初めての蜥蜴人 救出と謎のおっさん
魔杖器の設定など読み返してみて、後で変えるかも知れません。
オルグフェン王国内の国境、最辺境にあるクレフトの町に向かった剣聖オーギュスト。
王命を受けた際に受け取った潤沢な資金である援助金と共にクレフトの町の領主に兵士と食糧等の人的派遣を含めた協力を求める。
地方の領主である壮年の男は、代々クレフト領を治めている貴族であったが、その男を持ってしても生まれて初めてみる援助金の多さに目が眩んだ。
オーギュストが求めたのは兵士100名を最低3週間借り受けること、後はそれを賄う食糧と荷馬車。
そこには兵達がいない期間の治安代が含まれている。
それを差し引いても、渡された援助金は非常に魅力的だった。
その一部で更に町で活動する名のある冒険者を緊急収集をかけた。
オーギュストとしては王国から支度金と与えられた援助金に対して何の未練もなく、寧ろこの件を王命として押し付けた宮廷魔術師長であるマクリシミリアンに対し、何か仕組まれた物を薄々感じていた。
度々王命を下されたが、頭から拒否することで問題を起こすわけにもいかず…理由をつけてのらりくらりとかわしてきたのだった。
しかし、マクシミリアン卿が直々に王命を下した書状と、教国の著名人の捜索という断れきれない理由を手にオーギュストに依頼したため、これ以上の拒否は出来なかったのだ。
剣聖として立場で同盟国の大国オルグフェンに招かれた際に、教国から秘密裏に受けた極秘任務。
その目的の為にも、この王国からの件をさっさと片付けたい。
それに今回の依頼内容にある教国の聖人バリフェルは、剣聖となる以前の剣士オーギュストすら活躍を知っている有名人だ。
何せ教国の勇者の供を任されるほどなのだから。
王国に赴任してから実際にバリフェルと会う事はなかったのが、残念で仕方なかった。
オーギュストは若き頃、いち剣士として教国で活動していた。
ある時なんの数奇な運命か枢機卿と出会う機会があった。
自分の限界を感じ、より強さを求めていたオーギュストは、枢機卿との契約の元、コレクションの1つである魔剣ダイダロスを下賜された。
それからいち剣士から剣聖と呼ばれる腕前になるまでの間、聖人バリフェルは教国内から姿を消していた。
何故かは詳細は不明だが、とある一件の後、勇者以外のパーティーは解散した。
教会本部のカテドラルに戻ってきたバリフェルは教皇に辞職を求めたとされている。
聖人をおいそれと辞職など出来ようもない。
それならば遠くへ…と、教国からどこか追いやられるかのように、オルグフェン王国に出向いていったと聞かされていた。
それを枢機卿から聞かされていたオーギュストは、オルグフェン王国へと派遣された際、折角なのでバリフェルが住まう教会へと時間を割いて面会を願い出た。
しかし、返ってきた返事は…運悪く丁度遠い村へと布教して帰りは何時になるか不明だった為に、その時は面会することは無かった。
日程の調整が何度か続くが、調整している間にオーギュストの方も時間を割くほどの余裕はなくなってきた為にそれ以上足を運べず、会うことも無くなったのだ。
今回オルグフェン側から下された王命は〈聖人バリフェルの生存の安否確認〉が最も重要視されている。
王国にとっても自国で他の国の著名人が行方不明となっていては面子にも差し支える…と言うのがマクシミリアン卿が最もな理由としていたが、オーギュストは胡散臭い建前だと感じていた。
そんな事を思いながら、混合軍として出発した軍勢は、大森林へと入ると北上し、当初の予定通り視界の開けた場所を発見し、陣を作る。
冒険者ギルドで調べた結果、リザードマンの目撃情報が最も多いのは北部地区にあるらしい。
そこから、更に木々をかぎ分け進むと大小に別れた川や沼等を多く含んだ湿地帯が有ることが確認出来た。
その周辺には無数のリザードマンが住む集落が存在していると考えられ、特に目撃情報の多さから恐らくは…奥地には100人規模以上のリザードマンが住む大集落があると予想されていた。
クロイツが率いる部隊がバリフェルとその弟子を襲撃したのは、その縄張りのギリギリ…大体この手前辺り。
戦力は十二分であったと確信していたが、後少しという所で戦慣れした屈強なリザードマン達の遭遇にあい、撤退した。
この先にあるとされるリザードマンの大集落。
そこに住まうリザードマン達が残ったバリフェル達の存在をどうしたのか…と考える。
そこに行けば何かしら手懸かりは掴める筈なのである。
大森林進攻2日目。
森での行軍に時間がかかり、少し遅れて目的地へと到着。
ついて早々、小休憩も挟まず連れてきた工作兵達がせわしなく働き、森に作業音が響き渡る。
当然大きな音が鳴り響くその間、人間の臭いを追って迫る魔物の襲撃はあったが、大森林の入り口ではそう強い魔物も襲っててはこない。
とはいえ、クレフトの町周辺にいる魔物よりは断然強いのだが。
町の周辺には繁殖力の高い魔物が多く、数の脅威はあるが個体の強さはそれほど高くない。
クレフト周辺の治安を守るためには、町の兵達だけでは追い付かない。
その為、常に魔物を間引きして狩って貰うように、領主は冒険者達を雇う形で常時討伐依頼として、ギルドに貼り出している。
魔物相手では、流石に武装もしてない戦闘経験もない一般人では勝てない。
賃金は安く、大量に討伐に対して協力して貰うためにも、武装した人間〈冒険者〉は辺境の町にとっては無くてはならない存在なのだ。
因みに町の魔物について語ったが、大森林に存在している魔物に関しては、より過酷な環境での弱肉強食のため自然と強い個体が生き残る。
