第十二話 海
良い話しが思いつかない中、今まで話を聞いていた、木の精霊が声をかけてきた。
『そこのブラックサラマンダには運べないのか?』
「こいつは地竜。空など……うえっ!?」
カーミラは自分が餌(和己に召喚してもらった、お昼ご飯の残り)をやって、連れてきたブラックサラマンダ(以後ブラック)を見ると、その姿の変容に驚く。
何とただのトカゲであったはずのブラックに、翼が生えているではないか。ドラゴンのような翼ではなく、胴体の両側に、団扇のように広がるトビトカゲのような翼である。
ついさっきまでは、こんなもの生えていなかったのだが……
『おいおい、こいつは地竜じゃなかったのか? 何で羽が生えてんだよ?』
「しゅっ……種族は地竜であるが、そこらの亜竜などとは格が違うのだ! 姿を変え、様々な力を行使できる、我が使い魔はそれほどまでに優れているのだ! さあブラックよ! 飛べ!」
何故か必死に言い繕うカーミラが、ノリでその場で飛べと言ってしまった。言ってしまった後で、「しまった……」とやっちまったことに焦るが……
「ジュア~~!」
言葉が通じているのか、ブラックが鳴き声を上げて(普通のトカゲは鳴かない)、その団扇のような半円形の羽を、上下に羽ばたかせる。
するとどうだろう。ブラックの身体が、風船のようにふわりと浮いたのだ。あまり強く羽ばたいたわけでもなく、強い風圧もないの、実に非科学的な現象だ。おそらく魔法などの特殊な力なのだろう。
言うまでもないが、トビトカゲはこのようにして飛ばない。
「(げぇっ!? マジで飛んだ!?) ふはははっ、見たか! 大地だけでなく、空さえも自在に動ける、私の使い魔の力を!」
「ああ、すげえな! それでそいつで、この転水装置を運べるか?」
「造作もない事よ! ブラック! この変な装置を、海まで届けよ! ……ところで海ってどこ?」
「あっちだ」
「ジュアッ!」
ノリノリでカーミラが下した命令に、ブラックは言われた通りに、宙を浮いて移動し、一つの転水装置を掴む。浮いているので、四本の足はがら空きであるため、全ての足を使って、UFOキャッチャーのように、がっしりと掴む。
すると転水装置もまた、ブラックと一緒に中を浮いたのだ。ブラックよりも遥かに大きな質量と重量を持つ物体が、いとも簡単に持ち上げられる。
そしてメガが指差した海がある方向に、真っ直ぐと飛んだ。
「うおっ!?」
もの凄い風圧が、辺りを待って土埃を上げる。転水装置を持ったブラックは、指された方向へと真っ直ぐ飛んだ。
それは初速からして凄まじく、まるでロケット弾のように、勢いよく転水装置と共に、遙か彼方へ飛んでいく。瞬く間に荒野の遠方へと行き、あっとうまにブラックの姿は見えなくなった。
「あんなでかいのを持って、あんなに速く……お前の使い魔って、すげえな」
「ふん! 何度も言ったでしょう! 今更判ったことを言うな! (……いや、マジですごいわ。何、あのスーパーリザード?)」
「ところであの装置動かすのに、魔道士じゃないと駄目なんだけど……ブラックに動かせるか?」
「……え? ああ、うん。多分無理でしょうね。あいつが戻ってきてから、向こうまで乗せてもらいましょう(戻ってきてくれるわよね? でないと結構不味いんだけど……)」
「うぉおおおおっ!」
まもなくして、和己は荒野の上を、気持ちよい風を受けながら、猛スピードで飛んでいた。
カーミラの不安は杞憂に終わり、あの後ブラックは、しっかり元の場所に戻ってきた。帰ってきた後に、カーミラに寄り添う姿はまるで犬。すっかり彼女に懐いている様子だった。
そして今、和己は向こうへ置いていったと思われる、転水装置を起動すべく、そこへ移動していた。
ブラックに背中を掴んでもらい、一緒に飛ばせてもらう。その姿は、まるで翼の生えた人間が、空中を突進しているよう。
