初めての蜥蜴人 森の賢者 ラムセイダ1
アイシャの頼みを受け、ボルデッカの命の恩人でもある『森の賢者ラムセイダ』と呼ばれる人物の行方探しを行う事になった。
現在ラムセイダがトラブルに巻き込まれていると推測される場所は、研究所でも最奥の魔導実験場と言うおっかない名前の所だ。
「取り敢えず、そのラムセイダさんってどんな人?ボルデッカの爺ちゃんも会ったのは相当前の事だもんね?」
「そうさのぅ…ラムセイダ殿とは何十年もお会いしておらなんだからの。当時儂がお会いしたときは………」
考えながら、ボルデッカは朧気ながも当時を思い出しながら、ラムセイダの外見についての特徴を挙げていった。
ラムセイダは身長や体つきが小さく、顔も若々しくてまるで童の顔のようで子供かと思ったのだと語る。また耳は尖っているが、他は人間種のようだったと話す。
アイシャがそこに補正の情報としてラムセイダのことを紹介して情報を加えていく。
纏めると、ラムセイダの情報は以下のようになった。
まずラムセイダはハーフリングと呼ばれる小人族だと本人から教えられている。
ハーフリンクと呼ばれる種族は一般的に好奇心が旺盛で、旅から旅する者達が多いと王都の図書館に印されていたような気がする。
アイシャがラムセイダについて知っていることは、共に過ごした日々の中でその人となりとどのような人物だったのか…見知らぬボルデッカを助けたことや、赤ん坊のアイシャを拾って育てるなど、少なくとも悪い人物ではなさそう。
アイシャがすくすくと大きくなってからは、大森林でとれる薬草や素材で薬の調合を手伝ったり、料理や家事洗濯と一般常識も教え込まされた。
アイシャがこの施設から出たこと無い割に随分と社交的な態度だったのは、幼き頃から教え込まれていた成果だったのね。
そして、生き抜くために知識として最低限の戦闘を教しえてくれたんだと。
おっと、話がずれてしまったな。少し戻そうか。
そして、ハーフリンクの種族的な特徴として身長は人間の子供ほどでも成人であり、寿命は人族と大差ない。長く生きる者でも約100年程で体つきは小さいながらも頑丈で力も強い。
その中でもラムセイダはローブを着こなす魔法使いタイプだったのだと言う。話を聞いていくにつれて魔法を行使する純粋な魔法使いと言うよりは、学問の徒として知識を究めた先にある錬金術師のような感じなのかも知れない。
聞かされるアイシャの説明では魔法よりも、研究に身を費やす印象を受けた。
ラムセイダが何故この大森林へと赴いてきたのかは、詳しいことはアイシャにもわからないと答えてくれた。
しかし、彼がこの施設を発見し、何かしらの実験を行っていた…もしくは行おうとしていたのに間違いはないだろう。
魔物がいる以上先がどうなっているのか分からない。ラムセイダ本人が無事なら良いのだが…その実験場につけば何か手掛かりが分かるかも知れない。
この高度な古代遺跡のような施設の器具や研究理論を理解した上で行っていたのならば、かなり高度な実験なのは間違いない。
そして、新たな情報を得てから更に俺は嫌な予感が拭えない。
扉がカードキーの認証で開いた際、アイシャが持つカードキーの紋様が輝いた。興味深かったので見させてもらうと、俺にはそれがただの紋様では無いことに気が付いた。
アイシャやボルデッカは紋様として見えていないようだが、アレは列記とした文字だ。そこには【ディアドラ生体魔導研究所】と書かれていたからだ。
人となりは分かったのだが、だからこそまた疑問な点が浮上してくる。
ラムセイダは本当にハーフリンクと呼ばれる種族なのか?と言うことだ。
なぜならハーフリンクの種族としての平均寿命が100年ほどなのに対して、彼は実に300年以上生きていることになる。
もしかしたらエルフとか長寿種族の一員とか?それかラムセイダと言う同姓でこの名前を引き継いでいるのか…駄目だ、情報が少な過ぎて不明だ。
不思議すぎる人物だ。
偶然寄っただけの俺達だけど、きっと今回イレギュラーな事態に間違いないと思う。
ラムセイダを探す以上、何故か建物内にいる魔物との戦闘は必至だ。気合を入れて望まなきゃな!
