初めての蜥蜴人 グランドコンドルと人間達の行動
ベルからの救援連絡を受けてから、俺とラムセイダさんは最低限の準備をしつつ、木々をかき分け、半日かかる行程を2時間程の急ピッチで目的地である現場に到着していた。
そこには見上げるように高くそびえ立つ絶壁があり、途中雲に覆われて先が見渡せなくなっていった。
「…あー、ベルちゃんからの報告通り、これは確かに閉じ込められたって意味、わかるね」
「ええ、ちょっとベルに連絡をとります」
俺は心で念じるようにベルへ話しかけるイメージをとる。
『ベル、聞こえる?目的地に着いたよ』
『リィザ様、ご足労申し訳ありません。アイシャさんも怪我もなく無事です』
そう言って項垂れた様子でベルが木の茂みから現れた。
来る最中に事情を聞いていた。
現れたベルはラムセイダにアイシャが閉じ込められた事を直接謝っていた。
厳しい顔をしていたが、ラムセイダはベルに責任は無い。寧ろ娘の為に…有り難うと返していた。
絶壁を見上げると、遥か先にようやく豆よりも小さな粒がポツポツとした岩場が無数に見えた。
どうやら、この絶壁の上にアイシャが捕らわれた場所があるらしかった。
ベルの報告から大まかな理由はわかった。
何故アイシャがそこにいるかと言うと、ラムセイダさんから頼まれたフォレストウルフ・リーダーの素材を集めるための狩りの最中に、予想外の事が起こったのだ。
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それはアイシャ達が森の中でお目当てのフォレストウルフを見つけ出した時のこと。
ウルフ達はどうやら食事中でピチャクチャと獲物に鼻を突っ込みながらご満悦だ。
フォレストウルフ・リーダーは10匹以上の群を形成するフォレストウルフの纏め役。
風下にて時折流れてくる血の臭いを嗅ぎながら、アイシャが小さな声で語りかける。
「ウルフはどうやらまだ気付いてないみたいだよ…ベルちゃん準備はいい?」
「ええ、アイシャさん。頼まれた素材の為にもリーダーだけは何としても仕留めないと」
「だね…じゃ、行くよー」
ある一定度まで近付くと、流石のフォレストウルフも気付き、唸り声を上げて威嚇してきた。
それでも止まらないアイシャとベルに対してフォレストウルフ・リーダーは大きな一吠えを上げた。
数で勝るウルフはアイシャ達を絶好の弱者と認識したようだ。
飛びかかってきた1匹のウルフに対してアイシャは血月鎌を構えて突きを放つ。
突っ込んできたウルフは回避出来ずに直撃を受けて吹っ飛ばされ、後から続くウルフを巻き込んだ。
「さぁ、ボクの前に来れば…死ぬよ」
血爪…と、合間に詠唱した魔法で血月鎌に3層の半透明の爪を列なりに並べリーチが増した。
アイシャは更にウルフとの距離を詰める。直ぐに目前にウルフが迫る。
今度は2頭同時に襲われ、牙むき出しに噛み付いてくる。
1つの牙を血月鎌でそのまま凪ぐ。
血爪の魔力で切れ味が上がっている血月鎌は、恐るべき怪力と相まってウルフの鼻から真横に切り裂いた。
もう1匹のウルフはアイシャが対処する前にベルが死角に回り込み、サンダーダガーを突き刺して動きを止めていた。
彼女達の複数同時の戦闘はこれが初めてであったが、ベルとアイシャの連携攻撃にて何とか対応出来ていた。
元々が一対一でも完勝出来るほどの実力がある二人故に、ぶっつけ本番でもこんな前が可能だった。
模擬戦にてお互いの動きは良く解っている。
手応えのなさに少し物足りなさも感じる程余裕がある。一昔前に無謀に突っ込み殺されそうになっていたアイシャの姿はそこには無かった。
ぎこちなかった動きも実戦でお互いカバーをし合うことで、10匹いたフォレストウルフを既に5匹までその数を減らしていた。
本来なら楽勝な狩りだったはずが、圧倒的不利な状況をようやく悟ったフォレストウルフ・リーダーはさっと逃げようと背を向ける。
「おっと…その判断はもう遅いんじゃない?逃げられても面倒だから」
と、アイシャが声を上げた所でソレは起こった。
「アイシャさん、離れて!!」
ベルがハッとして声を上げた。
