行き先を遮る物が現れた。何人かの人が、その車の通ろうとする通路の真ん中に、拳銃を構えて立っているのである。

 それは警官の制服を着ており、間違いなく帝国の警察官である。彼らは車の主がガイデルと知っているようであるが、明らかな敵意の意思で、こちらに銃口を向けているのだ。


 パン! パン! パン!


 三人の警官が、その車両に発砲した。だがその軍用車両の装甲は、拳銃弾程度では貫通できない。フロントガラスに大きなヒビが入りながらも、ガイデルは構わずその警官達に突っ込む。


 ドガン!


 人を跳ねる盛大な音が聞こえた。車両は三人を無慈悲に轢き倒す。一人は横に派手に飛ぶ。一人は後ろ向きに倒れて、腕をタイヤに潰されながら、頭上を車両が通過していった。そしてもう一人は……


「貴様何のつもりだ!? 離れろ!」


 何と車に飛び乗っていた。車のボンネットにしがみついて登り、フロントガラス越しに、その警官はガイデルと顔を見合わせる。


「誰が離れるか!? 俺たちを殺しやがって!」

「!!??」


 その時にガイデルは気がついた。ここにも毒ガスが入っていた筈なのに、この警官は何故か生きている。いや正確には生きていない。よく見るとこの警官は血色がなく、死体のような青白い顔である。


 ガシャン!


 その警官は、ヒビの入ったフロントガラスを、素手で殴り破った。幾つもの欠片が、彼の手に突き刺さって、痛々しい流血が起こるが、彼は構わず手を伸ばして、車内のガイデルを掴もうとする。


「くそうっ!」


 パン! パン!


 ガイデルは懐の拳銃を引き抜き、車内で発砲した。車内に伸ばされた警官の手が、その拳銃弾で指が何本か吹き飛ばされた。

 そんな格闘劇が行われている軍用車両は、走行のバランスを崩し、道筋から大きく外れていく。


 ドオン!


 そこで盛大な交通事故が発生。車は近くの貴族の家の壁に追突した。その衝撃で警官は、後ろに吹き飛び、その石の壁に叩きつけられた。警官は背中から壁に追突し、そのまま前のまりに倒れ込む。


「くそっ! もうグールが蘇ってるのか!? しかし何故……」


 何故グール達が、言葉を喋れるほどの知性が残っているのか? その疑問はあるが、いまは逃げるほかない。

 ガイデルは車を後退させて、道路に戻ろうとする。その時に、ボンネットの上で倒れていた警官は、地面に転がり落ちるが……


(まだ死んでない!? そうかグールだからか……)


 本来ならば死んでもおかしくない、そうでなくても骨が何本も折れるほどの衝撃を受けたはずの警官が、その場で立ち上がろうとしているのだ。

 よろよろとして弱っているようだが、手で身体を支えて、立ち上がろうとしている。


「この死に損ないが!」


 ガイデルは一旦車から降りて、その警官に次々と発砲した。数発の弾丸が、彼の身体を貫いていくが、それでも倒れない。

 だがその内の一発が、彼の頭部に命中したときに、彼は一瞬で崩れ落ちて、動けなくなった。


(頭が弱点か……しかしこいつら、マスクを被っている私がガイデルだと、何故判ったんだ?)


 色々疑問が残りながらも、ガイデルは車に乗り直す。だが、そこに更なる追っ手が現れた。


「いましたわ! あいつがガイデルざますね!? あの目玉の言うとおりざます!」

「儂らまで毒で殺しおって! 絶対にゆるさんでごじゃる!」

「我が輩ら自身の仇を、我が輩らで討って差し上げるでござんすぅ~」


 そこにいたのは大勢の市民達。しかもこの上流街の、貴族や豪商だった者達が、多数含まれていた。

 その中には、さっき轢き倒された警官もいる。全身骨折したはずの身体も、既に治っていて、拳銃を持って、こちらに銃口を向けていた。


(くそうっ! 国中が敵だらけか!? どいつもこいつも、この俺を馬鹿にしおって!)