そして、更にその個体同士で子を作るために一定の強さが保たれていくのだ。
そのため、冒険者ギルドでも大森林の中での魔物の遭遇に関しては一定の水準の腕のある者達しか許可していなかった。
そうでなければ、成り立ての冒険者や駆け出しでは、無駄に命を散らしてしまうだけなのだから。
今回、兵達よりも大森林で魔物に当たるのはベテラン勢の冒険者達だ。
10人単位でのグループで魔物数匹で当たる。
数が多い場合は兵達と協力して魔物を分担して対応していく。
今のところ上手く連携も機能しており、特に重傷を負う者もおらず、順々に魔物は斬って捨てられていく。
これは兵達も定期的に町周辺の魔物狩りを行っているためだ。
そのため、実戦慣れした兵達も多い。
それに、兵の中には冒険者だった者が上級兵士長に見込まれて兵になった者も少なからずいる。
安定した給料が出る兵士は、ある程度熟練した冒険者にとって何よりの就職したい先でもある。
そうこう暫くして、天蓋付きの簡易的な陣が完成した。
狭い空間の中にはテーブルと人数分の椅子が用意されており、早速代表者達で作戦会議が開かれた。
大森林へ入る前の段階で既に決められていた内容とは、最強の戦闘能力を有する剣聖オーギュスト率いる本陣が拠点としてここに残り、リザードマン集落へ向かう先発隊の為の食糧や武具、補給物資を守る…と言うことである。
バリフェルの生死の有無が確定した場合、こちらへと戻り速やかに退去するためでもあった。
それに、帰る場所が安全であると言う安心感は何より大きな成果を生み出す元となる。
今回大掛かりに動いたのは、例え目に見える成果(生死の有無)が判らなくともここまで動いた実績を証拠とし、王命に従ったというアピールも兼ねていた。
剣聖オーギュスト本人は最後まで前線で戦いたそうにしていたが、領主軍で唯一参加した騎士が諌めつつ、本陣で大事な補給物質と不足の事態に備えるために、補給部隊の兵士達は後陣として残ることとなった。
さて、リザードマン襲撃の先発隊として、領主軍50人規模を纏めるのは剣聖オーギュストの高弟で最古参の弟子の一人である。
名のある鍛冶士が打った鋼鉄の長剣を自在に操り一流の技量を持つ彼は、過去、地底亜竜の討伐戦にも参加し生き残った実力派の剣士が担う。
この剣士は地底亜竜との戦闘で深いダメージを負い、更に両手を食いちぎられそうになりながら死にかけたが、待機していた自国でもある教国の優秀な回復魔法の使い手が彼を癒し、生かされた。
生き残ったものの、両手には食いちぎられそうになった時の傷が残る。
それはミミズ腫れのように拡がっており醜く、治療しても全く消えないだ。
その傷は見た者を畏怖させ、どんな戦闘を潜り抜けてきたのだろうと想像させた。
剣士にとって亜竜種と戦闘し、勝ち残った生きた証としての誇りとなる。
当時、師オーギュストより亜竜の素材を分けられた際に、一流の職人も紹介してもらった。
そのとき彼は地底亜竜の頑丈な腹の亜竜皮を貰い、魔法金属の一種である魔銅金属を用いて軽く丈夫な褐色の籠手を作った。
亜竜の素材で作られた籠手は防御力も高く、存在自体も非常に貴重で珍しい。
剣聖の高弟でもあり、褐色の亜竜籠手を使う剣士として更に名を馳せた。
その歴戦の剣士である彼が主翼を担い、左右には年若くとも才能の片鱗を見せる若き剣士2名が経験を積ませる為にも、それぞれの部隊として10名の兵士を任す。
残り数名の兵士達を遊撃隊として扱う。
その責任者として、前回の情報を持ち帰らせ汚名返上を願うクロイツに前線の一翼を担う部隊の隊長としての役割を任せた。
そして冒険者達も代表の纏め役の人間を決め、遊撃隊としてクロイツの部隊と連携してもらうよう指示する。
冒険者でも索敵を専門として扱う者達を斥候役をしてもらいながら、集落発見までの情報集めを兼ねさせる予定だった。
冒険者チームからも最低はD級のベテランで構成されており、流石に彼らの装備は己が倒してきた魔物素材から作られた丈夫な武具類や、金貨数枚は必要な見事な造りの鉄剣や鉄槍を持つ者がそこらかしこにいる。
流石に宝具級と呼ばれる武具を身に付けた者達はいなかっまが。
そして、今回参加した中で最高ランクのC級でも上位の冒険者が幾人か参加していた。
彼らは限りなくB級に近い実力を持つ冒険者で、特別に冒険者ギルドから推薦派遣された手練れだ。
彼らの装備は他の冒険者達とは違い、統一された防具で揃えられていた。
しかも、その防具は殆ど金属を使用していない青色のひとつなぎの服に見える。
各所に物を入れやすいように外と内にポケットまで付いているため、非常に使い勝手も良い。
3年程前に未発掘の古代遺跡を発見した彼らは、探索の末に古代文字で一般兵士倉庫と呼ばれる宝物庫を見つけ出した。
そこで現在の装備〈人類が開発し当時の叡知がつまった凡用術式武具〉と呼ばれる装備を複数手に入れた。
その為、彼らは全員凡用術式武具(一部)を用いた準魔法使い級の戦闘能力を有している一団なのだ。
四人パーティーの彼らは凡用術式武具を身に付け、能力を活かしている事から、全員最低限の魔力量持ちだとも伺える。
遺跡でも未発見のモノは、沢山の古代遺物が残っていることも多い。
その代表が凡用術式武具や当時使われていた便利な生活用品だ。
このパーティーは遺跡を守る強力な存在である〈守護するモノ〉まで到達する前にこの部屋を見つけ出した。
目に広がる金属製の鎧、剣、日用品。
それを成果として無理せず自分達が持ち運べる範囲で撤退…攻略が無理だと判断した場合遊撃隊を組み込み救出に向かったり、変えれる場所があると言うのは兵達の気持ちも賢いやり方でもあった。
