第二十四話 再召喚
「あれ?」
叫び続けていた和己は、相手の動きに変化が起きたことに気づく。だがそれがどう見ても、こっちの話を聞いてくれる風ではなかった。
数台の戦車の車体の前面についている、副武装の機関銃が方向を変えた。こちらに銃口を向けて、狙いを付け、そしって一斉に火を噴いたのである。和己の足下の近くの地面が、銃弾を受けて砕け散る。
(ふぇえええっ!? そりゃないだろ!?)
即座にダッシュで逃げ出す和己。無数の弾丸が発射されて、和己向かって次々と飛んでいく。和己は持ち前の身体能力のおかげで、それをどうにか避けていく。
あちこち走り回りながら、弾丸を躱し続けると、他の戦車からも攻撃に参加した。何台もの戦車からの一斉砲火に和己は避けきれずに、背中や手に何発か当たってしまう。
「いてえっ! くそうっ!」
『実弾を受けて、普通は痛いじゃ済まないが……。それでどうするんだ? 逃げてばかりじゃ、あいつらは倒せんぞ?』
「どうしようもないだろ!? 俺にどう戦えってんだ!?」
隣に浮きながら、律儀に一緒に逃げてくれている目目連に、泣き顔で叫ぶ和己。タンタンメンの右横の、岩石が数多くある場所に逃げ込み、一個の大岩の前にどうにか隠れた。
銃弾を防ぐ盾を見つけたことで、和己はようやく平静を取り戻し、自分の身体を見渡す。これまでに十発ぐらい銃弾が当たったが、そんな重大な怪我はない。当たった箇所が少し腫れているが、出血などもなかった。何と頑強な肉体であろう。
(だけど大砲が当たったら、ひとたまりもないな……。さてどうするか? あの魚竜みたいな化け物を、また召喚するか? ここなら人は敵しかいないし、好き勝手に暴れられても……いやここにはタンタンメンがいたな)
『和己よ。カーミラから伝言があるぞ』
和己が敵に対抗する為に、何を召喚すべきか悩んでいたとき、側に浮いていた目目連が、また声をかけてきた。
「伝言?」
『ああ、俺の目を通して、ここの一部始終を見ていたからな。生憎声を直接通すことはできないが。ここに自分を召喚できないかと言っているぞ』
「ここにカーミラを?」
それは今まで考えていなかったことであった。今までは一回召喚したものは、それっきりであった。
「一度召喚した奴を……また俺の所に喚べるものなのか?」
『それを我らに聞かれてもな……。だが我らが知っている召喚士は、皆一度契約したものは、どこでもいつでも呼び寄せられていたぞ』
「そうか……ようし!」
岩を削り続けている機関銃の音が聞こえる中、和己は意を決して、再び召喚を行った。
(ここに来てくれ、カーミラ!)
頭の中に、彼女の存在を強く思いながら、和己の召喚が発動した。目の前にあの召喚の光が発動する。そしてその光が消えた後には、あの見慣れた安っぽい魔女姿の少女が現れた。
「よくぞ、私をここに呼び寄せた和己! その力と、私の力を頼りにしたこと、褒めてあげるわ! さあて……和己をこんな目にあわせた、あの愚か者どもに、この大魔女カーミラが裁きを下してやろうぞ!」
そこに現れた少女=カーミラが、敵に対して大層ご立腹のようで、戦意バリバリで岩の前に飛び出した。
『ハリエット中将。あの巨岩が邪魔で、標的を狙えませんが』
「主砲の発砲を許可する。あの岩ごと破壊しろ! あの動きは只者ではない。もしかしたら先程の謎の爆発も、奴が関与している可能性もある。手加減無しでやれ!」
装甲車の中でハリエットが、各隊にそう指示する。一旦機関銃の掃射を取りやめ、十両以上の戦車隊が、その巨岩目掛けて主砲を向け始めた。
『巨岩から人が出てきました! これは……先程の男ではありません! 魔道士と思われる衣装の女です!』
「関係ない! 撃て!」
「はあっ!」
敵の主砲が一斉に火を噴く直前。カーミラにも変化が起きた。カーミラの周りを、局地的な竜巻が発生し、彼女の身体を中に浮き上がらせたのだ。
これは先程の、タンタンメンが行った、爆弾を浮かせたのと、よく似ている。
主砲がこちらを向き始めたのに気づき、カーミラは大慌てで動き出す。風を纏って、その場を浮遊しながら、まるでスケートボードのように、岩ボコだらけの荒野を走り抜ける。
風を纏った、ホバー走行は、かなり素早く機敏で、多くの岩という障害物を難なく飛び越える。
ドン! ドン! ドン!