そんな切羽つまった声は初めて聞いたアイシャは、一瞬呆然としてしまったが、ベルの声に反応して咄嗟にその場を離れようとしたのだが…。
悪寒がして、手にしていた血月鎌を反射的に横凪ぎする。
ガギッとした音と硬いものに当たった手応えと振動がアイシャを襲った。
何かを血爪の付与された血月鎌で弾いたかと思えば、ハザッっと言う鳥の羽ばたき音が聞こえたかと思うと何かに掴まれた感覚と共に、急激なGに襲われて意識が暗転し、浮遊感と共に上空へと連れ去られていったのだった。
アイシャが何者かに連れ去られる少し前に、ベルが異変に気付けたのは偶然だった。
(何かに見られている)
そんなウルフ達の戦闘を開始した時から何かの違和感を感じていた。
〈戦闘感〉のskillを持つ自分が感じた僅かな気配。
時折感じる嫌な視線のようなその気配は、巧妙に隠されていたが、その場所までは特定できないでいた。
時が経つにつれ、気配は確信へと至ったのは、アイシャが残ったウルフを殲滅しようとしたその時。
ゾワリと…悪寒のような感覚を受けたのはウルフ達からではなく、遥か上空からだった。
見上げた時にベルの目で反応する事がやっとな程に高速に移動してきたナニカ。
それを回避しつつ咄嗟に声をかけたのだが…アイシャは飛行してきた敵から放たれた攻撃を弾いたかと思えば、抵抗することも許されずそのまま一瞬で上空へと掴み去られた。
ベルの優れた動体視力でもやっとのことで捉えたのは、白と黄の輝く色の双頭の巨大鳥だった。
巨大鳥の双嘴にはいつの間にかぐったりとして動かないフォレストウルフリーダーと、他のウルフがそれぞれくわえられている。
両脚の鉤爪にはアイシャとフォレストウルフの残骸を纏め、かっさらうように空へと羽ばたいていった。
残骸とはいえ、複数の魔物の重量をものともせずに羽ばたく筋力やあのスピード。
生態系の頂点を感じさせる風格を感じた…今の自分達にとって明らかに格上の魔物である。
辺りを見れば残ったフォレストウルフ達も事切れていた。どうやったかは見えなかったが、何かしら攻撃を受けたようだ。
恐らく自分は見逃された…あの巨大鳥にしては餌としても小さすぎたのだろう。
戦力の程は解っている。
間違いなくベルの今の実力ではまだ勝てる相手ではないと感じている。
だけど、いずれ勝てるだけの存在になるポテンシャルは充分にあるとも思えた。
しかし、いま目の前でアイシャが拐われたのだ。
いずれなんて悠長な事は言えない。
直ぐにskill〈魔力飛翔〉でその場から飛び立つ。
見える範囲にはあの双頭の巨大鳥はいなかったが、skillの〈魔力感知(小)〉でアイシャの魔力を探ると、幸いにも感知できるギリギリにアイシャを確認出来た。
見失ってはいけない…しかし、見つかってもいけない。
今度見付かれば見逃されることもなく、確実に消しにくるだろう。
何とか集中させて魔力を注ぎ込み、全力で飛翔してその場を目指す。
ある一点でアイシャの生体魔力反応が止まった。
その追跡はベルからしても1時間でも2時間でも感じられた感覚だったが実際には10分程の時間だった。
ベルにしても様々なskillを併用しつつ、かなりの魔力を消費して枯渇する寸前だったが、やっとのことで近くに降り立った。
少し休憩をとりつつ、距離を充分にとって様子を伺う。
木々に身を隠し、慎重に近付く。
アイシャの魔力反応から、どうやらあの絶壁の上付近にある岩場の向こうのどれかにいそうである。
きっと双頭の巨大鳥のいる巣穴があるのだと思う。
(これは…難しい状況となりました。
あの場所へと私は向かうことは出来るでしょうが、アイシャさんを連れて逃げることは不可能。
それに、様子を見ていてもアイシャさんの魔力が消える気配はないですし…まだ時間的な余裕はあるのでしょう)
そう判断する。
元々上位存在として誕生した使い魔であるベルは、素体からしても、全ての能力が非常に高い。
視力も常人では比べ物にならないほど優れていた。
この時点で俺へとベルからの連絡が入ったのだ。
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状況判断といい、流石有能な俺の使い魔。