 ガイデルは詰め寄る人々を撥ね飛ばしながら、とにかく逃げ続けた。ようやく人のいない、かつての少ない、廃墟街まで走ったが、その時には車は既にボロボロで、そこで動かなくなっていた。

 車が使い物にならなくなったガイデルは、やむなく車から降りる。彼の右腹の服には、小さな穴がポッカリ開いており、そこに血が雨漏りのように流れ続けている。

 既にかなりの出血量である。実は彼は、先程の車内の発砲で、跳弾で被弾していたのだ。そんな重体で彼は、代わりの車がないかと、廃墟の街を見渡すが……


(ここは……かつてのホタイン族の居住区か? くそっ、忌々しい! あいつらさえいなければ……)


 カチャ!


 もう誰も住んでいない、木造の家々が立ち並ぶ街の中で、ガイデルがそう毒づくとき、拳銃のリボルバーを回す音が、彼を硬直させた。


「あいつらを追って、道に迷って困っていたが……まさかここでお前に会えるとはな……。何て幸運だよ」


 街の中の歩道に立つガイデルに、銃口を向けるのは一人の、十歳を超えたばかりであろう少年であった。

 子供でありながら、そんな物騒な物を持つ彼は、やはり死体のように青白い顔だ。そしてその少年は、つい先程和己達が出会った、あのビービであった。


「なっ、何だお前は!? 私が誰だと思っている!」

「ああ知ってるよ。ガイデル元帥だろ? 和己の仲間の、目玉の化け物が、この辺り毒ガスをばらまいた奴が逃げ込んでるって、色々触れて回ってるぜ」


 どうやら目目連が、嫌らしくガイデルを追い詰める行動をしていたらしい。既に死者の怪物になった自覚がある人々は、異様な空飛ぶ目玉の言葉にも、意外とあっさりと話しを聞いてくれたのである。


「くうっ!」


 パン! パン!


 ガイデルは即座に、拳銃を引き抜くが、発砲はビービの方が早かった。

 ビービの放った二発の弾丸は、彼の脇腹と、運の良いことにガイデルが拳銃を持った右腕を貫いた。それによって彼は拳銃を落とし、その場で崩れ落ちる。


「がぁ……くぅうううっ……」


 計三発の銃弾を受けたガイデル。しかもその内一発の跳弾は、綺麗に貫通せず、彼の体内に残っている。それが彼を、ますます重体に陥らせていた。

 彼にはもう、まともに走る力も残っていない。そんなガイデルに、ビービを銃を構えながら、ゆっくりと近づいていく。


「今日は運の良い日だよ……俺さっき和己と会ってよ……この国をおかしくした張本人はお前だと知ったんだ。俺の父さんをおかしくしたのもな……。他の皆は、女帝が全部やって、お前は只の手先だと思ってる。俺だけが……お前が本当の仇だと知ってる。国中が帝国を憎んでるが、俺が誰より先に、仇を討てるんだ……本当に運が良いよ」


 そんな風にガイデルに冷たい言葉を投げかけるビービ。彼の目は、まるで完全な死人のように虚ろだ。そして本物の死体のように、口調も冷たい。


「まっ、待て……取引しよう! 俺をここから逃がしてくれたら、帝国の財をいくらでも……」

「帝国はもうない! お前が今日、この国を滅ぼしたんだ!」


 ビービは両手で握る拳銃の引き金を、その叫びと共に引いた。


 パン!


 その止めは実にあっさり。放たれた弾丸は、僅か数メートル先にいる、ガイデルの額に命中した。そして額から、彼の頭部を通り抜けて、後頭部から多くの汁を撒き散らしながら抜けていく。

 自分は誰よりも、この国と女帝を思い、守り続けていると信じ続けていたガイデル元帥。

 そんな彼の最後は、王宮を捨てて逃げだし、市民から追い立てられ、最後には子供に射殺されるという、あまり見栄の良い結末ではなかった……

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