第四十六話 帝国再来訪
さてゲドからの最後の追加依頼をこなした、翌日の朝のこと。帝国領にて。
「ふざけんな! それは俺が貰った食い物だ! 返しやがれ!」
「嘘つくな! あんたが、倉庫から掻っ払ってきたんでしょうが! 盗ったもん勝ちよ!」
「どうか食べ物を! せめて家の子にだけでも……」
「列に割り込むなって!? ふざけないでよ! 私は下位だけど、れっきとした貴族よ! 私が優先されて当然じゃない!」
「てめえっ、警官だろうが! 何してやがる!」
帝国の各所から、暴動に近い事件が頻発している。配給所はもはや完全に、略奪者達の争いの場。しかもそれを止める側であるはずの、警官たちまで、暴動に参加している始末である。
ここなんかまだマシなところで、酷いところでは、武装した民衆が、食料庫を襲撃しようとして、警官隊と衝突する事件まで起きているのだ。
女帝の恵みの魔法は、既に解除されているようだ。農業区にある、元々育ちが悪かった作物が、急速に枯れ始めている。この目に見える変化が、民衆を暴動に駆り出したようである。
さてそんな帝国の、ある区画に、珍しく外から訪れる者がいた。
「うわあ……判っちゃいたけど、かなり酷いな。昔テレビで見た、スラムより酷いかも……」
「愚かな国だ。下民共にさえ、施しを得られないような、軟弱な国など、どれほどの価値があるというのか?」
『それを救えるのが、お前の力だろ? さっさと済ませようぜ』
「俺が済ませたいのは、毒ガス弾を消すことで、別にこの国を救うことじゃないんだけどな……」
その来訪者は、和己・カーミラ・ジャックの三名であった。
新しい服を買う余裕すらない人々がひしめき合うこの土地では、この二人の新品で異色な装いと、ジャックというロボットの姿は、かなり奇異に映るはず。
だが彼らが、人が行き交う街道を、通っても、誰も彼らのことを気にしない。以前魚竜騒ぎの時に召喚した、隠身の札のおかげだ。
『さて、これからどうするんだ? すぐに王宮に乗りこむか?』
「そのつもりなら、最初からこんな離れに来たりしねえよ。下手に騒ぎを起こして、あいつらが爆弾のスイッチを押したらどうするんだよ……」
ここは以前、和己達が最初に訪れた、農業区に近い場所の街である。
王宮周辺には、魔法の結界が張られており、この隠身の札の効果を見破られる恐れがある。それ以前に、奴らはとんでもない爆弾(比喩でなく)を抱えているのだ。
和己もどうすればいいか考えあぐね、結局まずは情報収集と、この地区を訪れたのである。
「作戦とかないのか?」
「全くないな。でもどんな手を使っても、奴らが爆弾を使うのをやめさせないとな……」
まずはどこに行けばいいか判らず、何をしようにも人から話を聞くこともできない、混迷した状況。そんな時、彼らの発達した聴覚に、ある不快な声が聞こえてきた。
「何だその面は! 文句あるならかかってこいよ! 銃もまともに撃てねえ、腰抜けが!」
「てめえの親父のせいで、俺の友達は牢獄送りだぜ! たった一回、女帝は頼りになるのか?って言っただけでな! ふざけんなよ、このゴミが!」
「なあに? 何か言ってみたら? 女帝陛下を貶すなんて許せない、お前ら死刑だ!とかさ。あははははっ!」
何やら何か蹴りつける音と、そんな罵声が聞こえてくる。明らかに良くないやり取りの声に、和己達は気になって寄ってみると……
(うわあ……ひでえな……)
そこにあるのは、またもや目を背けたくなるような酷い光景。数人の大人が、一人の子供を暴行している図である。
街道から外れた、住宅街の歩道の真ん中。そこで蹲っている一人の子供を、彼らが罵声を浴びせながら蹴りつけているのだ。その子供は、もう服もボロボロで、血が地面に流れ出ていた。
ここはそれなりに人通りのある場所。それを目撃する通行者もいたが、皆それに目を背けて、足早に立ち去っていく。
(さてどうするか……)
バリリリリッ!
