初めての蜥蜴人 装備と食糧と術式と
ノンビリと書いているため大変お待たせさせています。
投稿しましたが、後で修正加筆などしていきたいと思います。
沼蛙狩りの前日、俺たち3人には大人の下位蜥蜴人の使う装備が正式に支給されると伝えられた。
この討伐を得て〈白鱗の氏族〉のリザードマン社会では晴れて一人前と見なされる。
最初に護身用にと貰った牙のナイフはそのままに、武器には各々の希望したモノを支給してくれるという。
どの武器にしようか思案しながら倉庫へと向かって歩く。
同様に同じ方向へと進む2人を眺めていた。
隣を歩くドルゾィは、今では身長が110cm程になり、身体を覆う鱗が今までの緑一色からほんのりと桃色が僅かに混じり始めるようになっていた。
これは雌のリザードマン特有の現象だと教えてもらい、将来的には赤みの増した緑鱗となるそうだ。
そう言えば戦士階級の蜥蜴人にも同じような鱗に赤が混じるリザードマンを見かけていたので、そう言った理由だったのだかと納得した。
てか、ドルゾイは女の子だったかのか…全く分からなかったよ。
そう言われたらクリッとした円らな瞳や、身体つきも丸みを帯びているているような…気がしてきたから何とも不思議。
何にでも興味を示す好奇心旺盛な女の子だ。
そして俺たち3人の中ではルタラが1番大きい。
身長は既に125cmは超しているだろう。
成人した普通の下位蜥蜴人すら平均身長は150cm、蜥蜴人にもなると160〜70cmくらいになる。
そう考えればルタラは子供のはずなのにかなりの巨体を誇り、特に腕が尋常じゃないくらいに太い。
勿論遺伝的な素養などもあるだろうが、しっかりと食事を食べている事で身体がバランス良く作られているのと、skillの〈腕力〉が関係しているものだと睨んでいる。
身体を覆う薄緑色の鱗も密度を増してきており、尻尾も雄々しく太い。
性格は気は優しい力持ち。
この集落では1番成長株の著しいリザードマンらしい。
因みに俺への評価は白い珍しいリザードマンってとこ以外に、釣り道具やハルバートを作り出すなど、変わった思考の持ち主だと認識されている。
まぁ、元は異世界の日本人だし…周囲からそう思われるのも仕方ない事だよね?
ついつい、物思いにふけって歩いていたのであっという間に目的地が見えてきた。
集落でも唯一石造りの建物である倉庫へと到着する。
頑強な建物である倉庫の前では、最長老であるボルデッカが立っており、その後方には1人の見慣れぬ下位蜥蜴人か待ち構えていた。
この下位蜥蜴人は鋭い眼差しで此方を値踏みするかのように眺めている。
柔らかな肢体と僅かな胸の膨らみ、赤みの強い鱗を持つことから女性だと思われた。
さりなげなくボルデッカの後方に立っているだけなのだが、隙の無い立位と身のこなしから、素人目にも彼女が歴戦の戦士だと思い知らされる。
しかし、そんな者でも下位蜥蜴人のままなのだと思うと…種族進化の難しさを実感することにもなった。
「3人とも揃ったようじゃの、宜しい」
満足そうに頷くボルデッカに案内されて扉の奥へと進む。
窓のない石造りの部屋は薄暗いが、リザードマンの特徴なのか暗さなどは特に気にもならなかった。
左側の棚から剣、槍、斧、弓と区分けされており、材質も様々。
簡単に加工された石斧や銅斧もあれば、鉄製と思わしき槍や魔物素材で組み作られた槍や弓がある。
この武器倉庫の前で武器の選択を尋ねられた。
最初に選ぶように促されたのはルタラ。〈腕力〉のskill持ちのルタラは子供ながらに少しぐらいならば重量がある武器でも扱える。
因みに俺たちの贈ったハルバートは集落の大人達に衝撃を与えたようだ。
特にこのハルバートの形状を初めて見た鍛治を兼任する蜥蜴人の女性が感銘を受けたらしく…遠征へと出掛ける前に作り上げた試作品が何本か倉庫には置いてあった。
その中で目を止めたのは、全てが青銅製であろう金属で作られた見事なハルバートがそこにはあった。
俺も金属については良く知らないのだが、前世である日本でこの金属は置物や蛇口などにも流通していたので馴染みがあったのだ。
青銅は重量があり、耐久性にも優れている。
試しにハルバートを持たせてもらうが、俺では両手で持って穂先がプルプルと持ち上がるか上がらないか…が精一杯で振り回す余裕はなかった。
続いてルタラも同種の武器が気になっていたのか、挑戦してみる。
両手で持ち上げる事が出来たが…流石に其処までが精一杯だ。
特に大人用のサイズでもあるのでいくら〈腕力〉skillがあっても振り回せるまでには至らない。
悔しげな表情のルタラが珍しく印象的だった。
しかし最長老ボルデッカはそんな様子のルタラを見て気に入ったらしく…持っていけと、ルタラが必死に持ち上げている青銅のハルバートを片手でむんずと掴んだ。
簡単に持ち上げてしまい、後で最長老自ら俺たちの家まで運んでくれる事になった。
因みに青銅製の武具は下位蜥蜴人には与えられない装備のようで…大人の下位蜥蜴人は酷く驚いていたが、直ぐに納得する表情になった。
ルタラは体格も良く、子供とは思えない程の長柄の武器を扱っている。ルタラならば、いつか使い熟すだろうと思う。
此れから先の集落を担う戦士として見込まれていると判断したようだ。
ルタラは現状の俺たちの作ったハルバートで大丈夫だとして、次はドルゾィの武器を選ぶ番となった。
ドルゾィは〈両利き〉のskill持ちで、左右の何方でも利き手に限らず同様に扱う事が出来る。
最近ナイフから格闘へと攻撃スタイルを変更していた。
どうやら武器を使う戦法は命を奪う感触がなくて…どうもしっくりこないと言うのだ。
それならば冗談で拳や蹴りなど格闘で戦ってみたら?と答えたら、あっさりと納得したようだ。
武器を捨て早速エンドワーム相手に格闘を行っていた。
こうも簡単に武器を捨てて、試してみるとは思わなかったので、正直意外に思った。
人間のように武具を扱えるリザードマンとしては珍しい選択だと思う。
しかし、何でも興味を持つドルゾィらしいと言えるかも知れないと思い直した。
俺も冗談とはいえ格闘を勧めた手前、責任とらなくちゃな〜。
しかし素手だけでは些か心許ない。しかし残念ながら集落には格闘をするリザードマンは1名もいない。と言うか、今まで1人としていないそうだ。
案の定、既存の武器などは武器庫には無く…そのためドルゾィ用に専門のグローブを作る事にした。
ナックルガードなど前世の知識を用いながら作成をしてみようと思う。
取り敢えず、ドルゾィの手のサイズを測り、炭で木の板へと書き込んだ。
