第十四話 壁からの視線
「おおおっ、すげえ!」
「マジでお屋敷が召喚されたぞ!」
まず最初に彼らの目の前に現れたのは、家を取り囲む塀であった。木材と漆喰で作られたその塀は、かなり広面積に広がっており、塀も結構高いので、内部の様子は見えない。
上を眺めると、屋敷の屋根が少し見える。どうやら家屋だけでなく、家屋の庭園なども、丸ごと召喚されてしまったらしい。
和己達と、興味を引かれた村人達が、門から内部の家の庭園へと入っていった。ちなみにその門は、瓦屋根の和風モダンな作りであった。
「日本屋敷ですか……」
お屋敷と指定して、魔道士が住んでいそうな、西洋風を期待していたカーミラが、随分残念そうにそう呟く。
その内部は、結構な広さの和風庭園と、和風建築のお屋敷があった。立派な作りの二階建て・瓦屋根の立派な木造建築。庭には何本もの木が植えられ、中央には池もある。各所には敷石や石灯籠も設置されていた。
まるで大型の高級旅館のような、見事な屋敷であった。
……ただしここ、お屋敷は和己の召喚の影響でか、新築のように綺麗であったが、庭は結構粗末であった。
庭には手入れが全くされておらず、雑草が伸び放題。木々の枝葉も、かなり荒い。池の水には、鯉などおらず、水は濁っている。
『こりゃ、一からかなりの手入れがいるな……』
「いいよ、別に庭なんて。寝床さえ確保できれば、それでいい」
庭の現状は一先ず置いておいて、一行は早速、この屋敷の入り口から、内部へと入っていった。
屋敷の中は、外の様子とは違って、和風・洋風が入り交じっているような感じであった。和室も勿論ある。だが絨毯が床に敷かれ、洋式の椅子やテーブルが置かれた部屋もあった。
屋敷そのものが大きいために、部屋の数もかなりあるようで、全てを調べきるには、時間がかかりそうである。
外は大分暗くなり始め、家の中も次第に見えづらくなってきた。ふとカーミラが部屋の隅を見ると、壁の一カ所に、電灯用のスイッチと思われる物を見つける。
彼女は迷わずそれを押すが……
「点かないわね……まあ電気が通ってるわけないから当然か」
「じゃあ灯りを召喚するよ。ほいっ!」
和己はそう言って、複数のライトを召喚した。キャンプに使うようなLEDランタンや、懐中電灯等を十数個、纏めて召喚する。
「相変わらず、便利な能力ね……」
「何だこれ? どう使うんだ?」
「ああ、これはね……」
ライトの使い方を知らないらしい村人達に、カーミラが丁寧に使い方を指導している。使い方を知った彼らが、それらのライトを沢山付けて、薄暗かった屋敷内が昼間のように明るくなった。
「カーミラの奴、魔法の世界の住人なのに、機械の扱い方詳しいんだな。……うん?」
ちなみに今彼らがいるのは、屋敷の中の大広間の中。時代劇で将軍様と家臣が向き合っていそうな、大座敷の部屋である。
片側の壁には、ガラス製の窓があり、そこから庭の様子も一望できる。別の片側の壁には、長い障子があり、その向こうに通路がある。さてそんな部屋の中に、少し妙な物が見つかった。
「うわぁ!? 何だこれ!?」
「落ち着けよ。こんなの只の壁の模様だろ……違う!? 動いてるぞ、これ!」
「目だ! 目がいっぱい!」
「いつの間に出てきたんだよ! 最初部屋に入ったとき、こんなのいなかったよな!?」
訂正。少しどころではない。あまりに奇怪な存在が、その部屋の壁に無数に張り付いているのだ。
それは目であった。睫毛のない瞼がある、人間の目のようなものが、壁にあった。眼球の後ろの部分は壁の中に埋まっており、そこから固定され、瞼が被さり、目を開けているのである。
決して、目の形のオブジェを、上から貼り付けているわけではなく、壁自体がこの目の肉体となっているように見える。
それらは眼球がギョロギョロ動き、瞼が開閉して瞬きをしている。それらが壁の模様のように、この大広間に姿を現しているのだ。
障子の目の中にいる者もいれば、木や土の壁に浮き出ている者、天井に張り付いている者もいる。その数は数百程。
それらが一斉に、この大広間の中にいる、和己達をじっと見つめている。
