第十六話 スライム女
翌日の朝のこと。眠りから目覚めた和己達は、早速約束していた仕事をしていた。
「穴はこのぐらいので良いのか?」
「まあ、良いんじゃないでしょうか? 植林なんて、私達もよく知りませんし……」
彼らは屋敷の庭で、植林作業を行っていた。庭にある敷石の一部を取り外し、召喚したシャベルで、木を植えるための穴を掘り進めている。
ちなみに庭に生えていた雑草は、あの飯喰い幽霊達が、実に丁寧に除草してくれていた。
「それじゃあ、ここに植えるぞ。本当にここで良いんだな?」
『ああ、オールOKだ! ここなら色々見えやすいしな』
木の精霊の了承を得た後で、和己はその木を、根元の土ごと持ち上げて、今掘り出した穴に移動させる。これはホタインですら驚く怪力であった。
そして根元を土で埋め、水をかけて、これにて植林完了である。
『ああ、ここなら庭も屋敷の中も、良く見渡せる。それに俺に悪戯してくるガキ共も来ないし、良いところだぜ!』
「ああ……そうか。しかしよ……」
メガが、新たな場所に植えられた精霊の木を、マジマジ見上げて、少々困惑した様子で聞いてきた。
「俺の気のせいかな? 何かお前……少し大きくなってないか?」
「ああ、それは俺も思った。何か持ち上げて、前より重くなった感じだし」
『そうだな。確かに俺、この数日で何か知らん内にでかくなったな』
メガの疑問の言葉に、精霊自身もあっさりと肯定する。
この精霊の木。召喚されてまだ数日の内に、高さも、幹の太さも、枝葉の数も、確実に一回り大きくなっている。樹木の生長としては、明らかに異常な速さである。
『何かな……お前に召喚されてから、力が有り余ってる感じなんだよな。いきなり喋るようになってたし』
「うん? 最初から喋れたんじゃないのか?」
『いいや。俺は霊木だったけど、若くてあまり力がなくてな、神職とか特別な人間としか、意思を伝えれなかったんだがよ……いったいどうしたのかね?』
「そういや昨日、目目連達も、そんな事言ってたような……」
その時だった。屋敷の門を強引に開け放ち、一人の村人が、この庭に大慌てで飛び込んできた。
「大変だ! 大変だよ! 和己さん!」
「何だよ一体? また竜でも出たか?」
何やら焦った様子の村人に対し、和己は自分は召喚してないのだからそんなことないと、軽く考えながら聞いてみる。
「湖の近くに畑を作ろうとしてたら……何か変なのがうようよと……」
「変なの?」
さてそれから数十分ほどして、場所は変わり、カーミラが己の寝室とした洋室にて。
「ぶはぁああああっ! よう寝たぁあああああっ!」
ローブを脱ぎ、ジャージ姿のカーミラが、おおよそ女子らしくない寝起きの声と大あくびを開けて、安らかな眠りから覚醒した。
高級ホテルのような、立派な洋室の中。カーテンや絨毯や器具などが、結構高価さそうなものばかりで、テーブルには現在は起動しないパソコンもある。棚には本があったが、カーミラにはその文字を読むことは出来なかった。
さてその中の、ふかふかのベッドの中で、カーミラが背中を掻きながら起き上がる。ベッドの側には、既に起きていたブラックが、彼女のことを見上げていた。
「おはようブラック……ううん、さあて今日はどうしようかしら?」
側に置いておいたローブと帽子を着用し、カーミラが今日の予定を考えてみる。和己から突然召喚された彼女だが、現時点今後の予定など、何も考えていなかった。
(とりあえず身体を洗いたいわね。でもお風呂は使えないし……しょうがないわ。冷たいし、昨日のトラウマがまだ少し残ってるけど、湖に行くか? そういや和己も、この世界に来てまだ風呂に入ってないのよね? あいつがまた何か出してくれるかしら?)
