第四十七話 潜入作戦
「西方の基地か……。全部ゲドの言ったとおりだな。本当に毒ガスで、国民を脅したのかよ……」
『まあ、嘘つく理由もないもんな』
以前のゲドの説明が、からかいでなく、全て真実であると判り、和己はますます呆れの言葉を吐いた。
「何だよお前ら? この国の者じゃないのか?」
「ああ、俺は和己って言う、奈々心国からきたもんだ」
「私はカーミラ。異界から来た、高貴なる大魔女だ!」
「和己……カーミラ? ふうん?」
どうやら二人の名前を知っているようで、少年は何やら色々と納得したようだ。
「情報ありがとうな。それじゃ俺行くわ……」
『ちょっと待て和己。もうちょっと話しを聞きたい。お前……親はどこにいる? 俺たちは隠身の札で姿を消せるから、さっきみたいな奴らに絡まれることなく、そっちに届けられるぞ』
「ああ、そうだな」
ここで何もせず放置というのも、後味悪いと和己も納得する。だが少年は、首を縦に振る。
「親はいねえよ……母さんは、何年か前に離婚してどっかいった。父さんは、つい最近自殺しちまったし」
『うわっ……それは悪かったな……自殺?』
「ああ、ついこの間、政府に責任だか何だか言われて、頭撃って死にやがった。何でも、あっちの方の街で、人が外に逃げ込んで、その後で街まで消えて……そのことで色々言われたらしいぜ。和己が最初に国で騒ぎを起こした後、すぐだな……」
何の因果か、この国で最初に和己達が奈々心国に人を呼び込んだあの事件。この少年はそれに、かなり関わりのある人物であった。
そう言えばここは、自分たちが初めてこの国に来た地区に、近い所を選んできたことを思い出す。
「え~~と、お前の親父って警官か?」
「まあな。このあたり仕切ってる、警察署長だよ」
「ああ……あれか……」
この辺りの署長は、実はカーミラも一瞬だが面識がある。車両の運転手を獲得するときに、警察を襲撃したのだ。
その時に、えらく騒いで、部下達に当たり散らしているのを思い出す。
「それは気の毒だったな……でもだからって、俺に当たるなよ?」
「判ってるよ……正直言うと、あいつには死んでもらってせいせいしたし」
「えっ?」
多少なりとも恨まれるとも思ったが、少年の意外な反応に、和己達は戸惑った。
「何だお前ら? 親と仲悪かったのか?」
「まあな……あいつ狂ったぐらいに、女帝陛下女帝陛下って、くどくど喋りまくってな。それで言うことがしつこいって言ったら……俺や母さんに、陛下を愚弄した反逆者だとか言って、散々殴られたし。それで母さんも家に出てったよ……。聞いた話しだとあいつ、部下や町の人にも、同じようなことしてたらしいぜ……」
『それはまた、忠義が熱い奴だな……』
「あんな忠誠心、人に迷惑なだけだろうが。しかもあいつ……電話で上に責められて、何か責任持って死ねとか言われたら、本当に言われた通りに死にやがったし……。俺の見ている前でな。狂ってるぜあんなの。死んでもらって、むしろ良かったし」
父親の狂信的な女帝への忠義に、少年は当に見切りをつけていた。何とも悲しい家庭の末路だが、その話しを聞いた和己達は、何やら怪訝そうである。
「なあ小童……」
「俺の名前はビービだ!」
「ああ、悪いビービ。その父親は、ずっと前から、そんな風に熱狂的な女帝のファンだったのか?」
少年ビービに、カーミラが何故か彼らの家庭を深く詮索し始める。これにビービは不思議に思いながらも応える。
「……? いや、ずっと前からじゃないな。いつからだ? 確か女帝が本性現し始めた頃だから、二~三年前ぐらいか? 多分署長になったことで、舞い上がったんだろうけど……」
「署長になった? じゃあ、前の署長はどうなった? 定年か?」
「いんや。何か女帝のやることに文句言ったことで、捕まってやめさせられたらしいぜ」
「成る程ね……」
今の言葉で、何やら全てを理解したらしいカーミラ。ビービはますます訳が分からない。
「何だよ、成る程って……?」
『実はな、お前の所だけじゃないんだよ。奈々心国の方に渡ってきた奴らから聞いた話しだとな……三年前ぐらいに軍上層部でかなり人員入れ替えがあってから、将官達の中に、急に狂ったみたいに女帝賛美をしだす奴らが現れたんだとよ。周りが引くぐらい酷いもんでな。それで家族や部下に、罵声や暴力を振るうような事が、日常的になったそうだ』