敵の主砲が一斉に放たれた。高速で飛ぶ砲弾が、カーミラに向かって襲い来る。だがそれらの砲弾が、カーミラに照準を合わせて引き金を引いたときには、彼女は既に別の所に移動していた。
的を外した砲弾が、その辺の岩や地面に衝突し、多くの爆音を上げていく。
「あっちには近寄るな! 毒ガス弾に当たる!」
和己の声が聞こえているのか判らないが、カーミラは毒ガス弾があるタンタンメンの付近から距離を取って、飛び回った。
(すごい! 私飛んでるわ! ぶっつけ本番で、こんなに魔法を使えるなんて!)
飛びながらカーミラは、とてつもなく歓喜していた。先程空を飛べないことで、和己について行けなかったことに、かなり悲しげだった。
だからあの後、どうすれば空を飛ぶ魔法を使えるのか、必死で頭の中でシュミレートしたのだ。この風を使って飛ぶ方法も、一度は考えたが、それで本当に飛べるのか不安があった。
だが先程、目目連が送った映像を見て、俄然自身が沸き、実際にやってみたら、本当に上手く飛ぶことができたのである。
「ふはははははっ! 何だそのお粗末な攻撃はっ? こんなもの千発撃っても、この私を傷つけることは叶わんぞ! 遊びは終わりだ! この大魔女の力を見よ!」
飛びながら手を振りかざし、戦車部隊に向かって、攻撃魔法を放った。真っ赤な火球が、戦車目掛けて、勢いよく飛んだ。
ドン! ドン! ドン!
三発連射される火球。その内の二発が、戦車の鋼鉄の車体に、見事命中した。
今カーミラが放っている攻撃魔法は、今までの戦いで放ったものと比べると、大分威力が低い。現在彼女は魔法で飛び回っており、そちらに魔力が分散したため、威力が低下したようだ。
最もあの旧型の戦車の装甲を破壊するには、それで十分なようである。
しかも以前スライム女との戦いでは、大型魔法二発で魔力切れを起こしていたが、今回は全く力が途切れる気配がない。あれ以来の特訓で、彼女もレベルアップしたのかは、定かではないが。
一台の戦車のキャタピラに火球が命中。爆発と共に、高熱で金属製のキャタピラが熔けて、車体が横にガクッと崩れる。
一台の戦車の砲塔に火球が命中。砲塔の装甲は簡単に破壊されて、内部にあった発射直後の榴弾に引火。結果その戦車は大爆発を起こした。
「ようし! いいぞカーミラ! 頑張れ~~」
『あまり顔を出さない方がいいのでは?』
ドオン!
「ぬわっ!?」
和己が応援している最中に、彼が隠れ盾にしていた大岩に、砲弾が着弾。岩の三割ほどが砕け散って、和己は動転した。
「和己!? おのれぇええっ!」
敵の攻撃が和己の方にも飛んできたことに、カーミラは更に激怒し、攻撃を繰り返す。何連発も放たれる火球の連射。それらの攻撃に更にまた、三台の戦車が破壊された。
ドン!
「ほげっ!?」
だが敵もやられるばかりではなかった。一発の砲弾が、攻撃直後に動きが緩んだカーミラに、見事命中してしまった。
砲弾は風の壁を突き破り、カーミラの腹に命中。そのままカーミラは後方に吹き飛んでいった。旧式とはいえ、あの大型の砲弾を喰らえば、常人ならば原型も留めずに木っ端微塵になるであろう。
「だりゃぁあああっ! やりやがったな! このポンコツ軍団が!」
だが何故かカーミラは生きていた。数百メートル吹き飛んで、タンタンメンの右横の位置で倒れたが、即座に立ち上がる。
自分の傍らに移動したカーミラを、タンタンメンが見下ろしている。
『あんた何者? 和己の彼女かしら?』
「今はまだ違う!」
そう叫んで再び機械部隊に突っ込み、再び魔法を撃ち込んでいった。
両者の攻防はしばらく続き、カーミラはまた一発くらったが、その代わりに十台以上の戦車が、カーミラの魔法で大破又は戦闘不能状態になっていく。
三十両あった戦車の内の、およそ半数がカーミラ一人に倒されてしまったのだ