型紙のようなモノが出来上がった。
次に装備となる素材を探してみる。
たまたま食材の調達庫に大猪の皮のなめしたモノと魔物を剥いだ毛皮が有った。
何方か貰えないか聞くと、魔物の皮は駄目だが大猪の皮なら魚と交換してくれると言うので釣った魚(中)数匹と交換してもらう。
この大猪の皮で手全体を覆い、保護も担う部分を作る。
分厚い皮を縫い合わせていると、ルタラが何時の間にか隣に現れ、一緒に手伝ってくれた。
リザードマンの特有の鋭い爪を活かせるように指先の部分はくり抜いて欲しい事を伝える。
俺とルタラはドルゾィの装備するグローブを着々と作っていく。
最後に手甲部には銅板で加工してある板を縫い合わせ、グローブタイプとなった。
攻撃と最低限の防御を兼ね備えて、暫定的に彼女が扱う武器は出来た。
そのため今回武器庫でもらう予定の武器は、接近戦用の武器ではなく片手でも扱える木製の小型のハンドボウガンを選択する事になった。
実はこのボウガンという武器自体はリザードマン社会において存在しなかったと言う。
何故ならば弓があれば充分であり、ボウガンのような原理は必要とされなかった為だ。
俺がこの上記の理由を知る事になったのは、先に釣竿を作る際に許可を取りに行った時のことだ。
ボルデッカの部屋にて立派な造りのボウガンが置いてある事に気付いた事が始まりである。
何だか気になって聞いてみたら、快く教えてくれた。
話はボルデッカが族長となった頃に遡る。
当時、人族の冒険者達はこの大森林の恵みや遺跡を狙って大挙して押し寄せた事があった。
無論〈白鱗の氏族〉も何度も人間達から襲われた事もある。
ボルデッカは先頭に立って戦い続け、傷だらけになりながらも全員を返り討ちにしていた。
その中である冒険者が使っていた連射用のボウガンには苦戦を強いられる事があり、この武器は脅威だと感じるに至った。
ボルデッカ自体はその時に上位蜥蜴人となっていてボウガンの矢自体を鱗で弾き返したり、避けたりしていたのだが率いる仲間のリザードマンは蜥蜴人であり、彼等の鱗や小楯ではまだ完全に弾く事が不可能だった。
戦闘中に如何にかこの武器を手に入れたいと思ったそうで、その為余計な傷まで負ったと、笑いながら教えてくれていた。
ボウガンは弓と違い、特に練習は必要なくとも誰でも使える便利さがある。
また威力は弓よりも低いが速射性に優れる。正面からでは確率は低いだろうが不意をつけば、特に厄介である人間の魔法使い対策にも使えると見込んでいた事も大きい。
その為に昔から使っている弓を重んじる者達に、この特性と必要性を理解して貰うために何度も説得を繰り返す。
何ヶ月もかけてようやく集落の意見が纏まり、開発していく事になった。
まずボウガンの一つを解体・分解を繰り返して原理と技術を学んだボルデッカと鍛治を司るリザードマン達は、試行錯誤の末に何とか自分達用のボウガンを作成するに至ったのだが…そこに至るまで出来の良いモノはなかなか出来ず、苦労したようだ。
未だ集落全体に行き渡るほど十分な数のボウガンは普及していない。
しかし必要性は理解されており、鍛治を行えるリザードマンの確保や、生産ラインである基盤や材料さえ整えば量産して行きたいと語っていた。
その貴重なボウガンの1つを今回ドルゾィは選択し、下位蜥蜴人ながらに許可を得る事に成功する。
寧ろボルデッカ自体は若い世代に使ってもらう事で改良点などの感想も欲しいと言っていた。
矢玉は多くは持てないので10本の束である専用の矢を2組、背部に担いだ矢筒に入れる。使わない時は其処に取り付け出来るようにもなっていて場所を余り取らない。
念願の遠距離用の攻撃手段を手に入れたが、少し練習は必要だ。
普段は格闘による接近戦をこなすが、必要時には俺の魔法以外に背中を預けられる後衛がいるのは心強い。
最後に選ぶ事になった俺の番では、お目当てのモノまで歩いていき、目の前にある短槍を希望した。
それはいつも大人の下位蜥蜴人が使っている1mほどの細長い槍ではない。
穂先にはバイコーンと呼ばれる捩れたツノ2本持つ山羊のような魔獣を素材にした短槍だ。
その内の一本の鋭い角が先端に付けられ、柄は丈夫な木材で拵えられた騎士のランスのような形状に似た槍で、突きに特化している。
短槍を選択したのは何より持ち運びも便利だし、取り回しも良いからだ。
それに、俺たちのメンバーにはルタラと言う前衛役がいる。
盾役兼攻撃役に適した前衛がいる以上、これからの為にも経験は積んでいて損はない。
俺は普段は中衛に徹するが、ルタラやドルゾィにもしも何かあった場合に備えて、前衛も兼任できるようにしておいて不備は無いはずだ。
そして防具に関してはこれまで野獣の皮で作成された服のような防具に、局所以外にも守れるように同じ皮の膝当てと肘当ても支給された。
ただでさえ天然の鱗や皮膚に加えて防具を身につければ、生存確率はグンと上がる。
因みに蜥蜴人になれば、硬質な革を何枚も重ねた丈夫なハードレザーなどが支給される事になるようだ。
全ての装備を身に付けて見ると、それなりにサマになっていた。
最後にボルデッカから良い戦士となれ!と激励を受ける。
後から合流した調合のバルザ爺ちゃんから、1人ずつ傷薬貰って集落を出発した。
目指す目的地は、到着まで半日程の道のりで到着する予定だ。
大小無数の泥沼のある大森林でも有数のオーグル沼地。そこから3日間討伐兼Lv上げにいそしむ。
折角なので少しでもLvを上げて帰りたいもんだ。
集落の大人達に見送られながら集落を出発してオーグル沼地に着くまで、3人だけで役割分担の練習を行う。
その行動を見た下位蜥蜴人のお姉さんが模擬戦闘を勝手でてくれた。
互いの実力の把握をするにはいい機会なので喜んで了承した。
お姉さん対俺たちでの一対一の模擬戦を通して、簡単な指導も貰える事になった。
明らかに現在の自分達よりも強く、戦闘経験豊かな相手からアドバイスは珠玉の言葉となるだろう。
周りには小さな草が生い茂り、木々も開けた場所に着く。
魔物の気配も少なく、ここで模擬戦を始める場所に決める。
最初の相手はドルゾィ→ルタラ→俺の順番となった。
ハンドボウガンを使わない時のドルゾィは、普段は格闘による接近戦をメインとしている。
両手に特注のグローブを嵌めて戦闘準備をしている彼女は本当に楽しそうだ。
ドルゾィが仕掛ける形で模擬戦が始まり、お姉さんの元へと駆けていく。
じっと待ち構えるお姉さんは長槍の射程範囲に踏み込んだドルゾィに鋭い突きを見舞う。
