第九話 大魔女(?)召喚
「はぁ~~助かった……。マジ死ぬかと思った……」
生まれて初めての命の危機の体験に、一気に脱力して、和己は片膝をついた。
異世界召喚とは、良いことばかりではないとは思っていた。だがまさかここまでの恐怖体験を、召喚して一日経たない内に、こんな急に味わうとは思わなかった。
『助かった、じゃねえよ! あれ、どうすんだよ!?』
「どうするって?」
何やらジャックが怒った風に、和己に問いかける。
『あんなもん野放しにして、もしどこかで人が襲われたらどうすんだ!? 言っとくが、あれはお前が出したんだから、何かあったら、全部お前の責任だぞ!』
「うげっ、そうだった! どうしよう!?」
“責任”という言葉に大きく反応して、和己は慌て出す。
ゲドの話しだと、一度召喚した者は、二度と戻せない。このまま何もしなければ、あの魚竜が何をしでかすか判らない。
「でも本当にどうしよう!? 元の世界に帰せないんじゃ、倒すしかないか?」
『よし! じゃあ、お前行ってこい!』
「馬鹿言うな! あんなのと戦えるか!」
『意外とできんじゃないのか? 今のお前、ホタイン以上に怪力になってるみたいだしよ』
「だからって勝てる保証あんのかよ! 武器もないし、俺格闘技なんてやってねえし……そうだ! あいつを倒せる奴を、俺がまた召喚すればいいんだ!」
自分が招いたものを、自分で片付けずに、結局は他人頼みであった。
『召喚って……またやばいのを呼び出したら、どうする気だよ?』
「大丈夫だ! その辺ちゃんと指定するから! ようし……」
そう言って和己は再び召喚術の術式を組む。今回は、今までで一番真剣な面持ちであった。
(俺が勝手に呼び出しても怒らないで、あのドラゴンを倒せるぐらい強くて、それで悪人でないこっちが協力させてくれそうな奴を頼む。魔王を倒した勇者か。ドラゴンさえ従える大魔道士か。……ええい、もう誰でもいい!)
そう言って召喚術が行使された。今まで一番に力を込めた術式で、その場に何かが現れた。
『これは……魔道士か?』
その場に現れたのは人間だった。
ジッパーのある白いジャージの様な服の上に、灰色のローブを着込んでいる。頭にも同色の低めの三角帽子を被っており、そこにスキーヤーのようなゴーグルが付けられていた。
顔つきと目や髪の色は東洋系で、和己と同年代ぐらいの少女であった。魔法の杖こそ持っていないものの、その外見は確かに魔道士に見える。
だが何故か、手作り的なものが感じられる衣装であったが……
「ここは何処だ? この私をこのような場所に誘ったのはお前か?」
「えっ? はっ、はい! そうです! 俺は召喚士の和己です!」
少女は、最初は動揺していた風だったが、すぐに顔を引き締めて、目の前にいる和己に問いかける。
指定通りならば、この少女はあの魚竜より強い力があるはず。ここは下手に出るのは正しい判断だろうと、和己は腰を低くして答える。
「ふむ……暗き静寂の世界で、安らかな眠りについていた私を、いきなりこの様な汚らわしい場所に呼び出すとは……よほど命が惜しくないと見えるな……」
「命!? いえ、そのような無礼をする気は……」
「ではこの私に何用だ、小僧? 私は下民共にも寛大な女だ。とりあえず聞いてはやるが、話しによっては只では済まぬぞ」
何やらやばそうな雰囲気である。和己は内心びくつきながら、目の前の少女に問いに答える。
「実は俺たち今、恐ろしいドラゴンに襲われているんです! どうしても助けが欲しくて……それで召喚術を使ったら、あなたが呼び出されてしまって……」
「竜か……まあたかが亜竜ごときならば、私の敵ではないな。だが私に願いを申し立てるなら、相応の代価を払う覚悟はあるのだろうな?」
「もっ、勿論です! ……そういえばあなたのお名前は?」
「この私の名を知らぬのか? 何とも無知な小僧だ……。ならば教えてやろう。とくと覚えておけ! 私の名はカーミラ! 漆黒の世界を支配し、神々を恐れさせる、高貴なる大魔女なり!」
