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初めての蜥蜴人 緑鱗の氏族VS人間軍の戦闘 終わり

俺は無機質な通路を足早に歩き続けていた。


死の淵から目覚め、完全復活したボルデッカを伴い、ラムセイダさんの元へと急いでいたのだっだ。

移動の最中にこの間の出来事を伝えていく。



そうそう、ボルデッカ爺ちゃんは治療室から出たばかりで全裸だった。

この間手に入れた名も知らぬ某(ナニガシ)さんの体格と同じくらいだったので…その装備一式を取り敢えず身に付けてもらった。


胴体部の大穴は目立つも落ち着いた色合いのスケイルメイル。

確か地底亜竜の鎧だったっけ?


雄々しさが増して、結構似合ってる。

裸よりはマシだろう。







ボルデッカは持ち剣であった魔呪剣ヘイトについて、多くを語らなかった。

儂だけが知っておれば良いとも感じていたからだ。

そのため、腰元には元々愛用していた鉄の長剣を予備武器として挟んだ。


そして、主武器にはあの魔導剣ダイダロスを選んだ。



両手剣のような長さの剣だが、ボルデッカは片手で苦もなく振り、手に馴染ませていた。


実はもう1つあった儀礼剣は、何やら探査系統の魔力術式を感じるとの事でラムセイダさんがこの場所の発覚を恐れて、細かく資源毎に分解してしまっていた。


そう、それはそれは細かく。


……決して有名なダイダロスの魔導剣の調査や分解出来なかった対しての腹いせに八つ当りしていた…何て事は断じて無いと信じたい。








まだマンジュさんと談笑していたラムセイダさんとアイシャは此方に近付いてくる足音に気付くと、安堵の表情を浮かべた。




「ラムセイダ殿、アイシャよ。

此度は危ない所を助けて頂きました。

大変世話になったとリィザから聞きました。

貴重な治療薬まで使って助けて頂いたこと…大変感謝しております。決して忘れませぬぞ」


と、大きな身体を縮めて深々と頭を下げた。俺も習って頭を下げる。


「ボルデッカ殿、頭を上げてください。

此方こそアイシャを含めとして助けて頂きました」


「そうよボルデッカさん。気にしないで、私達は仲間でしょ」


と嬉しそうに語る。


「と、そう(アイシャ)も申しておりますし、気に為さらずに。

既に貴方から命の恩を頂いてますからね」


「…忝ない。其処まで言ってくださるなら、ご厚意に甘えますぞぃ。

ところで、そちらの御仁は??」


目先には、進化した今のボルデッカと同じくらいの身長の大男マンジュがいた。


マンジュは興味深そうにボルデッカを見ていた。


「初めまして、私の名はマンジュと申しやす。縁がありまして、此方に御厄介になりやした。

そして、もうお聞きかも知れませんが、貴方達の治める狩場を1つ駄目にしてしまい…誠に申し訳なく思います」


「初めまして、ボルデッカと申す年寄りです。この坊主(リィザ)の保護者をやっております。

頭を上げてくだされ!ここに来る間にリィザから聞き及んでおります。

確かに彼処は我々がリザードマンが治めていた地。

