第三十一話 帝国来訪
翌日の朝になって、和己達は数日分の食糧を召喚した後、大勢の町人達に見送られ、このまだ名前のついていない町を出た。大型の機械車両に乗って。
大きなエンジン音を上げて、荒野の中を突き進むのは、一台の大型トラック。元々は運搬用と思われるその車両の、大きなコンテナの中には、大勢の帝国兵達が、閉じ込められるようにして乗っている。
両手足を縛られながらも、コンテナの壁を内部から体当たりしたり、「いやだ! 帰りたくない!」という叫び声が上がったりしているが、生憎それは外にいる者達には届かない。
「いやぁ悪かった。運転なんかさせちまって、付き合わせちまって」
トラックの運転をしているのカーミラ。そして助手席には和己が座っていた。運転席の空の頭上には、もしものための監視用として、目目連達が十体程、一塊になって浮いている。
『しかし魔道士姿の女が、ハンドルを握る姿は、実に面白い姿だな。というかよく運転などできたな?』
「ふん。大魔女を舐めないないことだな。この程度の文明の利器、この私の前では造作もないわ(大型免許なんてないし、そもそもペーパードライバーだけど……まあ大丈夫でしょ。どうせ事故っても、死ぬのは敵の兵士達だけだし)」
時折荒野の意思や草を踏んで、ガタガタ揺れるトラックの中、彼らは順調に帝国領へと進んでいった。
「……しかし和己。帝国に入って、もし奴らに絡まれたらどうする気だ? 恐らくはゆっくり観光などできないぞ。あれだけのことがあったのだ、出てきてすぐに攻撃されるかも知れないわよ?」
「そうだよな……本当なら、すぐに逃げれればいいけど、もしできなかったら……カーミラ、また頼んでいいか?」
「ふっ、そうか。まあいいだろう。和己に手を出すものは、この大魔女カーミラが、全て灰燼に変えてやるとする」
「なるべく殺しは少なくしてくれよ……。まあ、何ならこの車の乗客を、盾にするのもありか」
「『はっ?』」
和己の言葉にカーミラと目目連がずっこける。何というか色々突っ込み所のある台詞だっただけに。本人もそれも判ってるだけに、すぐに言葉を続けた。
「別に俺たちが殺すわけじゃないからな。向こうがこいつら皆死んでいいって言うなら、別に俺らがとやかく言うことでもないだろ?」
数時間後、彼らは帝国領へと辿り着いた。最初に入ったのは、農業地区。広大な農地の中の農道を、彼らは通り抜けた。
見慣れない大型車両の姿に、働いていた農夫達が、やや驚いて見入っている。
「ずいぶんと痩せた土地だな……。野菜の半分ぐらいが枯れてるし、残ってるのもえらく小さいし。まああらかじめ話しには聞いていたけどさ」
「ふん。大した力もない三流魔道士が、いい気になるから、このような失態を犯すのだ。私と和己が作った、あの村などと比べるまでもないな。それでどうする? 帝国領には入ったが、ここに奴らを置いていくか?」
「いや、町の方もちょっと見てみたい。目目連、もう少し近づいてから、中の様子を見てくれないか?」
『いいだろう。元々そのために来たのだからな』
ジャックには相手の記憶を解析し、それを映像にして映し出す力がある。あれがあれば、ビデオカメラなどいらないぐらいに、当時の記憶を鮮明に映し出せるのだ。
中には記憶の持ち主が、当時は気づかなかった僅かな事象も、その映像で発見できることもあるぐらいである。
人は視覚や聴覚で得た情報を、自身の脳で完全に引き出せず、よく記憶違いをする。だがジャックの記憶解析能力は、それを完全に読み取れるとのこと。
和己に召喚される前は、目目連のような霊体の記憶は読めなかったらしいが、今はパワーアップしたのか、問題なく読み取れる。
「もし町に近づいて、敵兵が撃って来たら……カーミラ、俺を掴んで飛んでくれないか?」
「承知した。この私がしっかり抱いてやろう。ふふふっ……」
カーミラが何やら変な笑みを浮かべる中、彼らを乗せたトラックは、市街地へと進んでいく。
ガタッ!
