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万能召喚士と恵みの女帝  作者: 竜鬚虎
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第五十四話 グール化?

 場所はまた戻って、王宮の広間。超人種三人以外は、この王宮にいる者は、兵も使用人も全て死に絶えていた。

 恐らくこの王宮だけでも500人は死んだだろう。元々女帝の存在を隠しておく仕様上、王宮に人は少ない方だった。だがもっと深刻なことを言うと、被害は目に見える王宮だけに留まらない。


「嘘でしょ……国中がそんな……」

「信じられないだろうが、これが現実なんだよな……」

「言っておくけど私達を恨むなよ。毒ガスを使ったのは、お前の部下なんだからな……」


 二人から、あの毒ガス弾の強化補正の話しを聞いた奈々心は、さっきよりも遥かに酷い絶望状態であった。

 自分が長年守り続けていたつもりであった国が、今日この日、ほんの10分足らずの間に全て消えたのだ。


 室内に入ったガスは、魔法効果が切れたのか、ほとんど消滅している。王宮の外の方でも、ガスが大分晴れ始めていて、親衛隊達の死体が大量に転がっていた。

 ガスが晴れてもまだ被害者は出る可能性はある。グールポイズンのアンデット化だ。


「グールって、どのぐらいで起き上がるのだ? やはり早いところ逃げた方がいいか?」

「正確な時間までは判らないな……まあ、でも早く逃げるに越したことはねえな」

「そうか……あと考えるべきは、グール達が奈々心国に攻め込んでこないか……」

「えっ?」

「別にお前の名前を言ったんじゃない」


 カーミラも関心は、既に帝国が滅んだことより、自分たちの領土にグールが攻め込んできたときの心配事であった。

 自分たちが元の世界に帰るという選択肢はない。ならば奈々心国が、彼女と和己の第二の故郷である。そのため奈々心国は、何としても守らなければならない。


「そういえばゲド……和己の召喚は実は、全部タイムスリップなのか?」

「いや、別に全部じゃねえよ」


 先程の奈々心の話で判明した事実と、その疑問を、目の前にゲドに訪ねるカーミラ。和己の召喚は、今まで自分たちが思っていたものとは、異なる仕様だったのか?


「和己の召喚術は、基本的に全部別の世界から呼び込むもんだ。時空を飛び越えて召喚なんて、本人が意図しない限りは、普通は起きないな」

「私の場合は普通ではなかったのか?」


 現時点、別世界ではなく、タイムスリップで召喚されたとはっきりしているのは、カーミラだけである。目目連等は、本人やジャックの話しで、別世界と判明している。

 ライムの場合はよく判らないが、少なくともカーミラがいた世界では、あのような生き物はいないはずだ。何故カーミラだけが別なのか?


「実は俺があいつに虹光石を植え込むときに、一つロックして置いた機能があってな。あいつは人間や、その近種の生き物は召喚できないようにしてあるんだ。何しろ一度召喚した者は、簡単に元の世界に戻せないからな。あいつがうっかりそれをやっちまったら、誘拐事件になっちまうと思って……」

「別世界が駄目なら、過去の世界なら良いのか?」

「そういうことになったな……。俺の計算じゃ、あいつが人を喚ぼうとしても、不発に終わるはずだったんだが……あれは俺も予想外だったよ。あいつが医者を喚んだときは、人じゃなくてロボットの医者になったが。だが魔道士に関しては、人間の代替えは効かなかったみたいだ」


 どうやらカーミラの存在は、ゲドにとってもイレギュラーであったようだ。さて二人がそんな話をしている間、奈々心の方は広間の中で倒れた兵士達の元に歩み寄っていた。

 血の色がなくなっていく兵士達の死体。奈々心は解毒の魔法も使えたが、彼らはそれをする暇も無く、一瞬で絶命してしまったのだ。

 先程まで自分を拘束していた者達だったが、それでも彼らの死に顔を見て、奈々心は強く悔やんだ顔をしている。


(そうだ……確かめないと。今度は人に言われたことじゃなくて、自分の目で……)


 本当に帝国の民は死に絶えたのか? それを自ら確かめようと、奈々心が外に向かって歩き出したときだった。


「うぁっ……ああっ……」

「「「!!??」」」


 三人以外は、全員死んだはずの広間の中で、明らかに三人とは異なる、男の声が聞こえてきた。しかも一人ではない。彼らが驚愕して、その声の方に顔を向ける。


「おいおい、もう動き出しだぞ……」

「まさかここまで早いとはな……」


 それは先程まで、奈々心が見渡していた兵士達の死体。生命活動が停止し、徐々に体温が下がり始めている筈の肉体。

 それらが痙攣を始めており、あちこちから呻くような声を発しているのだ。グールポイズンによる、死者のアンデット化が、もう始まりだしたのだ。


「そっ、そんな……私はどうすれば……?」


 判っていたとはいえ、この状況に奈々心は、どうすればいいのか判らず、混迷していた。話し通りなら、こいつらはもう既に人ではなく、本能の赴くままに人を襲うモンスターである筈である。


「あれ?」


 だが彼らの姿を見ていた奈々心が、彼らから漂う気配に、妙なものを感じ始めて、更に混迷していた。

 だがそれにカーミラは、それに気づかずに、攻撃魔法の準備を始める。


「どうするって、こいつら全部焼くしかないだろうが! くら……」

「待って! 駄目っ!」


 今まさに魔法を撃とうとするカーミラに、奈々心が静止の言葉をかけるが、カーミラは構わずに撃つ。


 ドン! ……ボスン!