持ち前の俊敏さと勘の良さで何とか対応して躱すのだが、ここから先へは一歩も進めず…いや近寄らせても貰えなかった。
格闘による攻撃となるため躱す事も重要な技術に含まれる。
その為にただ躱すのではなく、次の行動へ活かせる用にも見切りながら躱しなさいと、下位蜥蜴人のお姉さんからは実際に歩法のお手本を見せられながら指導を受けていた。
全身がゴムのような弾力のある天然筋肉のドルゾィは、この技術をモノにしていければこれから生存率もグッと高まるだろう。
本人も見せつけられた技量に対して信頼と興味があり、懸命にお姉さんのギリギリに手加減された攻撃を躱してアドバイス通りに動こうとする。
見学も終わり、代わりに俺とルタラが離れた場所で模擬戦を開始している間、一休みを兼ねて2人が休憩していた時襲撃者は現れた。
上空から僅かな羽ばたき音が聞こえたかと思うと、空を見上げれば遠目に1匹の大きな蛾が接近しようとしていた。
この蛾はエンドワームの成長した姿であり、斑目のような紋様が描かれている翅を広げれば全長120cmにもなる。
ここいらの〈白鱗の氏族〉の縄張り付近では生息していないはずなのだが…運良くこの場所で孵化したばかりなのか、どうやらコイツ1匹だけのようだ。
これより面倒なので、エンドワームの成体の名称は魔蛾とする。
早々に魔蛾の襲来を察知したおかげでドルゾィは早々に距離をとって、背中のバンドボウガンの準備をしていた。
下位蜥蜴人であるお姉さんは、落ち着き払った動作で腰に吊るしてあった牙のナイフを魔蛾へと投げ付ける。
投擲されたナイフは綺麗に直線上を描き、一撃で飛空している魔蛾の片翅を切断させた。
片翅となった魔蛾は錐揉みの回転しながら落下してくる。
必死に残った片翅を動かすも、落下は免れないようだ。
魔蛾はせめて落ちるならば…と片翅で軌道を修正しながらドルゾィの元へと突っ込んできた。
既にドルゾィは背中のハンドボウガンに矢をセットしていた。
狙いをつけ計3発撃ち出す。内1発は複眼に突き刺さるが、それだけでは迫る勢いは変わらない。
更にギリギリまで撃ち込もうとするドルゾィに対して、片手で打ち方を静止させた。
スッとドルゾィの前へ進みでた下位蜥蜴人のお姉さん。
屈んで腰だめに細槍を構えたかと思うと、次の瞬間に上空へ向かって跳躍した。
落下してくる魔蛾と空中で月面宙返りをしてすれ違う。
槍による閃く一迅は綺麗に魔蛾を切断させ、力なく地面へと墜落して横たわらせた。
俺とルタラが駆け付けるまでもなく戦闘は終了した。
ドルゾィはお姉さんが魔蛾を仕留める際に見せた投擲術と槍技に尊敬の眼差しを送っていた。
どうやったの?教えて教えて〜と目をキラキラさせながら聞いてくるドルゾィに、嫌がらずに話してくれる姿を見ると、案外世話好きな人なのかも知れない。
ルタラは子供とは言え、既に大人並みの筋力を有している。
そのハルバートから繰り出される一撃は敵の肉を切り裂き、エンドワームくらいの魔物ならば重量で圧し潰す程の威力があった。
そんなルタラと下位蜥蜴人のお姉さんと模擬戦では、以下の事に気を付けた方がいいと指導を受ける。
ルタラのゴォっと風を切って振るわれるハルバートを全て避けながら、お姉さんは言う。
ルタラは銅ハルバートの扱いにも慣れてきているが、腕力に頼り過ぎる余り身体が泳いでしまう事もしばしばあった。
力に頼ることは悪いことじゃない。
でも今のままではこれ以上の技量を持った敵と出会えば、倒されるしかないわよ?と指摘されている。
言われた事に対して本人なりに意識しながらハルバートを振るうが尚も攻撃が全然当たらず、苛立ちが頂点となったルタラが全力でハルバートを振り下ろした。
すると驚くべきことに、大人ですら持て余すであろうルタラの全力の振り下ろしを細槍で受け止めつつ、威力を完全に流しきっていく。
完全に力を逸らされたルタラは体勢も崩され死に体となっていた。
ハルバートに乗せられたパワーを受け流し耳をつんざくように軋む細槍は、その威力の反動を利用してカウンター宜しく石突でルタラの胴を打った。
ルタラにとってここまで力が通用しなかった相手はいない。
目の当たりにした事実にルタラ自身は愕然として座り込んでしまっている。
踏み込みも浅い。お姉さんからの一言目はこうだった。
折角のパワーも身体全体の体重が武器に乗ってないし…と指摘を受ける。
尚も呆然と佇んでいるルタラに対して、直ぐに立ちなさいと叱責の言葉を吐く。
必死について来なさい。
と、今度はお姉さんからの連続攻撃が開始された。
反応できるギリギリで繰り出される細槍に対して、反射的に身体はギリギリに動く。
考える間も無く必死に喰らい付いていく事で、見切りと防御の型が模擬戦の中で自然と磨かれていく。
時折、ルタラに叱責と褒める言葉が入る。飴と鞭って奴だ。
何方かと言うと、やや鞭が多めだけど。
この荒業にルタラの心が折れないように配慮しているのだろうと思う。
しかし、この効果はてきめんだった。
次第にハルバートを振るう荒々しいだけの一振りが、芯の通った洗練された型へと誘導されていき…ほんの僅かな差なのだが違ってきたのだ。
模擬戦を眺めながら、ふと思う。
俺は勇者の時だった頃に魔法使いとしての戦闘スタイルを確率してしまっている。
昔、装備一式まで自前で用意してくれた恩義のある老神官パリフェルから、魔法使いでも体術は必ず学んでおきなさいと、口をすっぱくして言われていた。
その薫陶を受け取り、勇者だった時の俺は王立図書館の本を片っ端から読み漁り、また傭兵団の連中にも初歩の体術を教わっていたので、一般的な魔法使いよりは近接戦闘が行える戦闘スタイルになっていた。
流石に一流の前衛職には及ばないけど、勇者補正がかかった肉体はそれなりの近接戦闘を可能にし、お陰で死ぬまで何度も窮地を抜け出す事が出来たのだ。
感傷から現実世界へと引き戻されるくらい派手な音が響いた。
目の前を見ると、どうやらルタラが息も絶え絶えに倒れ伏していた。
そうして俺の模擬戦の番となった。
短槍自体は初めて扱う武器なのだが、以前長杖のカドゥケウスの杖を棒術代わりに使っていた事もあり、何となくだが最初よりはマシなような気がしている。
改めて振り回すも長さの似た短槍の扱いにそれほど違和感はない。
槍の技術を今の訓練で感じ取らなけばならない。
お姉さんからはこの短槍は刺す事に特化した槍なので余程でない限りは全力で突かず、短槍の特性である引き戻しを意識しながら扱いなさい…と指導を受けた。
戦いながらお姉さんの情報を収集する。どんな槍さばきなのか?