チームでお揃いの装備であるこの服もそこで手に入れた物だ。
全身服は、軽く快適な運動性能を誇り、伸縮性に優れていた。
驚くことにこの服の布には、フォレストウルフのレザーメイル並の防御力を兼ね備えていることも、持ち帰った専門店の鑑定人より情報がもたらされた。
しかもこの服も古代技術である凡用術式が組み込まれた特殊な布を用いた服なのだと言う。
凡用術式武具扱い専門店のスタッフは、特殊な洋紙に記された専門カタログから探しだした。
古代魔術文字で記されていた難解な用語を翻訳した所、この機能的な全身服は等級は宝具相当の価値のある【トゥー・ナギ】と呼ばれる類いの凡用術式防具の一種だと判明した。
これ等は総じて古代の鍛冶職人が好んで作ったとされる自身の防具だとも、下位の魔導服をアレンジして作られたモノだとも伝えられている。
このトゥー・ナギの魔宝石には装備者に一定の温度を保つ維持機能の術式が組み込まれているため、過酷な環境に身をさらされる冒険者という職業には、持ってこいの品なのだ。
布服でありながらハードレザーメイル並みに硬く、着心地も良くて耐久性も高い。
そのため、常に着ていたい誘惑にかられ脱ぎたくなくなる気持ちにさせるのが、最近の彼らの悩みだ。
「へっ、リザードマンか。厄介な奴等だ」
「だが、報酬は良い」
「ふん、リザードマンなぞ、俺たちなら問題なくやれる!そうだろう?」
「ハッ、そうだな。じゃあ、リーダー様に期待だな。俺らが出張る前に自慢の弓で仕留めてくれよ?」
と、笑いながら指差すその先には背に括られた小弓があった。
この弓も一般兵士倉庫に納められていた品々だった。
重い鎧等は諦め、重量の軽いものを優先した結果、持ち運びのきく短剣、小弓、丸盾を装備し、服類など他の雑貨を纏めて背負い袋に詰めて持てるだけ持ち出した。
無事町へと辿り着いた先で、ギルド直轄の専門店で鑑定を依頼したのだ。
その内の短剣と幾つかの物の魔力反応はなかった。
〈凡用術式武具〉
【ラウンドシールド】×1 鑑定術式〈劣化防止〉
【防具服トゥー・ナギ】×5 鑑定術式〈環境簡易適応〉
【小弓パワー・ショートボウ】×1 鑑定術式〈劣化防止・⚠簡易強撃〉
【パワーリスト】×2 鑑定術式〈筋力補正〉
【携帯用料理セット】
【持続回復包帯】
など諸々。
彼らが一般兵士倉庫で見つけ出した武具は、どれもこれも凡用術式武具だ。
基本的に凡用術式武具は付与されている術式の効果は簡易的な術式が多いが、高度な術式論理が組まれているため壊れない限り半永久的に続く。
で、このリーダーが持つ弓は、凡用術式武具【小弓】。
何故か武器はこの弓しか凡用術式武具はなかったのだ。恐らくは予備武具として保管されていたのでは…と考えられる。
素材自体が魔力でコーティング補強された強化魔力小弓であり、小さなサイズでありながら一般的な複合弓よりも威力の強い矢が射てるという。
持ち運びしやすい小弓でありながら強い威力を放てるため、使い勝手も良い。
このリーダーの男は一般的な魔法使い級の魔力量を有していた。
しかし、致命的な迄に魔力操作と構築との相性が悪く、実際に魔法を扱える段階には至らなかった経緯を持っていた。
魔法学校へでも通えればまた違ったのだろうが、国の補助金を使うコネも金も無かった男は、魔法のチカラに憧れつつも、泣く泣く諦めたのだ。
その為、最低級だが魔法・魔力が宿るとされる宝具級相当の価値のある古代から伝わる貴重な武器を手に入れられた己の幸運を何より喜んだ。
更にこの小弓の凡用術式武具は、弓自体の性能も高い上に、小弓の魔宝石に込められている術式が珍しい事に2つあった。
1つ目は従来通りに弓としての性能強化であり、2つ目はつがえた矢に、装備者の魔力を加える事が出来る術式が弦に込められていた。
幸い、2つ目の術式に消費される魔力は僅かだった。魔力を込めるだけならばリーダーにも何とか行えたのである。
それでもリーダーにとって消費される魔力には限界がある。
魔力強化されて打ち出される矢は1日5射前後ほどが目安とされる。
しかし、その強化された魔力矢は鉄等の金属すら貫く強化矢の威力はリザードマンの屈強な肉体や鱗など容易く穿てる。
鋼鉄製の小弓だとしても武器屋の店売りでは最低金貨1~2枚程の価格になる。
しかし、凡用術式武具の宝具級相当になれば、金貨30枚相当にもなり、軽く10倍以上の価値が付けられる。
それだけ魔力のある武具の貴重な価値の高さが物語っていた。
更に等級の高い上位弓ともなれば矢すら必要ないらしいのだが…。
有名な所では、迷宮でとあるパーティーが最下層の宝箱から発見した魔導級は金貨1000枚を下らなかったと言われている。
また、それ以上の逸品を持つ者はもっと高ランクの冒険者か名のある武芸者くらいしか持たないだろう。
いずれこの弓で俺はのしあがって見せる…と金髪のリーダーは野望を持っていた。
因みに分配した為、4人パーティーの彼らで余ったトゥー・ナギは1着競り出された。
オークションにかけられ、瞬く間に名のある職人が高額で購入したため、彼らの懐はかなり暖かだ。
チームメンバーの1人が興奮し始める。
「俺、この依頼が終わったら酒場であの娘に告白して結婚するんだ」
「ま、お前まさか酒場の皆のアイドルに告白する気か!」
「止めとけ止めとけ、あの子はお前にゃ無理だ…安心して俺に任せとけ!」
「ばっかやろう!お前もあの子狙いだったのか…でも、俺なんて指輪をおねだりされてよ。金貨2枚もしたんだぜ?
