初めての蜥蜴人 釣り始めと森の恵みの食料 坊主頭の男編
前話のちょっと続きで、関係してくる人物のお話です。紹介までに短いです。
とある火山にある洞窟にて、1人の人間と巨人達とが闘いを繰り広げていた。
彼等の周りには熱気が立ち込め、岩盤の下にはマグマがグツグツと煮え立っている。少しでも足を踏み外せば…一歩間違えば大火傷以上に死を免れない。時折間欠泉も噴き出しており、無事な足場は数少なかった。
巨人達は赤銅の肌に雄々しい一角と2mもの体躯を持つ単眼鬼と呼ばれる種族。
筋肉を隆起させて振るう豪腕からは岩をも一刀両断する程の力が込められており、厚い造りの大剣が握られていた。
体にはハーフプレートを身に纏い、所々から見える鍛えた肢体は、並の戦士が幾人集まろうとも敵わない強さと実力を身に醸し出していた。
一方対する人間は、此方も体格も良く2mはある大男であった。
柔和な顔立ちで歳は40ほど。坊主頭が印象的な男だった。
手には身の丈ほどの大きな錫杖を持ち、鎧などの防具類は一切装着していない。
身に付けているモノと言えば、日本のお坊さんが着込んでいる輪袈裟のような衣類である。
それを装着して戦っており、それではこの闘いの場に置いて一撃でも喰らえば致命的なダメージを負う可能性が高い事を示唆していた。
3体もの巨人の攻撃は怒涛に迫る肉壁の如く苛烈を極め、坊主男は空間を上手く使って多角的な攻撃を避けるないし錫杖でさばくなどしていて、一切の反撃を行えずにいた。
「そろそろ…頃合いですかな」
そうポツリと言うと、滴る汗を拭わず身体中を汗塗れになりながらも大男はサイクロプスの大剣の力の流れを見事に逸らし、その勢いを利用して一瞬で後退して距離を置いた。
『開』
そのキーワードが解き放たれると、手に持つ錫杖が輝きと共にバラバラに分解し、その場に散らばった。
変化があったのは武器だけではない。本人も柔和だった顔立ちから、眼が険しく精悍な顔付きへと変化していた。
驚いた事に40代ほどだった外見が、今は20代に見える程変化している。
「ガッハハ、よしお前ら全員俺様のデザートにしてやるぜ」
口調も雰囲気すらもガラリと変わった坊主男は屈強なサイクロプス達に向かい嬉々として突進していく。
サイクロプス達は不審に思いながらも、迎え討とうと己の獲物を強く握り締める。
「さて…小手調べだ。これで死んでくれるなよ?」
坊主男は片手で印を結ぶ。
そして無手のままに突っ込み、サイクロプス達の手前で片手を薙ぎ払う。
すると先頭から来るサイクロプスの太腿が瞬く間に切り裂かれた。
ハーフプレートの金属との隙間とは言え、頑健な肉体は並の金属武器などではこのような傷などつかない。
それを知るサイクロプスは驚愕の余り動きが鈍る。
3体ともそこで立ち止まってしまった事を確認すると、坊主頭は獰猛に笑った。
今度は片手ではなく、左右で手を振り続けると、またもや屈強な肉体を誇るサイクロプスの身体には立て続けに朱色の筋が入り、血飛沫が舞う。
ハーフプレートに当たった斬撃は鎧自体をスッパリと切断しており、この鎧が意味をなさない事を悟った。
次々と襲い来る不可視の攻撃に対して動揺が収まり切らず、恐怖と混乱に拍車をかける。冷静さを欠いて無闇に突っ込む事で、ロクな防御も出来ずに坊主男が高速に振るう手に沈んでいく。
良く注視していれば、坊主男の手には何かを持っている事が分かっただろう。
そして切ると言うよりかは削り取られる…といった行為だった。しかし、彼等はそれを気付く事もなく倒された。
「おいおい…手応えなさすぎだろ。俺のグラニュー刀も僅かしか育ってないぞ?」
坊主頭の手に持っていたグラニュー刀と呼ばれた透明色の武器は、どうやら不可視の刀剣の類であるようだ。
サイクロプスの血と肉体を削り取り、ようやく黄色を帯びてくっきりと視認出来るまでになっていた。
つまらなそうに呟く坊主男に、拳大ほどの無数に岩石が投げつけられた。
躱しながら前方を確認すると、奥の方から新たに現れたサイクロプス2体が立て続けに岩石を投げている。
更に背後から一際大きな気配がする。