しかも其の状況、アイシャだけだったらと思うとゾッとするね。
俺達が来る間に双頭の巨大鳥は巣から羽ばたいていった気配がしたことを確認していたベル。
今後の対策を俺とラムセイダさん、ベルとで話し合う。
ラムセイダさんはベルからの情報から恐らく…と前置きしてから、双頭の巨大鳥を推測していた。
高い確率で双頭の巨大鳥の名は、グランドコンドルであろうと教えてくれた。
グランドコンドルの巣は変わった形状をしていて、雲がかかるほどの絶壁を好むという。
絶壁を巨大鳥が降り立つために穴を開けるように砕いて巣作りをするという。
嘴を使って奥へと掘り進んだ洞窟様の通路があるようだ。
その為、あの巨体が脚で歩いて入るぐらいの大きな通路の奥には、半円型のそこそこな広さの空洞があるはずだと語る。
グランドコンドルは群れる事が少ないとされる巨大鳥。同種族による縄張り争いも熾烈だときく。
大翼を広げれば巨体ながらに高速で空を飛ぶ。
発達した鉤爪脚、そして嘴は鉄の金属鎧すら容易く貫通する力を持つ。
この渓谷が多く、木々の繁る大森林にしか生息していない大型怪鳥種で別名【空の覇者】と呼ばれている。
空腹時にはあのカトプレパスですら狩る、この区画一帯を縄張りにもつ最強の種である。
10年に一度の産卵期があると言われる。
その際に一度に2つ卵を産み、孵化した雛同士を戦わせ、生き残った雛一匹のみを育てるといった非常に弱肉強食をする生態が長年の調査で解っている。
因みにグランドコンドル自体は人間側にとって討伐例が殆どない魔物の一種として認識されている。
しかし、その羽や爪は魔力が籠っていて強力な武具の素材や凡用術式武具へと代わることもある。
昔、古代遺跡で成功を修めた実力のある冒険者が仲間を募集した。
更なる名誉と金、強力な武具の開発の為にグランドコンドルを倒そうと1チーム5名で計6チームを組んで討伐に当たろうとした。
流石に実力が揃った冒険者達であり、強力な魔法使いも加わった討伐チームは当時の人達はグランドコンドルを狩ってくるに違いないと期待を胸にしていた。
しかし、充分な準備をして大森林に入ったチーム全員は、一人を残して帰ってこなかった。
その一人も、偶然他の冒険者チームにたまたま救出されたもので、瀕死の状態でやっと町へと運び込まれた冒険者は、「剣も槍も矢も…魔法ですら当たらない。アレは人が手を出すべき存在じゃない」と、後悔の言葉を告げ、暫くして亡くなった。
そのため討伐事例はなく、人間側に素材が渡ることは非常に稀である。
討伐事例が無いのに素材が渡るのはたまたま抜け落ちた羽や抜け落ちた爪を拾った冒険者がいることもあるらしいからだった。
抜け落ちても黄色の美しい羽は武具の他にも、魔法媒体にも使われたり、爪は熱すれば金属のようにしなり、強度に優れた素材となるため、運の良い発見者は非常に高額な金額で取引されたりもするのだ。
流石に大森林に住まう竜種を抜すが、それでも最強の制空権を持つ怪物鳥なのだ。
しかし、グランドコンドルとは全長5m程で、生まれた時から風の属性を操る強力な種として伝承で伝わってくるくらいだ。
双頭のグランドコンドルなど…近年聞いたこともない。
白と黄の2色の全長8m強もある個体などあり得ないとハッキリ断言出来るとのこと。
「ここに住んでから何十年も経つけど、流石にあんなのがいたら気付いているから。
もしかしたら最近、グランドコンドル自体の縄張り争いなどで勝ち抜いた個体で、ここで進化を果たした特殊な個体なのかもしれない」
しかも、希少な進化をした特異個体の可能性が高い…とのこと。
助けるための難易度がぐんと、高まった気がした。
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ラムセイダさん曰く、今回アイシャやフォレストウルフは、産卵期を終えて、直に生まれるであろう雛の餌のために連れ去られたのでないか?と推測している。
そうでなければ、もしかしたら今頃両名ともあの巨大鳥の胃袋へと収まっていてもおかしくは無かったのだ。
そう考えたらこの結果はまだ運が良い方だったんだと思うね!
