第四十一話 ゲドとチビ再び
確かにそれは尋常じゃない数字だ。今までもかなりの人数を、一片に移動させたが、それは多くても数万人。今回は、それより一桁多い人数が、こちらに渡ってきたのである。
「そっ、そうか判った! すぐに……」
『待てよ! その前に、その難民に車を運転できる奴が、どのぐらいいるか確認しろ! 運転手がいなきゃ、どれだけ車を召喚しても無駄だろうが!』
話しを聞いていたジャックが、和己がしようとしていることに制止をかける。数十万ともなれば、一台に二十人を運ぶとしても、2万人以上の運転手がいる。
それだけの運転手を確保できるかが、まず問題である。
「もしいなかったらどうするんだよ?」
『慌てることじゃないだろ。お前ら冷静に考えろ。いなかったなら、一片に運ぼうとはしないで、荒野で待たせて、何往復かして運べばいいだろうが』
そうジャックが、的確な判断を口にする。確かに、一度に全員を運べないからと言って、残された者が死ぬわけではないのだ。
だが同じく話しを聞いていた、メガが疑問を口にしてきた。
「でもよ……そんな悠長なことしている間に、帝国軍がそいつらを捕まえに来たらどうするんだよ?」
『ああ、それなら多分大丈夫かと……。軍人や警官も、大勢難民に加わってて、誰も捕まえようとしてないみたいだし……』
「えっ?」
ジャックの言葉で、落ち着きを取り戻したらしい、電話の向こうの人物の言葉。それその場の全員が、首を傾げることになった。
しばしして、ブラックに掴んだ和己と、風を纏ったカーミラが、その問題の帝国領近くまで飛んでいた。
「うわぁ、これはすごいな……」
「はははっ、空か見ると、人がゴミのようね」
彼らが空から見下ろすのは、夜空の下で、こうの広大な荒野を埋め尽くす人々の群れ。
大袋を背負ったり、滑車を引いていたりと、大荷物の人々が、所狭しと大集団で、ヌーの大群のように奈々心国向けて歩いている。
そして空にいる和己達を見ると、人々は手を振って、救いを求めてきた。
「後方に、本当に帝国の追ってはいないんだな……」
「そりゃあな。捕まえる側の者達まで、国を捨てる状況だからな……だがこれで運転手は確保できそうだな」
軍人や警官ならば、車の運転も出来るだろう。今こっちに向かっている、奈々心国の車両団も合わせれば、運転手の人数は十分確保できる。
和己達は地面に降り立ち、その場で再度、大量の機械車両を召喚した。この日、奈々心国の人口は、一気に百万人を超えることとなった。
奈々心国の生活圏から、少し離れた位置にある荒野にて。そこには大量の車両が、ラッシュ時の日本の道路など、目じゃないぐらいに大量に並んでいる。
そしてその近くにあちこちに山のように積まれた食品を、何十万人もの人々が貪っていた。そこにある食品の量は、今までになく多い。和己の食品召喚量の最高記録は、実に手早く連続して更新していた。
ついでにいえば、これだけ召喚しても、未だに不足することのない、日本の食品廃棄量も半端ではない。
『この後で、住居と皆の衣服の召喚もあるな。和己、大丈夫か?』
「ああ、大丈夫だ。まだ力も充分ある。しかし……俺も強くなったな」
無数の人の群れから、少し離れた位置で、和己達はその壮大な光景を眺めていた。
近くにいた難民が、こちらを神様のように祈ったりしている。これもすっかり見慣れた光景だ。
「しかし、女帝の奴……国を滅ぼしたいのかよ? ……いや、命じてるのは女帝じゃないかも知れないんだったか?」
「ふん! 近頃の私と和己の活躍に、随分追い詰められたようだな。何という矮小な奴ら、帝国など、所詮私達の敵ではないようだな」
『まあ、確かにそうらしいな……』
彼らが難民達から聞いた話。それはここ100年以上続けられていた、女帝の魔力による農地の強化を、数日前に突然取り止めるという決定が、帝国政府より女帝名義で伝えられたのだ。
今後は食糧生産よりも、軍備強化に、女帝の魔力を振り分けるという。
只でさえ、食糧生産力が低下して問題となっている中、この決定は人々にとっては止めである。遠回しに帝国政府は、軍備の為に飢え死にしろと言っているのである。
最初は難民流出を抑えていた、軍人や警官達も、ついに大多数が帝国政府に見切りをつけて、難民に加わったのだ。
これが一挙に、難民達がこちらに押し寄せてきた原因でもある。
軍人達の中には、軍備強化と言うからには、軍人への待遇が良くなるかもと考えている者もいるが、大半の軍人達はこれまでの経験から、女帝の力を信用していなかった。
「これから先、どんどん難民がこっちに来るかもな。その内帝国に人がいなくなるんじゃないのか?」