無意識に力が入り、己が武器である短槍を掴もうと手が動いた。
しかし、スカッと空振りに終わる。
あらら!そう言えば俺武器壊しちゃったんだった。
最奥へ行く前に武器調達が必要だよ。
アイシャに武器になりそうな物に心当たりはないか訪ねると、ここから先にこの部屋の一般カードキーで開ける一般倉庫と呼ばれる場所があるそうだ。
そこに行けば武器類などや道具類もあり、アイシャの使っている武具体なども仕舞われているという。
師匠との訓練以外に平時は持ち出し厳禁とされ、彼女はそこにまず向かっている最中にいるはずの無い魔物と遭遇し、戦闘になったのだと語ってくれた。
そう言えば出会った時のアイシャも武器を持っていなかったな…成り行きとは言え、素手で魔物と戦うなんて一歩間違えば自殺行為に等しい。
魔法を使えても、それを戦闘に行かせるかなんて戦闘経験が足りなさそうな彼女には難しいと思う。
本当、改めて思えば良く生きてたもんだ。俺達が来なかったから間違いなく死んでいただろう。
「因みに実験場の中に併設された特別倉庫って呼ばれてる貴重品専用のが置かれたスペースがあるそうよ。まぁ私は入ったことはないけどね」
「そうなんだ。このカードキーはその2つに対応してるんだね。アレ?そしたら奥の実験場の場所に向かうんなら、そこに辿り着いてもこのカードキーじゃ扉も開かないんじゃないの?」
俺のふとした疑問に、アイシャは愕然とした表情を見せていた。
…アイシャ、もしかしてなにも考えて無かったのか…。
少しじと目で見つめていると、滝のように汗だくになったアイシャが申し訳なさそうに謝ってきた。
「…アハハ、そんな事思いもしなかったよ。最悪、ボクの力で開ければ良いと思ってたし…ね」
ダムピールと呼ばれるアイシャの種族は吸血鬼と人族から産まれてくるハーフだ。その種族特性として普通の人族よりも筋力が高く怪力の者が多い。
まぁ他に手がなければ、最悪強行突破あるのみだよね。
細腕にサムズアップしてアピールするアイシャが可愛くて許してしまいそうになるけど、人生の先輩として力押しは最終手段とする事を忠告しておかなきゃ。
ん、そう言えば俺も力押しばっかりだから、大概だった。
さて、粗方の諸々の情報を聞きながら、今度は腹ごしらえをしよう。
特にアイシャは魔力も回復しきってなくてフラフラだからな…何か美味しい物でも食べさせてあげたい。
何かアイシャが食べたいもののリクエストを聞けば、ヴァンパイアの吸血以外に普通の食事も大丈夫だそうで出来れば魚料理がいいなとお願いがあった。
この部屋にはクーラボックスと呼ばれる備え付けの冷箱があり、そこに食材を入れておけば通常よりも腐りにくく、何日も食材を保存出来ると教えてくれた。
いつもはラムセイダが何処からか食材を採ってきて仕舞ってくれるようなのだが、長期(1週間)に渡り補充されないまま、保存の長い食材も含めて食べつくして今回は食材も底を尽きた。
野菜と塩味の強い肉は食べ飽きたの~と言われれば、納得出来る。
そうと決まれば、俺達リザートマンは元々魚好きだから…よーし、張り切っちゃうぞ!!