しかし、元々誰のものでもない。

寧ろ我らが伝承にある、あの大沼地の主を倒すほどの偉業を成し遂げる程の剛の者。

皆、その偉業を驚きこそすれ恨む者はおりますまい。

…いやはや、其にしても驚きましたな。何とも流暢なリザードマン言語を話しておられる」


「何と心の器の大きな方だ…そのお言葉感謝致します。

リザードマン語に関してはそれこそ昔馴染みに教えて貰ったのですよ。

貴方と同じ生粋のリザードマンでした。

それにしてもその鱗の色といい…昔馴染みの彼と良く似ている……もしやボルデッカ殿はリザードマンの中でも特別な存在ではありませんかな?」


「はて、儂己がいかほどの者かは知りませぬが、此度の戦いにて進化しましてなぁ。

天位蜥蜴人と言う存在になったようですぞ」


そう答えたボルデッカに対しマンジュは目を細め、ラムセイダさんは光らせた。


先に口を開いたのはマンジュだ。


「ほぅ、ほぅ…天位蜥蜴人ですか…成る程、成る程。

これはある学者の受け売りですが、種としての頂点の1つに、天位と呼ばれる位階があるのをご存知ですかな。

それ故、そこにたどり着いた個体は神々からの祝福を受けた特別な存在と言える訳です。

他の者が同じことを言えば、眉唾と一笑にふす所ですが、ボルデッカ殿から感じる威風は間違いありますまい。

よもや、この時代にもそれほどの強者がいるとは」


懐かしむような素振りを見せるマンジュは、どこか哀しみを帯びた表情を一瞬覗かせたが直ぐに表情を元に戻した。


「いやいや、私は武者修行中でしてな。

今回メナージュ大森林に来たのも、その一貫も兼ねておりました。

それこそ貴殿と出会えたのも何かの縁、宜しければ貴方方の集落にお邪魔しても?

このような結果になり、せめて雑用でもやらせて貰わなければ気がすまんのです」




「うーむ、お気持ちだけでも良いのじゃが…そこまで言われては」


悩んだボルデッカは直ぐにこう答える。


「では、沼地の事を含め、偉大な戦士が集落に訪れたとして歓迎の宴をさせて頂こう」?


「と、爺ちゃんもそう言ってるし、マンジュのおっちゃん1名様を集落にご案内ね」


こう話は纏まるのであった。




てか、帰るときに俺の転移(テレポート)の存在はばらしちゃってもいいの?

と、いう目線を込めてボルデッカを見つめると静かに頷きを返された。


アイコンタクト成功か!?


うーん、俺とベルと爺ちゃんとマンジュのおっちゃんとで4人か。


魔力足りるかなぁ。


「恐らく大丈夫でございますよリィザ様」


おおぅ…ベルにまで心を読まれた!?


俺ってばこの愛くるしいキュートな蜥蜴顔(リザードンフェイス)に出やすいのだろうか。

ポーカーフェイスを心掛けねば!!


と、鏡を見てキリッとした表情。

うん、今日もイケメンな俺だ。


俺達はラムセイダさんとアイシャに別れの言葉とまたの再開を告げて、里へと戻る事になった。


また会いに来ます!




さてさて、久しぶりに合う里の皆、ドルゾィ、ルタラは元気にしてるかな?
















