第十話 魚竜討伐
「もしかして俺ら……気づかれてる?」
『間違いなく気づかれてるな……まあ、あれだけベラベラ喋ってればな』
そこに訪れた者。それはあの魚竜であった。一度は去ったはずの、脅威の再来である。
隠身符の効果はまだ効いているようで、まだ明確にこちらの位置は気づいていない。だがこの付近に自分たちがいることは気づかれたようで、鼻を犬のように鳴らしながら、辺りを見回っている。
隠身符の結界も、一定以上の音量は遮断できない。どうやらこの魚竜は、人間より遥かに耳は良いようで、今までの会話が遠くからでも聞こえて、こちらに戻ってきたようだ。
(ちょっと何あれ!? マジでドラゴン!? じゃあ、さっきからこの子が言ってること、マジだったわけ!?)
さてこの魚竜に対抗するために呼び出された、自称大魔女はどうしてるかというと……口をあんぐり開けて、魚竜の姿に驚愕していた。
さっきは自分の顔に驚いていたのに、今はもっと凄まじいものを見せられて、驚きっぱなしである。絶叫を上げなかったのは、結果的には幸運であった。
「おい……あれがさっき話したドラゴンだ。ちなみにこのステルス機能は、俺が遠くから離れると消えてしまうんで。じゃあ後はよろしく……」
和己はカーミラに、小声でそう告げると、そそくさとその場から離れようとする。するとカーミラは、大慌てで和己の服を掴んで制止した。
「ちょっと待ってよ! どこいくわけ!?」
「どこって逃げるんだよ。俺がいたって何の役にもたたねえし。あんたはドラゴンぐらい、簡単に倒せるんだろ?」
「いや……確かに言ったけど……きっと私が召喚されたのは何かのまちが……」
カーミラの言葉の途中で、重い足音がこちらにどんどん近づいてくる。今の会話は、和己は小声だったが、カーミラは焦っているせいか、やや大きい声であった。それに気づかれたようだ。
「ひぃっ!?」
「じゃあ、俺は行きますんで!」
魚竜の接近にカーミラは怯え、和己は彼女の手を払って、一目散に逃げ出した。
和己の持っている隠身符の効果はそれによって消え、カーミラの姿、こちらに近づいてくる魚竜の目にはっきり見えるようになる。
「ピギャァアアアアアッ!」
獲物を見つけた魚竜が、そんな怪獣映画でしか聞かないような鳴き声を上げる。その口からは、剥き出しになった鋭い歯が、更にこの怪物の姿の恐怖性を高める。
そして魚竜は、カーミラに向かって、走り出した。
「あああっ! もうやけくそよ! サンダー!」
猛烈な速度で、こちらに接近してくる魚竜の姿を生で見たカーミラ。
泣き顔を晒し、絶叫を上げながら、アニメの真似のような魔法を唱えるような仕草をする。両手の手の平を広げて、それを魚竜に目掛けて二手同時にかざす。
ピシャァアアアアアッ!
その時、その場に上から注ぐ太陽光以外の光が、その場に放たれた。カーミラのかざした両掌が、ライトのように白く輝き、そこから凄まじい電撃が発せられた。
雲から落ちるのではなく、手から真っ直ぐ電光が発せられて、既に数メートル先まで迫った、魚竜の顔。その今まさに彼女を食い殺そうと、大きく開け放たれた、口の中に直撃したのである。
「ガガッ!」
今度の魚竜の鳴き声は、小さくも苦しげ悲鳴であった。カーミラの手から発せられた電撃を、口内から直接喰らう。
凄まじい量の電力が、体液で通電して、魚竜の喉から内臓にまで到達した。そして体内から感電させて、焼き焦がす。ある意味強烈すぎる一撃であった。
「嘘っ!? 何で!? 本当に魔法が出た!?」
敵に大打撃を与えた、大魔女カーミラは、何故か自分がしたことに驚愕している。
口から焼き焦げた匂いと煙を、煙突のようにモクモクと上げながら、魚竜は数歩後退する。魚竜の舌は、ステーキのようにこんがり焼けていた。
そしてそのまま倒れ込み、ジタバタと足を動かしてもがき苦しむ。このおぞましい怪物の、実に弱々しい姿である。
最初は呆然として、素の姿を見ていたカーミラ。だが次第に落ち着いてくると、その表情が唖然から不敵なものへと、急転換した。
「ふはははははっ! 初めて見る種だったので、多少は驚いたが……所詮は亜竜、この程度か! この私に牙を向けたこと、死して後悔せよ!」
カーミラがまたさっきと同じように、両掌をかざし、あの電撃をもう一発撃つ。もがき苦しむ魚竜に、容赦なく放たれた電撃が、魚竜を更に苦しめ悲鳴を上げさせた。
電撃が止んだ後、慌ただしくもがいていた魚竜は、実に大人しくなった。全身の鱗が、薄く焦げて、全身から煙が立ち上って倒れている。
だがまだ絶命には至っていないようで、その巨体が、ビクビクと痙攣している。
「うげっ、まだ生きてるし! しぶとい奴よ。さっさとあの世へ行け!」
そう言ってもう一発電撃を放つカーミラ。その一撃の後、今度こそ魚竜は、完全に動かなくなる。その様子を見て、ようやく安心したのか、カーミラはほっと胸を撫で下ろした。
「おいおい、すげえな! あの化け物をあっさりと! さすがは大魔女だぜ!」
『ああ……だが当の本人の様子が変なんだが?』
カーミラの勝利を遠くから見て、和己達が大喜びでその場に戻ってきた。
「あれが攻撃魔法か……俺、自分の召喚以外の魔法なんて初めて見るけど、とんでもねえ威力だな」
「当たり前だ! この大魔女カーミラの魔力を、下民共の扱う魔法と同列に扱うなど、無礼極まりないわ!」
「ああ、そうだな。色々疑って悪かった。俺はてっきり、あんたのこと、魔法使いを気取ってるだけの中二病かと思っちまった……」
「うぐっ!?」
今の和己の言葉に、何故か苦しげな声を上げるカーミラ。まるで彼女の胸に、見えない剣が刺さったような、心の痛みに苦しんでいるようだ。
「中二病? 何のことかは知らぬが……今後私の力を侮辱するような発言は慎むことだな……」
「そうだな……本当に悪かった。いや~~考えてみれば、三十一で中二病なんて、そんな馬鹿みたいに痛い人間いるわけねえよな……」
カーミラの力にすっかり感心し、本心での謝罪を告げる和己。
それとは対称的に、年齢の話しをした途端、彼女の胸に更に多くの見えない剣が突き刺さり、その痛みに必死に耐えていた。