人体切断マジック
――人混みを掻き分けムカつくヤツを目指す――
――マントの内側で黒いグローブをハメた――
白髪の交じる大人が子供の頬に剣を当てる。
実に楽しそうな表情をして、血で汚れた剣を柔肌に塗りつけた。
どうやってイジメてやろうか悩んでいる風にも思える顔つき。
タツミはお楽しみをしている大人の肩をにぎりしめる。
「なんだてめえ?」
不愉快だと邪魔者を睨みつけられた。
大人は肩についた手を振り解こうした。
タツミはそれを見計い突き飛ばす。
「ぶぐ!?」
大人がよろけた直後に鼻面をぶん殴る。
「無法者だよ」
限界まで肘を引き突き出された拳は鼻を粉砕。
黒いグローブの内側には合金が仕込まれており、これで殴られるのはメリケンサックを装着したようなものだ。
「要するに犯罪者」
いまの言葉は大人に聞こえていなかった。鼻が顔の奥深くにまで減り込み絶命している。そんな相手が言葉を聞いているはずがない。
「あ?」
角刈り剣士が興味深そうな声色をあげていた。
しげしげとマントを装着した黒髪の少年を見つめ、頬を釣りあげる。いつものように村人を見せしめに遊んでいたら闖入者が部下の鼻を砕き殺害。
久しぶりに、予期せぬ余興を楽しめそうだ。
角刈りはロングソードの切っ先をタツミへ向ける。
「なんだてめえ?」
このギルドは開口一番に「なんだてめえ?」と尋ねる決まりでもあるのか?
タツミは面倒に感じ顔にグローブをはめた手を当て嘆くような仕草をしてみせる。
「はあ…………その質問は今日で三回目なんだ。もう聞きたくない、名乗るのも自己紹介も面倒くさいし、省略しちゃおうよ」
顔から手を離し、ぐるりと周辺を一望する。
ドミリアの人間が三十人。
実力あるプレイヤーが二人。
幸いにもドミリアの人間は剣士崩れしかいない。あの態度では剣の手入れが出来るかも怪しかった。
これならば物の数にも入りはしない。
問題は無口な魔物使い、そして自信たっぷりの角刈り剣士だ。
――――敵は実質二人だけ。
多勢に無勢は承知のうえだ。
しかしゲームは難易度が高いほど挑み甲斐あがる。
「俺はおまえみたいなバカが好きだ。楽しませてくれるからな」
「あ、そうなんだ」
タツミはマントの内側で両手を動かし装備を確認していた。
「さては、俺の部下を斬り殺したのはおまえか?」
角刈りの剣士の問いに、タツミは首肯する。
「て、てめえが仲間を殺しやがったのか!!?」
「五人も殺しやがって!!」
「こいつ殺していいですよね!? トウドウさん!」
トウドウと呼ばれたのは角刈りの剣士。
やはりプレイヤーであったようだ。
「よくもギルドに泥を塗ってくれたな!」
「あの世で仲間に詫びてこい!!」
顔を真っ赤にして吠える男たち。
怒鳴られてもタツミは左右を見渡すばかりだった。
背後にいる村人はここまで一度も言葉を放っていない。
黙れとでも言われたのだろうか? 従順なことだ。
「カワイイ部下が仇を前にし怒ってるんだ。悪いがこいつらの玩具になってくれよ」
タツミは答えず右目を何度か、パチ、パチ、パチ、と開閉させるだけだった。この場に居合わせた者には伝わらないが意味のある仕草だ。
意味を知らぬ者からすれば煽りにしか見えなかった。
結論を言えば男たちの怒りに油を注ぐ行為である。
「なめてんのかぁ!!!!」
三十人の男たち。その内のひとりが剣を振り上げ襲いかかるが、タツミは落ち着き手を払う。
斬りかかるはずだった男は首を地面に転げ落とし、首なし死体となり二十歩ほど走り地面に転がった。
「え?」
腕を振るっただけで人間の首が、ボールのように地面を転がる。
そんなあり得ない光景に男たちは目を点にしていた。唯一、トウドウだけは「ほう」と感心した様子でいる。
「てめええええ!!!」
