第十九話 ライム
『こいつが本体か? ……うむ、間違いないようだ。生体エネルギーが、他の奴と違う』
和己に拉致されたスライム女は、あっというまに屋敷に強制連行された。全身を鎖(これも召喚した)で縛り上げられている。
液体化して逃げようとしたら、すぐに焼き払うとカーミラが言ったら、実にあっさりと暴れるのをやめた。
庭の中で、皆に見られながら、彼女は力なく項垂れている。だがすぐに食いつくように、皆に声を上げた。
「わっ、わたしをどうする気!? 言っておくけど、わたしに何か手出ししたら、わたしの分身が、あんたらをぶっ殺すよ!」
「じゃあ、その前にお前をぶっ殺せばいいんじゃね?」
「はうっ!? でっ、でも……わたしが本物のわたしなんて限らないわよ!」
「いや……さっきお前“わたしの分身が~~”とか言ってただろ?」
「はうっ!? そうでした!」
どうやらこいつで間違いないようである。今までの挙動を見る限り、あまり頭は宜しくないようだ。
「ていうか……何でわたしだって、判ったのよ!?」
『ああ、俺も最初は、かな~り大変な作業になると思ったんだがな…… 上空からお前らの集団を偵察したら、意外と簡単に判ったよ。他のお前らが、馬鹿みたいに遊び呆けてる中で、明らかに様子がおかしい奴がいた。一人だけ湖の中で、じっとして瞑想みたいなのをしてるのをな。あれって、増殖のために力を送るために、精神集中をしてたんだろ?』
「空からって……いつのまに? 全然気づかなかった……」
『ああ、あいつらに頼んだからな。小さすぎて気づかなかったんだろ?』
ジャックが指し示す先に、それはいた。庭の一角の空中を浮いている謎の集団がそこにいた。
「何っ!? あの変な生き物!?」
「お前がそれを言うか……?」
カーミラの突っ込みも尤もだが、確かにそれは変な者達であった。それは空中を風船のようにプカプカ浮いている、沢山の目玉である。
瞼から取り外された眼球。とある切ないヒーローの、変身アイテムのような外観。黒目と白目の、二色の球体が、数十個。
その不気味な姿で、スライム女を見つめているのだ。これは怖い。
『我らの名は目目連。この屋敷の新しい主の命により、お前達を上から見させてもらった』
何と彼らは、この屋敷と共に召喚された目目連であった。彼らは壁に張り付いて出現するだけでなく、こうして自力で壁から抜け出して、空中移動も出来たのである。
『こいつらから記憶映像を録って、解析させてもらったわけだ。まあ、これでこちらの説明は終わりだ。和己、こいつらどうする?』
説明を終えると、ジャックはさっさと、話しの主導権を和己に譲る。話しを振られた和己は、そこまで考えていなかったのか、途端に悩み出した。
「ああ、うん……どうしたもんかね?」
「じゃあ、さっさと殺しちまえばいいだろ? 何なら俺がここでパックリやるか?」
「ひぃっ!?」
和己が悩んでいる中、農作業用に召喚されたスコップを持ったメガが、そんなことを言ってきた。当然スライム女は、怯えまくっている。
「いやっ、待て! さすがに人殺しは不味いだろ!」
「こんなのが人か? 第一さっきお前、カーミラに頼んで殺しまくってたじゃねえか!」
「あの時は只のモンスターだと思ったんだよ! 会話しても、いまいちパッとしないし。言葉は喋れても、感情とかないのかと……。でもこうもはっきりした意思を持っているのを見せられるとな……」
最初見たときは、その異様さばかり目立ち、その上ぼこられたばかりの怒りもあって、殺生になるかどうかなど考えもしなかった。
だが大分頭が冷えて、こうして相手の姿を見ると、和己の中の印象も違ってくる。
「だからって、仲間増やして、世界を滅ぼそうとした奴だぜ!」
「そんなことしないよ! あの水辺を独り占めしようとしただけだもん! それとついでに村も盗っちゃおうかなあ~~て」
「やっぱ、殺そう……」
「だからやめろって!」
今にもシャベルを振り下ろせそうなメガを、和己は必死で止めに入る。
「この異形のものはすぐに滅ぼすべきだ! 生かしておけば、またこの世界に新たな混沌を引き起こすぞ! 何なら私の魔法で、焼き払ってくれようか? ……今はMP切れで無理だけど」
「私はやめた方がいいと思います! 別に殺さなきゃ行けないほど酷いことしたわけじゃないし……」
『俺はどっちでもいい。好きに決めてくれ……』
そのまま何やかんやと、この場にいる全員が、白熱した会議を始めることになった。
「まあ一旦こいつはここに拘束しておこう。また何かやらかしそうなら殺せばいいし」
やがて最終的には拘留で落ち着くことになった。
「おいお前。しばらく生かしておいてやるから、あの湖にいる、やかましい分身共を、すぐに消せ」
「はっ、はい!」
命の危機が一先ず去って、少し安堵したスライム女は、すぐに言われた通りにする。