調理器具などは簡易セットがあるらしく、部屋に竈も備え付けがある。
何とも日本顔負けの部屋に、古代遺跡のテクノロジー万歳である。
この中でボルデッカが一番戦闘能力が高いので、駆けてきた道を逆戻りして貰って沢山魚を釣ってきてもらおう。アイシャも釣竿を見て興味津々な様子なので着いてって貰おう。
一人よりも二人。確率は少しでも上げときたいし、どのみちこの部屋へと帰る際にカードキーを持つアイシャが一緒で無ければ入れないからな。
一応《時空収納扉》にも先程の猪亀の肉や他の魔物肉、集落で取れた葉野菜系に少量の灰色魚と干し魚、翡翠のように光る魚は仕舞ってある。
この区画を抜けて戦場に出掛けるのであれば、手持ちの食材では心もとない。恐らく、ここが補給出来る最後の時間になるかもしれない。
その事を踏まえ、何があっても確実に戻ってこれそうなボルデッカに釣竿でガンガン釣ってきて欲しいのだ。
俺は待ってる間に魔物肉の仕込みを行っておこうと思う。折角調理出来る機会なのだ。アイシャも食べれるモノを確保しときたいしね。
こうして分担を分けて俺達は動き出した。
そして大物を釣り上げたのは、エビに似せたルアーを使ったアイシャだった。折れそうな程釣竿がしなり、左右に引く魚影をアイシャはダムピールの種族特有の怪力で何とか持ちこたえていた。
しかし、最終的に釣竿が限界を迎えて折れた瞬間、ボルデッカが即座に飛び込んで.獰猛な巨大な魚影を抱え込んで引き揚げたのだと言う。
ボルデッカ…何と言う益荒男ぶり!格好良すぎる。
巨大な魚は、尾びれを入れて全長2mオーバーも越す巨大な魚で、ずんぐりむっくりな深海魚のアンコウのような体系だった。首にボルデッカがつけたであろう傷が深々とついていた。
この巨大魚は深海魚にはない魚鱗があり、鱗は俺の目玉程ある大きなサイズ。ピーンと長い髭も生えてるしナマズような魚でもあった。もしかしたら魔物なのかも知れないな。
料理しようとするが、この魚は解体するのも一苦労。鱗を剥がすことの大変なこと大変なこと。
切り裂いたこの魚の胃袋が異様に膨れ上がっていた。
試しに切り裂いてみた所、胃袋からは大漁の淡水エビと、黄金に輝く長方形のカードが出て来てビックリした。
手のひらサイズの大きさに何か描かれている。
アイシャの持つカードキーに似ているけど、何だか此方のは豪華な造りだな。
コイツは他の部屋のカードキー何だろうか?
取り敢えず、俺が預かる事にして、早速料理の準備へと取りかかった。
そして、完成した料理をテーブルへと運んだ。
今回はリクエストの魚尽くしとなっている。
「お皿に綺麗に盛られるわね…何かしらこの料理?リザートマンの集落では良く食べるの??」
「いや、儂も初見の料理じゃ。この黒っぽい液体に浸して食べるのかの?」
アイシャやボルデッカから疑問の声が上がる。そう、日本でお馴染みのお刺身だ。
今回は新鮮な魚も手に入ったし、刺身に挑戦してみたのだ。
クーラボックス内を探していたら醤油らしきものを見付けた時は小躍りしそうになるほど嬉しかった。
恐る恐る黒色の液体を指にたらして口に運ぶと、芳醇な嗅ぎなれた匂いとやや甘めのあじわいの醤油だとわかった。
久しぶりに味わう懐かしい味に、日本を思いだしセンチメンタルな気分になりつつ、醤油に近い味わいの調味料に感動している俺だった。
ボルデッカやアイシャは感動している俺を不思議そうに見つめながら、なかなか手をつけたがらないので俺が先に食べる。
うん、新鮮な魚の脂が醤油にマッチングしていて美味い。
自然と笑みが溢れる。それを見て安心したのか、ようやく2人とも料理に手をつけていた。
最も好評だったのはこの部屋にあったコンロのような魔道具を使い、じっくり火で炙った灰色魚の木串の塩焼きだ。
焼き具合が絶妙でホクホクの身から滲み出る脂が塩との絶妙なハーモニーが何たらかんから…。
焚き火で調理した魚は美味しいがいかんせん火加減の調整が効かず、焼きすぎや生焼けだったたりとムラが出来る。
しかし、火加減の温度調整がなされているこの魔道具の装置なら素人の俺でも均一な焼きの仕上がりと共に魚の旨味をギュッと閉じ込める事が出来た。
