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プロローグ

読んで頂いて有難う御座います。この作品はのんびりマイペースな作品です。

「一体どうなってるんだ…」


そう愚痴をこぼさずにはいられなかった。

先日休憩の際に立ち寄った近くの町宿から、複数の何者かによって襲撃を受けた。

防戦しながら逃げ出す事に成功するが、一緒にいた護衛と逸れ、気付けば飲まず食わずで一昼夜を走っていた。


吐く息は荒い。ようやく深夜にこの大森林まで辿り着いた。



この太い幹と立派な緑葉樹が幾重にも連なる大森林は、深緑の美しく聳え立つ昼の顔とは別に、夜は暗く不気味な一面の雰囲気を漂わせている。


全力疾走で駆ける人影は厳かなローブに身を包み、溢れような青い長い髪は後ろで一つに結えられていた。

汗で前髪は顔に張り付いていたが、走る度に後ろ髪は跳ねるように何度も髪が左右に振っている。

その人物は何とか杖を握りしめているが、辛そうな表情と相まって息もかなり荒い。


「ハァハァハァ…なんでこんな事に」


哀しそうな嘆きは静かな森林の中に吸い込まれていった。



辺りを見渡して、誰もいない事を確認した人影はようやく大きな樹の下で休む事にしたようだ。

ローブのフードを外して息を整えている。よく観察すればまだ若い青年であった。


強大な龍種をも棲まうとされるこの辺境の大森林は、足を踏み入れれば最期と恐れられる未だ人類の未開拓地の一つ。


青年はこういった地だと分かっていたからこそ、襲撃者達はこないと踏んで逃げ込んできたのだ。

危険な魔物に出会うリスクは勿論高かったが、襲撃者と魔物の危険度を天秤にかけても今は襲撃者の方を避けたかった。何方にしても状況が落ち着けば逃げる算段はちゃんとある。

周囲を警戒しながら、さっきからバクバクと酸素を求めて頻回に鳴り響く心臓を落ち着かせようとしていた。


そろそろ体力は限界だ。一昼夜走り続けるなんて無茶はするもんじゃあ無い。


呼吸を整えなから追っ手は巻けただろうか?と考えていると、パチパチと後ろから拍手の音が聞こえてきた。


チッと舌打ちをしながら戦闘態勢に移行する。


青年を追う影は3つ。

黒い外套に全身を包んだ人影達が半径10メートル付近まで近寄ってきた。


「そこで止まれ」


青年は警戒心を露わに叫んだ。影達はその場で一応脚を止めて優しく話しかけてくる。


「なかなかの逃走劇でしたが、もう逃げるのは止めたのですか?

貴方に付いていた護衛達はもう全員眠りにつきましたよ」


それを聞いて、粘っていればいつか誰か助けに来るかも知れない…と微かに願った希望を切り捨てた。

腕利き揃いの傭兵隊は一年間だけの契約だったのだが…もう全員が殺されてしまったのか。そう思うと1度だけギリッと歯を食いしばった。


「ハァハァ…あいにく俺は体力がなくてね」


大分楽になってきた呼吸を整えながら青年は迸る魔力を杖に集める…も、魔力が杖に定まらず拡散してしまう。



「おっと魔法を使おうなんて無駄ですよ。流石にコレまでの過程で魔力が尽きているのは確認してますし、何のために用心深く休みを与えずに追い続けたと思っているんですか?


あの厄介な傭兵隊と貴方のお陰で我々の仲間は30人から我ら3人までと減らされましたがね…消耗した貴方は最早魔力の使えない唯の一般人と大差ありません」


話しながら、じりじりとゆっくりと擦り寄っていく人影達。


「あぁ、確かにしつこかったよアンタら。そして何者だよ。俺が誰か分かってるのか?」


イライラと挑発的に叫ぶ青年とは裏腹に、襲撃者はニヤニヤとして余裕の態度を変えていない。

黒外套を着た3人は7mまで擦り寄り、ようやく脚を止めた。

まるで囲むように…逃がさないように青年の周囲に散らばった。


「ええ、存じておりますよ。

オルグフェン王国に召喚されたばかりの勇者様…だったはずですよね」


黒外套の1人が青年の問いに答えた。声質からして壮年の男性のようだ。

もうこれで青年は逃げられまい…と確信しているからだろう。口調からは余裕が伺えた。


追い詰めた事で気持ちが軽くなったのか、3人の内の2人は喋り出すと話が止まらなくなっていた。


「勇者召喚の儀式とは、いずれ蘇る脅威の為に召喚される神聖な儀式。

でもね、ハッキリ言って貴方はこの世界を救うには力不足なんだそうですよ」


この言葉に苛立ちを隠せない表情をした。しかし、黒外套達は青年のそんな表情に気を配る事もなく話し続ける。


「さて調査報告書によれば、貴方の使える魔法は史上初の非常に珍しい【時空】の魔法持ち。

王国側オルグフェンも何としても使えるようにしたかったのでしょうが…魔力以外には飛び抜けて何の取り柄も無く、他の部分は勇者補正を受けてようやく人並み以上。

肝心の時空魔法の階梯もパッとしたモノが見当たらない。

それでも王国側オルグフェンも我慢して1年間きっちりと鍛えました。

その結果Lvは40前後と上がってそこそこの筈なのに、貴方は自身の魔力も満足に使いこなせずにやっと第1階梯と第2階梯しか使えない始末です。

いずれくる脅威を打ち払う為の勇者の筈なのに…これでは何のために召喚よばれたんでしょうか?