「うぉい!?」
どうしようかと思った矢先に、放たれた電撃音と、それに即座に突っ込む和己。何か言う前に、颯爽ちカーミラが、その子供を暴行している者達に、電撃魔法を放ったのである。
細い電光が幾重も、蜘蛛糸のように放たれ、暴行者達を直撃。彼らは悲鳴を上げる暇もなく、あっというまに失神して倒れた。
「どう? 今度は死なないよう、ちゃんと加減できたぞ」
「ああ、それはいいんだが……もうちょっと考えて動けよな……。今ので札の効果が切れちまったぞ」
「大丈夫よ。ほら」
カーミラが指差すと、人が倒れた場所に駆け込んでくる者はいない。突然の事態に驚いて、誰もがそこから逃げだしていた。
「こんな状況だ。警察だって、まともに働いてないだろうし」
「そうみたいだな……」
とりあえずこの騒ぎのきっかけとなった子供に駆け寄る一行。少年は、顔を上げていたが、理由も分からず倒れた暴行者達を、呆然と見渡していた。そんな彼に、即座にカーミラが駆け寄る。
「そこの小童、大丈夫……でもないな。かなりの深手だ」
「ああ……」
近寄ってきた魔道士姿の女や、宙を浮くブロックに、戸惑いながらも、あまり大きな返事はせずに、ゆっくり頷く子供。
カーミラの言うとおり、彼の怪我は酷い。すぐにでも手当が必要なレベルである。
「ふむ、私に回復魔法は……試したことないし、やめた方がいいな。ジャックは何か出来るか?」
『ああ、できるぜ。魔法とはちょっと違うが』
ジャックの身体の側面から、あの機械の触手が出現する。だが今回は、今までにあまり見ないタイプであった。
触手の先端には、医療器具に見えない、円錐状の細い宝石のようなものがついている。それを宙を浮く謎の箱を見て呆然としている子供の傷口に近づけると、その宝石が光り出した。
ライトのような機械的な光ではなく、どこか暖かな、生命観のある光だった。
「おおっ?」
「!?」
この場にいる者が、皆それから起きた出来事に感嘆した。
ジャックの放った光を浴びた、少年の傷口が、見る見る消えて、皮が破れた身体に、新しい皮が張り始める。実に魔法的な(本人は違うと言っているが)、瞬間治癒である。
『こういうのは、身体に負担がかかって、あまり健康に良くないんだが……今はしゃあないな。とりあえず、早めに栄養を補給させねえと』
「よしっ、じゃあ俺の出番だな」
そこで和己は、即座に食糧を召喚した。ハンバーガーと、500㎜ペットボトルに入ったカルピスだ。
「さあく……」
和己が言い終える前に、その子供は和己の手から、それらを奪い取るように掴み取り、即座に頬張り始めた。
当然だが、彼も相当お腹が空いていたんだろう。特大サイズのハンバーガーが、ものすごい速度で小さくなっていく。途中一気に食べ過ぎて、喉が詰まりそうになったところを、カルピスを飲み干して押し流す。
「助けてくれて、ありがとうございます。でもよ……こんな所で、安易に食べ物出すなよな。何されるか判んねえぞ……」
あっというまにハンバーガーを完食した子供は、一行を不思議そうに、そして心配げに見ながらそう告げた。
「うん? そうだな……(この状況で、随分冷静なガキだな?)。まあ俺は大丈夫だ。俺は虹光人って言う、滅茶苦茶凄い召喚士だからな」
「召喚士? ふうん……(そういえばこの食い物、どっから出したんだ?)」
その子供はよく見るとかなり中性的な顔立ちで、性別の判別が尽きづらい。声からして恐らく男児であろう。歳の頃は背丈からして、10~12歳ぐらい。大人になれば、かなりのイケメンになるのではなかろうか?
少年はそれだけ言うと、その場から立ち上がり、駆けだしていく。逃げるのかと思われたら、道の端に落ちている物を拾い上げているようだ。
「おいおい……何て物持ち出しているのだお前は?」
カーミラが叱るような口調で、その持ち物に突っ込む。それは黒光りする金属の塊。リボルバー式の一発の拳銃であった。
『この街じゃ、今は子供が拳銃持ち歩くのも当たり前なのか? それともこいつらから盗んだか?』
「ちげえよ! これは元々俺のだ。家が没収されたときに、親父の机から、こっそり持っていったんだよ。さっきこいつらにもぶっ放そうとしたけど、撃つ前に足で叩き飛ばされちまって……」
例え親でもそれは充分窃盗なんだが……とりあえず和己は、それに関して聞くのをやめて、別のことを聞くのをやめた。
「ところでお前、帝国が持っているっていう毒ガス弾を何かしらないか? 俺たち、それに用があるんだけどよ」
「あれに用って、お前ら何者だよ……? 確か王宮から西の方にある軍の基地にあるはずだよ。砦の名前は忘れたけどよ……」
少年は何やら訝しげに和己達を見ながらも、それに素直に応える。どうやら毒ガス弾の話しは、子供でも知ってるぐらい国中に広がっているらしい。