その速度は数百キロ、とても人間に耐え切れる風圧ではない。それに和己は、元々ジェットコースターに乗れない、絶叫マシンに耐性のない男だったが。
(こんなに速く飛んでるのに、全然怖くないな。力を貰って、感覚が変わったか? まあいいや……)
しばしして、荒野の向こうに、今までとは異なる地平線が見えてくる。それは青い風景が広がる、海であった。
「おお、あったあった!」
海に辿り着く和己は、早速そこに、探しの物があったのに安堵した。波が打ち付けて、岩だらけの磯部の海岸に、転水装置の片割れが無造作に置かれていた。見たところ壊れている様子もない。
早速それを起動しようと手にかけたところ、和己はふと周りの海岸を見渡してみる。
(海鳥も飛んでないし、見たところ海岸に生き物があまりいないな……あっ、よく見ると、少しはいるか)
周りには生き物の姿があまり見えなかった。注意深く見ると、貝のような小さな生き物が、数匹だけ岩棚に張り付いているのが見えたが。
しかしそれを含めて見ても、和己が元の世界で見た、磯部の光景と比べると、生命の数が極端に少ないように思える。
人妖によって命が食い尽くされたせいなのか? 森がないため、海に栄養が流れないのが原因なのかは謎だが。
まあ、ここが世界の全ての光景というわけでもないので、深く考えずに、和己は作業を再開した。
「あっ、光った!」
さて場所は戻って村の方。村から少し離れた広い窪地に、例の転水装置が置かれていた。計画では後からここが、大きな水辺になる予定である。
一行はしばし転水装置を眺めていたが、急にその転水装置の宝石が光り出したのである。
『もう起動したのか? かなり早いな。多分後三十分ぐらいで水が出るぞ。水を浴びないうちに、ここから離れた方がいい』
ジャックの言葉を聞いて、一行は転水装置から急ぎ足で離れていく。だがカーミラは、どういうつもりなのか、その転水装置から百メートル程離れた辺りで足を止めて振り返った。
『どうしたカーミラ?』
「先に行け。この地に水が溢れる姿を、この大魔女カーミラが、しかと見届けてやろうと思う」
要するに、魔法で水が流れる場面を、近くで見たいらしい。
どうも先程のジャックの「水を浴びる」という発言を、水で身体が濡れるという意味に解釈し、それぐらいはどうということないと考えているようだ。
『そうか? まあ気をつけろよ……』
そう言って、すたこらとその場から離れる、ジャック達。取り残されたカーミラは、今か今かと、期待を込めて、その転水装置を眺めていた。
やがてその時が訪れる。
ズゴォオオオオオオオッ!
「のぎゃああああああああっ!」
放たれたのは、凄まじい激流の轟音と、後悔たっぷりのカーミラの悲鳴。
転水装置の周辺の空間が、蜃気楼のように揺れたかと思うと、その何もない空間から、急に大量の水が溢れ出てきた。その水量は凄まじく、津波や洪水かと勘違いするほどの、大激流だった。
近いところで見ていたカーミラは、当然のごとくその激流に呑まれて、どんどん流されていく。瞬く間にその場には水が溢れ、この窪地に水を溜め始めた。
さてそんな様子を、ジャック達は高台の方から、特に危機感無く見学していた。
転水装置から流れ出る圧倒的な水の量と、それに流されたカーミラの姿に絶句していた。
『一日で湖を作る程の量って、言ってたろうがよ。……いや、言ってなかったっけ? 確かこの説明した時に、カーミラいなかったか?』
「あの人、本当に魔道士なのか?」
『さあな……』
「ていうか、助けなくていいんですか!?」
セイラが叫ぶように口にするが、さすがにあの激流の中を、飛び込んで助けにいく勇気はなかった。
『まあ自分で大魔女だとか言ってたぐらいだし、大丈夫なんじゃね? それに例え死んでも、半緑人なら……』
その発言の意図を、二人は理解することができず、ジャックもそれ以上説明することもなく、彼らは見る見る水が大地に溢れる光景を眺めていた。