まずは分かる範囲で息遣い、歩法、間合い、目線、思考など全てだ。
相手の手の内を読むように情報を集める。
下位蜥蜴人のお姉さんは、何気なく立っているように見えるが油断なく槍を構えている事がわかる。
俺のような子供相手に手加減はしても油断はしないって事だ。
何合が打ち合って見て、完全に此方の攻撃は無力化されていた。
突けば払われ、払えば突き上げられ…完全に相手の方が格上だという証拠だね。
散々な結果だったのだが、模擬戦という事もあり死ぬ事はない。
精々が悪くてとても痛い思いをするだけだ。そのお陰で攻撃パターンはかなり読む事が出来た。
そして俺もお姉さんに限界まで手加減されながら、模擬戦を繰り返しそろそろ体力も限界近い。
この一戦が模擬戦も最後の一回となりそうだ。
折角なので、最後の最後で勇者の時に使っていた隠し札の1つを試し見たくなった。
だが、自分でもこのリザードマンの体を御しれておらず…この術式が強力過ぎて万が一があっても怖い…やっぱりまだやめておこう!
思考にふけった一瞬の間だったが、お姉さんにはその隙で充分だったようだ。そのまま細槍の柄で派手に吹き飛ばされて、俺どお姉さんとの模擬戦は終了した。
ブラックアウトする寸前、あぁこの隠し札を使いこなせるようにならなきゃな。意識を失いながらも強く思った。
この所、毎日瞑想で知覚している魔力。
ずっと繰り返し知覚と身体にも馴染ませることでかなりの魔力を体内で親和性が高く残留させる事に成功している。
魔力を静かに練り上げていき、ある一定度の濃度の魔力まで高める。すると、魔力の性質が一部変化するのだ。
この魔力だが純度を高める事により、身体の隅々まで行き渡らせることによって簡易的な身体強化を実現させる訳だ。
しかし、此れだけでは只の魔力による身体強化に過ぎない。
それを完全に扱い、魔力の流れを補助する制御術式と理論・技量が必要であり、それが出来た時は同じ魔力量を掛けても段違いに効果が違う。
色々派生されているが、これを契約術式という。
研鑽され尽くした芸術と言っても過言ではないこの技術は、独学だけでは決して辿り着けない境地にある。
人類の研鑽と偶然そして探究心が叡智を求めた結果、魔法使いの体内に仕込むタイプの術式と呼ばれる分野が大いに発達した。
これは魔法ではない。
長年の研鑽と研究の果てに実用化された、魔力活用の結晶なのである。
そもそも術式の起源は魔法を極める為に没頭し、次段階の階梯魔法の解放条件を求めたり、魔力とは何か?効率良く引き出すにはどうしたらよいかなど、三度の飯より魔法が好きなお方々がより細かく、より深淵を覗いた魔法使い達の研究結果の副産物だと言われている。
魔法全盛期時代。
いつか人類は魔力というモノを解き明かせるだろうと言われた時代に、途絶えかけた出来事が起こった。
魔王カタストロフの出現である。
勇者を召喚し、他のすべてを投げうった人類の存亡をかけた戦のあと、ようやく魔王カタストロフが封印された。
その傷跡はかなり深く、多くの国は滅び、資源は消える。人材とて一緒で更に数を少なくした魔法使い達。
失われた秘術や魔法を何とかして再現出来ないか?
その弟子たる魔法使い達は少数ながらも希望者を募って一派を作り、そこから各々の持つ魔法技術…後に術式呼ばれる技法を用いて再現を試みた者達がいた。
そうして秘匿されてきた術式技能を理論化し、解明することによってかなりの再現出来た魔法技術が増える。
身に付けるには個人の才能や資質が必要である事もわかっていたが、才能がないから身に付けられない。そんな説明で納得出来る者は最初からこの一派にいなかった。
オリジナルのLv測定器こそなかったものの、それに近いモノを手に入れていた彼らはそれで術式と体得を確認していた。
ならば使える者が体系を確立させ、長い長い実験から、既に出来上がった魔法構築した術をを組み上げた。
こうして新たに術式と呼ばれる技術体系が出来上がった。
一定の効果のある完成された魔力制御された術式を体内外で契約する事で、飛躍的に効果が高まること。
これは本人の魔力に直接触れることで、異物としての存在である術式が受け入れやすくなっているのではと?研究結果が残っている。
後に…有名なところな術式技能では王国の『詠唱短縮』術式や『遅延魔法』などの特別な高度専門術式や開発された全ての術式は、特別な専門処理を為された後に体内へと契約する事で使えるようになるのだ。
これらの習得には高度になればなるほど専用の媒体が必要。個人で用意するのは容易な事ではない。
また本人にとって必要な魔力量や資質は元より、それを会得する為にはその術式を完全に理解して修練を重ねて昇華していく必要があった。
本人が師より授けられる術式と、のちに特殊な術式を構築したモノを書物に残した封印技能書と呼ばれるタイプの術式が完成する。
長年の術式研究でより効率が良く、少ない魔力で短縮、効果が長い術式を編み出していった先達は、魔法の技術をふんだんに組み込んだ術式技能を一子相伝の奥義として、更に枝分かれして一派が形成されていく。
その流れより外れ、魔法使い以外にも新たな技術に挑む者がいた。
果たして体内外にしか術式を組み込まないのだろうか?他に選択肢はないのだろうか?