数秒後に、湖岸を占領していたスライム女の分身達は、突如身体の形が崩れ、ドロドロに液化し、やがて蒸発して欠片もなく消えてしまった。
あれだけ異形の集団で騒がしかった湖岸は、あっという間に、元の穏やかな光景に戻ることになった。
さてそんなこんなで騒がしい一日が終わり、やがて和己がこの世界に来てから、四日目の夜が訪れた。
「本当にお前はここで良いのか?」
「うん、いいよ~~! 水があるし、お昼になるとお日様が当たるし良い感じ」
和己達が拘束したスライム女を、どこに置くかの問題であるが……彼女自身の希望で、庭の中に住むことになった。
今は飯喰い達の清掃のおかげで、すっかり綺麗に整えられた庭の芝生。池も濁り水が取り除かれて、今は綺麗な水が溜まっている。そこに犬小屋のような木箱を置き、スライム女はそこに暮らすことになった。
「スライムって、こんな所に住むもんなの? てっきり森や草原をずっと徘徊しているもんだと思ってた」
「何だカーミラ? お前、スライムのこと詳しくないのか?」
「(しまった!)……いいえ、私は生まれた頃から、高位の魔物ばかり相手にしてたのでな。このような低俗なレベルの魔物は、あまりよく知らないのだよ」
「低俗とは酷いな~~確かにカーミラは強いけど」
ちなみに彼女を巻いていた鎖は、もう既に外されており、一見すると解放されているように見える。
だが彼女の隣には、三個ほどの目目連の目玉が浮いて、彼女をじっと見つめている。彼女がおかしな行動に出ないように、目目連達が交代で見張ることになったのだ。
「そういやお前、名前なんて言うんだ?」
「わたしに名前なんて無いよ。前は何の変哲もない普通のスライムだったから」
「お前みたいなのが普通なのかよ……」
だとしたら何というカオスな世界から来たのであろう。人間型のスライムが、フィールドに沢山徘徊する姿を想像して、和己はそう思った。
「う~~ん、そういうわけじゃないんだよね~~。何か和己に召喚されてから、色々姿も力も変わっちゃったし」
「うん? それじゃあ、元はそんな姿じゃ無かったのか?」
「うん、そう。最初はね、こんなちゃんとした形じゃ無くて、すごいドロドロ~~て感じだった。言葉も良く分かんなかったし。でもこの世界に来てから、色々考えることが出来て、喋れるようになったんだ♫」
どうやらこの世界に来た瞬間に、このスライム女はこのような異端の種になったらしい。これがこの世界の環境なのか、和己の召喚の力なのかは謎であるが。
ふとジャックが、あることを思い浮かべて問いかけてきた。
『おい、和己。もしかしてこいつを召喚するとき“女の子の姿のスライムならいい”とか、考えなかったか?』
「えっ? どうだろうな……。もしかしたら考えたかも? 世の中には、モンスター娘ていう需要もあるしな」
『そうか……』
和己の返答は曖昧なものであった。何一つ判ることはないし、とりあえずブロックは、これ以上は考えないことにした。
「それで結局こいつは何と呼ぶのだ? 決められないなら、私が素晴らしい荘厳な名前を考えてやってもいいぞ?」
「どんな名前だ?」
「アスタロト!」
『スライムに悪魔の名をつけるのかよ!? もう少し元ネタを考えろ!』
「じゃあライムで……」
『一気にすげえ簡単な名前になったな、おい!?』
「うん、わたしはそれでいいよ。何かいい響きだし」
明らかに適当に付けられたその名前を、スライム女=ライム本人が、あっさりと了承してしまった。かくしてこの少女の名は、ライムで決定した。
『そういえばさ~~和己は一体何なの? わたしを呼んだけど、魔法使いなんだよね?』
「うん? ああ、そうだ」
ライムにそう問われて、こいつが自分を呼び出したものの概要を、全く知られていないことに気づく。
「ゲドっていう、変なお子様に捕まって、変な力をやられてな……。それでこっちの頼みを聞いたら、俺の望みを叶えてやるって言われたんだが……信用していいんだか……」
「望み? 和己は何をして欲しいの?」
「ある素晴らしき女性と、結婚することさ!」
「……えっ?」
この場で、この話を始めて聞いた者が一人。カーミラが、何やらショッキングな様子で、目を見開いていた。
「素晴らしい? わたしよりも?」
「当然だ! あの人は、お前みたいな我が儘女とは訳が違う! あの人はな……」
そのままその女性に引かれた理由を、刻々と説明する和己。最も和己の方も、その相手のことをよく知らないので、人格に関しては、彼の想像混じりの話しが出てきたが。
「ええと……私は疲れたから、少し寝るね……」
「えっ? 夕ご飯まだ食べてないけど?」
「いいよ……どうせまたスーパーの残り物でしょ? 後で部屋で食べるわ……」
そのままカーミラは、皆が思っていた以上に疲れた様子で、とぼとぼと部屋に戻っていった。