他にも色々プレゼントしてるしよ。
残念だったな、お前よりも俺に気があるのに間違いねぇよハッハッハッ」
「ん、そりゃあよぉ…」
((プレゼントを貢がされてるだけなんじゃねぇのか?))
騙されてる気がする…が、言わぬが花という奴だし、振られた男の話を肴に酒場で騒ぐのもまた一興だ。
種族的にもリザードマンという亜人種は戦闘に特化しているほど人間に比べて肉体性能が優れている。
硬い鱗、生まれながらの戦士は敵として非常に厄介な類いに当たる。
そういった相手に人間は劣っていても、武具を揃えて鍛え上げ、集団としてそれらを補え勝てるのだ。
オルグフェン王国ではかつてリザードマン狩りの暗黒期時代があった為に、少人数は町で住んでいたリザードマン達は人間達を徹底的に嫌い、一斉に大森林へと帰っていった経緯を持つ。
そのため誰もがまだ未知数の相手であり、リザードマン自体を知らないものも少なくない。
クロイツ兵長率いる部隊が前回撤退するきっかけとなった手練れのリザードマン達も無数にいることも想定して、全兵士は丈夫さと軽さに重点をおいた銅製のチェインシャツの下にレザーアーマーを着込み、武器も鉄の剣、予備に銅ナイフを支給し攻守共に万全を期している。
リザードマン相手とはいえ、そうそう遅れはとらない筈だ…と誰もが信じている。
今回は鍛えられた精兵以外に、剣聖オーギュストの高弟が指揮している…リザードマンとて物の数に入らず…と、兵の誰しも思い、必ず勝てると高揚感がその場を支配していた。
今回の依頼では、リザードマン一体捕獲が優先されるが、討伐も可。
この編成された部隊に通訳も連れてきていない事から、最初から話し合いの余地はない。
最初から話し合いで解決出来ないのは、リザードマン語の解る者達が一人もいないことにあった。
その為、今回は情報確保の為に捕獲がメインである。
本陣へと連れ帰ったリザードマンに言語系統のマジックアイテムで尋問し情報を得ることが目的で、知らない、言わないようならば全討伐へと切り替え、無人となった集落から情報を得ることになる。
今回の事変はそれだけ剣聖と領主の本気度が伺えた。
各々、完全装備をした先発隊の参加者達は静かに、しかし確実にリザードマンの住む大集落へと歩を進めていった。
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北部リザードマンの大集落〈緑鱗の氏族〉にて
日も明るい正午。
普段ならば戦士階級であるリザードマン達が近辺で狩った獲物を見せあい、持ち寄って賑わいを見せている筈の時間帯のはずなのだが。
辺りには怒声のように騒がしく叫び合う声が何処らかしらに聞こえてくる。
声の主達は、100人を越えるリザードマン達が暮らす大集落にあった。
緑色の鱗をびっしりと生やしたリザードマン達が集落の真ん中に集まり、話し込んでいた。
その多くは下位蜥蜴人であり、不安そうな表情を浮かべている者達が殆どだ。
〈白鱗の氏族〉とは違い、この大集落には蜥蜴人まで進化している者は片手で数える程しかいなかった。
その蜥蜴人達が下位蜥蜴人を率い、戦士団を構成していた。
皆、ピリピリとした重い雰囲気を隠そうともしない。
真ん中には全身が傷だからけだが、一際大きな鱗に身を包んだ年老いたリザードマンがいた。
偉丈夫と呼ぶに相応しい体格の持ち主のリザードマンは、騒がしい周りも意に介さず静かに目を閉じて佇み、皆の話を聞いている。
この大集落の最長老の一人であり、そしてこの大集落では唯一の上位蜥蜴人であった。
騒ぎのことの発端は、定期的に辺りを警戒していた下位蜥蜴人の一人が、この大集落に完全武装した人間達が迫ってきているようだ…と報告をした事が始まりだ。
当然、報告を受けた上役の蜥蜴人は、慌てて長へと報告する。
例外を除いて全てのリザードマン達が集まり、緊急会議が開かれた。
〈緑鱗の氏族〉は、昔〈白鱗の氏族〉から独立した有望なリザードマンが集まって形成された集落が始まりだ。
『皆!静まれ』
ピリッと声を上げたのは壮年のどっしりとした体格の蜥蜴人だ。名はガラマ。
中肉中背でみっちりとつまった筋肉は、誰の目から見ても鍛え上げられて、一角の戦士の風格をもたらしていた。
この大集落のNo.2の戦士で現在の族長である。
『先ずは情報の再確認だ。ルンカッタックや、武装した人間共が此方に向かってくるのは間違いないのか?』
ルンカッタックと呼ばれた下位蜥蜴人は、震えるように頷き返した。
『族長、間違いない。俺、はっきり見た。奴等、ここ向かってくる…2日あればココに着く』
ハッキリとした断言。
その問いへの返答に長老衆や蜥蜴人は再度ざわめき立つ。
『ふむ…解せぬ』
『そうであれば、奴等はここへ何をしに来る?何が狙いでこの大森林の我が集落に…』
『よもやまた…我らの同胞を奪いにきたのではあるまいな?』
かつてリザードマンが奴隷として密かに奪いさらわれたり、殺されたりする暗黒期があった。
まだ若輩者だったガラマはやっと駆け出しの戦士として認められたばかりであった。
迫り来る人間や、夜襲してくる人間相手に命懸けで戦ったものだ。
奴隷として以外…他の可能性があるとすれば、金銀財宝などの類いであるが…リザードマンの大集落には、人間から見れば宝物と呼べるものはない。
〈緑鱗の氏族〉は数は多いが平均的な肉体能力を持ち、手先が器用なリザードマンは少ない。
周辺で纏まった鉄鉱石などがとれないため、金属製の武器は非常に少なく貴重だ。
