ギルド【ソード&ダガー】
鍋のスープを平らげれば空腹は満たされた。
タツミは「食べた食べた」と満足してから再び牢屋のベッドに寝転がろうと歩き出す。
無論、プチドラゴンはその後頭部を蹴っ飛ばし軌道を修正する。
「自分から牢屋にもどんな! ほら行くぞ」
「食べた後って眠くなるよね」
アカネは欠伸を噛み殺す相棒の耳に噛みつき歯型を刻んだ。当のタツミは痛がる素振りすら見せないものの、痛覚が無いわけではない。脆い耳を噛まれば激痛が走っていた。
「寝るな。自分の状況を把握しろ」
「人間には睡眠が必要なんだ……眠い」
「知るか。後で寝ればいいだろ」
「なんて御無体な相棒なんだ。ひどい話だよ」
悲劇の主人公とばかりに嘆いてみせるも台詞に感情が無いため無機質だった。
大根役者どころか壊れかけのゼンマイ人形みたいな演技を見せられた。
対するアカネは「詰まらないモノを見た」と鼻白んだ溜息を吐き出してみせる。
演技を披露したタツミは「受けなかったか」と落胆するも後頭部を尻尾で叩かれ歩き出す。
気配を殺しドアを開け、木製の建物が並んだ、どことなく西部劇の街を思わせる村のなかは長い一本道が続き、左右に建物が並んでいる。その並んだ建物の一つが保安官の駐留所であった。
一本道の中央に人混みが出来上がっているのを確認する。集められた人々が野太い男の声に罵られ人形みたいに黙っていた。ということは、逆らえない相手に文句を言われている。
「もう来てたんだ」
既に【ソード&ダガー】は到着しているようで武装した集団が得物を振り回し、ふんぞり返っていた。
「あれこそチンピラだ。タツミは、責めてあーならないでよ?」
嫌悪丸出しの表情でアカネは舌を出した。
乱暴な言葉づかいに女性の甲高い悲鳴が聞こえた。殴られたのか大きな嗚咽が響いた。それでも村人は止めようとしない。ゆえに放っておく。ここに構う意味はない、タツミはそう判断をくだす。
「助けないんだろ?」
これから助けに行かなくていいのか、という意味ではない。戦わないで通りすがるのを確認する。そういう意味で問われていた。
プチドラゴンは他人よりも相棒の身の安全を優先する。
「別に助ける必要はないからねぇ。勇者にでも任せればいいよ。でもちょっと覗いておこう」
まさかの提案にアカネは顰め面となった。しかし戦うわけではない。
「敵の仲間を殺しちゃったから後で追跡されるかも知れない。戦力を把握していて損はないでしょ」
建物をよじ登り音を立てぬよう匍匐前進するタツミは慎重だった。ゲームではスニーキングミッションは大得意で、ミスや待ちなどの堪え性も高い。音を立てず相手の視界に入らないのがコツである。そして警戒心を煽る行動は決して捕ってはならないのがポイント。
匍匐前進で煙突に身を寄せ、村人を殴る人間たちを観察する。
前に殺したメンバーと同じで、似たような装備を支給されていた。
鎧に剣に、腰に予備の剣やダガーを吊るしている。だから【ソード&ダガー】なのか? いや、だとすれば短絡的すぎる。
「へぇ」
アカネは相棒の背中に乗りうつ伏せになっていた。
そしてマントに小さな手でしがみつき、面倒くさそうな目つきになった。
「逆らわないほうが良かったみたいだぞ」
「そうみたいだね」
敵のいかにもボスですと主張してやまない、デカい態度をした人間が二人いる。
右はボクサー体型の人間で、元プレイヤーかもしれない。その隣の人物も地球から転移してきたとばかりに独特の服装をしていた。黒一色で胸元に白い髑髏がプリントされたシャツを着ている。ユニ◯ロに売っていそうだ。
「参ったな」
ボクサー体型の角刈り。彼は自分以上の実力者とタツミは理解した。
「あれは勝てない」
腰に下げた剣は見覚えがある。ゲーム内のショップに売っている武器だが、高額で普通は手に入らないもの。特別なイベントを複数個こなさなければならない。
例えば対人戦で10連勝など、相当な手練れでなければ入手出来ない代物だった。
性能は折り紙つきで、ひとたび振るえば魔物の首がアッサリ落ちる。
もしも改造や違法な手段で入手したわけでないのならば、先ず勝てる相手ではない。
その隣にいる黒ずくめは、小脇に魔物が沢山ひかえている。馬のような魔物や犬のような魔物。
どうやら魔物使い系の職業アビリティを得意としているらしかった。
「なるほど……草原に鎧ネズミがたくさんいたのは、アイツのせいか」
村人が逃げられないよう工夫していたらしい。単体では弱いが群れる魔物は、ときとして大型の魔物を相手にするより困難を極める。弱い村人に駆除は不可能と言えるが……ここを襲う理由はなんだ?