緑鱗の氏族と人族との戦いは、既に戦闘が開始されていた。


人間の軍勢が向かって来ていることは解っていたリザードマン達は、子供と戦士階級以外の女性を白鱗の氏族へと移送し終えていた。






この戦場に残るは戦士のみ。


迫る人間達を待ち伏せして打撃を与え、当初は数でも勝るリザードマンが優勢であった。


怒号と雄叫び、重なりあう金属音は最早戦場と代わりない。断末魔の声を上げて双方また一人と倒れていく。


時間経過と共に装備で勝る兵士と冒険者は持ち直し、形勢は拮抗状態へと突入した。










リザードマンの族長であるガラマは配下の蜥蜴人2名を率いて全体を指揮し、4人以上を下位蜥蜴人で構成されている小隊を展開させていた。

圧されているグループを中心に救援にかけつけ先程まで、冒険者と呼ばれる統一装備をしていない武装集団を主に戦っていた。


手強い者もいたが殆どは実力的には下位蜥蜴人と同等か、それよりも実力が下の者が多く、ガラマが直接参戦した事で呆気なく崩れていった。



残りは銅製や鉄製の統一武装された兵士団。

只の兵士にしても下位蜥蜴人の方が実力は高いが、装備の質は兵士の方が良い。


彼等の実力も打ち倒した冒険者と殆ど変わらないが、先程から現れた青服の冒険者達は動きが違っていた。


そんな状況下で族長ガラマは士気を鼓舞するためにも、なお自ら前線に立つ。



身を屈め尻尾を地面スレスレに、剣を構えで突撃する。


迎え撃とうとする人間達のレザーアーマーや、ブロンズメイルの隙間に愛剣を縫うように突き刺し舞い踊るように切り結んでいく。


それは、リザードマンの恵まれた筋力を特有活かした力任せの突撃ではなく、実戦で磨かれた冴えたる剣技。


代々実戦で磨かれ伝えられてきたリザードマン剣術を、かなりのレベルで納めた者特有の動きであった。


こうして倒した兵士達の銅剣を奪い、付き従う味方に武器として渡していくよう指示を飛ばす。


装備に劣るリザードマンはそれを手に勇猛に戦場を駆けていった。


まだ戦いは終わらない。











こうしてリザードマンが優勢に進めていく中、ようやく人間側から特に腕の立つ者達が参戦してきた。


その中でも青い全身服を着た冒険者の一人が襲ってきた下位蜥蜴人の細槍を掻い潜り、下から剣を一振りした。

スバッと身を包んだ毛皮の防具が簡単に切り裂かれ、その下の細鱗さえ貫通して浅くない傷を負わせた。


『ぐぇ…コイツら…強い』


「ギャアギャアとうるせぇ蜥蜴共だ…早く死ねよ」


更に2、3合と切り結ぶ。


遂に下位蜥蜴人の持つ細槍は根元から切断され、驚愕の表情のまま息絶えた。


戦場となった里には、主に数人の青服の冒険者が下位蜥蜴人達を下していく光景が目立つようになった。


「はん、大人しく死んでおけ下等な脳筋種族が」


「人間様相手に手を煩わせんじゃねぇよ」






ガラマはその人間達の物言いを憎々しげに睨んだ。




下位蜥蜴人を纏める他の戦士階級の蜥蜴人も、現れた数人の青服相手に手強さを感じていた。


特に青い服を来た男達は、一対一では下位蜥蜴人では相手にすらなっていないようだ。

切られていく同胞を眺め、厄介極まりないと痛感する。



この里で鍛えられた下位蜥蜴人は並の人間……例え人族の兵士くらいならば、問題なく対処出来る戦闘能力を有している。


訓練を重ね実戦を潜り抜けた兵士とて、装備の優劣差はあれども一対一ならば互角程度の実力はある。

それほどの肉体性能有する戦闘種族であるリザードマンは人族にない生まれながらの生粋の戦士達なのだ。


その戦士達を者ともしない青服の人間達は、異常である。

人族の中でも特に鍛え上げられ、彼の者達の装備や潜った死線等は只の人間とは確かに違うのだろう。



この輩を早めに各個撃破し、分断された戦力を整えねば、時期に此方が危うくなると判断する。


本能として感じ取った戦士階級以上のリザードマンは命を捨てても前に踏み出し、打破せねばならん。


腹の底から大声を出す。


『聞け、戦士達よ!!

下位蜥蜴人達(おまえたち)は兵士を優先して当たれ。

どうしても青服と戦闘する場合は2人以上で当たり、戦士階級が来るまで時間を稼げぇ!!