簡単な修繕や鍛冶等は行えるし、他の種族と取引した際に入手した銅などは扱えた。
それ故、リザードマンには複雑な金属加工技術や知識などもないし、製鉄が出来る人間達には必要のないことだ。
族長クラスの持つ装備品でさえ、暗黒期に襲われた際に倒した人間が使っていた鉄製の武具を戦利品として活用しているものが殆どだ。
良質な鉄製品や、まして鋼鉄製の製品等は現在支流として使っている銅などよりも遥かに切れ味の良い剣や鏃となったりする。
リザードマンにとっては良質な金属は貴重は貴重なのだが…町にいる人間達にとってわざわざここへ襲って奪いに来る程の価値はない。
それに戦士階級の蜥蜴人は、魔物から獲れる素材をベースにした武具で自慢の肉体を飾り、下位蜥蜴人は更にその余った素材で装備を整えていた。
森に特化した強さを誇る森林狼の上質な皮で作られた皮鎧に、牙のネックレス。
鋭利な骨で作られた細槍や、更に天然の鱗で覆われた身体に青銅製の武具で武装されたこの大集落の戦士達は、生まれながらの生粋の戦士である。
大森林で生き抜く彼等は、大森林でも浅い場所に潜む下手な魔物には負けないくらいに強いのだ。
鍛え、完全武装された人間は恐ろしくはある。
しかし、必ず勝つのは我々リザードマンだ。
そう言える根拠として、鍛えられた肉体以外にもリザードマンの秘宝と呼ばれる存在があった。
この大集落には、〈白鱗の氏族〉の白の英雄の形見の1つとして、魔法の力を宿した装備を独立した際の餞別として頂いている。
職人が鍛えた良質な鉄製の武具すら簡単に超える…正に門外不出のリザードマンだけが使う秘宝である。
リザードマンの英雄が残した貴重な遺産を惜しみ無く分け与えたボルデッカに、どの氏族の族長も深く畏敬の念を抱いていた。
それは信じられない事に、白の英雄がかつて単独で討伐したとされる亜竜の素材を元に作られていた。
亜竜とは大森林に存在しているとされる種で、竜に似て非なるモノであるが、その存在は強大である。
亜竜は到達不可能な大森林の最奥地に棲みかがあるとされ、滅多なことでは出てこないと言い伝えられていた。
それが何の因果か、最奥から一体の亜竜が迷い出してきた時期があった。
その巨体は見上げるほど高く、大森林を発達した脚部で物凄いスピードで駆ける。
身体に当たる枝や石を凪ぎ払い、木々ですら押し倒し、斬り倒す姿は正に暴君。
亜竜でも空を飛ぶことはなく、駆けているのは翼が退化している為に小さく、背中に申し訳ない程に付着している。
この亜竜は大森林で生き残るために地上に特化するために翼を捨てた。退化した翼は自ずと小さくはなったが無くなることはなかった。
そして環境に適応していくように鱗よりも皮がより分厚くなり、元々強靭な筋力に上乗せされた。
資料が全く少ないが、補食するための進化の過程を歩んだとされるパワー型の大型竜だった。
現代で言うと肉食恐竜のような外見。
頭部には鋭く尖った2対の魔角から強力な魔力で身体能力を底上げし、その強靭な顎と牙は全てを切り裂き、尻尾を使って凪ぎ払う。
2足歩行で前足は短いが大鎌のような鋭利な爪があった。
目に入った獲物全てを喰らい、暴れ狂う狂亜竜…名をサイコレックス。
近接の戦闘能力と肉体だけならば、竜息すら扱える下位竜にも匹敵する相手だ。
サイコレックスの生態は実は良く分かっていない。
それほど目撃例も無ければ出現例もないのだ。
突如出現したサイコレックスは背部に刺青のような青い波の紋様と、退化した筈の翼が飛び出た尖骨のように歪な形で生えていた。
当時、伝承でその存在だけ知っていたリザードマン達はサイコレックスを狂う竜の化身として恐れていた。
その恐ろしさは、大森林にはリザードマン以外にも様々な生物、亜人と呼ばれた種族が、過去暴れ狂ったサイコレックスによって絶滅させられた例もあったくらいなのだ。
そんな強大な狂亜竜をどうやれば、単独で倒しきれるのか…ガラマは未だに想像もつかない。
何度見ても信じられないが、実際にその素材で作られた逸品がある以上、事実には違いない。
正にどんなリザードマンにしても行えない偉業である。
その貴重な狂亜竜の肉体、素材を作って鍛え上げた武具。
我等の秘宝、その1つとして…。
サイコレックスの退化した歪で身体から飛び出た尖骨ような2対の棘翼膜。
それらを複雑に繋ぎ合わされ、折り畳み式の仕掛けと構造、屈指の防御力を兼ね備えさせた。
扱うには相当な技量を伴い、複雑な仕組みを使いこなせれば、背部から全てを包み込む外骨格のような形となる【棘翼外套】。
生体素材でありながらも並の金属よりも遥かにしなやかで頑丈。その固さによる防御力はリザードマン達が使う鉄製の剣さえ軽く凌ぐ逸品。
その素材を活かす加工技術などにも、恐ろしく高い技術が使われていると素人目にも解る。
今の我々の技術力や、外の町だったとしても容易に再現出来ない武具は、緑鱗の氏族の危機に際して密かに活躍してきたのだった。
そんな緑鱗の氏族の他にも、独立して離れていった有数のリザードマン達に、白鱗の氏族の先代族長ボルデッカは餞別として秘宝の価値を持つ遺産を1つずつ渡していたから畏れ入る。
〈ここより草原の広がる野に獣を騎として従え共に暮らす赤鱗の氏族〉
発達した脚部から非常に強靭な腱と筋を弦に見立てて使い、大骨と関節部を元にした大弓。
生半可な使い手ならば、まともにも引けない。
引けたとしても射る反動で逆に身体を壊される程に絶大な威力を持つ靭帯弓。
