第二十六話 ゲロで蘇る生態系
さてそんなこんなで、一行はそれほど時間がかからずに、湖の側の村に帰還した。あの一つの山のような巨体が、動きながらどんどん村まで近づいてくる。そうなると……
「化け物だ~~~!」
「まさか人妖の再来か!?」
「大変だ! 皆逃げろ!」
「子供達を先に馬車に! 俺たちが何とかして食い止める!」
「いや~~! パパ、死なないで!」
タンタンメンが村まで近づいていくと、とても騒がしい声が聞こえ、勇敢な者達が、鍬やスコップを持って、実に盛大にタンタンメンを迎え入れてくれた。
『いや~~実に盛大な歓迎ね。ていうか、私のこと、こっちに伝えてなかったの?』
「そういや忘れてたな……どうしよ、これ?」
「あら? メガ達が来たわ」
少し離れた所から、優れた視力と聴力で、村の様子を見ていた一行。すると村に、家にいるはずのメガとセイラが駆け込んでくるのが見えた。
「おいっ、こら! 皆落ち着け!」
「あの人は敵じゃありません! 私達にも友好的な、霊獣様です!」
彼らは村人達を宥め、タンタンメンのことを必死に説明しているようだった。
「どうやら戦いは避けられそうだな。色々と頼りになるぜ、あいつら」
『そうね……まあ私も、うっかり人を踏んづけないよう、寝床を村から少し離れた所にしますか……』
そう言って、そこから少し距離を取ろうと、タンタンメンが動き出す。ふと彼女は、この広大な湖を見渡して言いだした。
『それにしてもこの湖……全く命を感じないわね。水は綺麗なのに、まるで死んだ水辺だわ』
「そりゃあつい最近、できたばかりだからな」
ジャックが見つけた、貝殻や亀の甲羅を見る限り、ここが昔湖だった頃は、まだ生き物はいたのだろう。だが干上がってから相当な年月がたっている。今更水を溜めたからといって、絶滅した生物が生き返ったりはしないだろう。
『駄目ね。こんな不純な湖、認められないわ』
「不純っていってもな。これはどうしようも……何してやがる!?」
「うげぇ……」
タンタンメンが取りだした行動に、和己とカーミラは、顔を青ざめて絶句した。遠くから見ていた。
メガ達含めた村人達も、あまりの光景に唖然としている。中には気持ち悪さで、吐き気をもようしている者もいる。
何があったのかというと、タンタンメンが湖面に顔を近づけると、口を開き、そこから何かを放出しだしたのだ。
ドボドボドボドボドボッ!
人間的に見れば、嘔吐にしか見えない、黄緑色の謎の液体。それを口からドバドバと、手水の動物像のように湖に垂れ流しているのだ。
その大きさも相まって、その謎の液体の排出量は、相当な物であろう。ぶっちゃけ、かなり汚い姿である。
「おい、お前!? 何してんだ!? 不純とか言っといて、お前がここにゲロ垂れ流してんじゃねえよ!」
呆然としていた和己も、平静さを取り戻すと、激怒してタンタンメンに怒鳴りつける。
その言葉を聞いたからか、ただ用が済んだからなのかは判らないが、タンタンメンの放出は、その言葉の直後に止まる。そして顔を湖面から持ち上げて、和己の方に向き直る。
『別にゲロ吐いた訳じゃないわよ。ここに命の素を流して上げただけよ』
「命の素? ……何だよ?」
『ふふ……まあ、見てなさい。あと三日ぐらいで、凄いことが起きるわよ』
「いや、具体的に説明しろよ」
『具体的に説明しても、意味判らないと思うけどね。ここに一つの生態系分のクローンが、大量に生まれるようにしたのよ。本当なら何百年もかけて生まれる生態系が、たった数日で出来上がっちゃうのよ。すごいでしょ? まあ、信じられないなら、見てから判りなさい』
そう言って村から距離を置いたところに移動するタンタンメン。確かに意図がはっきり判らない。ただ色々不安に思うことがある。
(俺たち……これから先も、あのゲロ吐いた湖の水で暮らすのかよ……)
それから三日後のこと。タンタンメンが指定したとおりの日付に……
「おい……どうなってんだよこれ……」
「すごい……こんなに沢山の植物、帝都の公園でも見ないよ」
人々が湖岸の風景を見て、あの時以上に絶句していた。和己達も、騒ぎを聞きつけて、そこに駆け込んだ。