戦士階級の者達は命を捨てて同胞を助けよ』



族長ガラマの大喝に所々で了承の威嚇音が聞かれた。



そして、自らの前に立ちはだかった人族の兵士の胴を薙ぎ、兜の隙間から垂れた首を切り飛ばした。




『指し当たり、そこの目の前の青服は俺が殺る』



低下していく士気を再び盛り上げるためにも、族長自らが前に立たねばならない。

族長ガラマの周りには寄せ付けないように下位蜥蜴人達が周囲の兵士達を相手に奮戦する。



ぽっかりと隙間が開いた戦場に立つ。



臆せず、剣を持った青服男に飛びかかる。


「へっ、ちょっとは手強そうなのがきたじゃねぇか。お前を殺して手柄を上げさせて貰うぜ」


剣を正眼に構え、ガラマを迎え撃つ。



何合か剣を交え、相手の力量を測る。


青服の剣男も鍛えられてはいたが剣速、技量を含む身体的能力等はガラマが上であり、一対一の戦いならば勝利するのはガラマだ。


しかし、ここは決闘場ではなく戦場である。


士気を上げるため突出したガラマにはこの場において近くに味方がいない。


逆に青服の剣男の周りには兵士達が数名突破してきた。

下位蜥蜴人では押さえきれなかったのだ。


突破してきた兵士達も手強いとみたガラマを狙い始めた。


1人、2人、3人をも攻撃の手が加えられ、ベテランの戦士であるガラマと言えど、次第に追い詰められる。

攻撃を交わし、尻尾でカウンターを決めて1人をノックバックされる事に成功する。


ようやく配下の蜥蜴人が遅れながらも参戦し、兵士1人を受け持ったが…。


多対1の状況は変わらない。


乱戦では死角を作らぬように動きまくり、通常の倍以上に体力は大幅に低下し、集中力も切れていく。


段々と相手の攻撃をさばき切れなくなってきた。


(コヤツら、集団での戦いに慣れておるな)



突如首筋にブルッとした悪寒に襲われた。


感覚に身を任せ本能的に咄嗟に剣を振るうと、何かを弾く高音を奏でて鉄の矢が落ちた。

いつの間に…ガラマですら知覚していない場所から、矢が無数に飛んできたのだ。


考えるよりも身体が先に動く。


しかしながら流石に全ては防ぎ切れない。

避けきれなかった矢が肩と脇腹へと突き刺さり、足の踏ん張りが効かずに倒れ込んだ。



兵士の1人が倒れ込んだガラマの隙を付き、槍の穂先を喉元へと突き立てる。


それに気力で反応して辛くも剣で凪ぎ払うが、無理な体勢で姿勢が崩れ身体が泳ぐ。


更に追撃を剣で払おうとして、痛みから握力が落ちていたガラマの手から、鉄の剣が手から弾かれた。


その隙を見逃す敵ではない。


「死ねよ蜥蜴野郎。

俺は帰ったら告白して、幸せな結婚するんだからよおぉぉ!」



隙を窺っていた青服の剣男が勝利を確信し、嗤いながら体勢の崩れたガラマの首を目掛けて一閃して斬ろうとした。


しかしその時、青服の男は気が付いていなかった。

そして何が起こったのか気が付かないまま…… 。



ザンッッ!!