〈湖湖畔を終生の居として選び、ヒレの生えた進化をしたリザードマン達である水鱗の氏族〉
サイコレックスの頭骨を元に組み合わせ、強力な胃酸でコーティングし、あばら骨と頸骨、背骨を組み合わせ、強上皮、小爪を散りばめた。
巨鎧で有りながらも攻撃的なフォルムを持つ狩猟頭鎧。
〈険しい山岳部に居を構え、戦闘の術を磨く黒鱗の氏族〉
長剣程もあるサイコレックスの太舌。
ザラザラとおろし金のような表面で鞘を作り、様々な大小の爪、牙、尾骨を用いて風変わりな剣身を作り上げた。
尾骨を軸にした不可解な動きを見せる剣筋は舐めるように切り裂いて敵の肉体をそぎ削り、原型が残らない程凄惨な残骸へと変える…かの狂亜竜を彷彿とさせた。
使い手の技量が足りなければ肉片となるのは使用者となる殺骸刀。
〈とある鉱山を探検した末に大洞窟を発見し、探求を友とする少数で構成された黄鱗の氏族〉
尖った魔角と魔石を核とした冠は、未完成。
己に見合う素材を欲し、所有するに相応しい真の主を待つ。
完成されたその時、秘めた能力を解き放つ未祭器。
それぞれの遺産は各部族が持つことでパワーバランスを維持している。
緑鱗の氏族は白鱗と、赤鱗の氏族との交流が盛んだが、黒鱗と黄鱗の氏族は殆ど此方へと接触してこないため、現在となってはどうなっているやら…不明であった。
因みに派生元である〈白鱗の氏族〉にもあるがどんな遺産なのは氏族でも本の一握りを覗き、秘匿された。
それら全ては〈白の英雄〉が手掛け、どんな伝手を得てか最高の職人達によって亜竜種の素材で作られた【白の英雄の秘宝】の一種なのであった。
ガラマは考える。
(戦闘以外にも、素晴らしい才覚がおありである御方であったのに…規格外とはこのこと。
一介のリザードマン族の範疇に納めることなどできん。
どうして突如行方を眩まされたのだ…いつまで立っても帰ってこられなんだ。
信じられないが、あの白の英雄すら敵わぬ相手でもいたのだろうか)
ガラマはその想像に背筋が寒くなり、考えることを辞めた。
まさか…とは思うが、この秘宝の存在が人間達に知れたのだろうか?
この遺産を狙うにしても、緑鱗の氏族であるリザードマンに代々継承してきた秘宝である。
そもそも外部にその情報が漏れる筈がないのだ。
ただ、何事も絶対に…とは言えない。
偶然にも蜥蜴人語を理解する人間や、何らかの方法で極稀に武具を使った現場を見られていたかも知れない。
しかし、ガラマはその可能性を考える。
それにしてもコレ1つの為に町の人間共が奪いにくるにしては…思えん。
それ故、本当に攻めようとしてくる人間達の考えや狙いがいまいち掴めないのだ。
しかし、悩んでも時間は刻一刻と過ぎていく。
慎重に考える時間は過ぎた。時間をかければ大集落全体に危険が及ぶ。
『討って出るしかないだろう』
族長の一言で緑鱗の氏族の覚悟は決まった。
そうと決まれば、慌ただしく各々が戦の準備していくなか、ただ一人上位蜥蜴人である最長老だけが、目を閉じ言葉を最後まで発することはなかった。
皆が去った後に最長老はガラマを部屋へと招いた。
『ガラマよ、勝算はあるのか』
『相手よりも数が多い。例え人間共が完全武装していても我等に敗けはない。
最長老は…俺の判断が間違っていたと心配しているのか?』
ガラマが先代族長だったこの最長老の上位蜥蜴人から族長を任された今まで、ガラマの決めた事に異を唱えたことなどなかった。
『戦うことに異議はない。
しかし、今回は類にない人間達の侵行だ。奴等の狙いはわからぬ』
『だからこそ、仕掛けるのだ。何もかも手遅れになってしまっては遅い』
『ガラマよ、儂の勘が囁くのだよ。今回の戦では大量の死の気配がするよってな…それが何故かはわからんが』
この上位蜥蜴人の最長老は、戦場の気配を読むことにおいてガラマの一歩も二歩もその先を感じとる稀有な感覚を培っていた。
その言で助かった事も数えきれない。
其れほどまでの激戦が予想される…と、前族長は読んでいる。
その事に絶句したガラマは、一言も言い出せずにいた。
『儂があの場でこう言えば皆の士気は下がった故に、族長たるお前だけに言うのだ』
『それでは…それではどうしろと言うのだ…』
『幸い、まだ時間は在るゆえ…兄者の里に頼れ』
『なっ…白の氏族へ助けを求めるのか』
『そうだガラマよ。ボルデッカ兄者ならば救援を聞けばどの部族よりも直ぐに駆けつけてくれようさ。
ここは素直に我らの氏族では対応出来ぬと認めよ』
そう先代に言われてもうつむき、納得のいかないガラマ。
この地を緑鱗の氏族のみで守ってきた自負もあるし、何より出ていった者がどの面を下げて助けを求めねばならないか。
そう言った感情を読み取れる緑鱗の氏族の最長老は、ふと優しく問う。
『のう、戦を誇りとする我等リザードマンの恥とはなんぞ?』
その問いに
『名誉もなく一手も当たらず、敵に背を向けて逃げる事か?』
と、迷い、考えながら答えた。
『それはの、逃げる事でも戦うことでもない。…負けぬことなのよ。解るか?』
その後更に二人で話し合ったガラマは、戦士階級の若いリザードマン一人に伝令として白の氏族への使者として立たせたのであった。
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見下ろす眼下には空の蒼さが眩しい程写っており、米粒にも満たない木々は深緑色で美しく見えていた。
はい、こちらリィザ。只今潜入中です!