話し合いも一通り終えた俺は、
「じゃ、行ってきますので留守を頼みます」
そうラムセイダさんとベルに告げると【時空】魔法の準備に取り掛かった。
「この絶壁ではリィザくんしか頼れないよ。娘を頼むね」
「リィザ様…御無事をお祈りしております」
そう、作戦は簡単。
俺の時空魔法の第4楷悌魔法である【転移】による救出作戦だ。
魔力をごっそり消費するけど俺以外にも同時に転移は可能。魔力回復ポーションも持参してきている。
これまで転移を他人に試した事は無かったので、ここに来る最中に試させて貰ってた。
そう、歩けば半日かかる行程を2時間に短縮出来たのも【転移】を使用したお陰なのだ。
俺があそこまで転移したのち、アイシャを連れて同時転移。
そのあと、残った2人にはここから少し離れた所に安全な場所を確保しておいて貰おうと思っている。
少し前に奴が新しい餌を確保するために飛び立ったのをベルが確認している。
グランドコンドルは大森林の上から数えた方が早いであろう、上位者だ。
そりゃあ、怖いよ~怖いんだけど…大事な仲間の為だと思えば、少しはやせ我慢は出来るさ。
行くなら…今スグデショ!!…俺の気が変わらないうちに。
覚悟を決めて、月鎌Ⅱに魔力を込める。
レーヴァーティン・グロウケスの使い手【魔杖器】の契約者としてインプットされた知識。
その知識通りならば、俺の能力を使えば…最悪戦ったとしても、何とかなる、と思う。
知識として知っているだけで、使ってないからこればっかりはなんとも言えないけれどね。
再びもやもやとした気持ちをリセットさせ、時空第4楷悌【転移】を使用。
転移の光が俺を包み、目的の場所へと移動した。
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最辺境の町クレフトから冒険者と呼ばれる者達と、剣聖オーギュスト率いる私兵扱いの弟子達と領主軍の混合軍が物々しい雰囲気のもと出発した。
先頭は領主軍より剣と槍の軽装歩兵50名。指揮官として騎馬1名。
冒険者からはD~C級のベテラン冒険者で構成され、バラバラな装備に身を包んで行軍していく。
最後に進むのは黒馬に乗った初老の男性。
気だるそうな表情の中にも鋭さがある彼こそがオルグスェン王国に所属する剣聖オーギュスト。
彼の弟子たる私兵15人は周りを囲み、全員が全員騎乗しており、更に奥に補給部隊が続いていく。
彼等の目的地は、前回聖者バリフェルを追い詰めたが、リザードマン達の襲撃にあって撤退を余儀なくされた場所である。
そこ場にバリフェルの死亡が確認できれば撤退、痕跡が見付からなければ再捜索の任をおっていた。
前回の兵達の情報より、大まかな地点を割り出してあるが故にその付近に近付くと、嫌が応にも緊張感が増してくる。
ましてや、ここは人類未踏の大森林。
巨大な竜種すら住まうこの森は、この近辺で暮らす冒険者や兵にとっても穏やかな気分でいられる場所ではない。
より一層森の奥へと踏み入ると、既に彼方そこから此方を伺う魔物の視線が感じられた。
しかし、魔物も武装した人間の多さを感じ取り精々が観察している程度。
そんな緊張感が続く中、先頭を行く軽装歩兵が、かなり薄まってはいるが争った戦闘痕と倒れた馬車を発見する。
「おーし、総員止まれ」
オーギュストが張りのある声で呼び掛けると、弟子が騎馬を駆けて前に進んでいる集団に追い付く。
次々と伝令が成され、自然と全体の行軍が止まった。
「冒険者と軽装歩兵隊は周囲を警戒、拡散せよ」
その後の後を継いで騎士が命令を下す。
オーギュスト自らが打ち壊されて放置された馬車を調べる。
彼の弟子達5名を補給部隊の警護に着かし、他は形跡を調べていく。