地を揺らし、次に肩から腹にかけて熱いモノが己の体に迸る。

ハードレザーアーマー並の強度を誇る自慢の青い凡用性術式の服が、何の抵抗も感じさせずに縦に切り裂かれていた。


体内から飛び出す熱い流血が地面に染み渡る。

ようやく熱い痛みが青服の男を襲い、一刀両断に切り裂かれた男は倒れた。


そこには魔物の頭骨を被り、歪な棘を全身に纏う異形が己を貫いている。

それが青服を来た冒険者の剣男の見た最期の記憶だった。














腕の立つ冒険者である青服を切り裂いた不気味な存在感を放つソレ。


その姿は良く言えば威圧的、悪く言えば禍禍しい。


辺りはシーンと、静まり返っていた。




人間側は沈黙したままだったが、リザードマン側には絶叫のような雄叫びが上がった。


その雄々しき姿は、過去幾度となくリザードマンを救う救世主の証だ。




『長老…助かった』



『すまぬな、彼方で手間どった。かなりの使い手じゃたわ。

やれやれ…それにしてもかなり重たいじゃがの。この外套は年寄りにはきつい』



その正体とは、選ばれしリザードマンしか装着することの出来ない棘翼外套(デミレクス・コート)を装着した長老の姿であった。



長老が手間取ったとされる相手は、リザードマン達が前線を率いる里の後方から伏兵として現れた者達だった。


少数精鋭に相応しい者達であったが、運が悪かった。

丁度、棘翼外套(デミレクス・コート)を着込んだ長老と鉢合わせしていた。


久しぶりに着こんだこの装備の馴らしとばかり、長老は暴れまくった。



切られた兵士は、他にも骨を砕かれあり得ない方向に身体が曲がっていた。

特に手強かった者はオーギュストの弟子の1人であり、若いながらも指揮を任されていた男の1人であった。



『若い男であったが良き才の剣筋をしていた。それだけの使い手、良い剣であろうよ。

ガラマよ、それを使え』


『応!!』


ガラマは自身の傷は痛むが、致命傷ではないと判断していた。

継続戦闘は可能だ。


肩と脇腹の矢尻を残し、後は羽部分を折る。

返しが付いている矢尻を無理に抜こうとすればそれだけで傷が深くなることを経験から知っていた。

血は流れ体力は落ちていくだろうが、まだ戦は終わっていない。

遠目に周りをみれば戦士階級の蜥蜴人が兵士の剣により腹を突き刺された所だった。


下位蜥蜴人が懸命に槍を突き出し、里を守ろうと必死だ。

皆、愛しき里の者達。休んでいる暇などない。

少しふらついた足取りに渇を入れ、その姿は戦意の衰えは感じられない。


その手負いの族長ガラマを組みやすしと兵士が追撃を加えようとするも、その前に守るように長老は立ちはだかった。



「おのれ、化け物よくも」


「この!!」


近くにいた2人の兵士達が銅槍を構えて突進してきた。




『その程度の銅槍(なまくら)と技量では、傷1つ付けられんぞ?』


味方を殺された怒りで、兵士はそのまま銅槍を突き出した!



長老は充分に近付いてきた事を確認し、身を包んでいた棘翼外套(デミレクス・コート)展開(・・)した。


棘翼外套(デミレクス・コート)が生き物のように素早く蠢き、複雑に繋ぎ合わされた外套は、歪な翼を広げた格好となる。



尖った大きな棘が無数の槍のように広がり、展開された翼は長老の体力を吸い取って伸び、周りの兵士達を攻撃した。

翼が展開と縮小と繰り返して目まぐるしく蠢き、戦場の兵士達を弾き飛ばしながら凪ぎ払う。


その勢いは馬に乗って加速し重量をもって突き出された騎士槍を想像させる。

相当な重量を誇る棘翼外套(デミレクス・コート)の翼は、直撃した兵士達の顔面を折り、銅鎧すら簡単に貫通させて蹴散らした。



首が折れた兵士、骨を砕かれ吹き飛ばされて更に臓器に骨が突き刺さった兵士は、そのまま起き上がらなかった。



それは一瞬の出来事で、その光景を見た恐怖が人間達の足を留めた。



むごたらしい仲間の屍に兵士達の思いは1つだ。


こんな化け物…勝てるわけがない。


と、怖気ついた雰囲気の中で進み出る1人の男がいた。



「異形の猛者か、やはり兵士だけでは士気の低下は免れない……ならば」


この場で奴を仕留める…と無慈悲な攻撃を撒き散らした長老(ゲンイン)に向かって、臆せず走り出した壮年の男性。


1隊を任せていた同じ師を持つ弟子の一人であった若き青年が、この奇怪な装備を持つリザードマンに破れたとの報告があった。


近年、斬り応えのある相手がおらず腕が鈍っていた。


丁度いい。


この部隊を率いる最高責任者、オーギュストの高弟である彼は久しぶりに本気の命のやり取りを出来る強敵の予感に喜びの感情を覚えた。














緑鱗の氏族の里へと攻め入った人間達は善戦していたが、白鱗の氏族からの戦士達(リザードマン)の参戦により全滅する。



冒険者達は多くは死んだが、何人かは大森林の中を散り散りに逃げた。


手強かった青服達も3(・・)が討ち取られる。なまじ強かった為に装備品はボロボロで死体の損傷も激しい状態だった。



そしてリザードマンの長老と、壮年の男の戦いは苛烈を極めた。

お互いの殺すためだけに極めんとした技と技は、非常に美しかったとしかいえない。

この剣の勝負、勝ったのは壮年の男だった。


破れた理由は技以前にまずは、長老の体力の問題である。

高齢ゆえの身体の衰えは兎も角、並の者であればまだ平気だったはずの継続戦闘能力は、自らと同等の力量を誇った壮年の男相手に超重量級の装備をしたままでは長時間は不可能だった。