まさに簡単なのだがこれ1つで全然違う別物になるため、奥深い…のだ。
このコンロ型の魔道具、使用者の魔力を感知してそれに応じた魔力を込めると火加減が調整出来るスグレモノ。
他に予備は無いんだろうか?食生活向上のためにも是非1台欲しいものだ。
そんな事を考えながらご飯を食べていると、お腹も膨れて人心地ついたのかアイシャから
「ごちそうさま。とても美味しい料理だったわ、有り難う」
笑顔で感謝を伝える伝えられる。
そしてそのまま、こんな質問が飛び出した。
「しかし、ここにどうやって辿り着いたの?一応この施設の入り口には師匠の造ったタイラント・ゴーレムがいた筈なんだけど?」
彼女も昔話に聞いただけなんだそうだが、このタイラント・ゴーレムとは古代の遺跡などや、旧世代の重要な場所を守護するゴーレムだと教えてもらった。
それとここの外は外壁が硬い地層の岩肌で囲まれており、それ故入り口以外からの侵入などはかなり困難を極める天然の要塞みたいな場所なんだと。
更にここの施設の入り口は、外側の岩壁の迷彩擬装と魔物避けの装置が施されており、一見すればわからない仕組みになっている。
そのため、この施設はラムセイダが偶然発見した時には全くの手付かずの状態だったそうなのだ。
岩壁の続く通路を通り抜けると半球型のドームのような広い空間があって、そこに安置されていた初期型のタイラント・ゴーレムと戦いになったのだという。
戦闘能力も高いだけでなく、優秀な頭脳と知識をもったラムセイダだからこそ、タイラント・ゴーレムを機能停止まで追い込む事に成功し、このまま破壊するには惜しいと考えたラムセイダは逆にここの施設に仕舞われていた貴重な金属や動力源を使い、改修。地道にバランス調整を加え、最強の魔道門兵として甦らせたと言っていたそうな。
うーん、どれだけ天才なんだよラムセイダさんは。
元勇者や転生者である俺からしても、かなり規格外の超人物だ。
魔力で補強された合金は並みの鉄より遥かに固く、多少の魔法抵抗の可能としているので、並みの人間や魔物など出合えば死しかない。
長年の月日による腐敗や劣化などないかの研究施設は、極めて綺麗で中の状態もすこぶる良かったようで…研究するには環境が良く、ここの地でラムセイダは腰を落ち着けた。
因みにタイラント・ゴーレムはこの古代遺跡たる研究所でも一体しか現存していない上位型ゴーレムで、他は兵士型の簡易ゴーレムや警備サポート用に犬を象ったゴーレムが十数体ほど残るのみだ。
普段は警備のために周回しているそうで、ラムセイダが帰らなくなってからはそのゴーレムすら見かけないそうだ。
さて、話は逸れたがタイラント・ゴーレムは巨人型で人間で例えれば全身鎧を隈無く着込んだ重騎士と呼ぶに相応しい出で立ちのゴーレムだ。
アイシャが説明するために描かれたタイラント・ゴーレムの絵には武器などは見当たらず、背部に分厚い大盾を背負っている。
なかなか絵心ある筆使いで完成した絵も分かりやすい。
意外な才能を見た。素直に絵を褒めると嬉しそうにはにかむアイシャはとても可愛かった。
さて、タイラント・ゴーレムは全長4mもの巨体だと言う。元々の役割として守護者を兼ねているそうだ。
ラムセイダがより強力に魔改造し、最低10人を同時に相手にしても負けないコンセプトを基軸にしているため、最終的にアイシャでもどれ程の強さなのか良く解らないそうだ。
重金属で覆われている外装は、全身鎧を着込んだ人間の騎士よりも遥かに防御力が高く、高出力の魔力媒体を備えたエネルギー源は無類のタフネスさと頑強さを供え、その巨体の両腕から繰り出されるパンチは重騎士を一瞬で葬れるパワーを持っていた。
頭部は西洋兜のような造りになっており、奥には鈍く輝く単眼が収められていた。
この単眼は宝具級の魔力媒体である結晶を使っている。周囲の半径8mに近付くと自動的に敵だと認識されるように、ラムセイダがインプットし直してあるそうだ。
一度攻撃目標に単眼に敵と設定されれば、そのターゲットを逃さず破壊するまで執拗に追いかける高性能ゴーレムは、敵からすれば恐怖の対象でしかない。