その背後から現れたサイクロプスは通常のサイクロプスの肌である赤銅色とは違っていた。
まず全身が深い緑色で、身体も一回り以上も大きく3mに迫る。一つ眼の眼球は黄金に輝いていた。
頭部は恐らく竜種の頭骨であろうモノを兜のようにして被り、身体にはその骨と鱗で作られた鎧を着込んでいる。
明らかに違う威圧感を放つサイクロプス。此方を見て大音量での咆哮を放った。
その咆哮を聞きつけた最初の2体のサイクロプス達は、当たらない岩石攻撃をやめ、奥から後続が続々と集合してきたモノ達と混じって隊列を整えていった。
「やっと本命が出やがったのか。いいねぇいいねぇ、もっと俺を楽しませてくれ」
普通に考えれば、この状況は死地の筈である。しかし、男は笑う事をやめなかった。
やっと待ち望んだ恋人に会えたかのように純粋で恋い焦がれる気持ちで戦闘へと臨んだのである。
戦闘が終わり、その場に立つのは坊主頭の男一人のみであった。
身体には軽い傷を負っているも致命傷などは一つとてない。坊主頭にとっては日常の事だ。
周りには赤や黄、大粒から小粒の結晶が散らばっていた。
無言で小袋に結晶を回収している彼の手には、大粒の深緑の結晶が握られていた。
「マンジュ」
坊主頭を呼ぶ冷たくも美しい女性の声に振り向くと、そこには鋭利な美貌を持つ絶世の美女がいた。
肌は病的なまでに白く、マグマの光を浴びて輝くショートカットの黒髪は1枚の絵のように美しい。
汗もかかずに佇む彼女は動きやすい格好をしているが、一眼で高級品だとわかる装備を着込んでいた。
マンジュと呼ばれた坊主頭は、彼女に快活に笑いかけ、愛おしげに一瞬目を細めた。
そして、ぎっしりと結晶がつまった小袋と、大きな粒で出来た深緑の結晶を優しく投げ付ける。
黒髪の女性は上手にキャッチして、中にある彩り豊かな結晶を満足げに見つめた。
「ご苦労様、これで貴方個人で倒したサイクロプスは1万体を超えるわね。
この迷宮でのサイクロプスを始めとして、アーチャー、ウォーリア、ジェネラル。
それと、初めてこの迷宮で産まれた深緑色の金色眼のサイクロプス・亜種。
まさかこの迷宮のガーディアンを除いた中では最強の翼無き亜竜種を倒す程の非常に優秀な個体だったわね。
そのお陰で私のLvも上がったし、この結晶を使えば更に上がるわ」
周辺には多大な戦闘痕に大剣、折れ曲がった鎧、竜骨と鱗の鎧などが無造作に散らばっていた。
「ああそういえば、貴方の倒したサイクロプス達の戦利品の装備はいる?」
此れだけ大量の武具ならば商人の所へと持っていけば1財産になりそうだ。
しかし、問いかけられたマンジュは面倒臭そうに手をヒラヒラとさせて言い放つ。
「いらんよ。放っておけばまた迷宮に自動吸収されるだろ。
そうすりゃあ、ここの魔物か稀に此処に来る冒険者達の励みになる。賑わえばいいさ」
そう言いながら眼を閉じて
『合』
とキーワードを唱えた。
すると坊主頭の手には分解されたパーツが集まり、元の錫杖へと形を整えていく。
そして鋭かった顔付きも別人のように穏やかになり、先程の柔和な表情がよく似合う中年の男性へと変化した。
「おお、そう言えば昔メナージュ大森林で封印した個体も、今頃収穫時期となっていることでしょう。少し行ってきますね」
「そう…気を付けてね…マンジュ」
此れほどの闘いを繰り広げても、マンジュの実力はまだまだ本気では無い。
そんな事は最初から分かってはいる。
しかし、メナージュ大森林は未だかつて人類未踏の大森林。手付かずの遺跡や迷宮が数多く残されている秘境とされているが…。
危険な種族の魔物も多く生息しており、更に竜種すら存在する危険地帯に絶対の安全などない。
いつも見送る側の彼女にしたら安心の気持ちとは裏腹に、心配せずにはいられない。
「なぁに…すぐに帰って来ますよ。
そうだ、大森林まで行くなら、お土産は星型の果物にしましょうや。
私は甘いモノが大好きでしてね。ありゃあ格別でして、あの大森林の環境と気候でしか育たない珍しい果物なんですよ」
寂しそうな彼女を声に、心配はいらないとニッコリと笑って旅立っていった。