余計な獣人助け
草原地帯は広々としていて放牧すれば良い家畜が育ちそうだ。
ひとたび風が吹けば草は揺れた。緑色の海原をおもわせる光景。雑草が生えているだけなのに心を奪われそうな美しさ。
タツミは立ち止まって呟いた。
「お昼御飯はどうしよう」
両手を額に当てられ腹を頭頂部に乗せられた状態だ。
プチドラゴンのアカネは尻尾でタツミの首をペシ、叩く。カウボーイが馬の横腹を蹴るみたいに“先に進め”のサイン。文句も言わず、タツミは従う。次に頭に乗っかっている相棒を見上げ問いかける。
「アカネは食べたいのある?」
頭上から見下ろされる。可愛らしいアニメチックなドラゴンは、悩ましげに唸った。
「うーん。不味くなければ、なんでも良いぞ」
「じゃあ何かテキトウなものを探そう」
マントを羽織り直す。タツミは体の全体を隠すように歩いているため、傍目からは露出魔に見えたのか襲われた警戒もある。それほど世界が荒れているのか。マントに対する偏見なのかは興味はないし、裸を晒す趣味はない。
「それにしても草ばっかりで何もない。どこを探すっていうのさ?」
アカネの言う通りだった。探しようがない。かれこれ何時間も歩いているのに草ばかりだった。
果てない緑が奥へ奥へ続いている。下手をすれば地平線まで草原がありそうだ。
「いつまで続くんだろうね」
綺麗な風景を見て心躍っていたのは最初だけ、いつ終わるともしれない風景をひたすら歩かねばならないだから気が滅入る。
「たしかに食べ物になりそうな植物はないし、生き物はモンスターってか魔物ばっかりだな」
ときおり目に映るのは下級の魔物。それは外骨格に包まれた巨大ネズミだ。鎧ネズミと呼ばれるありきたりな魔物であるが、こんな場所に生息するのも珍しい。通常はもっと暗いところに生活しているはずなのに。
この鎧ネズミの外骨格は素材に使えるため狩るか悩んだ。しかし今は昼食を優先するべき、タツミは考えなおし足を進める。
「覚えてるかタツミ? あんたが鎧ネズミに負けたとき」
「あれはひどい。初見殺しもいいところだ。ダンジョンの下水道にわんさかいる。反則だよ」
あの魔物はネズミの外見そっくりなだけあり、群れで襲ってくる。ゲームなら初心者はそのステータスが低いと侮り挑むが、すぐ数の暴力によって倒れてしまう。ちいさいが気性は荒く縄張りに侵入した途端に襲いかかる獰猛な魔物。
だが鎧ネズミは草原に身を屈め、こちらを伺っているが襲ってこない。それはタツミのマントに魔物避けの効果が付与の恩恵だ。敵意がある弱い魔物はこちらに近づいてこれないし、タツミが近づけば嫌がり逃げてしまう。
「鎧ネズミって食べられるかな?」
タツミは本気なのか冗談なのか頭上に尋ねた。
「……ネズミだぞ? ぜんぜん美味そうじゃない。食べたくないぞ」
本気で嫌がるアカネであった。
「やめておこうか」
遠巻きから鎧ネズミに睨まれた。威嚇のチキチキとした鳴声をBGMに散歩を再開。きょろきょろ左右を見渡す。ふとアカネが首をあげ、右前方に注意を寄せる。
「何か見つけた?」
アカネは戦闘あまり好きではないのだが鋭敏な感覚によって索敵などに優れた種族。パワーや体格はプチでないドラゴンと比べ頼りなさすぎるが、長所は何個もある。ゆえにタツミはゲーム時代から頼りにしていた。
目を細めアカネは遠方を観察し、息を吸う。
「獣人が人間に襲われてる。それだけ」
肉眼で見えた状況を伝えてくれた。
