第二十一話 ゲドと帝国
予想外の珍客を今に招き入れた和己。部屋のソファに座る彼女の姿を見て、メガとセイラは、その姿を見て、不思議そうだ。
「あなたがゲドさん?」
「何か帝国で聞いてたのと、大分違うな……。こんなに小さいのかよ? まだ子供じゃねえか」
「生憎俺は見た目ほど若くはないが……帝国じゃどんな風に聞いてたんだ?」
「もの凄く恐ろしい凶悪魔道士で、ケダモノみたいな目と口で、巨人見たくでかくて、人を取って食うような感じの絵が、帝国に出回ってたぜ」
「それは酷いな……」
あまりに曲解された話しに、ゲドが顔を引き攣らせる。そういえばこの二人は、最初にゲドの名前を聞いたとき、かなり驚いていたことを思い出す。
「おいゲド、お前帝国と何か喧嘩でもしたのか?」
「向こうが一方的に突っかかってきただけだ。何か俺が開拓した土地を、いきなり出てきて、土地を全部よこせだの、俺に帝国に従属して、生涯奴隷として国に尽くせとか……」
「何だよそれ? ていうか土地?」
開拓という言葉を聞く限り、こいつも他所で何かしているのだろうか?
「ああ、まあ俺にも色々あってな。何でも女帝が言うには、自分以外の者が、自分と同じような力を使うのは、許されざる大罪なんだそうだぜ。使うだけでなく、能力を持ってるだけで、この世に生きてはならない汚物なんだと。本来ならすぐに死刑だが、奴隷として帝国に従えば、慈悲深い自分は、俺みたいな汚らわしい存在にも、生きる権利を与えてくれるそうだ」
「うわぁ……」
何というぶっ飛んだ、独占主義であろう。帝国というと悪役のイメージがあるが、ここまで過剰な暴君は、何ともアニメやゲームらしい存在である。
「何か俺たちが聞いた帝国の話しだと……女帝が新たに生み出した恵みの森を、横から奪い取った略奪者って事になってるけど」
「はぁ? 女帝は確か、限られた土地から出られないんじゃなかったのか?」
「ああ、この時点でおかしいよな。国じゃこんな話し、マジで信じてる奴がどれだけいたのか……。まあ一言でも女帝の悪口言えば、すぐに刑務所送りだったからな……」
メガも相変わらずと言った感じで、女帝のことを言うと、隣でセイラがやや複雑そうな様子である。
「まあ、女帝の話は今は置いといて……お前に新しい依頼をしに来た」
「えっ? じゃあ、ここの奴らはもういいのか?」
「いんや。こっちも並行して続けて貰うぜ。何、すぐに終わる仕事だから安心しろ」
「じゃあ、何だよ?」
いくら暇な時間が増えたからと言って、ここの仕事が終わらないうちに、急に仕事を増やされたことに、和己はやや眉を潜めた。
「ここから北東二百キロぐらい先に……」
「随分遠いな、おい?」
「前に海まで一っ飛びで飛んでいったろ? とにかくそこに、タンタンメンっていう、でかい霊獣が一匹いる。そいつを守って欲しいんだな」
霊獣タンタンメン。
霊獣とはどんな奴か知らないが、何とも変な名前が出てきた。
『タンタンメン? もしかして渡辺 紺の僕の一人か?』
「知ってるのか?」
『会ったことはないがな。ずっと昔、大艦隊と異世界で遭難したときに、現地の空間転移装置を稼働させて帰ったんだが……。その装置を動かす鍵の一つに、そいつを象った黄金像があった』
「ああ、お前あの世界の連合艦隊のメンバーか」
『そうだ。お前のことも、データで知ってるぞ。何でも“暴れん坊女神”とかいって、随分派手にやってたそうだがな』
どうやらジャックが、一部何か知っているようで、また何かこっちに分からない話を始めている。
「まあ、とにかくだ……今回の依頼は、そいつを殺そうとしている悪党共から、そいつを守ることだ」
「悪党? 誰だか知らんが、そいつは俺に倒せるレベルなんだろうな?」
「ああ、勿論だ。とりあえずこれを置いておくぜ。タンタンメンへの道標だ」
ゲドが次元魔法と思われる術で、何もない空間から、突如物を取りだした。それは一つのコンパスであった。航海物語で見そうなデザインで、円形の入れ物の中に針がある。
「この針の行き先を辿れば、そのタンタンメンの所まで、迷わずに行けるぜ」
「ふうん……用意がいいな」
和己がそのコンパスを受け取ると、ふとセイラがゲドに話しかけてきた。
「あの……そのタンタンメンって人、ゲドさんの力でお守りできないんですか? ゲドさんは前に、帝国の大軍を、一人で死人を出させずに追い返したと聞きます。そんなに強いなら……そのタンタンメンさんを狙ってる人って、帝国兵でしょ?」
「ああ、まあそうなんだけどな。色々事情があってな、今回は特別で、こいつにやって貰わなきゃ行けないんだよ。……まあ、そもそも守る必要もない奴なんだが」
『ていうか一人も殺さずに? お前らしくないな……時間と共に丸くなったか?』
「元からだよ、失礼な奴だな! 俺は必要もなく、人殺しなんかしねえよ! 死にかけるまでいたぶったりはするけどな! ……まあ、そういうことだ。和己、後はよろしくな」
本気で意外そうなジャックの問いに、ややキレるゲド。