そう思っていた鍛冶師、錬金術師と共に無機質に魔力を込める術式を開発しようと挑んだ者達であった。
過去には先達もチャレンジしていたが全て試みは失敗に終わっていた。
これは魔法使いのみで研究していたから概念が暗黙のルールとして決まっており同じ壁に躓いていたからもある。
先達の失敗を踏まえ、今回は各々の職業でも優秀な人材達によるチームを組んで国家プロジェクトとして開始された。
ここに至った背景には魔王との戦争によって荒廃した大地では生存領域を確保するのが難しく、また人類が暮らせる程の生存領域では必ず魔物達が群れていてそこを得るために戦力が必要だった。
取り敢えず、その為には只の良質な武具を作るだけでは時間がかかり過ぎて間に合わない。
武具そのものに魔力や魔法を宿した品が作れないか?と考え始める。魔力を込められる武具開発に着手する事になった。
彼等の教材となるお手本は古来から存在していた。
それは遥か昔から高難度の迷宮から発見された強力な能力を秘める武具であり、超越した鍛治者が打って作ったとされる英雄級〜神話級の特殊な武具であった。
しかも一騎当千の力を個人に与えたと伝説では言われている。
最初にベースとなるモノを作り出すために試行錯誤が繰り返され、何万回の失敗を得て錬金術師が術式の元と素材を産み出し、鍛冶師が魔力の器を形成していく。
契約術式が飛躍的に発展した時代だったため、秘匿されていた術式は完全協力の契約のもとプロジェクトに参加していた。
出来た器に魔法使いが術式を描きながら魔力を込める事で最初の試作品が完成した。
後に研究を繰り返すことで、器となる素材と魔力を込める術式、魔法使いのみで魔力で最終的に品質が決まる事が判明する。
そうして生み出された魔力の器は【魔宝石】と名付けられ、世に出ることになった。
魔宝石が出来た彼等は次の段階へと移る。
高難度の迷宮を攻略し、その英雄級武具とまでと言われたそれらを何とか入手した。
原理や素材を探し出しながら、模倣していく。
英雄級であるオリジナルよりもランクは落ちるが魔力の高い特定の金属や素材からベースを作り、魔宝石を核として組み込んで魔法の再現を目指した品物が完成。
扱いやすい凡用術式武具と名称付け、宝具級の武具に近い威力が実験結果から得られる。
魔法が使えなくても魔力が最低限ある者ならば、この術式武具を使って準魔法使い級の戦力の向上が見込まれた。
凡用術式武具は等級をつけるのならば宝具級である。
魔宝石と素材にもよって性能は著しく変わり、能力はかなり劣っているものの欲しい能力の武器と防具を素材さえあれば制作する事が出来た。
勿論、誰でも制作出来るという訳ではない。一部の超一流の職人以外はその技術すら秘伝として伝えられているのみである。
このおかげで人類は人口が著しく減少していたが、魔物を徐々に生存領域から出来る限り追い詰め、再びある程度までの支配圏を広げる事が出来た。
現在では凡用性術式武具は5つの大国のみでの生産が許されており、認められた者以外は入手できない。
迷宮攻略以外で手に入る魔力武具として、命のリスクがない凡用術式武具は貴族がこぞって求め、今では貴族の象徴のためのステータスになってどれだけ良い物を持っているのかが流行っていた。
因みに俺たちの使っている武具は粗悪品級で、順に通常級→宝具級→魔導級→遺跡級→英雄級→神話級とランクの段階があって最低限魔力を帯びたランクの武具からが宝具級と呼ばれる。
俺が勇者の時に使っていたカドゥケウスの杖は強力な固有能力がついている遺跡級、彷徨う探索者の指輪は魔導媒体として優秀な宝具級だ。
遺跡級武具からは小国では国宝とされている物もあり、高難易度の迷宮でしか見付けられない。
事実、勇者や最高クラスの冒険者達でも死ねる程の戦力が潜み、攻略に二の足を踏む事もある。…入手している事はトップクラスの戦力を持つ者達の象徴でもあった。
その為、なかなか入手出来ない大変貴重な品なのだ。
英雄級の武具は俺は実際に見た事がない。
文献に載っている勇者ローランが使ったとされる魔剣アロンダイトは、堅牢な龍・竜の鱗すら難なく切り裂き、持ち主に驚異的な加護を与えたとされている。
そういった伝説にしか存在を確認されて武具であり、神話級に至っては存在すら怪しまれているのが現状だった。
さて、俺が使おうとした魔装術式体系【魔人化】の技法に付いて説明させて貰おう。
まず魔法とは属性と呼ばれる明確な体系に基づいた知識と技術により、発動されるモノだとされている。
一説には神よりの奇跡だと謳う者すらいる。
諸説はさておき、この世界には魔力と呼ばれるチカラがあり、それを媒体として現象を起こすことを属性魔法と呼ぶ。
誰しも魔力を持っているわけではない。それに魔力の保有量は人によって様々だ。
王国の魔法使い達でも一部を除いた人材以外は魔力を扱う制御だけで精一杯な人物が多い。
また国民には一般的に魔力による理解と制御が規制させているため、一部の魔法使いを除いて、使いこなしていているとは言えない状況だ。
そんな人の扱う魔法でも全身鎧を着込んだ騎士を発動させた1階梯魔法で一瞬で殺めたり、強靭な体躯と顎で何十人もの人間を喰い殺した剣魔狼、体表を石で覆われ生半可な武器では傷すら付けることの出来ないゴーレムすら、属性魔法による火で焼かれ、土で埋められ、風で切り裂かれ、水で押し潰されたりと、殺す事が出来る。
それに魔法技術の活用の方法については秘匿されている事が多く、まずは魔法学院に入って魔法の発動、制御、構築を習うのが魔法使いの道への近道である。独学で学ぶ事も可能だが、師や先生がいない魔法使いは天才でもない限り必ず壁にブチ当たる。
まぁ、優秀な魔力持ちならば国が必ず拾い上げていくので、今の所平民貴族問わずそんな事はないのだが。
そして学校を卒業して魔力を活用出来る人材かつ、優秀な成績を残した者は国の術式研究機関へとスカウトされる。
そこで開発された術式は表向きの研究では同じ術式でも無駄なく美しく仕上げられていたり、扱いやすいように研究が進められている。
新しい術式の開発の際は必ず試しが行われる。それは術式を扱うには契約が必要だからだ。
裏の顔として人体実験(主に重罪犯罪者)すら免罪符として認められている黒い部分すらある。