今度は一気に十人以上が駆けてくる。距離を詰めタツミと残り十歩の位置にまで差し迫った。武器の間合いに踏み込んだ。タツミがグローブに仕込んだ、特殊な武器の。
マントからグローブを出し腕を振るった。
剣を構えた人間の腕や足が切断される。
金属製の装甲を身につけた体が呆気無く切断される。そして体のパーツが分かれ、ずるっと地面に落下しバラバラ死体が地面に折り重なった。
「な、何だぁ!!?」
「きゃああああ!!!」
男たちの色めきだった声に、村人の悲鳴が重なった。
「風の魔法でも使ったのか!?」
「そんな気配はすこしもなかったぞ!!?」
残りの人数が動揺していた。
「それじゃ残りも」
今度はタツミが距離を詰め勝負を仕掛けた。
敵が懐に飛び込み腕を振るい首を跳ねる。
ものの数秒で二十人近い人間が、数十個のパーツに切り分けられた。
腕や首、足や肩、人体の一部が村の土地に散らばっている。
打ち捨てられた人形のように倒れた死体は血をだらだら零し続け、思い出したように痙攣していた。まだ
「あ、しまった」
タツミは自らがつくりあげた悲惨な光景を見下ろし頬を掻いた。
「子供に見ないよう伝えるの忘れてた」
残酷な瞬間を見ると情緒が不安定になったり、精神障害を抱えてしまうケースが多い。
そのためなるべく見てもらわないほうがいいのであるが、手遅れだった。
「子供を連れて一緒に離れたら? 死んでもいいならそこにいればいいと思うけど」
大きめの声でタツミが言えば彼らはようやく動き出す。まるで主人の命令を下されなければ行動できない家畜のようだ。飼いならされた人は面白味がないし向上心も存在しない。
タツミは、トウドウに向き直る。
「楽しい見世物だった!」
トウドウは歓声をあげる。嘘や皮肉ではない。本当に楽しんでいた。人間がバラバラになり内蔵や血液をぶちまけ生臭い空気をまき散らす光景を笑顔で見下ろしている。
「さしずめ人間解体ショーってところか」
かなりいやらしい、お近づきになりたくない表情だった。けれどタツミは悟っていた、このなかで一番にお近づきにならなくてはいけないのは、アイツである、と。
逆を言えば接近できれば勝てる可能性が見いだせるに違いない。
タツミは脳内で計画を立てるが、何か出来そうな予感はしなかった。
「種も仕掛けもございます。人体切断マジックでした」
変化のない日常的な声で伝えた。
「鋼糸だろ? 最初はわからなかったが、その腕に鋼糸が飛び出て人体を切断する。それがマジックの仕掛けだ」
バレてしまった。少々ひけらかしすぎたか。
「やっぱりおまえは異界の旅人みたいだな」
何を言っているのかわからず、タツミは首を傾けた。
トウドウのいやらしい目つきは飢えた猛獣さながらで、見ていて気分が悪くなる。
一方その頃。
アカネは屋根で戦いを観察していた。
「あああああ!! 鋼糸のことバレたじゃないか、使いすぎたせいだ」
大声をあげたいのを堪え、ささやき声をあげ気を紛らわせる。
タツミは風変わりな武器を好み、中でも鋼糸はよく使うほうだ。
研ぎ澄まされた刃のごとき鋭い鉄製の糸。それが鋼糸である。
先端に特殊な重りを括りつけ、腕を振り遠心力で張り詰めた糸に触れた肉体を粘土さながらに切断する。それこそが見えない斬撃の正体だ。
目に映らないほど極細の鋼糸を遠心力で伸ばし、敵を斬る。
樹木や瓦礫、鎧を着た人体をも両断できる威力を誇っていた。
「どうすんだよタツミぃ……」
こんなに早くバレたのは久しぶりだが問題はそこではない。
鋼糸は堂々と持ち歩く武器でなはない。暗器の部類に属している。
暗器を使うのがバレたのはタツミが別の武器を隠し持っているのがバレたのと同じだ。実力が高いうえに、敵は警戒するだろう。
「うぅ……やめろって言ったのにバカヤロー」
見ちゃいられない!
アカネは翼を強ばらせ、相棒の勝利を願いだした。