結果的にアイシャの救出作戦、無事成功した。
と、いうか時空魔法が使える俺以外の者だと、失敗してたんじゃないかな。
実は潜入場所まで一度の転移では辿り着けず、足場が直径30㎝あるかないかの幅での命懸けの転移でようやく着いたのだった。
俺じゃなきゃ、まず到達不可能な場所にあったのは間違いない。
これは魔力の増強やレベルが上がればもっと楽に転移出来たはずだが、それを今言っても仕方のないことだ。
かなり広い洞窟洞窟内といっても過言ではない入り口から少し奥へ進むと、俺の身長程ある大きさの卵が2つあった。
その卵の周りには様々な魔物がところ狭しと並べてあり、ここ最近集めましたと言わんばかりのフレッシュな状態だった。
そんな魔物達をどけ、すやすやと眠っているような状態で横になり、失神しているアイシャを発見した。
幸い、外傷らしい外傷もなく気持ち良く寝ている感じ。ベルに無事保護したことを伝え、転移した。
いきなり現れた俺へと駆け付けてくる二人。
はらはらとした表情のラムセイダさんがアイシャの顔を見た瞬間、我慢することなく飛び出していった。
「ふにっ?あれ、お父様?」
寝起きの顔をしているアイシャをぎゅうと抱きしめ、ラムセイダさんがとても安堵した表情を見せていて…抱擁が落ち着いた所で此方へ感謝の言葉を述べてくれた。
やっぱり親子なんだなぁ~。
何のトラブルもなく帰ってこれてほっと一安心したよ。
状況が良くわかってないアイシャと、先にラムセイダさんを拠点へと転移。
そして、再度俺とベルだけでまたこの巣穴へと戻ってきたのだった。
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実は特異個体のグランドコンドルの巣穴で気になるモノを見付けた。
その回収と確認のために戻ってきたのである。
巣穴には色々な物が転がっており、キラキラと光る宝石のようなモノまで転がっている。
その中から、魔物が持つには不釣り合いな金属製の鉄剣や、血のついた鎧なんかも多量に見受けられていた。
普通の冒険者のような武具ではない。
何故なら軍隊のように規格が調整され、貴族の紋様がはいった装備が無数にあるからだ。
見えはしないが、積まれた魔物の死体の他にももしかしたら…人間の死体もあるのだろうか?
そんな事を考えてしまった。
まさか人間達がこの大森林へと…そんな突飛もない考えが俺を襲う。
たまたまここで見付けただけで、考え過ぎなのか?
バリフェルの件もあるので、もやもやが俺の中から離れないので、何かしらの確証が欲しくて再度戻ってきたのだった。
あ、そういえばこの魔法が俺以外の生物を連れて転移しても安全だと確認できた以上、バリフェル達を安全な場所へと連れていけるかも知れない。
俺の時空魔法を話している数少ない人間だし、魔力はかなり喰うが、今の俺にとっては然程問題ない。
おっと、思考がずれてた。
「さて、ちゃっちゃっとやっちゃいますか」
「はい」
ベルと共に魔物の群をどかしながら人間の死体を探す。
どかしていく内にどの魔物にもある共通点があった。
どの死体にも一撃で削り取られた痕が残っていた。切り口は太く、大剣の重量で斬られたようなエグイ痕だ。
多分、あの大きな鍵爪で攻撃されたと思われる。
そして変わった珍しいモノを発見した。
それは死体。腐敗によって死体の痛み具合から恐らく2日から3日あたりと推察する。
一風変わっていたのは、変わった長剣を持つ初老の男の死体。
がっちりかつ細マッチョに良く鍛えられた戦士の体格をしていた。
胸には大きな穴が空いていた。
他も似たり寄ったり…。
死体を検分すると、兜にオルグフェン王国の紋様と領地貴族の印が刻まれていた装備を発見した。
流石に貴族の印はわからないが、この兵士の死体はオルグフェン王国のモノだとわかる。
鉄ではなく鋼か…質の良さそうな装備を身に付けている。
あとで装備も回収するためにも、装備ごと死体を〈時空間収納扉〉へ放り込む。
〈時空間収納扉〉欄
【オルグフェン王国 輸送兵隊長】×1名
隊長格正式装備 鋼鉄製防具一式(胴部破損あり)
鋼鉄製長槍×1
鋼鉄のナイフ×1
【オルグフェン王国 下級兵士】×3名(全員欠損部あり)
軍支給用装備 カッパー製防具一式×3
カッパソード×3
死体は兎も角、軍の正式装備が手に入ったのは嬉しい。
しかも隊長格スチール製…集落には金属製のものが乏しい。
鉄製でも貴重なのに…鋼鉄製の品は有り難たいです。
なぜなら今のリザードマンの集落では魔物素材で作られた武具が多く、鉄製の武具が現在最高のモノ。
自慢の自前の鱗よりも硬い金属製の武具はこれこら必須となるからね。
しっかし、おかしなのも混じってた。
それは一番眼を引いたのは、胸に大穴が空いて死んでいたあの初老の戦士の死体だ。
【下級剣聖】×1名〈冥力判定 B〉
魔導剣ダイダロス×1(固有魔力付属)
オルグフェン式儀礼剣×1(固有術式付属)
地底亜竜の亜竜竜鎧 一式セット(胸部破損)
剣聖のアクセサリ(魔力付属)
地底亜竜のレザーブーツ×1セット(魔力付属)
硬魔蟲のアンダーウェア×1(魔力付属)
ふぅん…?魔力付属ってことは属性付の装備品のことかな。効果なんかはわかんないけど。
どうやらかなりのレア物の装備品をGETなり!