ラムセイダと戦った時と違う点として、入口から入った存在を無差別攻撃する等ではなく、現在は性能を上げたタイラント・ゴーレムに設定さえしておけば攻撃されないと言う利点が加えられていた。現在はアイシャとラムセイダのみが守護対象として設定されている。
他にルートは無く、それ以外に此処に来るためにはタイラント・ゴーレムを破壊して来るしかないのだ。
アイシャは実際に稼働したタイラント・ゴーレムの強さを目の辺りにしている。
それは以前、偶然迷いこんだ大型魔獣種の一眼牛カトプレパスとの一戦である。
当時幼かった彼女でも、如何に強いかまざまざと解りすぎるほどだったと言う。
ホールまで突き進んできたカトプレパスはタイラント・ゴーレムを見付けると単眼がうっすらと輝き、放射状に線のごとく降り注いだという。
多分、これが一眼牛を有名たらしめた『死の魔眼』と恐れられた攻撃方法なのだ。
しかし、タイラント・ゴーレムには降り注がれた魔力に対して効果は無かったようで、戦闘体制のまま突撃したタイラント・ゴーレムとの肉弾戦となった。
カトプレパスは強靭な肉体は、例え魔眼の力が無くとも其処らの魔物など瞬殺させるだけの性能を誇っている。
そんな恐るべき魔物相手に構えるゴーレム。
先に動いたのはカトプレパス。太い首を俯き気味に傾けて鋭利な活かした豪快な突進は、ダンっと地響きを上げてタイラント・ゴーレムに襲いかかった。
大盾を構えてどっしりと構え、まともにその突進を正面から受け止める。
硬いもの通しがぶつかり合って金属の軋む音が辺りに響いた。
双方の攻撃は壮絶を極めたが、最後には両角を折ってカトプレパスを倒した事をアイシャは知っている。倒したカトプレパスから更に素材を詰め込んだタイラント・ゴーレムは、この周辺の上位種たる魔物と相対したとしても、最早強さは別次元だと感じていた。
それ故、如何に質の良い装備と高い実力を持つ言え、たったリザードマンの2人では、タイラント・ゴーレムに敵うはずもないと思うアイシャは、その事が不思議で腑に落ちなかったと語るのだっだ。
あのカトプレパスを倒した聞いたボルデッカは瞼をピクリとした。カトプレパスと因縁もあるし、最強のリザードマンの戦士として是非タイラント・ゴーレムとやらと戦って見たいと思ったんだろう。
それを表に出したのは一瞬で、アイシャにどうやって此処に来たか放し始めた。
「そんな馬鹿な方法があるなんて…嘘でしょ??」
アイシャの表情が困惑→茫然→驚愕などと、みるみる変化していく様をマジマジと楽しみながら、休憩時間が過ぎていった。
そりゃあ、俺もアイシャと同じ立場だったらそうなるよねー。
こうして情報交換した俺達は、先ず武器を取りに行くためにアイシャに先導されて一般倉庫に向かい始めた。
この先に何が待っているのか…俺はまだ良くわかっていなかった。
一方その頃、一人の丸坊主頭の男が大森林近くのとある町の門へと辿り着いた。
不思議な衣類を着込み、背中には大荷物。そして大きな錫杖を手に持ちながら歩く姿は、ただ歩いているだけなのに隙が見当たらなかった。
長旅の性か袈裟は汚れていたが、本人は至って元気である。この男性はマンジュと呼ばれた男である。
かの地から大森林へと向かうと告げ、旅を始めて早2週間。昼夜を問わずずっと歩きづめでようやく大森林の一番近い町へと辿り着いた。
マンジュのいた場所からこの町まで普通の者ならば馬車で2週間はかかる行程を、徒歩で踏破し馬車と同じ2週間で辿り着いて見せたのだ。
本人は修業の一貫として行っていたようだが、他から見れば如何に異常な事なのか良く解る。
この行為だけでも只者ではない、確かな強者としての実力を伺えさせる人物であった。
「ようやく着きましたなぁ…美味い料理でも頂ける宿でもありましょうや」
しみじみと呟き、己のつるんとした頭を撫でた。
道中は襲いくる魔物を倒して魔物肉をかじり、またある時は野にある山菜や薬草のみを摂取してここまで辿り着いたのだ。
サバイバルも良いが、長らく食べていない人の手による料理が食べたくなるのも人情ではないだろうか?
