第三十九話 新国家
それらは花火のように空を飛び、軌道を変えて、流星のように敵部隊の方角へと飛んでいった。湖の船を見学していた、街の者達も、このミサイルが飛ぶ姿を見て、大いに沸き上がっていた。
猛烈な速度で敵部隊へと飛んでいく四つのミサイル。
それに対し、ミサイル迎撃システムを持っていない……というより、ミサイルという武器自体を知らない敵軍は、その攻撃を防ぐことはできなかった。
「少将……敵拠点の方角から、何かが高速で飛んできているようです?」
指令車の中で、無線からの報告を受けて、乗員が近くにいる上官に報告する。
「何だ? 敵の戦闘機か? 先行した空軍部隊はどうした?」
「さあ、どうも違うようで……」
そんな会話をしている最中に、四つのミサイルは、蛇のような長い煙を噴き上げながら、戦闘にある数台の戦車に着弾した。
その途端、この大地が真っ赤な太陽に覆われた。
ドォオオオオオオオオオオオン!
大地が揺るがすほどの大爆発。大地に巨大な半円形の火球が出来上がり、そして周囲に膨大な衝撃波と熱風を吹きあらした。
その爆発で、着弾から数キロが、影も形もなく消し飛び、更にそれよりも遠い範囲にも、強風が吹き荒れた。
その風は、着弾点から遠く離れた湖にも届き、水面を大波のように振るわせた。先程の自走砲部隊は、すぐに撤退しなかったら、軽視できないレベルの損傷を受けていたかも知れない。
「何だよあれ……」
「あっちには、帝国の部隊がいるって話しだったわよね? でもちょっとあれはやりすぎなんじゃ……」
「ばっ、馬鹿野郎! あれは敵を攻撃したんだろう? だったら皆殺しにして当たり前だ!」
街頭テレビで、この光景を見ていた町人達は、その攻撃の凄まじさに、揃って絶句していた。
「「「…………!!」」」
絶句しているのは町人だけではなかった。自宅のテレビから、この様子を見ていた和己達もまた、あまりの光景に開いた口が塞がらない状態であった。
先頭にある戦車を幾つか損壊させるはずだったのが、予想以上の被害を与えてしまったのだ。画面に映っている中では、現在大量の煙が立ち上っていて、着弾点の様子は見えない。
……だがあの機械部隊がどうなったのかを考えると……いや考えるまでもないだろう。
「何だあの威力は? 護衛艦のミサイルって、あんなにもすごいのか?」
『そんなわけあるかよ……俺は一瞬、戦術ミサイルでも積んでるのかと思ったぞ』
最初に開かれた口は、護衛艦に積まれていたあのミサイルは、ジャックのデータならば、あそこまで過剰な大量破壊兵器ではなかったはずだった。
退役艦と思ったら、とんでもないくせ者を召喚してしまったのか? それとも和己が召喚した際に、何か特殊な力が付加されたのか? どれが正しいのかは、現時点では何も判らない。
「あの~~~どうしましょう? 降伏勧告します?」
テレビの方から、困惑するライムの声が聞こえてくる。その問いに、皆の視線がリーダーである和己に向けられた。
(ああ~~どうしようこれ?)
最初に犠牲をなるべく少なくするように指示していながら、この有様である。あれで生存者がいたら、奇跡の領域を越えている。
以前カーミラがしたのとは、比べものにならない殺戮を、和己が自身で、間接的にしてしまったのである。
和己はしばらく考え込み、そして開き直るかのように、明るく声を上げた。
「まあ~~~やっちまったもんはしょうがねえ! この戦は俺たちの勝利だ! 祝おうぜ!」
始まった帝国と湖の街との戦争は、初陣で帝国の戦力の半分以上を消滅させる、大勝利に終わったのであった。
あの戦争の勝利から、十数日の時間が流れた。この間に、この湖周辺の街にも色々変化が起きた。まず一つ目に、この湖一帯の集落の総称として、ついこの間名前が付けられた。
いい加減、帝国と湖の街と呼び分けるの面倒なだけに。そして和己が命名した名前は“奈々心国”といった。そして二つ目の変化は……
「いや~~お前も随分増えたな。最初はでかくなるだけだと思ってたけど……」
『それも全部お前のおかげだぜ! もうじきここら全部を、俺の分身の緑で埋め尽くしてやるぜ!』
和己とカーミラが話しかけているのは、しめ縄が巻かれた、あの精霊の木のオークであった。あの後間もなくして、精霊は分身を遠くまで動かせるようになり、ちょくちょく和己達の自宅を訪れていた。
だが最近は、別のことに夢中で、あまり来なくなっていた。
以前よりも更に大きくなり、樹齢千年と言われれば信じてしまいそうなほどの、巨木と化したオーク。
そんな彼の周りの大地は、以前とは風景が一変していた。
