第二十五話 大きな引っ越し
『馬鹿な!? 今当たったのに!? 化け物か……うわぁあああっ!』
ハリエットのいる司令塔の装甲車内に、通信で驚きの直後に悲鳴が上がった。一台の戦車が、またやられたのだ。
『中将! 戦車部隊が十六両やられました! このままでは全滅です! 撤退命令を!』
「馬鹿者! これだけの部隊を投じて、おめおめ逃げ帰れるか!」
『しかしこれ以上やると犠牲者が……』
「それがどうした! 女帝陛下の名の下に、貴様ら全員最後まで戦って死ね! 逃げ出す奴は死刑だ!」
『しかし……戦車部隊が全滅したら、今度は中将のいる後方部隊にも被害が出ますよ!』
「むっ? それはいかんな……」
ヒステリックに声を上げていたハリエットも、自分に被害が及ぶという話しを聞いた途端、すぐに冷静になって、新たな指令を下す。
『撤退だ!』
かくして三十両の戦車の内、二十一両が破壊された機械部隊は、即座にその場から退避を始めていた。
「逃がすか! はぁああああっ!」
敵は後退を始めたが、カーミラはそれを許さず、魔法を撃ってまた一台戦車を破壊する。それに和己が大慌てで声を上げた。
「やめろカーミラ! やりすぎるな!」
「うっ……」
それはかなり遠くからの声であったが、カーミラは身体の頑丈さと共に、聴力も上がっているようで、その声を聞いて即座に魔法を打つ手を抑えた。
だがあの機械部隊への怒りは収まっていないようで、歯を食いしばって、逃げ帰っていく機械部隊を睨み続けていた。
敵の部隊の姿がどんどん遠ざかっていくのを見て、和己は安堵して、未だにあちらを睨み付けているカーミラの元へと駆け寄った。
「ありがとうよカーミラ。また助けられたな……」
「ふん、礼を言われるまでもない! あのような礼のない、命を惜しむ価値も無い奴ら、頼まれずとも私が全て滅ぼしてやっていたわ。次現れたら、一匹残らず私の地獄の業火で焼き尽くしてくれるわ!」
「そっ、そうか……(魔女だからか? 人殺しを躊躇わないんだな)」
一応これで、ゲドからの依頼を果たしたとして、和己はタンタンメンの方に向き直る。
先程の戦闘で、彼女との距離は結構離れたが、あの大きさであるために、このぐらい離れた方が話しやすそうだ。
『ご苦労さん。中々面白かったわよ』
「面白かったか……やっぱりお前にとっちゃ、あんなの脅威でも何でもないか」
『ええ、そうね。私だったら一人も殺さずに、上手く追い返せてたけど。何でゲドが、あんたにこんなこと頼んだのかしら? そもそもあんたとゲドって、どんな関係な訳?』
「ああ……」
事態が落ち着いたことで、和己は自分がこれまでの体験したことを、事細かく説明した。自分が持った不思議な力に関してもである。
『ふうん……あいつが他人に、そんな取引を申し出るなんて、珍しいわね。しかしそのクラスメイトと結婚することが条件ってのは……それだとそっちの子はどうするわけよ?』
「そっちの子? カーミラのことか? 何で?」
タンタンメンの指摘に、不思議そうな和己。そもそも彼女を、年頃の女子と考えていない和己と違い、カーミラの方は微妙な表情である。
『まあ、いいわ。ところであんたは二回、ゲドにあったみたいだけど。そいつは一人で、あんたに会いに来たのかしら?』
「いんや、巨大化できる変なウリ坊と、いつも一緒だったぞ。確か名前はチビだったか……」
『いや、そっちじゃなくて、ゲドの周りに人はいなかったのかってことよ』
「人?」
思い返してみるが、彼女の周りに、ウリ坊以外の誰かがいた様子はない。傍らから見ると、子供がペット連れで一人で出歩いているようにも見えたが。