「吐けコラ! 誰が殺しやがった!!」
男のひとりが倒れた村人を蹴りあげた。
村人は血を吐き苦しむが、だれも止めに入らない。
もう二十人くらいの人間がボコボコにされている。
見せしめと、仲間を殺したのが村人だと思っているらしい。
「ほらぁ! どうしたガキ、母ちゃんが殺されてもいいのか!」
10代くらいの少女が頭を撫でられる。顔を殴られた母親を踏まれて、泣きじゃくっている。弱者にはとことん残酷になれそうな面構えをした野蛮なケダモノ。それが【ソード&ダガー】という集まりだ。
見たところギルドのようであるが、仕事の依頼は舞い込んできそうにない。
そもそも依頼などは受けそうにない感じであった。ゲーム内のギルドは、メンバーやグループ、チームと読んだほうが納得がいく集団である。なぜなら仲間と団体行動がしやすいよう、結成された団体こそギルドなのだから。
「逃げるんだろ? ほら、そろそろ行くぞ」
プチドラゴンが煽ってやれば、タツミはすぐに悩みだす。
「でもアレ悪い奴らだよね」
「あんたが勝てるってのか? 1対2で?」
「正攻法じゃ絶対に無理」
自分と同じ実力を持つ敵が二人いたとする。罠にでもハメるか、余程の幸運を握りしめなければ勝てるはずがない。勝ち目のないギャンブルに挑むのは無謀すぎる。
「やめて! もう人を傷つけないで!」
「あ」
タツミは声をあげていた。助けた猫の少女が人混みを掻き分け、甚振られている者を庇うよう前に出た。両腕をひろげ、甚振られた者を守るため踏み出している。
その行動がタツミには理解できなかった。黙って逃げれば良かったのに、あのとき脱走者と言われ嫌悪した目で見られていたのに助けようとしている。あの殴られた男たちが、猫の少女にとって特別な人間なのだろうか? そういうわけではなさそうだった。
「殺されるじゃないか」
目は微かに動揺しているが、やはり感情表現が下手くそなため表情に現れない。
「またテメエか」
「わたしはどうなってもいい、殺されてもいいから、もう村にひどいことしないで!」
凶暴な魔物の前に身を差し出すような行為だ。
話し合いが通じる相手ではないコトはわかっているはずだ。人間は知能や嗜好といった余計なものがあるため、ケダモノ以上に残酷な真似をする。
そんな相手を前に、赤の他人を庇うため両腕をひろげ声を張り上げる。並大抵のことではない。
「前にも言っただろうが、指図すんな」
剣士と思わしき角刈りが舌打ち。それから部下を顎で使い、猫の少女を囲わせる。その隣に複数の子供や青年が現れる。人間もいれば獣人もいた。それぞれが猫の少女と並んだ。しかし大人は何も言わない。
「…………」
やがて部下の何人かが剣を持ちあげる。それは村人を浅く切って弄んでいたのだろう、草原で見た剣と同じく先端が血で濡れていた。
「何をしてもいいだって? てめえら全員そうなのか?」
からかう口調で初老が言った。
「じゃあ、ここで切り刻まれてもいいわけだ」
いい年をした大人だった。子供がいたら成人していそうな年齢だ。
社会の模範であるべき年齢の人物が涙ぐみ震えながらも腕を広げる子供を嘲笑。
そして剣の切っ先で子供の頬を撫で、震える様子を楽しみ始めていた。
「どこから切って欲しい? 耳か? 鼻か?」
誰がために身を差し出す子供を相手に下衆な輩が舌なめずり。
このときタツミの頭の内にある細い線が――プツン、と千切れ飛んだ。
「タツミ?」
「あれ気に入らないから、ちょっと出てくる」
「ま、待てって、冷静になれ。いま行ったって勝てるわけないだろ。下準備も何もしないで勝てるもんか」
アカネはぼそぼそと声を抑えながらも悲鳴をあげそうだった。
相棒が神風のような真似をして命を散らすのは見たくない。
「いま行かなかったら一生の悔いが残るよ。凄いムカつく」
タツミは言い捨て体を持ちあげる。
ついで屋根を蹴飛ばし、宙を舞った。