第十八話 煙の中の捕獲劇
やがて屋敷の方に戻っていった和己とカーミラ。他の仲間は無事に逃げれたのかと、最初は心配していたが……
「なんで俺より早く、ここに戻ってんだ? もしかしてお前ら、滅茶苦茶足が速いのか?」
屋敷には既に、メガとセイラとジャックが、帰還していた。最もついさっき着いたばかりらしいが、全速力で走ってきた和己より速いと驚きである。
「ええと、ジャックさんが、二回目の群れが出た辺りから、今すぐ逃げろって……。他の村の皆は、どうなったのは判りませんけど……」
『生態感知したら、この自称大魔女のMPが、かなり減ってたからな。あの威力の魔法だと、二発が限界だろうと、早い内に逃げてきたんだわ』
「お前な……そういうことは先に言えよ! 俺ら危うく殺されるところだったぞ!」
『それは大丈夫さ! 緑人と半緑人は、死んでも生き返れるからな!』
「何、相変わらず訳の分かんないこと言ってんだ!?」
横抱きにしたカーミラを丁寧に下ろし、和己とジャックが口論をし始める。庭先で下ろされたカーミラは、何やら複雑そうな顔をしていたが、すぐに表情を整える。
「ふう……まさか我が魔力が、ここまで衰えていたとはな。我が力を取り戻すには、今ひとつ時間がかかるやもしれないな……」
『要は、今は役に立てないって事だろ? 一日にあれだけしか殺せないんじゃな。多分明日には、敵さんはもっと増えてるだろうし、それじゃ……』
「ジャック! お前少し黙れ! 悪いカーミラ、無理させちまって……」
置き去りにされた怒りからか、ジャックには冷たく、カーミラには優しい口調で、和己は謝罪する。謝罪された当人は、何故か戸惑った様子で、顔を赤らめている。
「ああ……うん、それは別にいいのよ。何か私も調子乗っちゃったしね……」
『そんであのスライム女共はどうするんだ? このままだとどんどん増えて、あいつら世界中を埋め尽くすぜ?』
「埋め尽くして……それで大したことなのか? あいつら、ただ寝転んだり遊んだりしてるだけだぜ?」
『このままだと、この湖全部あいつらに乗っ取って、お前らまたひもじい生活だぜ? それにあいつら、わざと人を困らすことしてるように見えたしな……』
「ああ……それもそうか。そんで結局どうするんだ?」
湖が出来上がって、このまま一気に繁栄の道を辿るかと思われたら、まさかの難敵の出現である。しかもそれは、世界を滅ぼしかねない大事態であった。
「くそが……適当に召喚したのに、まさかあんなやばい奴を呼んじまうなんてな……」
『それはどうだろうな? もしかしたら、お前に召喚される前は、あんま大した奴じゃ無かったかもしれねえぞ? まあとにかく……今の戦力じゃ、とてもあいつらは始末できないが』
「そうだな……じゃあ、また俺が強い奴を沢山呼んでみるか?」
カーミラのような強力な魔道士を呼び寄せられたのだ。また召喚をすれば、強い協力者を何人も味方に出来るかも知れない。
最もその場合、事が済んだ後、その者達をどうするかという問題があるが……
「呼ぶって、今度はどんなのを呼ぶ気なんだよ?」
「どうしようかな? まあどうせ呼ぶなら、可愛い子を呼びたいな。魔道士はもう呼んだから、次は女騎士とか僧侶とか……」
「……!? それはやめなさい! 私のような異端の者を、無闇に呼び出すと、この世界にどのような災厄を引き起こすか判らんぞ! ましてや女など……」
「えっ? 女だと何で駄目なんだ?」
「えっ? ええと、それは……」
途中で焦ったように異論を唱えたカーミラに、和己が疑問の言葉を口にすると、カーミラは言いたくないことでもあるのか、口ごもり始めている。
『まあ、それも選択肢の一つだが……俺は別の方法を提案するぜ。奴の本体を探し出して、そいつを潰す』
「本体? そんな奴がいるのか?」
『憶測だが、多分いるはずだぜ。いくら何でも、あの繁殖力は早すぎる。どこかに強い力を持った個体が、力を送り込んで操っているんだろう。奴らの意思も、そいつに動かされてるはずだ』