召喚の儀式にて世界を救った勇者様の記録には輝かしいモノがあります。

例えば火、水、土、風、闇、光の5属性を使い熟し、歴史上初めて2種類以上の魔術を操る複合魔術を編み出された【魔法王】の2つ名が贈られた勇者メイ様を筆頭に、過去竜達に攻められ王国の危機に扮した際に魔剣アロンダイトを手に何十もの竜を屠った救国の勇者ローラン様と比べば…何とも情けないじゃありませんか。

非常に稀にいらっしゃるんですよね、貴方見たいな失敗クズ勇者が。

我々はね、こう言う時の対応も含めた王国の裏の存在です。

決して表沙汰に出来ない闇の人材ですが、愛国心と技量は他の追随を許さないと自負しています。

さて予定以上に長く喋りすぎましたね。貴方の実力の無さと召喚されても力が無かった不運を…恨みなさい」


グンと放たれた大きな殺意がプレッシャーなって対峙する身体に消耗を強いられる。


「勝手に召喚なんぞしといて勝手な事ばかり…」


絶体絶命の状況だが、なるべく息を整えながら青年はまだ希望を捨てては無かった。


「そこについては同意なんですけどね。

今回の勇者がここまで使えないとは誰も思っても無かったのでしょう。

幸いにして国民には勇者が召喚されていた事を知る者はいないので、王国側から見ても貴方を消すには今しか無いと思ったのでしょう」


この襲撃者が話した事が事実ならば、その可能性を感じていた青年はやはりか…と懸念していた疑念を確信へと変えた。


襲撃者は懐から抜き出したナイフを鋭く投げつけた。

勇者と呼ばれた青年は必死に避けようとする。


まだ諦める訳にはいかない。

そう思いながら、襲撃者達を撃退しながら進んで疲れ切った身体は重い。

足がもつれながらも何とか投げナイフは躱せたが、青年のすぐ眼の前には別の黒い外套を着込んだ人影が既に回り込んでいた。

誘導させられた…と気付いたものの、その時には遅く、直ぐに背後に回られ羽交い締めにされて打つ手は無かった。

ぐぅ、体重乗せてきやがる。体格からしてコイツは男だ。


「足掻くなよ?楽に殺してやるから心配するな」


男のその一言が胸糞悪い。


調査報告書通り、自分は〈時空〉保有の魔力以外には対したことがなく、他は人並み以上しかない勇者だ。

それとどう確認したかは分からないが、俺自身の魔力が空っぽだと言う事が何故かヤツらにバレている。

まぁ余裕がないのも本当の事だ。実際にかなりのピンチである。



ヤツら襲撃者を仕留めてきた肝心の魔法が使えないと思われてる。

それ故、今は油断して慢心仕切ってしている筈だ。



だからこそ、そこに付け入る隙がある。


そこで青年は王国に実力を偽っていた事がこの状況下で活きる事になった。



青年は生命を魔力に強引に変換し、即座に…静かに体内に溜めた。

その魔力を愛用の武器であるカドゥケウスの杖を媒体にして、過剰に引き出して濃密な魔力を一気に解放した。

放たれた強力な魔力は魔力波となって渦巻き、羽交い締めをしていた男を吹き飛ばす事に成功した。


全身を覆う倦怠感を押し退け、魔法を構築。

青年にしか使えない唯一の時空属性魔法【転移】を使って、一気にその場を逃れようとするが…。


【転移】の成功まであとほんの数秒…それほど僅かだったのだ。


3人の内、ずっと黙ったままの最後の影が超スピードで青年の背後に回り込んでいた。

青年が気付いた時には背後から心の臓を1突きされていた。


(死にたくない…俺はまだ死にたく…こんな所で)


激痛が襲い…意識が遠のいていく。必死で繋ぎとめようとするが、その思いは叶う事なく青年の記憶はそこで永遠に途切れた。


完全に死んだ事を確認した面々は、ようやく一息ついた。


「ふう…任務遂行完了だ。

ああは言ったものの、腐っても勇者だったな。我ら生え抜きでも被害は出たが…勇者を殺せない程ではなかった。

さて、証拠の首を切って国へと持ち帰るぞ」


せめて虚ろな瞳の青年の瞼を閉じてやり、首に刃物が当てられると…急にその気配は現れた。


大森林が一斉に騒ぎ、ざわめく。

直後森中に響き渡る大咆哮。

かつてないほどの恐怖が自然と畏怖を覚えさせた。

今まで味わった事のないゾクリとした悪寒に浸食され、人影達は冷や汗が止まらず足も縫い付けられたように動かない。

しかし彼等も選ばれた精鋭の腕利き。

直ぐに硬直を解いて逃走を図った。



「ヤベェぞ。こりゃあ間違いなく龍種だ。こんな端なのに奴の支配領域テリトリーに入っちまったのか」


「いくら俺達でもこの人数ではまず勝てん…やむ終えん。拠点まで退くぞ」


駆け出した直後、勇者の青年を刺した声が叫ぶ。


「……来る」


そう警告があったと同時に、遠方がキラリと一瞬光った。

龍種特有でもあるブレス攻撃が辺り一帯に降り注いだ。


破壊ブレスの波がその場を浸食した。

光が消えた頃には、3人の人影は見当たらず…と言うか辺りには何も存在していなかった。






再び静けさが大森林に戻る。

全てを見届けたかのように巨大な龍がその場へと降り立った。


よく見ればあれ程のブレス攻撃にも関わらず、亡くなった青年の周りだけは護られたかのように綺麗に残っていた。

暫く青年を見つめていた龍は、巨大な顎で青年を咥え込むと満足そうに大きな翼を動かし、羽ばたき音と共に漆黒の夜空へと空高く舞い上がっていった。

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