この死体だけ特別なのか?
つーか、初めて確認できた〈冥力判定〉も気になる!!
そして一番の珍品は、巣穴の中にガタイの良い寝ているオッサンを発見。
しかも衣装は何だか郷愁を思い出させるお坊さん見たいな格好だ。
身体には傷1つなく見事に寝てやがる。
なんでこんなとこにいるんだろ??
と、じっくり考え込む前にベルが静かに声を上げる。
「リィザ様。
猛スピードで此方へ向かってくる存在感知しました。恐らくは双頭の巨大鳥です。
しかし此方を探知されてから予想以上のスピードです。あと10秒ほとで…ここへ到達します」
「うん、わかった」
まだここで調べたい事もある…こんな機会はもう訪れない。
リスクは高いけど…準備をしよう。
敵は未知数の強敵。
目の前の脅威と向き合おう。作戦通りに!
「リィザ様なら何も問題ありません」
その思考を読んだようにベルがニッコリ笑った。
グランドコンドルは、巣穴に入った獲物の匂いを嗅ぎ付け、風を纏いながら目前に見えた巣穴へと突入していく。
そして巣穴に入る直前、一条の紫光がグランドコンドルを襲った。
僅かに巨体を反らして直撃を辛くも避けたが、左翼を微かにかする。
何枚かの羽が舞い散りながら敵を警戒しながら巣穴に入ると、そこには何もない空間しか残っていなかった。
そう、己が2つの巨卵も積み上げた餌共も、何かもかもが無くなっていた双頭巨鳥は、絶叫と暴風を巣の中で爆発させるのだった。
▼
ベルと契約し使い魔とした際に得た希少な能力【魔杖器】について。
【魔杖器】の保有者として解ったこととは、
①全てのありとあらえる魔力を持つ杖の装備が可能となること。
②魔杖が保有する能力と、攻撃攻撃補正をそのまま契約者に補正として加算されることの2つである。
但し、何でもかんでも扱える訳じゃない。
例えば、火の魔力を持つ杖があるとしよう。
火魔法の増幅魔力が込められていたとして…俺自身はその込められた魔力は扱えても、火魔法が使えなければ意味を持たない。
逆に魔力量の増幅や、魔法威力増強などは、その杖を通して魔法を使わなくとも、常時発動となるために終焉の煌魔杖を使っても問題なく発揮されるのだ。
杖の魔力を知覚し、手に持つことで【魔杖器】のskillは発揮される。
つまり、普通に終焉の煌魔杖を手に持ちつつ、片手にもう1つの杖を持つ。
もしくは体中に杖を装着したり目立つことをしなければならない。
正直、手に持てるのは2本、頑張っても3本程度。
これだけ持てば勿論、機動力は奪われるし邪魔。
身体に張り付けても扱いにも困る。
魔法の固定砲台になるなら問題無いかもしれないが装備で機動力もない状態なんて危なすぎて、俺には向いてない気がする!
しかし、この①②の問題は俺だけの魔法によって解決済みなのである。
実は【時空間収納扉〈ゲート〉】の中に入っていれば装備しているものと認証される事が、検証によって確証されたからである。
【魔杖器】としての能力は、【時空魔法】の〈時空間収納扉〉と相性が非常に良い。
何故認証してくれるのか本当に謎だが…まさにお誂え向き過ぎて逆に怖すぎるが…素直に喜んでおこう。
何せ手で装備、身体に固定などして持ち歩かなくても、そこに保管しておくだけでもほぼ無限に戦力を増やすことが可能となる。
実際に戦闘補正はうなぎ登り。
もしかしたら現段階でも総魔力量は勇者時代を越えていく…と思う。
俺は手に持った、終焉の煌魔杖に膨大な魔力が集約されていく。
急速な魔力収集、魔力増幅を受けた俺の時空魔法唯一の攻撃方法である〈グラビティ・ライン〉。
魔力媒体(杖など指輪)物を通さないと威力を発揮できない特殊な魔法でもあるが、魔力を込めれば込めるほど射程距離も伸びる不思議な性質と、貫通に特化した性質をも持ち合わせている。
シム・ミディアン化した俺のグラビティ・ラインも込めた魔力の性質や量で変化していたしな。
この魔法にはまだ秘密があるのかも知れない…と直感が囁いている。
(逃げるが勝ちってね…今あんな化け物相手に勝てるか)
さて無事地上に降りた俺は、小さな手でベルと謎のおっさんを握ったまま、見つからぬ内に転移に成功したのであった。