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英雄の参上

 真っ赤な夕日のす黄昏時。

 赤々とした炎のように彩られた空の下で大地が燃える、燃える、燃えていく。

 燃え盛る炎を物ともしない魔物の群れが陽炎のむこうを行進している。

 緑色の軍服を灰や土で汚した軍隊は必死の抵抗を試みているものの、


「駄目だ! 通じない!」


「敵の数が多すぎる!」


「このままじゃ全滅するぞ!!」


「退避! 退避! 退避ーーッ!!!」


 前線を放棄し蜘蛛の巣を散らすような騒ぎで逃げ出す兵士たちも数多い。

 数千はいたはずの仲間は既に半数以下に減り、いま脱走したもので更に半数が減った。

 高い丘を拠点にした人間の軍隊は敵のつくりだす惨状を目の当たりにし絶句する。

 少数精鋭を敵とぶつけるてはずだったのに、敵の数はこちらの十倍以上はいた。

 もはや戦争とは呼べない。一方的な殺戮と呼んで差し支えない状態だった。


「援軍は! 援軍を要請したはずじゃないか!!」


 まだ若い兵士が甲高い悲鳴をあげていた。

 彼は上層部の子息で今日は魔物と戦い誇り高き戦士として凱旋のパレードに迎え入れられる。

 そして歴史に名を刻めると夢見ていた。しかし結果は愚かにも特攻し玉砕した愚息として語り継がれるに違いない。あきらめ悪くゲシュタフは吠えた。


「なぜ! なぜ援軍は来ないんだ!!? 我々だけで勝てるはずがないのに!」


 焦った顔で喉が腫れ上がるほど叫びだす。

 しかし隣の老兵は不愉快だと吠え返す。


「あんたが我々だけで勝てると言ったんだろう! 一昨日の演説でそうほざいたのは他でもないあんただろうが!! この部隊を死地へ駆り立てたのはあんたじゃないか!!」


 老兵の言葉は耳に痛く自惚れた愚息の胸に突き刺さる。

 ゲシュタフは仲間を死なせた罪の意識と虚栄心を優先した後悔から首をふり、否定した。


「ち、違う 僕のせいじゃない! みんな! みんな止めなかったじゃないか!! おまえなら出来るって言ってくれていたじゃないかッ!!! 僕はみんなの期待に応えようと必死だったんだよ!!」


 そうしている間にも魔物の軍勢は迫り来る。

 圧倒的な数の前には歴戦の戦士たちも無力に等しかった。

 拮抗状態であると信じていた人間たちは魔物に脅かされていた日々をかみしめていた。

 遥か彼方から連れて来られた者たちの力がなければ、こうも無力であったとは。

 手柄を焦った上層部は自分たちの自惚れによって戦力を潰されたと後悔している。


「だから! だから勇者が居ないと駄目だと言ったんだ!!」


 前線から逃げ出した兵士たちの一部が、丘を越え捨て台詞。

 尋常でない様子で駆け出す人々は一様に恐怖で顔をゆがめている。


――時代ときはドミリア星暦 1224年――


――人類と魔物は三度目の戦争を開始していた――


――後に第3次・世界大戦と呼ばれる出来事だ――


 魔物たちの雄叫びが戦場に木霊する。

 戦場に慈悲はなく終わりが訪れる気配のない戦争が続いていた。

 数えきれぬ死体の山を築きあげ戦士たちは涙を枯らし血をこぼす。

 そして戦場を駆け抜け命を落とす時代のさなか。

 ゲシュタフが見たのは絶望と呼ぶのも生ぬるい地獄のような光景だ。

 いくら銃や弓矢、魔法で弾幕を張ろうとも敵はゆっくりと前線の兵を薙ぎ倒し、進んできた。

 抵抗を諦めたものは敵に背をむけ走りだす。

 抵抗を諦めぬものは無謀なる突進を開始する。


 ぶしゃ


 最初に突撃した人間の頭は魔物の腕で払われる。

 スプーンで押しつぶしたイチゴさながらに形を変えた。

 殴られ蹴られ噛まれ食われる人々の亡骸は大地に血の水たまりをつくりだす。

 何度もの火炎魔法を撃ち放ち、兵器を使用しようとも魔物の精鋭は揺るがず動じもしなかった。

 草木も生えぬ不毛の荒野の主な可燃物は油をはじめ敗残兵や軍馬。そのほか軍用に調教された怪物たち。言ってしまえば生き物が燃料となっていた。肉が焦げる悪臭が立ち上り吐気に喘ぐ人間も出てきている。