背負った大荷物は倒した魔物の換金部位が仕舞われており、はみ出している魔物を商人が見れば、驚いただろう。
それはベテランの冒険者達でも命を落とすことがある魔物の部位が十数と積まれていたからだ。
岩に擬態して近付く動物や人間を補食する岩トカゲ。主に荒野に住むオオトカゲの1種だ。
戦闘能力は高く相手からの攻撃を受けても硬い皮膚で攻撃を受け流し、並みの実力では皮膚を僅かに削るのみに過ぎない。
岩トカゲの名のように岩ほど硬い訳では無かったが、その間に鋭い牙は一瞬にして獲物の命を奪う生まれながらの狩猟者。
かの魔物は群で暮らす集団生活をしており、彼等のテリトリーに足を踏み入れれば先ず生きて帰ることは不可能だと言われている。
その岩トカゲの皮膚を剥ぎ落とした皮を加工すれば、軽くて固く、丈夫で上質なレザーメイルに生まれ変わる。
見る者が見れば、この男がどれほどの腕前を持つか理解するのは早い。
この町へ入るための手続きを受けるために待つ間も、好奇の視線がマンジュへと注がれていた。
門へ入る間、マンジュはじっと飛び交う人や同じく待つ人の話し声に耳を傾けていた。
彼らが話す他愛ない会話も、世俗を離れて暮らしているマンジュにとって貴重な情報源だ。
聞こえてくる情報の中でも一際多く聞こえてくるのは、この町でも腕利きの兵士達30名ほどで構成されたクロイツ部隊が領主の名を受けて1週間も前に町を出立したそうだ。
昨日未明に彼等が帰還した際には、誰もが重軽傷を負って疲れきった表情とクタクタの破損した装備を身に纏ってボロボロだったと言う。
30名もいた兵士は半数以下になり、生き残った兵士の中でもクロイツ隊長が隊の兵士達を一人でも多く逃すために殿を買って一番の重傷者だったと語られている。
何があったのかは箝口令が引かれており、詳しくは解らないも生き残った兵士が酒場で語った内容からこう推測される。
どうやら彼等が任務遂行途中にトラブルがあり、魔物の群と遭遇し交戦。
恐ろしく強い魔物達は戦闘能力も高く、敗戦の一途を辿ったようなのだ。
竜種すら住まう大森林は、人の手による開拓は殆ど進められていない。何せ広大な森には資源も多いがそれ以上に魔物も強い。
その大森林を生き抜くための弱肉強食は森の魔物の生態系のレベルを上げた強力な魔物しか住むことが許されず、冒険者も命知らずの者か一攫千金を狙う者達くらいしか好んで行きたがらない。
殆どの冒険者達は精々、手前の森に溢れる食材や貴重な薬草を採ることぐらいしか行けない危険な場所なのだ。
一部の実力を持つ者以外ににとっては。
マンジュはその数少ない例外の一人なのである。
「ふむ、大森林へは久しく来てないが…かの森は日々強者が集う場所ですなぁ。結構結構。変わらぬ」
しみじみと語るマンジュは、修験者のように獰猛な笑みを浮かべた。それは今から赴く地に対する待ち受ける困難に対する喜びと、死と隣り合わせの危険に対する武者震いがそうさせたのだった。