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万能召喚士と恵みの女帝  作者: 竜鬚虎
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第二十九話 撃退

「これはいったい……何故こんな所にこんな水辺が?」


 帝国の部隊は、村の近くの水辺に車を止め、降りてくる。指揮官であるハリエットを始め、帝国兵達は皆目の前の光景に絶句していた。

 帝国は定期的に、この地区に偵察隊を放っていた。そして報告される、ホタイン達に苦境を聞くのが、いつもの楽しみにしていたのだ。

 汚らわしい蛮族が、彼らに相応しい無様な姿を晒すのが、とても楽しい者であった。飢餓で苦しむホタイン族達を写真に撮り、蛮族を懲らしめた記念として、彼女は自宅に飾ったりもしている。


 だが今日寄せられた報告は、いつもとあまりに違うものであった。にわかに信じられない報告内容に、何度か偵察者を替えて、送り込んだが、飛び込んでくる報告はどれも同じである。

 しかも湖の近くに、あのホタイン達が、町を作っているというのだ。彼女が自らここを訪れたのだが、まさに報告通りの光景に唖然としている。


「中将、水の中に大量の植物が生えています! それと……これは魚でしょうか?」

「すごい……こんなの古い記録の写真でしか見たことありません!」


 帝国兵達は、この生き物がいっぱいいる湖に、驚きの声から、次第に歓喜を上げ始めている。中には湖に飛び込もうとして、同僚に止められている者もいた。


 帝国兵達は、畑を踏み越えて、町の中に入ってくる。大勢の町人達が、恐れをなして家に閉じこもる中、一人だけ村に侵入した帝国兵達に向き合う者がいた。

 つい先日、ここの長に任命された、ルシアである。


「何でしょうか? 帝国の方々……。ここは帝国領ではないし、あなた方も、私達に尋ねる用などないはずですが? しかもハリエット様、自らここに来られるなど……帝国の将軍も、意外と暇なのですな」


 向き合う武装した兵達に、ルシアが嘲笑うように声をかける。何か秘策でもあるのか、ルシアには、彼らを恐れている様子がまるでない。


「ふざけるな! 用ならいくらでもある! なんだこの湖は!? ここは何もない荒野だったはずだぞ!」

「はっはっはっ! 神聖なる帝国の将軍も、そんな風に取り乱すのですな。まあ正直あなた方に話すことなどありませぬが……言うならば、我々に奇跡をもたらす、あらたな偉人があらわれたというものでしょうか? あなた方が敬う、女帝陛下などよりも、遥かに優れた奇跡を起こせる方々ですよ」

「貴様……私の問いを拒む上に、陛下を愚弄するとは……とうとう頭でもいかれたか! 貴様らのような蛮族までも受け入れて、帝国に生きる権利を与えてくれた陛下への恩を忘れたか!?」

「はっ? 恩? ははははっ、確かに昔の話しを考えれば、確かにそれは恩ですな。最も本当のところは、ただ万民を受け入れる慈悲深さを見せつけて、人気取りをしたかっただけのようですがね。陛下の本性を知った今となっては、何の敬いも感じませぬが」


 以前までは口に出すことすら恐れられた、女帝への罵倒を、何の恐れもなく口にするルシア。そんな彼女の様子に、ハリエットは不審に感じる前に、怒りが先行して叫び上げる。


「貴様~~! もういい! 女帝陛下の命により、この土地はレイン帝国が没収する! そして貴様ら蛮族は、この場で全員死刑だ!」

「ほう? 我々を死刑? それも女帝陛下の命令で?」


 ルシアが問いかけるが、勿論そんな事実はない。女帝はこの土地の変調を、未だに知らないはずだ。

 だがそれも今更である。本当だろうが嘘だろうが、大概の者は“女帝陛下のご意志”と口にすれば、誰もが恐れて反抗しなくなる。ハリエットにとっては、それはいつもの常套手段であった。


「そうだ! 女帝陛下はお前らのような汚らわしい存在が、この世に存在すること自体、言いようもない吐き気がすると苦しんでおられた! そしてお前らが、この荒野で野垂れ死んで苦しんでいる姿を見て、大層喜ばれていたのだ! だがまさかお前らが、このような領土を手にして、豊かさを得ようと目論んでいたとはな! これでまた陛下が苦しめられてしまう! この陛下への狼藉! そしてすぐには死刑にせずに、今までかろうじて生かしてやっていた慈悲深さ! その全てに背いた貴様の罪は言いしれぬ! 今日この場で、お前達の存在そのものの罪を、我々が裁く!」


 長々と演説ぶった罵倒を口にした後で、ハリエットが手を上げる。そして彼女が連れ立っていた、数百人もの兵士達が、一斉に銃を構えた。


「全て殺せ! 一匹足りとて逃がすな!」


 大勢の帝国兵達が、人々が住んでいる家々に突撃しようとする。数人の帝国兵が、ルシアに向けて銃を向けて、一斉に引き金を引いた。あわやこれで町は全滅かと思われたが……


 ドン! ドン! ドン! キン! キン! キン!


