第四十八話 女帝との対面
ドウン! ドウン! ドウン!
王宮の敷地に、まるで空襲が起きたかのように、幾重もの大爆発が起きた。
色とりどりの花が植えられ、噴水付きの池まである、豪華な庭園が、無数の爆発によって、あっという間に瓦礫だらけの荒野と化していった。
「敵襲だ! 奈々心国の魔女が来たぞ!」
王宮の親衛隊達が、一斉に爆撃が行われた庭園に駆けつけてくる。
彼らの前に立ちはだかるのは、王宮の結界を紙のように破り、この王宮に侵入してきた、帝国でもすっかり有名人となったカーミラがいた。
「撃てぇ!」
王宮のための親衛隊と言うだけあって、やはり勇敢な者が集っているようだ。今までの警官や軍人と違って、彼らは臆せずに、カーミラに立ち向かう。
長銃を持った者や、魔道杖を持った魔導兵が、カーミラに向かって一斉に攻撃を撃ち放った。
「戦闘力はこの程度か? ゴミめ……」
だが彼らの攻撃は、カーミラには全く当たらない。彼女が自身に張った防御結界の前では、親衛隊の攻撃は豆鉄砲に等しく、全くビクともしなかった。
「くそう……うぉおおおおっ!」
数十人の親衛隊達が、剣を持ってカーミラに突撃した。彼らの持つ得物の剣身は、それぞれの得意の属性で発光している、魔法剣である。
「ちっ、とっとと逃げてくれれば、手っ取り早かったのに……」
カーミラは間合いに近寄られる前に、彼らに向かって攻撃魔法を放つ。あの麻痺効果を及ぼす雷魔法だ。
網目のように細かく無数に放射された電撃が、親衛隊達に直撃する。それによって彼らは、一時動きが止まり、その場で足下から崩れ落ちそうになるが……
「くぅ……この程度で……」
何と半数近くの親衛隊が、気合いで起き上がって見せた。麻痺効果はかなり効いていて、その動きはふらついているが、それでもあそこまで立ち上がるとは、さすがは精鋭部隊であった。
「もう、しょうがないわね……死んでも文句言うなよ!」
カーミラは今度は殺傷力がある魔法を撃ち放った。三日月型の風の刃だ。それらが何発も放たれ、そのどうにか起き上がっている親衛隊達の足を、小枝のように簡単に切り裂いていく。
足を斬り落とされたことで、この庭園には、瓦礫の他に、大量の赤い液体が撒き散らされた。さすがに足をなくしては立ち上がれず、彼らはとうとうその場で倒れ伏して、ほとんど動けなくなった。手加減したつもりだろうが、あれではその内出血で死なないだろうか?
「くそう! とにかく撃て! 何としてでも、この王宮には入れるな!」
残った親衛隊達は、もう勝機はないと判っているにも関わらず、がむしゃらに銃や魔法を撃ち続けた。
だがそれで敵う筈もなく、間もなくして、その場にいた数百人の親衛隊達は、手足を斬られて沈黙することになった。
「雑魚が……手間取らせおって……」
辺り一面に倒れた親衛隊達と、切れた四肢と流血が覆う中、カーミラは足を進めて王宮の中に入ろうとするが……
「あん?」
「まっ、待ってくれ……」
一人の親衛隊が、近くを通り過ぎようとしたカーミラの足を掴もうとする。だが即座に反応したカーミラが、その手を避けきった。
「何よあんた……片足なくしても、まだやろうっての?」
「頼む……女帝陛下には手を出さないでくれ……あの人は何も悪くないんだ……。全てはガイデルが……」
「うっさいわよ! 死ねよ!」
必死に何かを訴えようとする親衛隊の顔を、カーミラは容赦なく踏みつぶした。カーミラは魔力だけでなく、身体能力も相当に上がっており、その一撃で親衛隊は完全に沈黙した。
「女帝が無実だろうが知ったことか! あの女を消しさえすれば、この国は救われて、皆に和己になびいてくれるだろうさ……」