どんな術式構成で、反発はないかマトモに起動するかなど試す事は山程ある。
中でも重要度が高い幾つもの契約術式は、派閥によって管理され自身の身内以外には公表すらしていない。
上記に記した通り、現在絶対の忠誠のもと結果を残した弟子が稀に師匠より授けられる事のみで、一般的にも流通していないのが現状だったりする。
早い話、強くなりたければ一派に加われってことだ。
その為、強くはなりたいが束縛を嫌い、我流で鍛えながらソロで戦闘に挑む魔術師、魔法使いは酔狂な類に分類された。
自身の好奇心を満たすためや、無辜の民の為に己が力を使おうとする数少ない者もいる。
そう言った者達の為に、遥か昔から名も無き魔導ギルド【無名】が存在していた。
創立したのは在野の賢人と呼び声高いゼクロス・ライツ。
過去の文献には彼は眉目秀麗な男性だったとか、女性である…姿形に関しては様々な記述として残っているが、果てには人間では無かったなど逸話に事欠かない。
そしてどの文献にも記されている彼にしか使えなかったと言われる遺失魔法の範疇にある魔天と呼ばれる未知分類の属性だ。
この属性魔法から魔人化と呼ばれる万能型の魔装タイプと…後に名付けられた術式を個人で編み出したゼクロスは真の天才であり、彼の死後もこれを超えるとされる魔力を纏う魔装型の術式は存在しない。
【ネームレス】のメンバーを除けば魔人化の術式模倣すら許されず、解明も成されていないのだから。
そういう事で詳細はわからないが、かの魔法と魔人化の術式を駆使したゼクロス単騎で砦を攻め落とすほどだったらしい。
そして、魔法に対する戦闘のその技術や凄まじさから、術式から名をとって魔人とも呼ばれた程の人物だった。
その魔導ギルド【無名】は、現在の活動はゼクロス・ライツが残した初歩の戦闘技術の教授や、魔導媒体の売り買いや提供、仕事の斡旋を始めとした組織では在野に散らばっている100人以上の魔法・魔術師の最後のバックボーンと言っても過言ではない影響力がある。
彼が研鑽を積み開発してきた術式を守り、またアレンジしているようだ。
ゼクロスの意思と技を後世へと伝えるのも残された彼らの役目だと公言して憚らない。
俺がその【魔人化】と呼ばれる魔装術式体系に触れるキッカケとなったのは、勇者であった時に雇った傭兵団の専属魔術士であるニケと呼ばれる中年の男性の出会いからだった。
ニケは風属性を使えるベテランの魔術士。
更に3階梯の中規模殲滅魔法までを操る一流の人材だった。
寡黙な人物で殆ど喋った事がなかったけど、以前酒の場で1度だけ一緒に呑む機会があって話す事が出来た。
酒が入った勢いなのか、彼は言葉少なに【無名】の出身だと教えてくれ、高弟にしか伝授されない魔法技術を会得していると誇らしげに語ってくれた。
その時はふぅーんとしか思わなかったし、俺とて勇者である。
王国の最大派閥である宮廷魔導師の魔法技術の粋である『詠唱短縮』や『魔力強化』に加えて初歩的な術式技術である『魔力集中』覚えられる範囲で王国式の術式技能と習い、理論を理解し実践することで会得していた。
まぁ、随分と偉そうに言ったが実は種明かしをすれば、王国には誰が制作したのかは分からないが技能封印書と古代文字で銘打ってある貴重な術式が刻まれた本があり、そこに書いてある術式【叡智の魔導理論】を最初に取り込んだ事で理解力と吸収率が高まっていたのだ。
説明した通り、ヤバイくらいに高性能な術式が収められている本は太古からの希少本であり、本自体に魔書のような魔力が宿っている。その為、腐ることなく朽ちることなく読まれる事をずっと待っている。
それも高位〜上位の術式が宿っているので現存数は数少なく、学術的な観点や希少価値を考えると、その価値は天文学的な金額となる。
誰にでも読める訳ではない。まずはそこに書かれている力ある文字、古代神語や真正魔術語を理解出来なければ読むことすら出来ない。
そして技能封印書は禁書指定のため、条件が幾つもついてくる。
上記以外では精鋭である宮廷魔導師であること、貴族でも公爵の血を引く者、その長の許可が下りた者、王家忠誠の術式を刻んだ者などなど。
それらを通り越してようやく目に触れる事が出来るのだ。
多分完璧にこの本を読みこなせる者は、王国でも王国最強の魔法団を率いる魔法使いの頂点たる宮廷魔導師長…嫌味な天才青年マクシミリアン卿とバリフェルの爺さんぐらいだろう。
しかし読む事が出来ればスキルや術式、技能などを吸収しやすくなる特別な術式が組み込まれている。
現在では生成不可能だろう。
その内容を脳へと直接理解出来き、術式が契約のもと指定の場所へと刻まれる仕組みになっているようだ。
そうとは知らずに始めて読んだときは、カッチリと何かが頭に嵌め込まれた感覚があった。
本自体は高度な術式を媒介するため、使用して契約出来れば一回きりの使用で駄目になって燃え尽きる。
使い捨てのような感じだが、こんな代物が有れば強い者はどんどんと強くなれるだろう。
読む当たっての人物の資質が足りていないのか…読む機会を与えられた者でも、読めない事も多いらしい。
封印技能書は何とか読めたものの、その封印されていた術式は契約する事が出来なかった過去の宮廷魔術師の1人がそれをもとに教本を作った。
その教本が王国の魔法学院の教科書として現在に至るまで使用されるのは、魔法使い内では余りに有名な話である。
太古に失われた術式によるマジックアイテムの一つなのかも知れない。
そして読み手を選ぶ技能封印書は、その術式に対応出来るだけの才能のある者しか、文字が浮びあがらない仕組みとなっていた。
幸い俺には時空属性魔法である〈異種族間言語〉を使う事で、適正がある本を開ければ必ず本の内容が読む事ができた。
【叡智の魔導理論】の術式と併用した恩恵に預かることで、少なくとも他の人よりは年月といった長い時間を掛けずに習得することが出来た。
改めて便利な能力だ。
そのおかげもあって、他者から見たら凄まじいスピードで覚えていったはずなのが…習得したと申告しても、監視役の騎士には信じてもらえず、王国の奴らは俺が簡単な術式の初歩しかマスター出来なかったと思われていたようだ。
しかし、何故ここまで俺(勇者)の評価が低かったのだろう…?
まぁ、考えてもどうでもいいか!