『……ちょっといいか?』
何やら芝居がかった風で、随分壮大な名乗りを上げる少女=カーミラに、ブロックジャックが呆れた様な口調で問いかける。
「ひゃっ!? 何っ!?」
するとどうしたことなのか? 今まで不遜な態度で色々喋っていた少女=カーミラが、ジャックの姿を見た途端に、まるでとんでもない物を見た様に驚き戸惑い、子供の様な悲鳴を上げている。
『俺はブロックジャック。お前と同じく、こいつに召喚された医療ロボットだ。しかしよ……高貴なる大魔女様が、たかがロボットを見たぐらいで、びびるなよな?』
「別に恐れてなどおらぬ! ただこの私とも渡り合える力を持つ、火の女神ルカの使いに似ていたゆえに、若干動揺しただけだ!」
『まあ、いいや。とりあえず言っておくけどさ……カーミラってのは、古い小説の吸血鬼の名前であって、魔術師の名前じゃねえぞ……』
「えっ、そうなの!?」
再び驚きの声を上げるカーミラ。ただしそれは恐怖を伴った驚きではなく、初めて知る知識への、意外性に関する驚きの声であった。
『大魔女だか何だか知らんが……格好いい名前を名乗るなら、ちゃんと元ネタぐらい調べておけよ……』
「ええと……それは……」
何やら会話の雲行きがおかしい。大魔女と名乗ったカーミラだが、どうも台詞にある様な、威厳が、今は全く感じられない。
その様子を見ている和己も、カーミラを見る視線が、懐疑的になり始めている。
『それとお前、さっき和己のことを、小僧だとか言ってたが……お前の方は幾つだよ?』
「えっ? 三十一です」
女性に年齢を聞くという失礼な質問に、カーミラは実にあっけらかんと答える。
しかし大魔女と言うからには、何百歳とか言う数値が出そうなものだが、出てきたのは意外と平凡な数値であった。
『お前……自分の今の顔を見てみろよ』
ジャックの前に、一枚の空中ディスプレイが現れる。特に何か文字や画像が表示されるわけではなく、純粋に向かい合う物を映し出す、普通の鏡が投写されているようだ。
「えっ!? 何この子!? まさか……私なの!?」
鏡に映し出された自分の顔を見て、何故か驚愕しているカーミラ。その鏡を凝視し、自分の顔をつねったりしている。
その様子に、ジャックは何かに納得した様で、鏡を表示させたまま和己の方に声をかけた。
『一つ判ったことがある』
「何がだよ? 判らないことが増えすぎて、こっちは困ってるんだが?」
先程のカーミラの挙動の変化に戸惑っている中、急にそんな事言われても、とても和己には話しが呑み込めなかった。
『お前の召喚術のことだよ。何となく予想ついていたが、今のでようやく確信した。どうやらお前の召喚術は……召喚した対象の状態を改良する力がある様だな』
「改良?」
『ああ……実はな、俺がお前に召喚される前までは、ボディがもう古くなりすぎて、もう全く動けない状態だったんだよな。要するに、もう機械として、寿命を迎えていたわけだ』
「寿命って……それじゃあ何で今動いてんだ?」
『要点はそれだ。どういうわけか、お前に召喚されてから、何故か俺のボディは新品同然になってやがる。いやはや、これにはマジで驚いたよ。どうやらお前の召喚の力で、俺のボディは最盛期の頃に戻されたらしいな。お前が召喚した食糧の鮮度が上がってるのも、それが原因だろう』
「それじゃあ、あいつは?」
和己の視線が、未だに鏡の前で呆然としている、カーミラの方に向けられる。
『多分、自分が若返ってることに、驚いてるんだろうな』
「人間が召喚されると若返るのか……。あれ? そういえばゲドの奴、人間は召喚できないって言ってたような?」
前にゲドから力の説明を受けたときのことを、思い出そうとしていた時だった。
その場に、少々厄介な気配が戻ってきた。重い足音を立てながら、その恐怖の元凶が、こちらにどんどん近づいていることに気がついた。