「なっ!?」


 だが次に驚愕したのはカーミラであった。彼女の放った火炎の魔法弾は、その兵士達に当たる前に全て消滅した。

 横から飛んできた水の礫が、それらを全て相殺して消滅させたのである。その魔法と思われる水の礫が飛んだ先にいるのは、魔法を放った張本人である奈々心であった。

 突き出された掌から、小さな水の渦が、空中に浮いているの見えた。


「こうらっ!? 何のつもりだ!」

「よく見て! この人達、精神が無事だよ!」


 魔力を感じ取って何かに気づいたらしい奈々心。カーミラにはそれが判らなかったが、今一度兵士達を見ると、その意味が大体気づき始めた。

 今し方死に、グールとして蘇った兵士達は、痙攣もなくなり、ゆっくりと立ち上がり始めている。膝を曲げて座り込む姿勢になっていた兵士が、今度は呻き声とは違う声を発した。


「がはっ、がはっ! 私は……どうなったの?」

「俺は……生きてるのか?」


 彼らが発したのは、ホラー映画のゾンビのような、不気味な呻き声ではなかった。それらは間違いなく、生きている人の声である。挙動や目つきもしっかりしていて、とてもゾンビとは思えないものであった。

 兵士達は、自分の身に何が起こったのか判らず、お互いを見合わせながら困惑しきっていた。困惑しているのは、その当人だけではない。


「何だこいつら? 死んでなかったのか? じゃあ、あの毒ガス弾は欠陥品か?」

「いえ……多分皆さん、もう死んでいます。この人達からは、生気が全く感じられないし。間違いなくグールじゃないかと」

「「!!??」」


 奈々心の放った言葉に、その既に死人であるらしい兵士達が、一斉に彼女に目を向ける。よく見ると、彼らの顔や肌は、血色が悪いようでやや青白く、確かに生者には見えない。


「どういうことですか陛下!? 我々が死んだ!?」

「でも何か思った程平気な感じなんだけど……グールになるってこんなもの?」

「そもそも何故、王宮に毒ガスが入り込むのですか!? ガイデル元帥は何を考えておられる!?」


 まるで責めるように奈々心に詰め寄る兵士達。だが奈々心は狼狽するばかりで、何も答えられない。彼女とて、何故グールになった彼らが、未だに自我を保ってるのか判らないのだ。


「ええと、そんな事言われても……」

「多分これも和己の召喚の影響だろうな。爆弾が新品になって、効果範囲が広がった以外も、パワーアップしたようだ」


 奈々心の代わりに答えたのはゲドであった。奈々心も含めた全員の視線が、今度はゲドの方に向く。


「……子供? あなたは何者ですか?」

「俺の名前はゲドだ。この国でも、悪い意味で名前は知られてると思うが?」

「ゲド……新聞の絵と全然違うんだが……? ……小さい」


 初めて見る、帝国が敵視する魔女の姿に、さっきとは別の意味で困惑する兵士達。ゲドは自己紹介をほどほどに、さっさと話を進めた。


「普通のグールポイズンなら、自我も記憶も無い、只の死者の魔物になるのが普通だ。だがあの弾の中のガスは、和己に召喚された際に、この部分も変わったんだろうな。死んでも生前の自我があるグール。確かにこれはパワーアップだ。まあこれじゃあ殲滅兵器としての機能は全然無くなったがな」


 確かに彼らは死んだが、心は失わずにグールとして蘇った。ここもそうなら、今頃帝国中の人間が、同じように蘇っているだろう。

 ただ死んだだけなら、帝国が滅亡したというだろうが、この場合はどうなのであろうか?


「まあ、俺はここで一旦帰るわ。じゃああと宜しくな♫」

「えっ、ちょっ……」


 奈々心の制止の言葉すら間に合わず、ゲドはその場から立ち去っていった。あの空間に穴を開ける転移魔法で、一瞬でその場から消えてしまった。

 その動作はかなり急いでいるようで、それを見た者には、この場の面倒事を押しつけて、逃げたようにしか見えない。


「消えた……結局何だったの?」

「陛下……私達はどうすれば?」


 ゲドがいなくなった様を、呆然と眺めた後で、案の定兵士達は、女帝に助け船を求めてきた。彼らの頭には、ガイデルからの女帝の監視命令など、完全に忘却の彼方である。

 奈々心はそんな彼らを見て、最初は混迷していたが、冷静になってくると、何かを思いついたようだ。


「大丈夫! 私が何とかしてあげるよ! 死者蘇生は邪道だけど……もうこうなったら構うことないや!」


 奈々心はその場で、両手を天井に向けて、万歳のように掲げる。するとその両掌を中心に、彼女の身体から、今までに無く強い、オーロラのような魔法の光が放たれた。


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