第二十二話 大怪獣タンタンメン
かくして和己は、ブラックを背中につけて、高速で空を飛んでいた。ゲドが言うには、この方向で二百キロ先に、そのタンタンメンという霊獣がいるはずである。
今時速二百五十キロで飛んでいるから、一時間と待たずして、到着するはずである。
(しかし……方角は判ったとして、そいつの正確な位置はどうすれば判るんだ?)
全身に強い風圧を浴びて、髪を激しく振るわせて飛びながら、和己は今更ながらにその問題に気がつく。
高速で飛んでいる今なら、タンタンメンがいる所までいっても、気がつかずに通り過ぎてしまうかも知れない。
(とりあえず、これの針が反対方向に変わる瞬間を待つか……。まあこのコンパスが正しければの話しだけど。時間的にそろそろ……んなあっ!?)
自らが飛ぶ進行方向の大地に、ある物を見つけて和己は驚愕した。
「おいっ! ブラック! 止まれ!」
慌ててブラックに停止を命じると、急ブレーキのように、一気に速度を下げて、和己の身体が今まで以上に震わせながら、無事空中で停まった。
「まさかタンタンメンって、あれかよ!?」
『どうやらそのようだな……』
和己も、ポケットから出てきた目目連達も、それを目撃して驚愕している。
タンタンメンの正確な位置を、注意深く探る必要もなかった。そいつは遠くからでも、はっきり位置が判るぐらい、判りやすい存在であったために。
雲一つない明るい快晴の空に照らされて、草木がまばらに生える、広大な荒野。その先には土地の上下が激しい、山脈地帯があった。
上の方は丸坊主で、岩と土が剥き出しになった、山々の一角。その一部に、そのタンタンメンらしき者がいた。
標高五百メートルぐらいの山。その麓に、それはデカデカといた。デカデカというのは態度がでかいという意味ではなく、それそのものがでかいのだ。
それは四本足の馬や鹿のような体型の生物。前後両足を折り曲げて、その場で座り込み、首と頭を地面に垂れて眠っていた。
体型は鹿に似ているが、全身に生えているのは獣の毛皮ではなく、魚類のような無数の鱗。また頭は龍であった。頬のない口には、鰐のように鋭い歯が生えそろっている。
前頭部には、黄色い鬣に、鹿のような角が生えている。尻尾は鹿や馬と似ており、前後両足には偶蹄類の蹄が生えている。
その全体像は、東洋の龍と、馬を掛け合わせたような姿だ。
これだけでも異形な姿であるが、何より凄いのは、その大きさである。それは頭から尻尾まで、全長百メートルはある。通常の馬の数十倍、特撮怪獣をも凌ぐ巨大さである。
地表の色から、この鱗の色はかなり目立ち、その上この大きさであるために、和己は遠くからでも、この巨獣の姿を、はっきりと見ることができた。
「何なんだあの怪獣は?」
『あの姿は麒麟だな。日本でも知られている幻獣だが、知らないのか?』
「いや……そういやそんな妖怪の話しを、漫画で見たような? アフリカとか、動物園の麒麟なら知ってるんだけどな」
『我らは昔“ザルソバ”と言う名の麒麟を見たことがあるが……あそこまで巨大ではなかったな。……おやっ?』
和己と目目連が、空の上でタンタンメンを見ながら話していると、何と向こうが動き出したのだ。
その巨大な首が持ち上げられ、一本の塔のように延びる。今まで閉じていた目が開かれて、そのタンタンメンと思われる巨大生物が、空の上から自分を見下ろしている、和己達を真っ直ぐ見ている。
特に唸り声を上げたりと、威嚇する様子もなく、静かに和己を見ているのだ。
『気づかれたがどうする? 恐らく、人の言葉は通じると思うが?』
「……行くっきゃないな。あいつを守るのが、依頼だったし。……しかしあんなのを殺そうとしている命知らずは、いったい何もんだ?」
和己達はそのまま、ゆっくりとタンタンメンのいる位置に向かって下降し、その巨大生物の場所まで、恐る恐る近づいていった。
あの魚竜のように、今にも襲いかかりそうなさっきはなかった。だがあのトンデモ生物に自ら寄るのは、かなり勇気がいる行動で、和己の心臓はバクバクと強く動いていた。
タンタンメンから数百メートル先の地面に降り立つ和己。相手がいつこちらに襲ってくるか判らないので、いつでも逃げられるよう、背中にブラックは張り付いたままだ。