以前は、この丘の方には、他と同じように、何もない荒野が広がっているだけであった。だが今は、どういうわけか、緑の葉っぱを生き生きと生やしている、多くの樹木が生えており、一つの林が出来上がっているのだ。
これらは全て、オークの本体から切り取った枝や根から、分離・成長した分身達である。
『だがよ……1種類の木だけで構成させる森林てのは、生態系的にあまり良くないな』
自分の分身を増やして、森林を作ろうとするオークも、ジャックがそう疑問を呈する。確かに今この林には、樫の木1種類しか存在していていない。
『ああ、そうらしいな。最初は俺だけでもいいと思ってたけどな、よく考えたら、ご神木が俺一人ってのも、ちょっとさみしいしな。そんで和己、そこんとこよろしくな♫』
「俺にまた、別の木を召喚しろってのか? ……まあ、いいけど」
「ええ~~」
そうなると、喋る木が増えて、かなり騒がしくなりそうだと、メガは苦々しい顔であった。
『ところで和己よ~~聞いたんだけど、お前ここいらを“奈々心国”て名付けたらしいな?』
「ああ、俺の愛する人の名を、ここに永遠に残しておこうと思ってな!」
『きもっ!』
和己がにやけながら、そんな話をしているとき、ふと彼らが持っている無線から声が届けられた。
『和己さん! もうすぐ到着する! 早く来てくれ!』
「ああ、判ったよ」
和己は慣れた感じで、その応対に応え、他の皆と一緒に、その場から駆けだした。霊体を生み出した、オークも一緒である。
彼らが向かった先は、集落のある所よりずっと離れた、農場の端っこ。そこから見える荒野に、無数の機械車両が煙を上げながらこちらに接近しているのが見える。
和己以外にも、大勢の人々が、彼らを迎え入れる準備をしていた。以前の帝国軍襲来とは違い、別に恐れる必要もない相手である。彼らは、帝国領からここに流れ込んできた、帝国の難民達である。
帝国内では先日の一件以降、この湖と奈々心国のことが知れ渡り、同時に帝国軍の大部隊が、奈々心国に無惨に敗北したことが、一気に知れ渡った。
最初帝国政府は隠蔽しようとしたが、どこから洩れたのか、帝国が動く前にその話が一足早く、記事に出たのである。
それによって、帝国というこの世界でただ一つの国家に縛られていた人々の、意識が大きく変わった。早々に帝国を捨てて、ここに移住しようとする人々が続出したのである。
最初に人々は、徒歩でここに向かおうとしていた。以前の戦闘で大打撃を受けた帝国軍は、迅速が動きが出来ずに、彼らを逃し続けている。
正直徒歩で帝国と奈々心国を移動するのは、極めて危険だった。だが帝国を監視していた目目連が、彼らのことを奈々心国に報告した。
【おいおい、あれは駄目だろ! 只でさえ飢えで弱ってるはずなのに、ここまで歩こうなんて……】
【すぐに迎えに行くぞ! あのままだとあいつら死ぬぜ!】
【反対する奴はいないよな!? いたらぶっ飛ばすぞ!】
奈々心国の人々が即座に車両を走らせて、彼らを迎え入れたのである。以前の勝利と、タンタンメンの力で、人々の思考にも変化が起きたのか、以前のようなホタイン達による、帝国民への反発はほとんどなくなっていた。
ただしタンタンメンに頼んで、難民達は全てホタインに転生させていたが。
「ここが奈々心国……何て綺麗な国なんだ」
「そうね。帝国なんかとは大違いだわ」
「こいつらに、どうか早く食べ物をくれ! もう何日も食べてないんだ!」
農場の前で停車する大量の車両。それらのトラックの荷台や、牽引する荷台から、難民達が次々と降りてきて、この奈々心国を、希望に満ちあふれた目で見ている。
これで四回目の難民受け入れ。今回もかなりの人数で、これで奈々心国の人口は、30万人を越えるだろう。
「よし、任せろ! ほれっ!」
彼らの前で、いつも通りに大量の食品を召喚する和己。山のように積まれた食品に群がる人々。もうすっかり見慣れた光景である。
そして病気や栄養失調などで、重体の人々を、ジャックが一人一人、丁寧に診察していく。その後和己は、人々が居住するため場所を、適当な土地に召喚していった。
解体前だったと思われる、学校・マンション・ホテルなど、人が寝泊まりできそうな建物が、次々と召喚されていった。
以前は家一軒召喚するにも、結構な力を使った和己。だが今はこれだけの大型建造物を召喚しても、まったく疲れが見えない。
和己の力は、今や本人もはっきり自覚できるほどに、強大に成長していた。
そんなこんなで、和己とタンタンメンの力を借りながら、この奈々心国は急速に大きくなっていく。
今までは、レイン帝国以外に国家が存在しなかったこの世界に、帝国を越える新たな国家が生まれようとしていた。