これで話しは終わりのようで、その場でゲドが立ち上がる。今まで家の中を歩き回っていたウリ坊も、すぐに彼女の足下に戻ってきた。
「待て、ゲド! 忘れてないよな!」
すると和己が、慌てて呼び止める。
「お前の願いのことか? 勿論忘れてねえよ。あいつと結婚させてやるし、元の世界にだって帰してやる」
「本当なんだろうな?」
かなり怪しむ視線の和己。あの時はろくすっぽ考えずに、即効で話しを引き受けたが、後から考えると、あまりに上手い話に、警戒が必要であったことに気づく。
(そもそも思い人ご自身に、何の話しもせずに、そんな契約をするのが、おかしいんじゃ……)
話しを聞いていた中で、セイラだけが契約そのものに疑念を抱いていたが、彼女はそれを勇気を持って口ずさむことはなかった……
「勿論だ。俺を信じろ! そもそも、そのためにお前を選んだんだしな」
「何?」
「それじゃあ、さよならだ」
突如、ゲドの横の空間に、円形の穴が開いた。その空間をぶち抜いた。横向きに置かれたフラフープのような光輪の中に、緑色の光の壁がある。
ゲドとウリ坊は、その光輪の中を潜り、緑光の壁の中に飛び込む。まる色水の中に潜ったように、ゲドの身体がその緑光の壁の中に飲み込まれて、あっというまにその姿が消えてしまった。
それと同時に、その空間の穴も、一瞬で消滅してしまった。訪ねるときは玄関から入ったのに、帰りは屋内で空間転移である。
「あれって空間転移って奴なのか? 和己の召喚と、ちょっと違う感じだけど……」
『まあな、それで和己はどうする? あいつの言うことを聞くのか?』
「そりゃまあ……聞く以外にないだろうが……」
和己はさっき貰ったコンパスを手に取り、疲れたように一息吐いた。
庭の中に出る一行。和己は早速そこから飛び立とうと、ブラックを背中にしがみつかせる。海へ転水装置を運んだときと同じように、空を飛んでコンパスの指す方角へ行く予定である。
「本当に和己一人で行くのか? 私の力がなくても大丈夫なの?」
「……しょうがないだろ? こいつが運べるの一人までなんだから。カーミラはまだ、空飛ぶ魔法を使えないんだろ?」
「うむ……我が衰えた力を取り戻すよう、日夜鍛錬をしているのだが、まだその域に達していないようだ。……しまった。(……料理なんかより、そっちをやっとけば良かった)」
『取り戻すんじゃなくて、これから覚えるの間違いじゃないのか? まあ、いいや。和己、こいつら連れていけ』
ジャックが紹介したのは、空中に浮かぶ三つの目玉。飛行形態の目目連達である。
「何でこいつらが?」
『そいつらは皆繋がっててな。そいつが遠くで見たものを、こっちの目目連達から映像として写すことができるんだ。これでこっちは、いつでもお前の様子が分かる。まあ、こっちから声を届けたりはできないがな』
「へえ、そいつは便利だな」
和己が手を取り出すと、目目連達が手の平の中に、ドングリのようにポトリと、自ら落ちた。
「しかしよ……目玉を持ち歩くって、ちょっと気持ち悪いな……」
『我慢しろ。我らとて、お前の狭いポケットの中で、我慢してやるのだ』
「そういやさっき、ゲドが開拓した土地がどうとか言ってたな? ずっと聞きそびれてたけど、あいつはどういうことで、帝国に目を付けられてたんだ?」
うっかり聞くのを忘れていたことを、出発間際の今になって、和己はメガに聞き出した。
「ああ、うん……この世界、ほとんどが荒れ地で、住むのが難しい世界だって話しだったろ?」
「そうだったな。女帝が恵みを与えた土地だけが、例外だったんだっけ?」
「それが何年か前に、例外じゃなくなったんだよな。帝国の領土から、100㎞以上も離れた所に、もの凄いでかくて深い森が、いつの間にか出来上がってたんだよ」
「いつのまにか?」
それは何とも面白い話しである。気づかぬうちに、この世界には緑が戻っていたのか?
「それがいつできたのか、実はよく判らないんだよな。村長の話じゃ、二十年ぐらい前に、帝国軍が調査したときには、そこは只の荒れ地だったって言うし。帝国の話しじゃ、皆が知らない内に、女帝が力を注いで、そこに森を作ったって言う話だけど……まず嘘だろうな」
最後の言葉には皆が頷いた。帝国の領土から出られない者が、どうやって帝国からそんなにも離れた所に、森を再生できるのか?
「本当にそれをやったのが、あのゲドなのか?」
「その話しは今日初めて聞いたがな……多分そっちが本当じゃねえのか? 帝国が言うには、そいつは帝国が再生させた土地を、力尽くで奪い取った大悪党だそうだが……」
「成る程ね……」
正直帝国側のそんな説明よりも、ゲドの説明の方が信憑性がある気がする。だが何故ゲドがわざわざ荒れ地に森を再生させたのか?
帝国を追い返したと言うことは、人々に恵みを与える目的ではないだろう。
そもそもそんな事ができる、とてつもない力を持つ奴が、自分に頼って何をさせるつもりなのか? 色々疑問が増える話しである。




