楽しい牢の中
「残念だけど」
タツミは抑揚なく言った。
「やっぱりお昼ゴハンは無理そうだ。みんな忙しそうだし、牢にいる俺たちの相手をする気はなさそうだものね」
牢屋の外は騒がしい。足音や怒鳴り声が絶えず鼓膜にひびいていた。
地下牢でなく村に派遣された国家の役人が駐屯する保安局。その中にある牢屋は外の声がよく聞こえてくる。耳障りであるがタツミは興味なく薄汚れたベッドに仰向けでいた。それでも聞こえてくるため話の内容が大体は理解できてしまった。
「夕食は何が出てくるかな。想像すると楽しみだ」
不安など感じず平静を保つ少年は鉄格子のなかを満喫しているようであり、本当に夕食を楽しみにしているのだった。
「カツ丼とか出ないかな? ファンタジー世界だから、そんなに期待は出来ないけど気になる」
バカバカしい台詞にアカネは呆れた。
「刑事ドラマの見過ぎだぞ。ここにいるのは保安官で警察と似てるけど違うし」
「でもカツ丼がただで食べられる。そう考えたら興奮するもんだよ」
「警察署で頼む店屋物は自腹なんだから節約にならないでしょ」
「え? 取調室のカツ丼って自腹なんだ。裏切られた気分」
牢屋で休憩している一人と一匹はどうでもいいやりとりを楽しんだ。それからアカネは耳を澄ました素振りを見せ、尻尾でシーツをべしべし叩き出す。
「なんか不味いよ。縛り首とか射殺とか、火炙りにしろと聞こえてくる。あたい達と猫の娘を殺しちまえって声が何回も聞こえてくるぞ」
ベッドを共有し枕元で寝転がるアカネは辟易とした様子であった。
タツミは目を瞑り体力を回復させようとしているのだが相棒の言葉を吟味する。
それから目を開けカビが点々と生えた汚らしい天井を見物しながら思考に走った。
話を統括すれば、あの猫の少女はエリーといって数時間前に殺害した【ソード&ダガー】のメンバーに差し出された生贄のようなもの。あの少女は【ソード&ダガー】による度重なる――推測だが殺人や恐喝といった野蛮な――行為について講義したそうだ。結果、彼女は【ソード&ダガー】の主催する狩猟ゲーム。通称、狩りと呼ばれる行為に強制参加させられた。
草原から逃げ切れば許されるが逃げ切れなかった場合は死亡。
二度と村へは戻っては行けないという決まりもあったらしい。
しかしタツミが連れてきた。ゆえにゲームの脱走者に入るらしかった。
タツミとしては意味と理由はわからないが、この村全体が悪党に屈して抵抗を諦めるどころか行為に加担しているようだ。正直を言えば、一方的なゲームである。いけ好かなかった。魔物の群れが暮らす草原地帯を走らせ、剣で突き回しながら弱者を追い立てていくのは愉快なんて言いがたい。
「弱いものイジメほどくだらなくてツマラナイものは存在しないと思うんだけどな」
「あんたも弱いものイジメしたばっかりでしょ。弱いのを五人も殺しだんだ、立派なイジメっ子じゃないか?」
「否定できない事実だね」
「罪悪感なさすぎでしょ」
「黙って殺されろっていうの? それは出来ない相談だね」
「別にそこまで言ってない……ん? なんか外でね、あたい達を【ソード&ダガー】に引き渡すってさ」
アカネの言葉に興味をいだいた。
先ほどまでの村人たちの意見は殺すか、殺すか、殺すしかなかったのに、どういう心境の変化だろうか。
「草原で五人は剣で斬られて死んでいて……死体が鎧ネズミに食い荒らされてて……犯人は絶対にアイツだって言ってる。つまりタツミのことだね」
「ふーん。剣で斬られて死んでいて、か。やっぱりそう見えるみたいだね」
「そりゃあ、死体は鋭利な刃物で切断したようにしか見えないでしょ。現場を見るか、種明かしをしてやらない限りはさ」
「気づけば単純な仕掛けなんだけどね。謎っていうのは、解けない限りは難しいもんだよ」
タツミは目を再び閉じ、眠ることにした。
「おやすみ。俺は寝るよ」
「…………あんたの神経はどうかしてると前から思ってたけど、本当にいかれてる」
呆れた様子で悪態をつくプチドラゴンであるが、ゲームにない台詞を言われるのはなかなかどうして楽しいものだ。
どれくらい眠っていただろう?
疲れは癒えて体は快調そのものだ。
目を開けたタツミは食事の香りを嗅ぎつける。
牢屋の向こうにある椅子とテーブルに腰掛けた人物が、コップを方向け飲んでいた。スープを飲んでいるのだとすぐに察し、タツミは立ち上がった。
「あの、俺の食事は?」
「あるわけないだろうが!」
「そんなバカな。犯罪者に対する人権侵害だ」
タツミは美味しそうなスープを諦めきれず権利を主張。
「うるさい!! ここで殺してやってもいいんだぞ!」
保安官らしい人間は、ツバを飛ばし恫喝する。
怒られた。まこと残念ながら夕食は期待できないらしい。
「空腹なのに、ひどい話だ」