途中、棘翼外套(デミレクス・コート)を既にパージしていた。

この装備は超重量に加えて装備した持ち主の生命力と体力を代償に、翼を生き物のように動かす事が出来た。


現在解っている事は少ない。

その1つにこの装備は大森林出身のリザードマンしか扱えない事と、未熟な者には精神を逆に取り込まれてしまう程強力な作用を持つ武具だった。


それ故、長老の鍛え上げられた肉体は着る前に比べて痩せ細り、また過度の疲労が体内に残っていた。


全盛期をとっくに過ぎた長老には死に等しい行為だったが、上位蜥蜴人の強靭な肉体しか反応しない故、今回この戦場で死を覚悟して装着したのだった。





「ほほぅ、この鎧の中身はヨボヨボのリザードマンが入っていたのか。

相当強力な武具と見受けた。討伐の証にはもってこいの品だな。

多くの仲間を殺した貴様を討伐してからゆっくりと鹵獲するとしよう」




そう呟いた壮年の男の剣を長老はかわしきれない。

武器を持つ右手を切り飛ばされ、胸に衝撃を受けて蹴り飛ばされた。


肋骨が何本も砕け、血反吐を吐いて長老は地に伏せた。


絶対絶命。




『既に死に体よの……しかし、それは棘翼外套を着たときに解っていたことよ』


武器もなく右手と切り飛ばされた事で、薄れいく意識を懸命に繋ぎとめた。


生涯最期の戦場と決めていた長老は、自らの牙に、起死回生の一撃を狙って壮年の男へと目線を向けた。






執念のある手応えの獲物だった。

そう感じていたニヤリと勝利を確信した。

目線を向けらていた壮年の男の最終的な敗因は、そこで勝利を確信したこと。


ガッッと何かが発射された音が鳴る。


目線で壮年の男の意識を長老へと向けていた隙を狙い、ボウガンの矢が放れていたのだった。


そのまま壮年の男の首を貫通して一瞬にして命を奪われた。


ボウガンの矢を放ったのは、下位蜥蜴人だった。

長老が棘翼外套を纏って出撃してから密かに命を受けていて、里の物陰に息を潜め、今か今かとタイミングを図っていた。


勝った…と壮年の男の油断。その一瞬で決まってしまったのである。



このボウガンは、白鱗の氏族で鹵獲されたボウガンを改良したモノで、長老の兄たるボルデッカが何年のもの前に贈ってくれた品物。

威力に優れた代物で誰もが扱える代物として、狩りにおける主な役割である戦士階級の蜥蜴人が負傷した際や亡くなった際に、一時的に下位蜥蜴人がその役割を担うためだけにボウガンの扱いに関して鍛えられていたリザードマンだった。