幸いなことに、タンタンメンがこちらに敵意を向けている様子はない。和己は警戒を緩めないながらも、ゆっくりと歩を進め、タンタンメンに近づいていく。
『別にそんな怖がらなくても、噛みついたりはしないわよ。あんた何者? 匂いからして緑人ぽいけど、緑人じゃないわよね?』
突如発せられたのは、電話越しに話しかけるような残響の入った、若い女性の声。決して大きい声ではないが、耳に良く届く聞こえやすい声だ。
そしてその聞こえる方角は、見上げるタンタンメンの頭部から。どうやらこいつが喋ったらしい。
「おっ、おう! 俺は水原 和己だ! 緑人ていうのは何か知らんが、ゲドって奴から頼まれて、お前を守りに来た! お前がタンタンメンだな?」
相手が会話が通じることがはっきりしたことで、多少は落ち着きながら、和己はそう手早く事情を説明する。
『ゲド? あいつやっと復活したのね……。それで何であいつがそんなことを?』
「さあ? 何か色々事情があるって言ってたけど……あいつが何を考えてるのかもよく知らないし。知り合いの医者が言うには、あれは不老不死の大魔道士だそうだけど」
それがジャックから受けた、ゲドに関する話しである。
『大魔道士か……まあ、間違っちゃいないわね。あいつの事情はさっぱりわかんないけど、まあそっちがそう言うなら、あんたにお任せしましょうか? 確かに私がタンタンメンで、この山を寝床にしてるわ。それでつい最近になって、私にちょっかい出す奴がいて、色々困ってるからね』
「そいつはいったい誰なんだ? セイラは帝国兵だとか言ってたが?」
『ええ、そうよ。ほら、今そこにいるし……』
「うん?」
タンタンメンが目を向けた先、自分が飛んできたのはとは違う、西向きの方向に和己は目を向けた。
その山脈の足下を通る荒野に、目を拵えてよく見ると、確かに何か動くものが、複数見えた。
常人ならば、この距離から正確な姿を視認することは不可能。だが力を与えられたせいか、常人より視力が優れた和己は、その姿を遠目からでも何とか認識することができた。
(何だ? 太平洋戦争の再発か?)
そこにいたのは、荒野を駆け抜ける、何十台もの機械の乗り物であった。それは戦争映画などで見るような、元の世界の認識だと、旧式のデザインの戦車・装甲車・輸送トラックの一団である。
キャタピラをガリガリ回転させ、排気ガスを撒き散らしながら、それがどんどんこちらに近づいてくる。
「あれが帝国軍なのか? まるで戦争にでも行くみたいだな……」
『そうね。あいつらからすれば、私の存在は戦争レベルの災厄なんだそうよ。前は銃を弾切れまで撃ちまくった後、さっさと帰ってくれたけど、今回は随分ダイナミックな装備できたわね』
「お前……あんな武器を差し向けられるようなことをしたのか?」
この巨大な怪獣に、あの機械兵団。それがぶつかったら、完全に特撮映画の光景が現実に再現されてしまう。
そんな状況を作り出した原因を、タンタンメンに問うが……
『私は何もしてないわ。ただこの辺りに寝床作って寝てただけよ。それなのに私のこと、帝国に襲い来る魔獣だとか言ってきやがって……。私は何もしないって、何度も言ってるのにね。前にいた世界でも、似たようなことがあって、こっちから退いてやったけどね。二度も同じ事するのも癪だから、意固地でもここに居座ってやるつもりよ』
「はぁ……。そんな目立つ姿でなくて、人型に変身とかできないのか?」
『できるけど、こっちの姿の方が、気楽でいいからね』
帝国の蛮行は何度か聞いたが、今回はちょっとだけ、相手の気持ちが分かる気がした。こんなとんでもない怪物が、領土の傍にいたら、それは怖いだろう。
だからといって、まだ何もしていない奴を、問答無用で殺そうとすることが、正しい判断とも思えないが。
『それで私のことを守るとか言ってけど……和己はあいつらを倒せるわけ?』
「ああ、大丈夫だ! 俺のとっておきの召喚術を見せてやるよ!」
敵の一団がこっちに来るまで、まだ多少の時間はある。その内に、和己はあの機械部隊に対抗する為に、事を為し始めた。
(とっておきを召喚してやる! 今度は戦士でも……いや、人を召喚するのはやめとくか、後が面倒だし。それじゃあ、俺にも扱えて、あの連中を吹っ飛ばせて、尚且つ勝手に持ち出しても、誰に困られないような武器を頼む!)
和己はそう念じて、ここに何かを召喚した。