あのスライム女の集団は、同じ台詞を一斉に喋ったり、カーミラが攻撃しても全く死を恐れず突撃したりと、独立した意思を持っていないような感じだったことに気づく。
「でも、その本体を見つける方法があるわけ?」
『どうだろうな? 一目で判るような特徴があればいいんだが、今は何とも……。とりあえず、奴らの姿をくまなく監視するか』
ジャックの赤い機械眼が、屋敷の壁の方に向けられる。その壁には、今までの会話を聞いていた、目目連達がいた。
さて場所は、さっき和己達を追いかけ回した、あのスライム女の集団。先程とは別の湖岸で、彼女らは寛いでいた。あの時と同じように、湖に浸かっていたり、湖岸で遊び回っていたりする。
ただ違うのは、その数と範囲が、大幅に増えていることである。あれから数時間しか経っていないが、その数は数倍に増えている。もしかしたら一万を超えているかもしれない。
そして今も彼女らは増殖中で、湖に入っている者達が、今も次々と分裂現象が起きている。さて、そんな世界の終末の序章のような事態の湖岸に、突如乱入する者が現れた。
『えんらえんら~~~! えんらえんら~~~!』
「「!?」」
奇妙な掛け声が聞こえたと思ったら、その場所が一斉に煙が吹き荒れた。灰色の煙が、常識ではあり得ない速度で拡大し、その一帯を、視界が完全になくすぐらい覆い尽くした。
豪雨の雲が、地上に降り立ったような光景である。あれ程いたスライム女達の姿は、煙に包まれて、今は一人も見えない。
「「「なによこれ~~!?」」」
突然の事態に、スライム女達は、一斉に困惑の声を上げる。手を払って煙をかき消そうとするが、相手は煙なので全く手も足も出せない。しかも煙で前が見えないので、周囲がどうなっているのか確認することも出来なかった。
集団の隅にいた何体かが、煙から脱出しようと移動するが。だが煙は、彼女らを逃がさないとばかりに、拡大・移動して彼女らを包み続ける。まるで大火事に巻き込まれたような事態であるが、一帯には火元は全くなく、それを消して解決ということも不可能だ。
さてそんな異常事態の湖岸を、上空から眺めている者がいた。それは何と和己である。彼と一緒にブラックもいる。
ブラックは和己の背中にしがみつき、彼の身体をキャッチャーのように掴んでいる。海への移動の際に飛んだときと、同じような状態だ。
「おおっ、煙羅煙羅の奴、良い感じに包んでんな! お~~い、そろそろ親玉を見せてくれ!」
和己が空からそう声をかけると、何とその煙が、まるで意思を持ってその言葉に応えるように動き出したのである。
広大な土地を覆い尽くした煙の、ある一点が、突如晴れた。直径はやく三メートル。広大な煙の中、まるで針を刺したかのように、その一カ所だけ煙が無くなり、そこの湖面と、そこにいた者の姿を、上空から露わにさせる。
「えっ!? ちょっと!? 何これ!?」
そこにいたのは、一人のスライム女。今までの遊びめいた挙動と異なり、かなり驚き慌てている様子。
周りに急に煙が消えていることに驚いていたが、上空に目を向けるが遅かったようだ。上空からそのスライム女に狙いを付け、和己とブラックが、一直線にそこに急降下した。
「ひゃいっ!?」
そして一瞬でスライム女を捕まえて、急上昇した。背中にしがみついたブラックが、彼と共に飛び、和己は自身の両手で、スライム女の身体を抱き上げ、拘束し、そのまま一緒に空を飛ぶ。
川面の魚を捕らえたカワセミのような、見事な捕獲劇であった。
「きゃぁああああっ!? 何よ、あんた!?」
スライム女が何か悲鳴を上げているが、和己達は構わず空を飛び続ける。
スライム女の身体は、完全な液状態では無かったようで、その身体を普通の動物と同じように、ガッチリ掴むことが出来た。
以前は集団のスライム女にボコボコにされた和己だが、一匹ぐらいならどうということはない。和己は暴れるスライム女を掴み上げまま、煙に包まれたスライム女集団から、どんどん離れていった。