「ああ……俺の仕事も大分増えそうだ。ちょっと覚悟しておかないとな……」
そう言って、今後のことを考えて引き締める和己。だが意外なことに、この日の難民流出以降。数日経っても、次の難民がこちらに押し寄せてくることはなかった。
そんなこんなで、一挙に人口が増えた奈々心国。和己が召喚した、高科学文明の建造物が建ち並び、見た目だけは大型の都市国家になっている。
最も、その内部は災害の避難所のように人々が押し込んで住んでおり、電気も水道もまだ通っていない状況であったが。
これから先、電気や水道をきちんと出来るようになればいいのだが、彼らの技術力ではそれを行えるようになるには、まだ時間がかかりそうである。
現時点では、水は給水車が各地を回って人々に運ばれ、食糧は相変わらず和己頼りである。いずれ自活できるようにするために、農地の開墾が大規模に行われており、人々の職探しには困っていないが。
かの難民の大流入から、更に五日の時間が流れる。
和己が今日も相変わらず、大量の食糧・物資を召喚し、自宅に戻ってこれから何をしようかと考え始めた頃のこと。和己の自宅にまた珍客が訪れた。
「よう、また来たぜ!」
「ああ、お前か……」
きちんとインターホンを押して、家を訪れたのは、相変わらずウリ坊を引き連れた和装の少女の、ゲドであった。
和己に力を与え、この土地の大異変を起こした全ての原因たる人物の、四度目の来訪である。
「何だ? 今回は驚かないのか?」
「別に今更驚くかよ? 何度も唐突に顔を出されればな……。とりあえず、動物を土足で入れるのはやめてくれ」
「大丈夫だよ。チビはちゃんと清潔にしてるからな!」
「……まあいい。今回は何のようだ?」
ゲドがここを訪れる理由など、依頼以外に考えられない。今まで途中で出してきた依頼は、全てこなしてきた。
だが一番最初の依頼は、未だ達成できていない。むしろ、ホタイン達の人口がどんどん増えて、依頼完了がますます遠のいてきている。
『それで今回はなんだ? 帝国に殴り込みでも頼むか?』
和己以外の仲間達は、今回はどんなトラブルを招いてくれるのかと、興味津々で彼女の言葉を待った。
「ああ、今回の依頼……というか、そもそもそれが、お前をこの世界に呼んだ目的なんだがな。お前の力はまだ成長途中だってのに、俺の想像以上に強くなってやがる。作った俺が言うのも何だが、虹光人の力はかなり凄いもんだな」
「そういう話しはいいから、早く本題に入ってくれ」
「ああ、そうだな。とりあえず、俺の住処に来てくれないか」
そう言うと、ゲドは今の空間に、あの次元の穴を開けた。赤黒い穴の向こうが、どうなっているのかは、こちらからは見えない。
以前はこの穴を通って、ゲドはお帰りしたが、今回は違うようだった。
「この転移の門から、直通で俺の住処に行けるぜ。和己以外でも、一緒に来たい奴は、どんだけ来てもいいぞ」
それは帰るだけでなく、和己達をそっちに連れていくという内容だった。未だに正体がはっきりしない少女の言葉に、和己達は一瞬迷いを見せるが……
『お前ら大丈夫だ。こいつは性格乱暴だが、一応信頼の出来る奴だぜ。行ってやってもいいんじゃないのか?』
そう言うのはジャック。そういえばこいつは、ゲドのことも知ってるような口ぶりだったことを思い出す。
「本当にそうなのか? ていうかそもそもこいつ何なんだよ?」
『こいつは緑人って言う、不老不死の超人種だよ。昔人妖が人を襲っていた時代に、人妖共を殺しまくって、多くの人を救った“不死の女神”や“グール鉄鬼”に並ぶ英雄の一人だよ』
「英雄ねえ……そんな奴が、何で俺にこんな事に巻き込むんだ?」
「だから、それをこれからお前に説明してやるって言ってるだろうが。とにかく来いよ!」
そう言って、ゲドはさっさと転移の門を潜り抜けて、居間から姿を消した。ゲドは消えたが、転移の門はその場に残り続けている。どうやら後からここを通れという話しのようだ。
「じゃあ、行くわ……今更あいつを疑っても、どうしようもないし」
そう言って、色々吹っ切れて和己は、ゲドと同じように、その転移の門を潜った。
「ちょっと待て! このような事に、私の力を借りないとは許さないぞ!」
「この先に大森林があるのか? じゃあ行くぜ! そっちにも興味あるし……」
「ちょっと待ってメガ! まず街の皆に……ああっ、もう!」
彼が姿を消すと、他の仲間達も次々と転移の門に飛び込んでいく。あっというまに、この家から、人の気配は一つもいなくなった。
『やれやれ……町の者達には、私から話をしておくか』
目目連が、自主的に家番を引き受けて、口がなくても嘆息するような仕草を見せていた。