「えっ、何それ……?」
『お前の所だけじゃないって事だ。多分それは、出世してつけ上がったとか、そんなレベルの話しじゃないだろうよ。多分それとは別の原因がある』
ジャックが話した、奈々心国で判明した、軍内部の異変。その話しを聞いたビービは、信じられない様子で呆然としている。先程までの、えらく冷め切って、冷静すぎる様子が、大分変わっている。
「じゃあ……何だってんだよ?」
『多分魔法で洗脳でもされたんじゃないのか? まあ、それはこっちも確かめてないし、憶測だがよ』
「…………そうか」
「とにかく、情報ありがとうな。お前は早めにどこかに隠れてろ。またあんなのに絡まれたら不味いしな」
そう言って、その場から離れていく一行。隠身の札で姿を消す彼らを、ビービは無言で手を振って、見送っていた。
和己達はビービに言われた、王宮西方の砦の近くまでやってきていた。帝国領の街中を抜けて、貴族などの富裕層が住まう上流街。
そこは、外地の貧困とは無縁と思えるほど綺麗であった。街行く人々も、使用人と思われる者を除けば、皆身なりが綺麗で、身体もやせ細った様子はない。
ある程度地位のある者には、誰よりも優先されて、物資が配給されていると聞いていたが、その情報は正しいようだ。
王宮がそう遠くない位置に見えるその場所に、大きなホテルのような建物がある。隣には大型の倉庫や・敷地には訓練場と思われるグラウンド・そして幾つも機械車両が並べられた駐車場がある。
それは策で囲まれており、各所に出入り口があるが、戦車などの機械車両がある格納庫がある場所は、とりわけて大きい。
「……さて、どうするか?」
『このまま進めば、間違いなく気づかれるな』
一行の計画は、やはり難航のままである。軍基地周辺には、魔術的な結界が張られており、そこを破らなければ通れないのだ。
だがそんなことをしたら、間違いなく潜入に気づかれる。前に警察署を襲撃された時とは、状況が違う。洗脳によって狂っているだろう将官が、毒ガス弾を起爆させたら元も子もない。
無事に通れる場所と言ったら、基地の出入り口にある門であるが、当然そこは見張りがいる上に、閉まりきっている。
「私に名案がある。私がちょっとあそこに行って、暴れ回ってやる」
「暴れ……えっ、あそこって!?」
カーミラが指差した先は、何とあの王宮であった。
「王宮で何かあれば、兵達は大慌てでそっちに向かうはずだろう? その時にあの大きな門が開いたときに、こっそり入り込めばいい。さすがに王宮に、毒ガス弾を撃ったりはしないだろうからな」
「確かにそうだが……大丈夫なのか?」
「大丈夫? 私が負けるのを恐れているのか?」
「いや、考えてみればそれはないか……」
今までの戦績を考えれば、敵の戦力などたかが知れている。あの毒ガス弾がなければ、カーミラが単身で、この帝国を落とすことだって出来るはずだ。
ゲドの話しによれば、虹光人である和己の力が強まれば、それは召喚によって力を与えられたものにも影響するという。
そのためには、その召喚者が、和己の近くに長くいなければならないが、その条件はカーミラは充分満たしている。実際に今のカーミラは、以前は二発で魔力切れになった大型魔法を、今は何十発でも余裕で撃てるのだ。
「それじゃあ、私はこれから行ってくる。和己はしばらくここで待って、時間が来たら潜入せよ」
「ああ、判った。頼むぜ……」
そう言って、カーミラは風の魔法で、王宮の方まで飛んでいった。
「うわっ、何だあやつは!?」
「この高貴なる街の上を行くとは……何と無礼な奴でごじゃるか!? どこの魔術師でごじゃる!?」
隠身の札を持つ和己から離れたことで、彼女のステルス機能が解除された。
大勢の人が空飛ぶ人間を見て驚くが、軍に報告される前に王宮に辿り着けば問題ないだろう。
飛ぶ彼女を見送ったとき、ふとジャックがあること思いつく。
『しかし、王宮で暴れるって事は……もしかしてあいつ、女帝と鉢合わせしたりしないか?』




