第十五話 お化け屋敷
「火事だ!」
庭の中に、灰色の煙が大量に立ちこめていたのだ。火元は見えないが、これは火事にしか見えない。
「おいおい、やばいだろ! 何でこんな時に……」
「早く火を消さねえと! 水は……そうだ、カーミラ! お前、魔法で出せないか!?」
「えっ!? うん……試しにやってみる」
『そんなに慌てなくても、大丈夫だと思うけどな……』
火事かと思った一行が、大慌てで窓を開け放ち、庭に飛び出していく。そしてその煙の意外な正体に、一行はまた驚くことになった。
『えんらえんら~~えんらえんら~』
何とその煙が、言葉を喋っていた。庭に舞う煙が、まるでアメーバのように、生物的な動きをして、飛び回っている。しかもその煙の一カ所には、目目連に似た、人間の目のようなものがついていた。
奴は辺りに煙たい匂いを撒き散らしていたが、目目連同様に、一行を見ているだけで、特に何もしない。
「何よあれ? 煙のお化け?」
『煙羅煙羅か……こいつらもいたんだな』
「お前……いったいどんだけ、変なのと知り合いなんだよ!?」
『悪いが変なのは、まだもう少しいるみたいだぜ。ほらっ、そっちにも』
ジャックのマジックハンドが指し示す方向を見ると、確かに何かいた。
庭の片隅にいる、人のような何か。それは素っ裸の、人のような奇怪な怪人達。肌は赤黒く、頭部を初め体毛が一本も生えていない。また顔には耳と口はあるが、目と鼻がない。これは明らかに人ではない顔である。なお剥き出しの股間には、生殖器などもない。
そんな奇怪な怪人が五匹。この庭にいるのだ。
「何これ!? 人!? ちょっと……噛みついて来ないわよね!?」
「ハラヘッタ……ナニカクワセロ……」
カーミラが騒ぎ立てる中、ジャック以上に機械的な言葉で、いきなり和己達にそんな要求をしてくる。ある意味、対応にとても困る存在である。
「おいジャック……こいつは一体何だ?」
『飯喰い幽霊だ。とりあえず何か食わせとけ。そうすりゃ、何か良いことあるかもよ?』
話を聞くと、この屋敷には以前の主人の頃から、こういった怪異の者達が、自由に暮らしていたらしい。
だが周りからは、この妖怪屋敷は不気味に思われていたとのこと。そのため、屋敷が売りに出されても、長いこと誰も買い取ろうとしなかったらしい。
「……成る程ね。確かに俺は、今後誰も住まない家って指定したが……まさかお化け屋敷が出てくるとはな」
大広間に戻ってきた一行。目目連達から話を聞いている中、部屋の片隅では、飯喰い達が召喚された食品を、バリバリと食べている。
零れて床に落ちた欠片も、舌で舐めとっており、実に行儀悪い食事であった。
『そんでどうすんだ? この家? 召喚したものは、もう戻せねえんだろ?』
「どうするって? そりゃあ、皆でここに住めば良いだろ? 部屋も一杯だし、色々面白い奴がいるし、ここなら退屈しなさそうだ」
「いいっーーーーー!?」
怪異達が住まう屋敷に、全く迷わずに、居住を決定する和己。
それとは対称的に、怪異達にびびりまくって、和己の言葉にカーミラは動転していた。
「ちょっと和己!? お前正気か!? こんな不気味なのがいっぱいいる家に、マジで住む気!?」
「ああ、別にこのぐらい怖いほどのもんじゃないし、平気だぜ。カーミラだって、魔女ならこのぐらい見慣れてるだろ?」
「はうっ!? それは……」
魔女と名乗るぐらいだから、喋る黒猫とか、怪異ぐらい見慣れている筈。だがカーミラは、何故かこれに言い淀んでいた。
『今更迷うか? こっちはもう、喋る樹だの、空飛ぶトカゲだの、変なのいっぱい飼ってんだし……』
「そっ……そりゃあ、勿論だ! こんな低級な妖霊達、魔界のケダモノ達と比べれば、そこらの虫と変わらぬわ! はははっ……」
カーミラは何故か乾いた笑いを浮かべながら、了承の言葉を口にする。かくしてここに和己達の拠点が決定したのであった。
その後暗くなり、一行は相変わらずの廃棄品の食事を終えた後、この屋敷の各部屋に、各自の判断で選んで宿泊することになる。
これも召喚の影響なのか不明だが、屋敷の中は埃一つ無い綺麗な状態であった。最も、今後は掃除が大変なことになりそうだが……
ちなみにカーミラは風呂に入りたがっていたが、残念ながらこの屋敷の浴場には、水道も電気も通らず、使えなかった。
「ふい~~ちゃんとした所で寝るのって久しぶりだな……あれ? まだ三日しか経ってなかったか? 何か凄い久しぶりな気分だ」
「俺は帝国を追い出されてから二年ぶりだ……。それでこの布団って言うのは、これでいいのか?」
屋敷の中の和室の一室で、和己とメガとセイラが、襖の中にあった布団を取りだし、敷き始める。さすがは金持ちが使っていた屋敷。来客用であろうそれも、中々の高級羽毛布団であった。
「そういえば、カーミラさんはどうしたんですか?」
「あいつなら、別の洋室に行ったよ。自分はベッドで寝たいんだとよ……。そう言えばセイラ、お前はここで良いのか?」
「何がですか?」
「いや……この部屋、男二人に女一人だぞ? やばいと思わないのか?」
修学旅行でも、普通は男女一緒の部屋に寝たりしない。情操的にまずい話になるが、ホタイン族がそういうのを気にしない種族ならば問題ないが……
「ああ……そうだね。メガが一緒なら、別にいいかな?」
「何だ、お前ら? やっぱ付き合ってたのか?」
「付き合ってるって言うか……婚約してるって言うか……俺たちの村、あまり人がいないからな。だから相手を選んでられないんだよな」
「ああ……そうか……」
切実な理由での交際関係であった。最も和己の召喚術のおかげで、各集落の人々が一カ所に集まり始めたこれからは、どうなるか不明だが。
ランタンの光を消し、就寝時間に入る一行。残念ながら旅館のように、寝間着などは置いていなかったので、和己はジャージのまま、メガとセイラは半裸の状態で、布団に入る。
メガとセイラは、湖の水浴びで多少身体は洗ったが、それでも清潔とは言えないので、今後は洗濯なども考えなければ行けないだろう。
ちなみに……大分後になって、服も召喚すれば良いことに気がつくことになる。
おやすみの挨拶なのか、天井に目目連が一瞬出てきて、一回ウィンクしてすぐに消えていった。