其れに実は王国から出る際に、もう戻ることは無いと決意して勇者権限を使って王立図書館の禁書区画から〈時空間収納扉〉を使って、他に適性がありそうな何冊かを無断で頂戴…ごほん、もとい長期的に借りていたりもする。この状態が落ち着けばいつか開く機会もあるだろう。
強くなれるし、知識も増える。
その時が来るのが本当に楽しみだ。
ちなみに術式に対してはリスクも勿論存在する。
本人の資質や魔力量にもよるが、複数の術式を取り込むことは体内で反発を起こすらしいこだ。
とある国で前途有望な魔法使いが、師より教授と訓練のもと順調に術式を取り込んでいった。
3つ目の術式を身体に取り込んだ時に、その場で魔力と術式が融合して成功したと途端、膨張して弾け飛んだ例も報告されていた。
そのため、殆どの一流の魔法使いは2つ術式を持っていれば、上等な部類に入ると言われている。
これ以上のモノを臨むのならば、他の分を宝具級か魔導級の武具などで能力を補う事が一般的であった。
勇者の時の俺の保有していた術式は5つは下らない。特に身体に変化、変調は見られなかった。
しかし、俺の持っているカードではステータスには表示されない…バリフェルの爺さんが管理していたオリジナルのLv測定器ならば判定表示出来ていたのかも知れないな。
だから今の自分自身、勇者の時の術式が使えるかは不明だったりする。
理論は一度理解しているのでもしも失っていれば術式を再構築してみるつもりだが、慎重に進めていく必要がある訳だ。
保有する術式は以下の通りだ。
俺の持つ簡易型のステータスカードには記載されていない。
高位術式【叡智の魔導理論】
上位術式【詠唱短縮】
下位術式【魔力集中】
下位術式【魔力活用】
そして、魔装術式【簡易魔人化】の計5つ。
そんな訳でそれなりの術式に対して有利な知識を得ていた筈の俺にとって、ニケの言う魔法技術とやらも、それに準ずるモノだと勘違いしていたのだ。
その圧倒的な存在を誇った『魔人化』と呼ばれる魔装術式を実際に目にするまでは。
彼の切り札の1つであるこの術式は、一般的に公開されていない秘中の秘であったのだ。
しかも俺に雇われてからその技術を使ったのは1度だけ。
その後、『魔人化』の術式を教えて貰う事になる。
少し昔を思い出そうか。
ニケの所属する傭兵団が俺に雇われてから1年が経った頃に、傭兵団あてに直接緊急依頼が舞い込んだ。
依頼があったのは湖と森林が豊かで美しい小国ヴィクトリア。
ここの山からは美しく白色に輝く良質な石材が産出している事で有名な国でもあった。
彼の地で昆虫型の魔物である大蟻が大量発生した。
ビックアントとはその名の通り、蟻が大きくなった魔物だと想像してくれて良い。
体長は80㎝。全身を黒一色であり、顎かは伸びる鋭い2本の牙は、細い木材くらいなら容易く嚙み砕く。しかし、身体を覆う甲殻はそれ程硬くはないのが幸いだ。
顎による攻撃にさえ気を付けていれば、スピードも速くないため1匹1匹は大した強さでは無いのだが…群れを形成するため必ず2匹以上で行動するため厄介な魔物なのである。
普段は多くて100匹前後の群れなのだが、今回はそれを大きく逸脱し、その数は500を上回るというのだ。
ヴィクトリアの要する騎士団総勢3,000名全てを討伐に当てることは出来ない。
人的被害や作物の強奪など、目に見えた被害は何とか最小限に食い止められてきたが、そのため後手に回り、現在ビックアントの群れは対処しきれないくらいに増殖していると使者は語る。
少数精鋭と名高い傭兵団【千の刃】の団長たる彼ヴォルフラム・カイゼルは色々あって傭兵団を率いているが、元はヴィクトリア貴族出身である。
しかも王家の遠い遠い傍系である。出奔出来るくらいだから王位継承権などはない。
総勢50人程度の傭兵団ではあるが、出奔しても仲の良いヴィクトリア貴族とは親交があったため、そこから名指しの緊急依頼が舞い込んだのだ。
ヴォルフラムは直ぐに事情を俺に説明して、依頼を受けたいと頼み込んだ。
あの国の王には世話になった事も多い。勿論、断る理由は無い。
準備を整えて出発し他にも要請を受けた傭兵団や冒険者パーティと合流しながら早駆けでヴィクトリアへと辿り着いた。その頃には総勢250名くらいになっていた。
1日目を休息にあてて充分に英気を養い、次の日から調査を開始する。
集まった情報から各地でビックアントの群れを突き止め、群れに女王蟻の存在が数体いることが確認された。
襲撃場所を協議し、明後日より作戦が開始される。
当日、目にした光景は大地をビックアントの黒一色に染め上げていた。
ウジャウジャと黒光りするビックアントは、大地を支配しているかのように蠢き気持ち悪い。
推定数が500匹のようだが、これは更に軽く数を超えているようも見える。
カサカサと遠目にも聞こえてきそうな節足音に生理的嫌悪感を押し殺し、敵とまみえた。
此方の予想よりも敵の数は多かったようだが、士気は落ちることなくヴィクトリア騎士団800名と共に作戦場所まで誘導し、挟撃する事に成功する。
討伐戦が開始し鶴翼の陣をとったヴィクトリア騎士団は戦線を支え、大蟻と女王蟻を逃がさない役割を担ってくれた。
その隙に主軸の傭兵団と冒険者達が斬りこむ。目標は統率をとる女王蟻達だ。
作戦は順調であり、既に2体の女王蟻を屠ったとの報告も上がっている。
魔法を使える俺たちは後方支援として攻撃魔法などをするために配置されていたのだが、俺たちの背後から傭兵仲間からの嫌などよめきが起きた。
どよめいた方角を振り返れば、其処には黒の集団が此方に接近してきていた。その距離は400mにも満たない。
よくよく注視すれば小振りだがビックアントの女王蟻が1匹と、付き従うビックアントが100匹近い群れを確認。
此方を目指して移動してきていた。
計算外だった…どうやら最近産まれたばかりの女王種がいたようだ。
このまま背後を破られれば本陣の騎士団と傭兵団は逆に挟み討ちされれば、混戦は必至である。
此方の戦力は護衛に残された傭兵10名は弓兵。
接近戦もこなせるように短剣も持ち合わせているが、普段専門では無いため100匹近いの数の襲来に持ち堪えられるか問題だ。
魔法使いは俺とニケの2人だけ…戦線を支えるにも流石に限界がある。
1人を傭兵団本隊に向けて伝令を出してどうにか援軍を待つしかないだろう。
直ぐに来るか来ないかはわからないがその間…俺たちが食い止めるしか無い。腹をくくり、弓兵に矢をかけるように矢継ぎ早に伝える。
打ち出された矢はビックアントに突き刺さり数体は倒れるが、奴らは仲間の屍を踏み潰しながら行軍してくる。
ニケには風属性魔法:第3階梯の中規模殲滅魔法を頼み、俺は食い止めるためにも【魔力強化】で重穿の威力を高め、前線へと飛び出す。勇者補正もある俺は接近戦もそれなりだが出来るからだ。
