第二十話 日常と来訪者
さてライムの件から、数日の日日がたった。荒野に突如現れた湖はどんどん拡大し、やがてその広い窪地には、収まりきれないほどの水が溜まる。
溢れ出た水は、少し大地が低い土地に、線を作って流れていく。その荒野に、新たな河川が生まれようとしていた。
「はぁっ!」
湖の水辺近くのあの村で、大勢のホタインの住民達が見守る中、和己がまた何かを召喚する。今回は食糧ではない。食糧ならば、数十分前に既に召喚して、住人達に分配している。
ドサドサッ!
その場に大量に落ちてきて、積み重なっていくのは、中に大量に何かが詰まってパンパンの、大量の大型のポリ袋。色は白や黄色など様々あり、袋に書いてある文字も大分違う。
「これが肥料か? 随分派手な入れ物に入れてんな?」
一人のホタインが、何百にも詰まさった、その大量のポリ袋を見て、そうコメントする。
「俺の世界では、どんな物でも大概派手だぜ。こっちは苦土石灰で、肥料じゃなくて、土の土壌の中和を……」
和己が袋に書いてある名前と、書いてある説明書を読み上げる。中には外国語で書いてあって、読めない物もあったが。
ここに集まったホタインは、全員農夫であった。このまま他所の世界から、食べ物を盗み続けるのは良くないので、ここで新たに畑を開墾しようという話しは、本格的になり始めている。
何しろ農業用水は、もう十分すぎるほど確保できている。後から水を引く用水路を作ろうという意見も出てきた。
そんな中、和己も、ゲドからの依頼に繋がると考えて、召喚術で彼らの手伝いをすることにしたのだ。それで考えたのが、あっちの世界の肥料の召喚であった。
皆が次々と、積み上げられた肥料袋を抱えて、各々の集落へと持ち込んでいく。元々農業を知っている者達なので、使い方を間違えることもないだろう。
一袋二十キロはある袋を、ホタイン達は軽々と持ち上げて、和己に礼を言って去って行った。
「しかし……使い道のない肥料って指定しても、結構出るもんだな。やっぱり今時の畑でも、肥料ってのは余ってんのか?」
『いや……多分原料の問題だろうな……』
様子を見ていたジャックが、マジックハンドで肥料袋の一つの封を開け、その肥料を解析して、何だか気難しい口調でそう口にする。
「原料?」
『ああ、肥料には二種類あってな。天然で値段の高い有機肥料と、安物の化成肥料があるんだが……。これ、袋には有機肥料って書いてあるのに、実際の中身は化成肥料だぜ』
「なんと……」
和己は少しの驚きと、大いに呆れた。つまりこの肥料を製造・販売した会社は、詐欺を働いていたということである。
『まあ、化成肥料だからって、別に毒になるわけじゃないし、いいんじゃないか?』
「まあ……どうせ只で貰ったもんだしな」
その後拠点である家に帰る和己とジャック。以前召喚したあの家には、ここ数日の間に、大きな変化がいくつかあった。
一つは家の塀の外の荒野の土地に、大きな貯水タンクが置かれていること。それはパイプで家の水道管と繋がっており、家に水を提供している。
他に家から少し離れた土地に、ソーラーパネルの発電装置が広く置かれていることである。気も家もない、影で遮る物が何もない見晴らしの良い土地に、大量のソーラーパネルが、面いっぱい日の光を浴びて発電し、家に電力を供給していた。
ちなみにこれらはどれも、和己が召喚した物だ。
「あっ、おかえり和己……じゃなくて……よく戻ってきた和己よ。下々者達への施しは住んだのか?」
「ああ、皆喜んでたぜ」
家の中を真っ先に出迎えたのは、カーミラであった。彼女はここ数日たっても、あの魔女姿の衣装のままだ。
召喚が終えると、もうやることはなく暇なので、和己はテレビのある部屋に向かい、そこでテレビゲームを始めた。
召喚仕立ての頃と違って、この家には電源がつくので、家電製品も扱える。さすがにテレビ番組は入らないが。
つい最近始めた、RPGゲームの画像が、テレビに映し出されて、和己はゲーム機のコントローラをピコピコ動かす。その様子を、壁に張り付いた目目連達がじっと見ている。
最初は結構驚いたものだが、今ではすっかり馴れたもので、普通に見せゲーをしていた。