獣人とは言葉の通り獣と人間を足したような種族である。顔は獣で肌でなく毛皮を持ち、二足歩行をした姿形。そのモチーフになる動物は犬や猫をはじめ、色々いるが総じて獣人と呼ばれるのが一般的。よく獣人のNPCによくしてもらったっけ、そんなことを思い出す。
「せっかくだから助けよう。何かを御馳走してもらえるかもしれない」
タツミは下心によって人助けならぬ獣人助けを決める。
「どっち?」
「あっちだ」
プチドラゴンが指差す方角へ向け、駆け出す。
うっすらと、肉眼でも何かが動くのが見て取れた。
「了解」
短く答え草が芽吹いた地に足跡を刻む。獣のように腰の低い体勢で草原を風のごとく走りだす。数分もしないうちに柄の悪い人間が小さな女の子を襲っているのが目に映る。近づき様子を見るため立ち止まった。
次に気配を殺し匍匐前進の体勢になった。
「なんで立ち止まるのさ?」
「俺より格上だったら大変じゃないか」
タツミはうつ伏せのまま状況を観察する。
まず人間の数は五人いて、それぞれが鎧や剣で武装していた。
顔つきは悪く一緒に歩きたいと思える連中ではなかった。
五人の無法者が囲んでいるのはボロボロの服を着た獣人の少女だ。
身長はタツミより小さい程度で見た目は猫に近しい。
全身が白い毛並みであるが所々が赤く塗られた斑模様。剣で浅く斬られている。
人間たちは明らかに弱者を見下し嘲笑った表情をしているのだが猫の少女は怯え頭頂の耳を下げているし、細長い尻尾は警戒を露わに逆立っていた。剣を持つ大人に囲まれた猫の少女は無防備で、顔や服越しに何度も甚振られたのだろう。だが目つきは凛としていて抵抗をあきらめる素振りはない。逃げようと、チャンスを伺っている。反面どうしようもない事態であることを理解しているのか、瞳は潤んでいた。
様子を眺めていたタツミは立ち上がり歩み寄る。
それに気づいた男たちはタツミを睨み食って掛かった。
「なんだてめえ!?」
「聞きたいんだけど、なんで小さな子を大人が囲って甚振ってるんです?」
一応は敬語風に話しておいたが、親しみも尊敬も込められてはいない。
タツミの登場に猫の少女はさらなる絶望を感じているらしいが、無視する。
五人の男たち。そのうちの二人はタツミと変わらない年ごろだった。
残りの三人は戦い慣れしていそうな、白髪が混じってきた年頃の初老だ。
「なんだこいつ? 頭にトカゲなんか乗せてよぉ。どっから湧いてきた」
トカゲ。その言葉にプチとはいえドラゴンのアカネは機嫌を害したらしかった。
それでも声をあげないのは、タツミがいま話をつけようとしているからに他ならない。
「俺はタツミ。こっちはプチドラゴンのアカネ。乱暴はやめよう、見ていて嫌だし弱いものイジメは気持ちが良くならない」
猫の少女は意外そうな目つきになったが、ほんの一瞬。より警戒心を高めたのか毛皮を軽く逆立てる。とても強気な感じだった、敵に屈してなるものか! そんな姿勢が見て取れる。だからタツミは気に入った。こういう前向きな性格は好ましい。
「だから、その猫さんを開放してあげようよ。いいでしょ?」
残念ながら穏便に済みそうにないのは雰囲気から見て取れた。この提案も却下されるに違いないが、念のため伝えてみた。
男たちはタツミの言葉を耳にしてから互いを見つめあい、
「はあ?」
「そんなことを俺たちに頼もうってのか?」
「おまえこの場所のもんじゃねえな?」
一番の年寄りがにやけた。
全員が嘲笑を浮かべ口に手を当てている。
無知なバカを見下す態度だった。
「この草原に来るのは初めてだろう?」
その言葉にタツミは頷いてみせる。