カーミラは彼らをゴミのように見下ろし、さっさと王宮へと乗りこんでいった。
王宮の中の大広間。かつては帝国領に恵みの魔力を分け与える土地だったそこは、今は大分模様替えされていた。
大勢の兵士達(親衛隊ではない)が、周囲の出入り口を完全封鎖・完全監視している、まるで牢獄のような状態のその広間。そこにはあの大掛かりな魔方陣は取り払われ、代わりに大量の土塊が積まれていた。
「はぁあああっ!」
薄汚れた作業着を着た一人の汗だくの少女=奈々心が、目の前に積まれた土塊の山に、何かの魔法をかける。両掌から放射された光が、その土塊を覆い尽くす。
その象より質量が多い大量の土塊が、光に包まれると同時に、幾らか小さくなった。そして光が消えた後には、鉄鋼と思われる、金属の固まりが、大量に積み重なって山になっていた。
何と奈々心は、魔法で只の土塊を、鉄塊に錬成して見せたのだ。
周りにいた兵士達が、その鉄塊を次々と荷車に詰め込み、外の廊下へと持ち出していく。そして別の兵士達が、用意した次の土塊を、奈々心の前に積み始めた。
兵士達が誰もが無言で、殆どが罪悪感で迷っている様子であった。
ビリリリリリリッ!
そんな作業をしているときに、唐突に放たれる電撃音。その音と同時に、その場にいる兵士達が、一斉に倒れ込んだ。外へ荷車を運んでいた兵士達も倒れ、大量の金属塊が床に豆のように散らばっていく。
「なっ、何!? ……あなたは?」
いきなりの事態に動揺し、奈々心が広間の方の入り口の方を見ると、そこには奈々心の知らない、一人の魔道士姿の少女がいた。
「外であんな騒ぎが起こってもお仕事は、大層ご立派ね。あんたが女帝? 随分みすぼらしい身なりだこと」
少女=カーミラは、勝ち誇った顔で、奈々心の前に姿を現し、どんどん近寄ってきていた。
目の前の謎の少女の存在に、当初は戸惑っていた奈々心。だがすぐに冷静になり、カーミラに問いかける。
「もしかして……あなたがカーミラさん?」
「ええ、そうよ。少し理由があって、ここで騒ぎを起こす必要があってね。それに個人的にも、お前には会ってみたかったしな」
「……そうですか。私の名前は雨宮 奈々心。今言ったとおり、この国の女帝だよ……」
今までずっと民にも隠していた自分の本名を、あっさり口にする奈々心。彼女にとっては、もはや意味がないと、軽い気持ちで言った言葉。だが相手の方は、予想以上に強く反応していた。
「雨宮……奈々心? その名前、嘘じゃないでしょうね!?」
「え? ええ……ていうか私の名前知ってて、国の名前を決めたんじゃないの?」
「そんなの知るわけないでしょうが! ……まあゲドの思わせぶりな台詞で、一瞬そいつじゃないかって思ったことはあったけど……。確かに服装とか髪型とか違って判らなかったけど、和己の記憶映像にあったのと同じ顔だわ……」
「!!??」
奈々心は、カーミラの反応と質問に、意図が判らず困惑している。彼女にとって、自分の名前がどんな意味を持つのか分からないのだ。
「あんた昔……まだ普通の人間だった頃は、異世界の日本って国で、山木中学校て所に通ってたでしょ? 住んでる街は弘後市だったかしら?」
「……何で? うん、そうだよ。でも生まれは異世界じゃないよ。確かに一度異世界に行ったけど、ここが私の生まれ育った世界だよ」
「どういうこと?」
今度はカーミラの方が困惑し出すが、その問いに奈々心が判るはずもない。どうもお互いの情報と認識に誤差があるようだ。
「よく判らん……お前の身の上を話せ! 最初から、そんな力を持っていたわけでないのだろう?」
「ええ……うん」
どうも話しが見えないので、奈々心も黙って、淡々と言われた通りに己のことを話し始めた。