『和己よ、ちょっといいか?』
「何だ? 別にいいぞ?」
ゲーム中に目目連が声をかけてきた。
『カーミラが昨日から、料理の勉強を始めている。お前が弁当ばかりの食生活も味気ないとか言った当たりからな。ついさっきも台所で、何やら野菜を切る作業をして、頻繁にミスをしていたぞ』
「へえ……魔女でもそういう修行もいるのか?」
『しかも和己が帰ってきたのを言ったら、大慌てでそれを片付けたぞ』
「何か見られないような、秘術の料理でも作ってたのか?」
『違うと思うが……。しかしあの年齢の女性が、今まで料理ができなかったというのも……』
目目連が呆れながらそうコメントするが、和己はどっちかというと、ゲームの方に意識が向いていたようだ。
(しかし……すげえグラフィックだな。こんなゲームがあるなんて、俺全然知らなかったし)
ちなみ今和己がプレイしているゲーム機とソフトは、元の世界ではCMでも見たことがないもので、和己も若干驚いていた。
「「ただいま~~」」
やがて昼近くになり、メガとセイラが昼休みのために、畑仕事から戻ってくる。早速和己も、昼食用にデパート弁当と思われるものを召喚して、皆に振る舞い、今のテーブルに座った。
今回は召喚されたのはウナギの入った弁当だ。いくらデパート売り場の弁当でも、これは結構高値だろうに、こんなものにも半額入りのシールが貼られている辺り、何とも微妙な話しである。
「しかし今まで全然気にしてなかったんだが……最近落ち着いてきて、色々よく見て気づいたんだが……」
食べながら、和己が自分が開けた弁当の蓋に目を向ける。そこには弁当の値段と、製造日付・消費期限が書かれているのだが。
「この弁当の日付……どういうわけか俺が元いた世界より、未来の日付になってるんだよな……これって時間も飛んじまうのか?」
それが和己が抱いた疑問。半額表示にばかり気をとられていたが、生活が安定し始めて、色々注意深く見て、気づいたことの一つである。
『多分お前が元いた世界とは、違う世界から召喚したんじゃないのか?』
それに答えたのはジャックであった。彼は食事は必要ないが、探知機能で味覚を認識できる。最初に弁当を探知した後、彼はずっと近くのソファーの上に転がっていた。
「違う世界? これって日本語で書かれてるんだが……」
『似たような並行世界なんて、いくらでもあるさ。俺の元いた世界にも日本はあったし、こいつらだって普通に日本語が通じてるじゃないか』
「並行世界か、成る程……」
『そんなことより、もっと先に気を遣う部分があるんじゃないのか? 例えば服とか』
ジャックが指摘したのが衣服の問題。元より服を着ないジャックはともかく、和己とカーミラは未だにこの世界に来たときの服を着たままである。
自動洗浄機能があるのか、勝手に服の汚れが取れるので、服の着替えをあまり気にしていなかったが。
またメガとセイラも、最初に会ったときと変わらない、粗末な布の服である。一応湖で洗濯はしてあるが、あまり見栄えの良いものではないだろう。
「まあ、確かに……あまり気にしてなかったな。特に女の服は大事か? カーミラは何か欲しい服はあるか? あれば何か召喚するけど」
「うん!? ……これは由緒正しき、魔女の正装。他の服など不要だ。……だがお前がどうしても何かくれるなら……」
「そうかいらないのか。まあ俺もしばらくはいいけど。でもメガ達はいるな。後他の村人達も。村じゃ服とかになにかこだわりがあるのか?」
「そうですね……今までは服とか拘ってる余裕もなかったし……そもそも材料も碌になかったですし。これから皆に相談しても……」
ピンポーーン!
話題が服の話しになり始めたとき、ふと家のインターホンが鳴る音が、家中に響き渡った。
『客のようだが……よくインターホンの使い方を知ってたな』
「いったい誰だ?」
怪訝に思いながら、玄関に立つと、とても見知った顔がそこにいた。
会ったのは一回だけだが、その印象的な存在は、あまちに強く焼き付いている存在である。
「よう、久しぶりだな!」
「ゲドか……」
それは自分をこの世界に呼び寄せた張本人である、ゲドとそのペットのウリ坊であった。