「そうそう。だからこの草原をあと何時間で抜けるか想像もつかなくて迷子をしているんだ」
「そういう意味で言ったんじゃねえバカ!」
年寄りはツバを飛ばし怒鳴りつけた。
タツミは無表情を貼り付けたまま猫の少女に目をむける。
目つきの鋭い猫の少女は、こちらを睨みつけてきた。
構わず、タツミは自分のまぶたに指を当て目を閉じる仕草をする。
――目を閉じていて
そのジェスチャーが通じたらしい猫の少女は、訝しんだものの瞳を閉じた。
「おい! 何の真似だ!?」
しかし男たちはタツミの行為が挑発と受け取ったらしい。
「まあ待ってよ。さっきの言葉、どういう意味で言ったんだ?」
両手をふっておどける。それに苛立ちながらも男たちは自分の肩を見せつけてきた。
「そのマーク?」
視線をやれば剣と短剣を叩き合わせたエムブレムが見て取れる。
「ソード&ダガーのエムブレムが見えるだろ? ここいら一帯を仕切ってんだ。いまや泣く子も黙る恐怖のチームだぜ」
誇らしげに、恥じらいもなく堂々と言い切られた。
アカネは「バカなんじゃない」、口にしたいが堪える。
「わかったかてめえ! 命が惜しけりゃさっさと消えな!」
タツミと同い年くらいの金髪が、どついてきた。
「俺さっきから思ってたんだけど」
一同を見渡し断言する。
「あなた達は悪いヒトみたいだ。子供を甚振ってるし、こう、小物臭い」
その言葉はあっけなく男たちを怒らせる。
「切り刻んでやる!」
沸点の低すぎる男たちは抜身の、見れば猫の少女の血で切っ先が濡れた剣をタツミへと向けた。
やがて踏みだそうと瞬間。タツミは左手を横に振った。虫を払うかのような、冷たい仕草。それを合図にしたみたいに踏み込んできた五人、その内の
三人は立ち止まり沈黙する。
「おい?」
タツミをどついた少年は不審に思ったのか、眉根を寄せた。
「なに立ち止まってんだ?」
声をかけたとき。ぼとり、三人の首が地面に落ち転がった。
虚ろな瞳をした生首が草原に血を流す。
遅れてバタバタと頭を失った胴体が倒れ切断面から真っ赤な血を、心臓のリズムに合わせ吹き出していた。緑の草を赤に変え、三つの死体が出来上がる。
「な、何しやがった!!」
「ま、まま、魔法をつかったのか!!?」
慌てた、まだ若い二人の体に横線が走る。
鎧ごと胴体と両腕を一文字に切断された二人は一瞬で絶命。
またどさりと音を立て草のうえに物言わぬ亡骸が転がる。
目をつむり縮こまる猫の少女に一言。
「目を瞑ってと言ったのは、こういうことなんだ。残虐な光景は子供には見せるべきじゃないからね」
「相変わらずえげつないねぇ。もっとまともな武器を作らないの?」
「俺はこういう武器が好きなんだ。色物武器は対策され辛いし便利だから」
「あ、そう」
殺人を行っても顔色一つ変えない性格は、あまり普通とは言いがたかった。
「ひっ!!」
猫の少女が短い悲鳴。恐怖に耐え切れなかったらしい。
血のにおい、倒れた音で死人が出たと猫の少女は知ったのだろうガタガタ、と震えだす。けれどタツミは五人分の死体を見下ろし、うっかりしていたと声をあげる。
「しまった」
「何が? てか別にしまった、と思って無さそうな口調だよそれ」
頭にいるアカネの問いに、無表情のタツミが告げた。
「ソード&ダガーって、まだメンバーが居るのか聞けばよかった。また襲われたら物騒じゃないか」
「どうせ今みたいに返り討ちにするのに? 関係ないでしょ数なんて」
「数は怖いよ。幾ら質が高くても、圧倒的な量の前には勝てやしないんだ」