『いなかったの? 珍しいわね。あいつが一人で何かしてるなんて……』
「いつもは一人じゃないのか?」
『ええ、あいつから血を分け与えられて、不老になった半緑人が四人、いつも一緒にいたわ。何かあったのかしら?』
どうも向こうにも何かあったらしい。どこかで命を落としたか、仲違いしたかは判らないが。
「まあ、いいや。これで俺は依頼を果たしたんだが……お前はどうする? 何かこれで、ますます帝国の奴らに目を付けられちまったけど」
『あら、気を遣ってくれるの? 結構親切なのね』
「まあ……ある意味俺の責任で、人死にが出ちまったみたいだし」
「ふん! あのような者どもに、一々責任を感じるとは、和己もまだまだ甘いのだな」
「そうだな。まあ……関係ない奴が、勝手に殺したなら、別に何とも思わないんだが……」
間違いなく死んだであろう、あの戦車の乗員のことを思い浮かべ、和己は苦笑いをしている。一方のカーミラは、少し不服そうだ。
『そうね。まあここにいつまでも居座ってもつまんないし、あんたらのことを見ていた方が面白そうだしね』
「それはつまり……お前も俺たちの村に来るって事か?」
『そうよ。駄目かしら?』
何か凄いのを仲間に引き入れそうな展開である。今まで和己が召喚してきた者より、遥かに凌駕する凄まじさである。これに和己は少々悩んだ。
「(まあ、こいつ自身はやばい奴じゃなさそうだし、別にいいけど……。でもそうなると俺たちが帝国の奴らに目を付けられて危ないような……いやよく考えると、こいつを引き込んだ方が安全か? 結局俺ら、帝国の兵を殺しちまったわけだし)よし、判った! いいぞ、歓迎するぜ!」
「え~~~?」
色々考えた結果、和己はOKの返事を出す。その言葉に、隣にいるカーミラが「大丈夫かよ?」という不安げな声を上げていた。
『よし、それじゃあお引っ越しと行きますか』
その場でタンタンメンが立ち上がった。今まで座り込んでいた、巨大すぎる身体の、足が動き出し、その身がどんどん上がっていく。
身体に積もっていた、砂や埃が、その振動で滝のように、彼女の身体から流れていく。そして地面に落ちて、大量の土埃と共に、地面に小さな山脈を築き上げていった、
あれ程の埃が溜まる辺り、どれほどの期間、あの体勢でジッとしていたのだろうか?
タンタンメンの影が大きくなり、その荒野の暗がりが広がる。まるで夜が一気に迫るかのようだ。そんな圧倒的な光景を、二人はやや引きながら見上げていた。
「ここまで歩いて行くのか? じゃあ俺が方向を教えるから、ついてきてくれ」
『ええ、お願いするわ』
コンパスを見ながら和己が、村のある方向まで、ブラックに運ばれながら、タンタンメンを先導する。カーミラも風の飛行魔法で、彼についていき、更にその後ろを、タンタンメンがついていった。
ドン!ドン!と、タンタンメンが歩く度に、地震のような揺れが起こる。彼女が歩いた大地には、とても大きくて深い、小さな枯れ池のような、蹄の足跡が残されていた。
見た目は普通に人が歩く程度のペースで、普通に歩行しているように見えるが、その巨大さ故の歩幅から、移動速度はかなり速い。
普通あれだけ巨大な生物ならば、その動きはスローモーションのように、過度にゆっくりとなるはず。だがそれであれほどの動きができるということは、相当な身体能力である。
(何か、怪獣に追われてるみたいな気分だな……)
そう考えながら、和己は彼女を先導して飛び続ける。戦車の残骸が転がる、さっきまで自分たちがいた荒野が、どんどん遠ざかっていった。
(そういや……あの毒ガス弾、置きっ放しだったな。……まあ、別にいいか? どうせあそこには、誰も寄りつかんだろうし)