思わぬ活躍を果たした下位蜥蜴人は、そのお陰もあってか蜥蜴人へと進化するに至る存在値を入手して、喜びにうち震えている。





あれだけの腕前を誇る剣士が呆気なく死んだ。

複雑な心境で長老は思う。



『迂闊な貴殿は我の人生で最強の腕前を持つ敵だったと断言できる。

しかし、生き残ったのは我だ。これも天運…悪く思うな』


ピクリとも動かない壮年の男に対してこう語りかけたのだった。






現場で総指揮をとっていた壮年の男が破れたことにより、統制が崩れて兵士よりも先に冒険者達が我先にと逃げ出した。


その殆どは戦意を失い、散り散りに逃げたが大森林でその行動は無謀である。

大森林の魔物相手に殺されていくのだろう。


兵士達も遅まきに撤退しようとしたのだが、最早この流れは変えられない。


追撃をかけてくるリザードマン相手にクロイツが指揮の一隊を預かった。

オーギュストの弟子達がいない今、彼が一番高い身分となった。


冒険者はとっくに逃げていき、一部の兵士達も連られて行ってしまった。

クロイツはこのまま撤退すれば全員を敵前逃亡として軍法会議にかけるとまで言われては、他の兵士達は留まる他なかったのである。


とは言え、重体の長老は戦えず追撃を開始したリザードマン側も満身創痍に近い。


それでも彼等はここが正念場として声を震わせ、鬨の声を上げて尻尾を叩きつけて人間を殺していく。


人数は人間の方が多かった。

装備の質が良かった分、大小の怪我の有無はあれど、生き残っていた者達が多かったのだ。


それでも自力はリザードマン達の方が上であり、毎日魔物相手に戦ってきた差がここにきて両者の差を浮き彫りにした。


どんどん倒れていく兵士達であったが、ここで1つの転機が訪れた。


混戦の中追撃を指揮していた族長ガラマが、クロイツの手によって討たれたのである。


兵士と戦っていたガラマは後ろから心の臓を貫かれ、鬼の形相で振り返り、そのまま果てた。




リザードマンの大将格を討ち取った事で人間の兵士達の勢いと士気は増した。



クロイツはそこから更に下位蜥蜴人を3人切り殺し、更に戦士階級の蜥蜴人1人を執念で討ち取る。


緑鱗の氏族のリザードマン達は壊滅しかねない勢いだったが……幸いなことにそうなる前に援軍が間に合った。

白鱗の氏族でも上から数えた方が高い実力のリザードマン達である。


クロイツ率いる兵士達は挟み撃ちとなり、参戦したシディアンの槍の一突きによってクロイツは最期を迎えた。


蜥蜴人へと進化した彼女は更に強靭なリザードマンとなっており、手がつけられない程の勇猛さを持って残りの兵士達を討ち取った。

逃げることも叶わぬと捨て身の攻撃すら彼女に掠り傷も付けることはない。


里のリザードマンに介抱する人数を振り分け、討伐隊の指揮はシディアンがとった。


生き残ったリザードマン達は歓喜を持って援軍を讃え、勝利の雄叫びを上げた。











【オルグフェン王国城内にて】



剣聖オーギュストに贈呈したオルグフェン式探査型術式を仕込んだ儀礼剣の反応が消失した。

この儀礼剣はオルグフェン王国と教国とのかけ橋の証として表向きオーギュストへと与えられた品だ。

捨てたりすれば国同士の問題となるためそのような行為は許されておらず、絶対に破棄される事はない。


登録された術式の魔力によって生命反応をとらえ続けている筈なのだが、消失となると生命反応が失われた事を意味する。


担当している宮廷魔術士からそう報告を受けた時は思わず耳を疑った。


剣聖であるオーギュストを、少なくともマクシミリアンは評価している。

その為、オルグフェン城内から少しでも長く退去させるさせるために、ワザワザ行った時間稼ぎのような策だったのだが……まさかこんな事で教国の戦力を削る事が出来るとは、流石のマクシミリアンも思い至らなかった。


「反応が消失したのは大森林ですか……如何な魔物としても、あの生き汚い男を殺すとは思えなかったのですがね」


オーギュストは自身の実力を正当に評価しており、敵わない相手には逃げの一手。

例え育て上げた弟子すら囮や捨て駒に使う非常な一面を持ち合わせている。




大森林には人間を寄せ付けない様々な種類の魔物が存在している。


オーギュストはそれらを相手にしても充分に渡り合える実力を持っている。


そんな奴を仕留めた魔物は、有力な候補としてはやはり竜種か?

あの大森林には亜竜種も確認されている。


しかし亜竜種ならば過去オーギュストは単独で討伐していると聞くし、弟子や軍を引き連れていれば勝率も上がるだろうし、逃げる事も可能だろう。


それとも、逃げをも許されない戦闘能力を有する大森林の竜種か?


作戦報告は知っているが、あのような大森林でも浅い場所で遭遇するだろうか?


それとも踏破されていない未知のイレギュラーの相手だろうか?


思いを巡らすも、情報が足りずに答えは出ない。


この出来事が初めてマクシミリアンに大森林へ興味を持たせたキッカケとなったのだった。

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