その時、今の声に反応したのか不明だが、彼女の部屋の戸を、廊下から叩く音が聞こえてきた。
「お~~いカーミラ! もう起きたんだな? ちょっと頼みたいことがあるんだが……」
呼びかけたのは和己だった。どうやらまた厄介なことが起こったらしい。
「ちょっと何? また竜でも出たの?」
さっきの和己と全く同じ事を言いながら、カーミラが戸を開けると……
「ぎゃぁああああっ!?」
突然絶叫した。戸の前にいた和己に驚いたのではない。彼の後ろの廊下の壁にいる、無数の目達であった。
約束通りに、目目連達は、彼女の部屋を勝手に覗いたりはしていない。ただ部屋に出てきた所を出迎えただけだ。
「どうしたんだ?」
「なっ、何でもない! ただ満ちあふれた魔力が高ぶって、それを発散させるために声を上げただけのこと! それで私に何の用だ!? 私の湯浴みの場所でもできたのか!?」
「いや、風呂はまだだ。湖の方で、何かやばそうな魔物が出た」
わざわざ自分で片付けずに、カーミラに頼ってくる辺り、思ったより厄介なことが起きているようである。
ちなみに今の和己は、何故か全身ボロボロだ。ジャージも所々破れ、顔には殴られた跡もある。
「何? あの変な生き物?」
現場まで引っ張られたカーミラが、発した第一声がそれであった。それは以前、和己が最初の召喚を見せたときの、セイラと全く同じ台詞である。
「やっぱり大魔女でも、あれは変に見えるんだな……」
彼らの見る方向にあるのは、湖岸近くの平野。水の確保が出来た人々は、これからここに、新しい農地を作り上げようとしていた。
元々強靱な肉体を持つホタイン族。和己のおかげで腹一杯になった彼らからすれば、そのぐらいの開墾作業、朝飯前である。
だがここで思わぬ弊害が現れた。土地を耕し始めたときに、その場に闖入する者が現れた。
「あれは多分スライムだ。何でこんななってるのか分かんないけどな……」
彼らの目の前の平野には、あのスライム女がいたのだ。しかも一人ではない。何百という人数がいる。
和己が召喚したのは一人だけだったのに、何故か数が異様に増えているのだ。
半分は湖の水に浸かっている。ただプカプカ浮いていたり、互いに水を掛け合ったりして遊んでいる。
半分は平野にいた。寝そべって日向ぼっこをしていたり、鬼ごっこのような追いかけあいをして楽しんでいる。
まるでシーズン中の海水浴場のような光景。だがそこにいるのは全て、人ではない同じ姿をしたスライム女達である。
「何か作業をしてたら、いきなり湧いてきたんだとよ。どうもこの辺りが気に入ったらしい。いまいち話しが通じない上に、全くどこうともしない。それで困ってんだ」
「じゃあ、無理矢理引っ剥がせば良いんじゃない?」
ホタイン族の腕力なら、この程度のスライム達、どうとでも出来そうだが、近くで話を聞いていた村人達が首を振る。
「いや……そうは言ってもな。やろうとしたら、あいつらとんでもない怪力で、全然動かせねえんだ。しつこくやると、逆にぶっ飛ばされる感じで……」
「ああ、俺もさっき直に体験した……」
ちなみに先程、最初に呼ばれた和己は、まず彼らと会話しようとしたが……
《おいお前ら……ここは人の土地だから、遊ぶのは他所でやってくれないか?》
《《いやっ!》》
《いやって、言ってもな? 湖岸なら他にもいっぱいあるだろ?》
《《いやっ! いやっ! いやっ! いやっ! 出てけクソチビ!》》
《ふざけんな! この軟体動物共! ほげぇええええっ!?》
キレて殴りかかったところ、その場でタコ殴りにあった和己。いくら剛力を得た彼でも、このスライム女の集団には勝てなかったようだ。
「ホタイン族より力持ちなのか? そいつはすげえな……」
「話しが通じない上に、ぶっ飛ばしてくんのなら、こいつらは只の魔物よね? じゃあ話す必要もないわね……。焼き払いましょう! ていうかこいつら気色悪くて、今すぐ消したい」
『俺も同意見だ。というか……駆除しないとかなりやばいぞ、こいつら』
ブロックジャックが、湖面にいるスライム女達を指し示す。一行がそちらの方を見ると、そこに驚くべき現象が起きていた。