「うわっ!」
『カーミラ! 何してる! 今危うく、畑に飛び込みかけたぞ!』
「もっ、申し訳ない!」
始めて区間が限られた道に入り、何度か農道から車を外れかけながらも、やがて一行は、市街地の間近まで近づいていった。
「ここがこの世界の唯一の都市か……ふん、思ったこともない脆弱な街だな。あれなら私の魔法で、一瞬で焦土に変えられそうだ」
「そういう怖い事言うなよ……」
数百メートルほど離れた地点から見える町は、元の世界の地方都市程のレベルの、建築物が建ち並んでいた。
彼らは一旦そこで車を止めて、車から降りる。彼らと一緒に、目目連達も外に出て、一塊になっていたのが、花火が弾けるように、一斉に分断する。
「じゃあ頼む、中の様子を見てくれ」
『ああ、任された』
目目連達が、水中を泳ぐ魚のように、宙を浮きながら、町の方へと飛んでいった。
「よう、とうとうここまで来たんだな」
「えっ?」「むっ?」
目目連達を見送る中、不意に彼らに声をかける者が現れた。即座にそっちの方に目を向けると、こちらに集まってきて困惑する農夫達の他に、トラックの近くの畑に立っている、一人の少女=ゲドが、こちらの前に姿を現していた。
「ゲド!? 何でお前がここに!?」
「次の依頼だ。お前が入る、この地区の奴らに、食べ物を分け与えな。そんじゃ」
「!?」
何の前触れもなく突然現れた、全ての根源の少女。そんな彼女は、それだけ言うと、あっとうまに転移魔法で、その場から消えてしまった。
周囲にいた農夫達も、その様子を見て驚き騒いでいる。
「ちょっと待て……いきなり出てきてそれだけ?」
「それだけのようだな……相変わらず奇々怪々な奴」
呆然としている中、街の様子を見てきた目目連達が、戻ってきた。空飛ぶ目玉の姿に、農夫達は更に騒ぎ立てている。
『見てきたぞ! 我々が見た範囲では、街の中に兵士らしき者はいない! ただ飢えた住人達が、食べ物を取り合って暴動を起こしているが……』
「ああ~~そうなんだ?」
この報告を聞いて、和己は何と反応すればいいのか、かなり迷う。契約のためなら、ここでゲドの言うことを聞かなければ行けない。だがそれをこの帝都の領内で行うとなると、相当な騒ぎになる。
以前のホタインの村での、あのお祭り騒ぎを思い出し、和己は嘆息する。帝国には、都市部・農業区全部合わせて、総勢五百万人もの人々が住んでいる。
そこで発生するであろう騒ぎは、あの時の比ではないはずだ。まあ、ゲドは“この地区”と言っていたので、全国民に施す必要はないのであろうが。
「何て依頼してくるんだよ……ここでそんな騒ぎを起こしたら、ますます帝国軍に目を付けられるぜ」
「いや……むしろそれが奴の狙いなのではないのか? いったいあいつが、何を企んでいるのかは知らないが……」
どのみち他に道はない。和己はめんどくさそうな顔をしながら、荷物(捕虜達)をトラックから降ろし、共に街へと向かっていった。
「おらあっ! ありったけ召喚したぞ! たんまり食え!」
「「「うぉおおおおおおっ!」」」
街の中で例の作業を実行すると、予想通りの騒ぎが起こっていた。街の中の、少し開けた交差点の道路で、和己は大量の食糧を召喚して見せた。
そしてそれを見た人々が、一斉にその食べ物に齧りつく。今はまだ、たまたまこの近くにいた人々が、百人ぐらいいるだけだ。だが少し時間が経ち、話しが広まれば、その数はどんどん膨れあがっていくだろう。
街の人々の様子は、以前のホタイン達の村と、殆ど同じであった。やせ細った身体に、ボロボロに汚れた服を着た人達が、街の中を希望のない様子で歩いている。
人々はそんな身体で、そんな身体で、無理して畑仕事に出て、身体を壊す者までいるのである。
しかもこの帝国の住人の殆どが、純人という、普通の人間種。ホタイン達ほど身体が丈夫でなく、飢餓に耐性がないために、その過酷さも相当なものであろう。
「お前ら! ここは狭いから、俺は街の外の畑に出て、次を召喚する! 食べ物がなくなったら、次はそっちに行け!」
それから間もなくして、都心部近くにある農地に、実に大勢の人々が集まるようになった。