 幾つもの衝突音と、跳弾の音が鳴り響く。


「なっ、何事だ!?」


 予想外すぎる事態に驚愕するハリエット。何が起こったのかというと、まず家々に突撃した帝国兵達が、見えない壁にぶつかって昏倒した。

 予想だにしない衝撃に、倒れ込む者や、顔に鼻血を流して藻搔いている者もいる。またルシア目掛けて発砲された銃弾も同じであった。

 銃弾は全て、同じ見えない壁に阻まれて、跳ね返っていく。その内の一発が、帝国兵の足に当たっていた。


 あまりの事態に驚愕する帝国兵達を、ルシアは楽しそうにほくそ笑んでいた。家の中から、様子を見ていた者達も、最初は怯えていたが、この光景を見た瞬間笑い始めていた。


「結界か!? しかしお前らホタインは、魔法を使えなかったはずでは!?」

「ええ、使えませんよ。先程も言ったでしょう? 我々には女帝のような詐欺師ではない、本物の奇跡の人がいると」


 ルシアがそういった直後に、町のある家から、今まさに出番を待っていたかのように、飛び出してくる者が現れた。風の魔力を身に纏い、高速でその場で駆け込んできた者。それはカーミラであった。


「愚かな……その程度の力で、あれ程威張っていたとはな。私が少し手を鳴らしただけで、全員粉みじんにできそうな脆弱さだ」


 呆れた声でカーミラは、帝国兵達の前に出る。動揺した帝国兵達が、長銃を彼女に向けて、次々と発砲するが、これも結界に阻まれて、全く通らない。


「その装い、魔道士か!? この結界もお前の仕業か!?」

「ああ、その通りだ。しかしこの様な大した力もかけずに張った、脆弱な結界も破れぬとはな……。これが偉大なる帝国の力だと?」


 カーミラの言葉に、ハリエットが屈辱的に顔を歪ませる。


「くっ! ではお前がその奇跡の人だと?」

「私が? 愚民共が……。まあそう思いたければそう思えばいい。私の名はカーミラ! 異界より来た、偉大なる大魔女よ!」

「大魔女だと!?」


 帝国政府が、誰かに濡れ衣を付けるときによく使う“魔女”という単語を自ら名乗るカーミラ。それにハリエット含めた、帝国兵達全員が驚愕した。


「ちょっと待って! まさか本当に魔女なのか!? いつもの言い掛かりでなくか!?」

「そんな……いや! 私食べられたくない!」

「おいおい……もしかして北方の魔女じゃないよな? だったら何でここにいるんだ?」


 魔女という名前を聞いた瞬間に、一斉に逃げ腰になる帝国兵達。その様子に、カーミラはますます呆れる。


「はっ……どこまでしつこく脆弱さを見せつけくれるのか? まあ前の戦車部隊も、弱すぎて大体判ってはいたがな」

「戦車部隊? ……まさかお前!?」


 そこでハリエットはあることに気づく。以前邪竜討伐の時に、戦車部隊を半壊状態にした、謎の魔道士。

 あの時ハリエットは、後方の指令車にいたので、直接は見ていない。だが彼女のこの服装と、先程の風を纏った移動魔法など、特徴は報告で聞いた者と一致していた。


「私からすれば、お前らこそ、命の価値が薄い蛮族。本当ならこの場で皆殺しにしてやってもいいが……どうやら我が将来の伴侶は、殺生を好まないようだ。故に潔くこの場を退けば……て、あれ?」


 敵を威圧する立場であるはずのカーミラが、何故か驚く。

 ただし恐怖による驚きではなく、呆れによる驚き。カーミラが台詞を全て言い終える前に、帝国兵達が一斉に逃げ出したのだ。


「待て、お前ら! 撤退命令は出していないぞ!」

「うるせえ! 戦いたきゃ、お前一人でやれ!」


 ハリエットの命令を無視し、帝国兵達は上官を放置して、機械車両へと駆け込んでいく。取り残されて呆然としているハリエットも、慌てて彼らの後を追った。


「こらぁ! 畑を踏み荒らすな!」


 ある村人がそんな怒声を上げる中、帝国兵達は車両に乗り込み、荒野の向こうへと一目散に逃げていく。

 遅れて逃走したハリエットは、危うく置き去りにされかかったが、どうにか踏みとどまってくれた車両に乗り込み、共に逃走していく。

 かくして帝国兵達は、碌な戦闘もせずに、あっというまに退却していった。


「ぶははははっ! あれが神聖なる帝国軍!? 超受ける~~♫」

「もう二度とくんな! ゴミ共め!」

「腐れ女帝に伝えとけ! 今度手ぇ出したら、今度はお前が裁きを受けるとな!」


 逃走する帝国兵達を、町民達が嘲笑いながら見送っていく。彼らにとっては、これほどまでに楽しい見世物はなかった。


「何だよこれ!? スライムなのか!? うわっ! よせっ、やめろ!」

「うわぁあああっ、勘弁してくれ!」

「私達はあの女の命令に従っただけなの! 背けばすぐ死刑だし、仕方なかったのよ!」


 なお全ての帝国兵達が逃げられたわけではなかった。逃走の途中で、ライムの分身達が、二十人ほどの帝国兵達を捕縛していた。

 彼らはどれも、畑のど真ん中を踏み越えたところを、水辺で隠れていたライム達に掴まったのだ。


「だーめ! 貴方たちが踏んで壊しちゃった畑。しっかり働いて直して貰うんだからね」


 粘液状の腕で彼らを取り押さえるライムが、懇願する帝国兵達に、子供を叱るようにしてそう笑顔で言い放っていた。

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