壊れている馬車内からは、毛布や貴金属は全く手が付けられては無かった。
そして近くには食い荒らされた馬だった死体が残されるのみである。
木々と緑が茂る大自然は、激しかった人とリザードマンの争いの形跡すら数日で残さず消し去っていた。
「いや、やべーやべ。面倒なことに手掛かり全くねぇじゃねーかよ」
「お師様、ここはクロイツ殿が言われていた襲撃しに来たリザードマンに焦点を上げるべきでは?」
「あぁ、何でだよ?」
「リザードマンは、好戦的な性格で武を好み、強者を讃える性質にあります。
そう考えると、バリフェル様は易々と打ち取られたとは考えにくいのが1つ。
また、討ち取られたとしても寧ろ、手強い相手を討ち取った戦利品としてバリフェル様を含む他の兵士達の装備品と遺体を共に持ち帰った可能性もなきにしもあらず…と愚考する所存です」
弟子の1人の考えを腕を組みながら考え込む。
「成る程なぁ。しかし、その逆もあり得る話でもあらぁな。
なんせ年老いたとはいえ、昔は勇者の共をしていた男だ。
それも可能にしちまいそうだぜ…よし、方針を決めた。
この大森林に詳しい冒険者を連れてこい」
そう言って連れてこられた冒険者にリザードマンの集落や分布を尋ねていく。
人間達で解っているのは、昔から大森林の南下にリザードマンに多く出会う事から集落があると判断されていた。
「ったく、何か?痕跡や死んだって証拠を確証するためにもそこまで調査する必要がある。
悠長に時間をかけりゃ大丈夫だろうが、俺には使命がある。
そんなに長く王都を離れられないんだよ…ちっ、マクシミリアンめ、教国から派遣されてる身じゃ王命が下された以上手を抜く訳にもいかんし…やってくれたよな」
事情を知る弟子…弟子の中でも更に実力が抜きん出ている3人の高弟は心配そうに師匠を見つめた。
~聖の名の付く称号を与えられるのは教国以外には存在していない。
最高戦力に例えられる【聖】の付く人材を派遣の形にして他国へと貸し出しているのは、情報収集や同盟国としての立場以外にも意味がある。
本来ならばオーギュスト程の地位のある者に命令を下せるのは本国の教皇やそれに次ぐ枢機卿以外にはいないが、派遣の場合はその国の国王にも命令権は存在する。
勿論、異に沿わない場合は断る事も可能だが、基本的に受けねば行けない立場にあるのが殆どだ。
密命を帯びているオーギュストは、それ以外である今回の王命についてやる気は全く無かった。
昔を思い出すオーギュスト。
魔法を使える程の魔力と才は無かった代わりに、天は剣を扱う才能を与えた。
しかし、凡人よりは遥かに優れていたが、それは少ないだけで、他にも同じくらいはいる才能であった
。
そんなオーギュストが、教国の剣の使い手として最高の称号である【剣聖】まで至れたのは、本国に見いだしてくれた存在がいた。
本国の枢機卿の一人でアーノルド・ライル卿は、教国内でも収集家の名で知られ、数多くの魔力の武具を集めていた。
その1つに魔剣ダイダロスが上げられる。
この剣がアーノルド卿が若き自分へと下賜された時から、剣聖へと至る道が標されたキッカケとなった。
因みにかの魔剣のランクは魔導級である。
貴重なランクの武具ではあるが、【~聖】級の強者や勇者や英雄と呼ばれる者達が持つ等級の武器には些か不釣り合いな感じは否めない。
実際に切れ味等は魔力が籠っている武器とはいえ、遺跡級と比べると雲泥の差がハッキリと解るほどの差があった。
しかし、オーギュストはこの魔剣を使い続けている。
それこそ、手柄を上げて遺跡級の剣を褒美として賜った時にもその剣を身に帯びて予備の剣として扱っていた。