タツミは冗談でなく本気だ。緊張感のない口調であり判断が難しい。
言い終え、血で毛皮を汚した獣人を見下ろす。傷はどれも浅く致命傷にならないものの甚振られていたのだろう、触れてみれば恐怖と緊張によって筋肉はガチガチに硬直している。
「あ、気絶してる」
「半分はタツミのせい、もう半分はチンピラのせいだね」
「言えてるね。応急処置して運んであげよう。死なれると目覚めが悪い」
「はいはい。あたいも手伝えばいいんでしょ」
口調こそ面倒くさそうだが、プチドラゴンは翼を羽ばたかせ回復魔法の準備をする。
直接的な戦闘よりも、戦闘支援に特化した種族である。
特にアカネは戦闘能力だけではどうにもならない局面で重宝するのだ。
「トリート」
プチドラゴンは厳かなつぶやきを放つ。
回復魔法トリート。傷を癒やし、心をすこしだけ癒してくれる光の魔法だ。
アカネが目をつむると、猫の少女は暖かな光につつまれ傷が癒えていく。
傷はほぼ完治したと見ていいだろう。タツミは乾いていない血を水筒の水で濡らした布で吹いてあげてから、両腕で抱きかかえた。
「あ! それお姫様だっこ! ヒューヒュー熱いねぇ」
からかい笑いを浮かべたアカネであったが、
「肩とか脇に抱えるのは可愛そうだし、おんぶも辛そうだから、これがベストだよ」
至極当然とばかりにタツミは言い返すのであった。
草原地帯を歩き、ついに村らしき場所にたどり着いたタツミを迎えたのは。
「た、大変だぁ!! 狩りから脱走者が出ているぞ!!!」
血相を変えた村人の悲鳴だった。
猫の少女を脱走者と称しているらしいのだが、理由は不明。
アカネは村の雲行きが怪しくなってきたゆえか目を細めた。
そして槍や刃物。包丁なんかで武装した人々が現れる。
「なんて余計なコトをしてくれたんだ!」
「あんたのせいで村は全滅するかもしれないんだぞ!」
たくさんの人間と少人数の獣人が喚き散らす。しかし叫ばれても事情が飲み込めないのだから返答のしようがなかった。だから感じた気持ちを言葉にする。
「ああ、そうなの」
タツミは理由がわからず適当に返した。
「意味がわからないし俺に説明する気がないみたいだけどね、傷ついた子供をほうっておくのは如何なものかとおもうんだ。その態度からして、この村の子なんでしょ? この猫さん」
それが村人の逆鱗に触れたのだろう、即座に猫の少女を奪い取られ大人数で囲われると縛られてしまった。あれよ、あれよという間に、牢獄に閉じ込められてしまった。
薄暗い牢屋のなか。
陰気な雰囲気とカビ臭い空気で満ちた空間。
そこでタツミは鉄格子を眺めているのだった。
「あれぇ? あそこは見捨てるのが良かったってことなのかな」
「別にいいんじゃない? これもあんたの選択だろ。目覚めが悪いと思ったから行動したんだ、助けないで後悔するより助けて後悔したほうがマシじゃないか」
「それって皮肉?」
「半分は慰め。半分は皮肉だよ」
「慰めてくれて感謝するよ。こういうこともあるって受け入れるしか無いけど、割りと参った」
「でも牢なんかぶち破れるだろ? 早く出よう」
「できるけどしない。ここにいたら食事が貰えそうな気がするんだ。ベッドもある。せっかくだから宿代を節約しよう。足がつかれたし、そろそろ休みたかったんだ」
「あんたバカだよ……」
「そんなことない。お金が節約できるんだ。でも、ごめんねアカネ」
律儀に謝る態度を見せたかと思ったが、
「お昼御飯は食べられそうにない。夜まで待とう」
「今はそんなのどうだっていいだろ!!」