「ちょっ……何よこれ!? ……ごほん! くう、何者だ! この忌々しい異形共! 私は大魔女カーミラ! もしお前が私らに牙を剥くようなら、即刻この壁ごと塵と化し、地獄に送ってやるぞ……」
皆が混乱する中、カーミラは威勢良く名乗り出る。だが彼女もまた、この生き物かどうかも判らない、奇怪な者達に相当怯えているようで、声も上ずっている。
緩やかな屋内見学をしていたら、まさかの異形の出現に、一気に緊張状態になる大広間。
一行は相手が何をしでかしてくるか、しばし慎重に時を待つ。だが一分以上経っても、この目達は、ただこちらを見るだけで、何もしようとしてこない。
「(いや、何よこれ!? 気持ち悪い!? もう、いやぁあああ~~~)答えぬなら、もう容赦はしない! 我が炎に焼かれ……」
『タンマ、タンマ! 落ち着けカーミラ! こいつはただ人を見るだけで、何もしやしない! 折角手に入れた家を壊すな!』
今まさに魔法を撃とうとしたカーミラを、ジャックが必死に止めに入る。確かに家を壊されるのは困るが、その前の言葉に不思議に思い、和己は問いかけた。
「何だジャック? こいつら何か判るのか?」
『ああ、こいつは目目連って言う、霊体の魔物だ。古い家とかに取り憑いて、家人をじっと見つめる。それだけの奴だよ。別に実害はない!』
「たわけ! 見られるだけでも気持ち悪くてしゃあないわ!」
何故か口調がおかしくなってキレるカーミラ。相当てんぱっている模様である。
『だから落ち着けって……。一応話し合って、プライバシーを犯さないよう頼んでみれば良いだろ? 元々ここに先に住んでたの、こいつらなんだし。勝手に追い出しちゃ駄目だろ?』
「それはまあ……ううっ……」
「話すって……こいつら話しできんのか? 口なんて無いけど……」
『確か霊感のある奴が触れば、会話も出来たはず。ここにそういう奴いるか? グールだと尚良いんだが。カーミラは魔道士だろ? 話せないか?』
「ええ? 話すって、こいつら何も喋らないし……」
『眼球に目を当てれば良い。そうすりゃ、こいつの意思が頭に流れ込んでくる』
「てっ、ええっ!? この目玉に触るの!?」
『お前はジャックか? 久しぶりだな……』
最後の言葉はジャックではなかった。妙な音声の言葉が、この広間にいる者全員の耳に聞こえてくる。
「何だ今の声? 誰か喋ったか?」
「もしかして、この目の人達が喋ったの?」
セイラの言葉を肯定するように、壁の目達=目目連が、一斉に素早く瞬きをしていた。
『久しぶりって……まさかお前ら、昔艦隊で会った奴らか!?』
『ああ、そうだ。我らは今、この廃屋であった屋敷に住んでいる』
どうやらジャックと知り合いであったようだ。彼らの声は、実に嬉しそうである。
「どうやら、霊能者だったり、目に触ったりしなくても、普通に話せるみたいだな……」
「うん……でもこんな人達と知り合いって、ジャックさんって何者なのかな?」
「ていうか両方とも人ですらねえし……」
外野が色々言っている間に、ジャックと目目連が何やら色々と話している。
『……まあ、そんなわけで、俺はあいつに召喚されて、見事復活したわけだ』
『成る程、この屋敷が急に改築された理由が分かった。しかし、不思議な力だ。ゲドから力を貰ったと言うことは、奴も緑人なのか?』
『さあな。それに近い存在ではあるようだが。しかしお前達も変わったな。まさか自力で喋るようになっていたとは』
『我らも驚いた。ついさっき喋るようになったからな』
『えっ?』
『この屋敷はかつてある富豪が、別荘として使っていたものだ。その前は、高級な宿だったらしいが。買い取った持ち主は、かつての地球連合艦隊の将兵の子孫で、我らやかつての仲間達のことも好きなように、ここに住まわせてくれた。その富豪が亡くなってからは、誰もいなくなってな、ずっとここで眠っていたが、先程ここに召喚されて、眠りから覚めたところだ』
『成る程ね。うん? 仲間達って事は、お前ら以外もいるのか?』
『ああ、今庭の方にいる』
その言葉を聞いて、窓側から見える庭を、皆が一斉に顔を向けた。そしてそこから見えるものに、異形とは別の理由で、一行を驚かす。