背水の陣で望み、まずは女王蟻を探しながら迫り来るビックアントの群れに1発目を叩き込んだ。
太く長く強化された重穿は容易くビックアントの甲殻を貫通させ、3匹を纏めて屠る。
そのまま前線で長杖であるカドゥケウスの杖を突いては払うの繰り返しで時間を稼ぐ。
一般的な魔法使いは遠距離からの攻撃魔法が多く接近戦を仕掛けながら詠唱は不可能だ。
しかし、俺は2年に渡る実戦経験とと傭兵団の連中の訓練を受け其れを可能にしていた。
俺も最初は詠唱しながら周りを見るってことも出来なかったからな…それに時空魔法、第2階梯《重穿》は詠唱も短く適していた事も関係しているのだろう。
後ろからニケの詠唱が聞こえ、長い詠唱のあと魔力がニケ本人のロッドへと集まっていき、風属性魔法第3階梯【エアーブラスト】を完成させる。
捲き起こる魔力が風の爆発へと変化した時、真ん中の10数匹に対して大小の風の刃を散らしていく。
流石第3階梯魔法。密集しているとはいえ、10何匹も戦闘不能状態にしてくれたのは有難い。
しかし、魔力消費も激しくそう何度も使える魔法ではない。
突然の風の刃による攻撃にビックアント達も少しの間空白の間が出来る…も、それでも奴らの行軍は止まらない。 弓兵が矢を放つには、もうビックアントの距離は近過ぎる。
まだ80匹はいるだろうこの数を背後の友軍まで抜かれる訳には行かない。
80匹対10人。
多少は無理をしても1匹でも数を多く減らさなければ…。
俺が前にニケが最前線の俺の前へと躍り出た。
彼も傭兵上がりの魔術士だ。
魔法以外にも接近戦の心得くらいはある筈だが…どういうつもりか計り兼ねていると、
「折角だ勇者…俺の魔装術式を良く見ておいてくれ」
そう呟くや否や彼は複雑そうな紋様の術式を額から発動させ、瞬く間に変身した。
そう、変身の文字通り風の化身と化していた。
其処からは圧倒的だった。
風の爆発によって殆どのビックアントは弾け飛び、女王蟻すら原型を残さずに潰された。時間は5分も掛かっていない
術式を解いたニケは息も絶え絶えで、
「コイツを覚えてみないか、勇者よ?」
と、ニヒルに笑った。
秘匿の高い術式には、安易に他者に教えられないように奴隷に用いられている術式である契約の制約が掛けられている事が多い。
死ぬほどの痛みに耐えながら、何故俺に教えてくれたのか分からない。ニケはその理由を教えてくれぬまま、術式を教えてから病気で亡くなってしまったからだ。
後から聞いた話なのだが、この世界にも治らぬ病ってのがあるらしい。
蝕まれた病魔に対してニケはあらゆる魔法、薬、治療をしても治る見込みがなく…余命は1年をきっていたそうだ。
この事実を知っていたのは団長のみ。
ニケからは勇者てある俺と一緒に冒険できた事は冥土の良い土産になると、一言嬉しそうに語ってくれていたそうだ。
湿っぽい葬儀は嫌だから…と、団長はニケの葬儀を本人の遺言により好きな酒を浴びるほど呑む送り方になった。
泣きながら笑顔で呑む酒は初めてだった。
【魔人化】の魔装術式を教えて貰った説明には、正確にはその組織で体系化している魔導技術の中でも初歩の〈簡易魔人化〉と呼ばれる術式らしい。
流派によって呼び名は様々であるが、全身を覆う魔装型と呼ばれる難易度の高い術式だ。
初歩と言っても扱うには其れ相応の資質と才能、魔力を繊細に調整するセンスが必要となってくる。
それゆえ、扱う事が出来れば習熟度にもよるが只の『魔力転用』や『魔力活用』による単純な身体能力強化よりも数段上の強化を行えるだろう。
しかし、上記のこの効能は副産物である。
この術式のメインは属性魔法を使う際に適した身体へと変化させる事にあった。
そのため、使う魔法の威力が何倍にも膨れ上がり爆発的な威力を誇る魔法を撃てるのだ。
反射速度の向上も見込め、魔力量もグンと増える。
しかし、使いこなすには術式の完全理解が必要だし、しかも自分の素体が悪ければ恩恵は僅かしかもたらさない。
最後は自力…鍛えてかなきゃいけないのはどこでも一緒である。
簡易魔人化はニケが使う『魔人化』よりは格段に性能が落ちる分、変身時間は少し長い。
まずはこの術式に慣れていかなきゃならない。
また術式契約の際にはオリジナルに少し手を加えて術式の安定性を増し、無駄の無い魔力配分に組み替えたお陰でエコな魔力で発動する事が出来るように弄っておいた。
寡黙で表情が少ないニケが珍しく驚愕していた事が印象に残っている。
そんな腕きき揃いの傭兵団が全滅した。
確認のしようがないので何とも言えないけど…あの襲撃者の話は未だに信じられない気持ちだ。
あの時は逃げ延びて合流する予定だったから死ぬつもりは無かったが、それが本当ならば、せめて皆の仇はとってやりたかったよ。
目の前に光が差し込んだ。どうやら気を失っていたのは少しだけだったようだ。
少し休んだあと、俺たちはオーグル沼地に着く頃までにお姉さんからまたみっちりと訓練を受ける事が出来た。
俺は拙いながら短槍の扱い方や間合いの把握ぐらいは出来るようになっていた。
さて、模擬戦で身体を十分に使った後は、遅めのご飯休憩となる。
食材となるのは道中に倒してきた魔物の肉や動物の肉だ。
今までは集めた食糧は集落へ一度返して各人分配されていた為に、自分で仕留めた獲物を食べる事は初めてで…何だか感慨深い。
と、感慨にふけっていると周りから聞こえる咀嚼音で我に返った。
既にドルゾィとルタラの2人は両手一杯に肉を持ち、ガツガツと食べ始めていた。しかも、あの魔蛾までも…。
口の周りを血だらけにして美味しそうに頬張る様子は、ますます俺の食欲を掻き立てる。
では、頂きます。
まずは食用に適さない毛皮を剥ぎ取り、要らない部分を切り取る。
そして牙のナイフでブロック肉と骨付き肉へと切り分けていく。
最初に骨付きバラ肉を手に取り、口元へと寄せて噛み付く。
口一杯に頬張った生肉を自身の牙で食い千切り、小骨くらいは噛み砕きながはゴクリと咀嚼する。
次にブロック肉にかぶりつく。殆ど咀嚼せずに嚥下して喉を通していく。
肉が通過する喉ごしが心地良い。丸呑みってワイルドな感じで1回やって見たかったんだよね。
それなりに腹が膨れると、直ぐに今日の夕ご飯の事を考えてしまう。
今日は初物の沼蛙がメインディシュ。どんな味がするんだろうか?
食事のために肉の確保と、存在値の為にも沢山狩らねばならない。
俺たちって成長期だからね!そして目標は目指せ一刻も早い蜥蜴人…だ!!
リザードマンに転生を果たしたのは何故だかもわからない。
何者かは分からないが、俺はこの世界でまた生きている。
そして勇者の時以上に感じる成長速度や、技術の吸収速度は…只の気のせいじゃない。
勇者の時のような失敗したニの轍は踏まぬよう、少しでも生存率を上げる為の努力は惜しまない事を改めて誓う。
今度こそ精一杯生き抜いてやろうじゃないか。
こうして俺たちはオーグル沼地へとたどり着くことになる。