「おおい! 何があった……うぉおおおっ!?」
湖面を見て、和己達も驚愕する。あの日以降、この湖の水を使うのは気が引けて、和己が召喚した飲料水で生活していた村人達。だがここでその湖に、想像を絶する変化が起きていた。
今まではプールの水のように、無色透明で湖底の土がはっきり見えていた湖面。だが今はそれが全く見えない。
水が少し濁っており、そこに大量の水草が生えているのだ。湖面にはちらほらと、蓮と思われる葉っぱが浮いている。それが湖の浅瀬を広範囲に、覆っているのだ。
ジャックがその湖の水質を探知・解析する。
『……すごいな。ここの水、多数の種類のプランクトンが発生してるぞ、まるでずっと昔から、ここに住んでたみたいだ』
「嘘でしょ? ついこの間まで……てうわっ!?」
セイラが湖の中で、ある動く物体を見つけて、動転の声を上げた。それは湖の浅瀬の中、水草の合間を泳ぐ、稚魚らしき細かな小魚であった。
「えっ、これって……もしかして魚ですか!?」
「え? ああ……セイラ、お前魚見たことないのか?」
よく見ると、魚だけでなくオタマジャクシまでいる。ここには水草やプランクトンだけでなく、脊椎動物まで住み着いているのだ。
その後和己と村人達は、この湖の湖岸や浅瀬を、色々見て回り、多くの生き物を発見した。ある浅瀬では、数頭の鰐が日向ぼっこをしており、村人達をびびらせていた。
タンタンメンが予告したとおり、死の湖だったここは、僅か三日で、様々の生物が住まう、命溢れる湖へと変貌してしまったのである。
『あはははっ! 私って凄いでしょ?』
「ああ、すげえよ。ていうか凄すぎだろうが!? 別に俺がいなくても、この世界はお前が救えるんじゃないのか?」
村から少し離れた所にある、タンタンメンの寝床で、和己達が彼女とそんなやり取りをしている。
一緒に来ていた村人達も、以前とは別の意味で彼女を畏怖していた。中にはまるで神様のように、タンタンメンを崇めている者までいる。
『それは嫌よ。私が手を貸してあげるのは、私が快適に暮らせる分だけよ。後はあんたがどうにかしなさい! 多分ゲドは、まだまだあんたに色々言ってくるだろうしね』
「へいへい……」
呆れながらため息をつく和己。かくして、現段階の目標の一つであった、村人達の自活支援は、予想外の出来事により、実に大きく急速な速度で進展するのであった。
ちなみに同時期の頃、以前のタンタンメンの寝床付近にて。
「どういうことだ? あの化け物はどこに行った?」
以前の戦闘で破壊された、戦車の残骸が無数に散らばっている、山脈の麓の荒野の中。そこにはまた、あの機械部隊が訪れていた。今回出動した戦車の数は、以前の倍はある大部隊だ。
だがそこには彼らが狙っていた獲物はどこにもいない。ハリエット含めた、大勢の兵士達が、車両を降り、その場を見渡すが、やはり何も見当たらない。
「中将……どうしましょう?」
「敵がいないんじゃどうしようもないわね……。邪竜は私達の襲撃を恐れて、逃げたことにするしかないわ。しかし敗北の次は、不戦勝とは……」
「中将! あちらに何か奇妙な物体が!」
ハリエットが微妙な顔で、今回の件を片付けようとしていると、急に付近を捜索していた部下の声が届く。
「何かしらこれ?」
「さあ……? 爆弾のように見えますが、信管らしき部分がありませんね」
それはかつてタンタンメンが座っていた地面のすぐ側にある、大型の円柱型の物体である。海賊旗のような、髑髏マークが描かれているのが印象的な、実に謎の金属製の物体である。
「何かの機械かしらね? 何かしら作動している様子もないし……」
「どうしましょう、ハリエット中将?」
この得体の知れないものをどうするべきか? 兵の多くは、ここにこのまま放置してしまいたいと思っていたが……
「持ち帰りましょう。ここで王宮に、何の手土産もないのは、さすがに不味いからね」
その命令の後、この謎の物体は、機械部隊の後方を走っていた、トラックに詰め込まれた。そして部隊の帰還と共に、この謎の物体は帝国領へ、そして帝都の中へと持ち込まれることになる。