つまり、等級を関係なくしても有効な武器として魔剣ダイダロスは【剣聖】オーギュストが持つふさわしい武器となっていた。
その秘密の1つに魔剣ダイダロスが秘めた稀有な能力にある。
魔剣ダイダロスが持つ稀有な力の実験台としてアーノルド卿に選ばれたオーギュスト。
周りから見れば使い捨てのような扱いだったが、見事にダイダロスの持つ能力を使いこなし、死線をくぐり抜けて今日まで生き延びた実績で今があるのだ。
無論、オーギュスト本人の努力もあったのは間違いが、枢機卿がいなければ、ダイダロスがなけるばこの領域にはいなかっただろう。
他の者から見て実験台のようにしか扱われなくとも、アーノルド卿が例えオーギュストを駒のように利用していようとも、オーギュストは彼に深い恩を感じている。
そして、実力をつけたオーギュストは彼の派閥の一員となった。
最早魔剣ダイダロスは、オーギュストの代名詞でありアーノルド卿の懐刀。
その人から、直接密命を帯びてオルグフェン王国へ行ってほしいと頼まれれば、驚いたものの喜んで行くしか無かった。
「調べた所じゃ、どうやら召喚されたばかりの勇者も暗部に消されたようだしな…生きてさえいりゃ、計画に取り込むつもりだったのによ。
くわばらくわばら。
はぁー面倒ごとばっかりで嫌になるぜ」
その剣聖の一言により、探索は打ち切られ、早々に町への撤退準備が始まった。
元々調査も5日間程を目処にした準備しかしてきていない。
そもそも強力な魔物が生息しているこの大森林に長いも出来る筈もない。
一行が無事クレフトの町へと戻ると、 一通り纏めた調査結果を王国へと一度送る。
しかし、結果は再調査依頼。
その命にオーギュストは新たに1つの決断を下す。
王命を逆手にとったオーギュストは、王国の膨大な予算を使い、領主に命令を下す。
正式にオーギュストの直属兵として今度は入念な準備の元に、領主軍の再編成にて軍が組まれる。
軍の中でも選び抜かれた100名の精兵に50名の補給部隊、工兵を含めたメンバーが出発する。
2回目の遠征だったが、選ばれた兵達は落ち着いていた。
何せあの剣聖オーギュストが率いるのだ。出された報酬も破格だったこともまり、満足していた。
オーギュストは昔、亜竜種である地底亜竜に遭遇して、彼と高弟8人とで犠牲はあったが倒していた。
彼を包む茶色の仕立ての良いスケイルメイルはその時の素材を用いて作られた鎧だった。
勇者や大魔法使い級の実力がなければ亜竜種に立ち向かって生きて帰れることは困難である。
一般兵士であれば500名以上の軍を持って勝てるか勝てないかわからない…それが竜種なのである。
強力な魔物たちを相手せねばならない兵達にとって、オーギュストは非常に心強い存在だった。
そこには重傷を負ったクロイツも兵長として志願し、参戦していた。
身体は町にあるルミナス教の神殿の神官の手当てを受けてある程度回復していた。
回復魔法を使える程優秀な人材は派遣されていなかったが、大森林近くの町だ。
医者の真似事も出来る薬師を兼任した人材は事欠かない。
そのかいあって以前のように剣は振れるようになった。
身体に残る傷跡は酷く、完全には治らなかった。
この傷跡を見るたびに憎悪と殺意が沸き上がる…あの魔物達を殺すことに執念を抱く。
部下は殺され、逃げることしか出来なかった苦く苦しい思い出が頭から離れない。
奴等さえいなければ…俺はもっと昇進し優雅な生活を送れていたはずだ。
クロイツの胸に暗い憎しみの感情を宿していた。
「まぁ、仕事はするさ。
情報を収集しながら、基本的にリザードマン共は皆殺しにするがな」
その時期はリィザがタイラントゴーレムを下した頃だった。
そして剣聖率いる人間達が本格的に大森林へと突入していたのだった。