第十七話 無邪気な大群
「割れた? ……増えた!?」
水に浸かっていたスライム女の一人が、突然不定形に変形し、二つに割れて分裂したのだ。元の人型になった彼女らは、体格も同じぐらいである。
『どうやらこいつら……水と光を吸収して増殖するようだな。こいつら全員に増殖能力があるとすると、こいつらねずみ算式に増え続けるぞ』
「ああ、成る程! だから増えたのか。しかしねずみ算式って言うと……」
『お前が召喚した転水装置のおかげで、水は無限に出てくるからな……。放っておくとこいつら、どんどん増え続けて、いずれ世界中を埋め尽すかもな』
かなり怖い話しを、あっけらかんと言ってくれるジャック。奇異なスライムの大群に呆然としていた一行も、この話を聞いて、驚きが恐怖に変わる。
何ということだろう。和己が召喚した、あの変な生き物が、下手をすればこの世界を占領しかねない、とてつもない状況に陥っていたのだ。
「だったら悩む必要はないわね! フレイム!」
カーミラが両掌をかざし、以前と同じように魔法を放とうとする。カーミラの両掌から、灼熱の炎が放たれた。
ズゴォオオオオオオオッ!
(うおぉおおおおっ!?)
「「ひゃぁああああ~~~」」
手から放たれる、凄まじい業火。それはナパーム弾のように広範囲に広がり、目の前のスライム女のいる地帯を、赤い光に包み込んでいく。
スライム女達の、気の抜けた悲鳴が一斉に響く。あまりに凄まじい火力に、近くで見学していた和己達も、大慌てでその場から逃走。何故かその炎を発した当人までも驚いている。
炎は数秒ほど辺りを包んだが、すぐに蝋燭火を吹き消すように、一瞬で消えた。後には見事に何も残っていなかった。
どれほどの高熱かは判らないが、地面の土は熱で溶解しており、炎が包んだ部分の湖は、水が一瞬で蒸発して、一時水が無くなっている。そこから周りから新しい水が流れ込むが、そこの土に触れた瞬間に、高い沸騰音を立てて、湯煙を上らせた。
(屋敷で魔法撃たなくて良かった……)
目目連と会ったとき、うっかり室内で魔法を撃とうとしたことを思い出して、カーミラは背筋が震えた。かくしてこの農地予定の土地にいた、スライム女達は、全て一掃した。
「すげえ……あいつ本当に魔道士だったのかよ?」
「凄いです! これって女帝様の魔法にも負けないんじゃ?」
「ようし、あの変な奴らはいなくなった! ありがとよ大魔女様!」
「でも地面がかなり凄いことになってるな……。こりゃ開墾には時間がかかりそうだ……」
カーミラの魔法を見て、今まで彼女のことを疑っていたメガ&セイラを含めて、大勢の人々が、カーミラを称えた。これにカーミラは、鼻高々であった。
「ふはははははっ! 見たか、この大魔女の力を! 神にも匹敵する私の前では、あのようなスライム共など、ゴミ虫同然! 竜でも魔神でも、何一つ恐るるに足らんわ!」
「それじゃあ、あのスライム達も、またやれるよな?」
「えっ?」
見ると向こう側の湖岸から、新たな一団がやってきた。遠くから見ると、ワラワラと細かいのが突き進んでいて、まるで蟻の大群を見ているようだ。
「敵討ちだ~~」「やっつけろぉ~~」
半分は地面を進み、半分は湖面を泳ぎながら進んでいく、スライム女の一団。何やら楽しそうな声を上げながら、どんどんこちらに近づいてきている。
その数は、さっきここで焼き払ったより一団の数よりも、遥かに多い。
「カーミラ、頼む!」
「任せよ! 何匹でも焼き払ってやろう!」
ノリノリでカーミラは、次の魔法の準備をする。スライム女の一団が、ある程度の距離まで近づいたときに、カーミラは先程と同じ魔法を発動させた。
再び赤い灼熱の光が一体を包み、スライム女達を殲滅する。
「頭の悪い下等生物共め! 何千来ようが、この私の魔力の前の敵ではないわ!」
「うん? また次が来たみたいだぞ」
「えっ、まだいんの!?」
再び向こう側の湖岸から押し寄せてくる、スライム女の一団。その数は更に多く、さっき焼き払ったよりも、二倍の数がいる。
「くそうっ! 次から次へと、しつこい奴らだ!」
敵の一団が再び、魔法の間合いまで詰め寄ったとき、今日三度目の広範囲火属性攻撃魔法が放たれようとした。
ボムッ!
「……はい?」
放たれようとしたが、どういうわけか、今回は不発であった。両掌から発せられたのは、とても敵を倒すには足りない火力。
花火のように、小さな炎が一瞬吹きだし、その後には煙草のような小さな煙が発せられただけである。
「「きゃはははははっ!」」
この現象にスライム女達は一瞬驚いて足を止めたが、すぐにおかしな笑い声を上げる。そして再び突撃した。
「えっ? ええっ!? なんで?」
「やばいぞこれは!」
動揺して固まっているカーミラを、和己は即座に掴み上げて、横抱きにして走り出した。間一髪、スライム女の手が、カーミラを捕まえる前に、そこから猛速度で逃走する。
「うわわっ!? ちょっと和己!? これは……」
カーミラを運ぶ横抱きという姿勢は、俗に言うお姫様抱っこ。
何やらカーミラが慌てて何か言っているようだが、和己はそんなこと気に留めず、力一杯走り続ける。
「「待て~~!」」
「「待て~~!」」
「「正々堂々勝負~~!」」
相変わらず、楽しそうな声を上げながら、鬼ごっこのように、彼らを追いかけるスライム女達。最も追いかけられている側は、とても楽しめるものではない。
異形の生物が千匹以上、不気味に笑いながら、一斉に迫ってくるのだ。ぶっちゃけ鬼より怖い。
和己の超人的な身体能力から発せられる走力は、ナメクジのように地面を這いながら進むスライム女の走力よりも、大分早い。
そのおかげか、両者の距離はどんどん離れていく。
「「あ~~あっ。逃げられちゃった!」」
やがて彼女らも諦めたのか、追いかけるのをやめて、湖へと戻っていった。