 そして本拠地に設置されたテントや食料や支給品なども焼かれていた。

 相手を燃やすはずの火炎魔法は魔物の群れに反射され、人間たちは逆に焼き尽くされているのだった。

 黄昏れに燃える夕日を背にひたすら前進する魔物の群れに軍隊はおののく。

 四本足の生物がいれば二足歩行の生物もいる。触手の塊のようなものがいれば子供のようなモノに巨人さながらの体躯をした魔物もいた。

 群れをなす異形が人間を殺していく。

 草を毟るように、ゴミを捨てるように。

 無慈悲に殺害を繰り返しているのだった。


「あ、ははは」


 ゲシュタフは丘のうえで、うつろな笑みで引きつった。

 前線で肉弾戦を挑んだ軍人を躊躇いなく死体へ変えられた。

 ほんの数分にも見たない間に数百人もの人間が物言わぬ血肉と化していた。

 丘から援護射撃をしようとも、敵の数は対して減らず意味もない。

 敵は作戦など何もない力押しで、まっすぐ歩いているだけだ。

 異形の群れの一方的な展開。まさにワン・サイド・ゲーム。

 丘の根本で縮こまる兵隊たちは天を仰いだ。

 分厚い雲が夕暮れに照らされている天空。

 血のごとく染まった雲は地獄の炎をおもわせた。


 ――――神よ我々を救い給え――――


 だれかが祈りを捧げている。

 震えながら聖句を口にし逃げることさえ忘れていた。


「もう……おしまいだ」


 ゲシュタフは両膝をついた。

 撤退は手遅れだろう。判断が遅すぎた。

 希望はついえ情けなく震える兵士たちは死を待つばかり。


 だが


 歴史や物語を紐解けば。

 救世主とは絶望の淵から現れるもの。

 そして今がまさに、その瞬間だ。


「どうして到着を待ってくれなかったんだ」


 空若い少年の声が阿鼻叫喚のなかで響いた。

 影のごとく唐突に現れたのは銀色の鎧に身を包んだ少年だった。

 彼は兜をかぶり、小手を装着した右手で持つ剣を振る。

 その刃は鏡のように磨かれ景色を映し出していた。

 武器というよりは芸術品と呼ぶべき外見。


「そう言いなさんな。政治が絡んでたなら利権で手柄を焦る人も多いってことだろうよ」


 人の数が増えていた。

 柄の悪い青年で、赤い髪に引き締まった肉体をしている。


「これで理解してくれただろう。立ち向かえる者と立ち向かえない者もいるんだと」


 少年の隣にひとり、またひとりと人員が増える。

 次に現れたのはメガネをかけた大人で、黒いローブを羽織っていた。

 そして耳のとがるエルフの女性が現れて、弓に矢をつがえだす。


「人がいっぱい死んだのは哀しいけれど……もうどうにもならない。だから、これからはわたしたちのいうことをちゃんと聞いてよ」


 ゲシュタフを一瞥した青い目は、悲哀に見ていた。

 戦死者が出たことを哀しんだ、そんな瞳だった。


「お、おまえは……」


「あとは僕達でやる」


 流水のように澄んだ声で少年は言った。

 銀色の装甲を身にまとい、それは赤熱を放つ炎で輝石のように光を放つ。


 膝をついたままゲシュタフの声に気づいた人々は、現れたメンバーを見つめ驚きを示す。


「まさか」


「援軍は、たった四人?」


 もう駄目だ、おしまいだ。

 そう人々は更に絶望の淵に叩き落とされた心境になる。

 自分たちは見捨てられたのだと、嘆いた者もいた。


「た、タケル……どうしてここに」


 ゲシュタフの一言に、兵士たちは色めきだった。


「タケル!?」


「あの銀の騎士がこんな辺境に!!?」


「じゃ、じゃあ、あれは勇者とそのメンバーなのか!?」


 兵士たちはこぞって驚きに目を見開いた。

 これは夢か、さもなくば自分たちに都合のいい幻なのか。

 彼は地球より現れ数ヶ月で幾つもの武勇伝を創りあげた。

 事実、単体で魔物の軍勢を壊滅させる腕前は一個師団に引けをとらない。

 そう噂されるほどの実力者だ。


 銀の騎士

 光の勇者

 百光の勇姿


 さまざまな二つ名を与えられし異世界よりの英雄。本名はタケル・ミツテル。

 戦場を光のように駆け抜ける人類の希望が、ここに参上したのであった。


「わ」


 だれかが歓声をあげた。


「我々の勝利だ!!」


「勇者バンザイ!」


「おお神よ! 感謝いたします!!」


 一瞬で絶望は払拭され顔色を悪くした兵士たちは競うように大声を張り上げる。

 戦意を完全に喪失していた人々は腕を天につきあげ、泣き笑う者までいた。

 歓声のなかタケルは丘から敵軍を眺望し、一箇所を指差す。


「エミリ。狙えるか?」


「もちろん!」


 エルフの少女はうなずき、番えた弓矢を斜めにあげる。


「精霊の加護を受けたエルフの矢は、痛いじゃ済まないからね!」


 エミリは言い終えると矢が弦に弾き飛ばされた。

 飛び、前進する変哲のない矢は一条の光と化し魔物の軍勢。その中央に突き刺さる。

 瞬間――――空より稲妻が落とされ中央から敵軍を焼き焦がし食い破っていく。

 何をしても怯まなかった魔物たちは、浮足立ち左右を見渡しだす。

 予期せぬ高火力の雷撃に慌てふためき、見ていて哀れになるほどだった。


「みんな、行くぞ! エミリは援護を!!」


 光の騎士は、言うと同時に地を蹴った。

 空間を跳躍したような速度で魔物の群れの内部へと踏み込み剣を振るう。

 魔法効果を付与した聖剣の一撃はまたたく間に魔物を薙ぎ倒していた。

 しかし魔物たちは体勢を立て直し、勇者に反撃するため囲うとするものの。


「勇者は一人じゃないんだよ!」


 赤髪の青年は素手で魔物を殴り倒す。

 一撃で内蔵を破壊。あるいは頭部を粉砕し嵐のように暴れまわる。

 拳闘士を極めた勇者の一人で、その攻撃はタケルに引けをとらない。


「その通り」


 黒いローブを着た眼鏡の人物は、手にした杖を横に無いだ。

 それだけで極寒の冷気が魔物を包み込み幾つもの氷像をつくりだす。

 魔族をも超える魔力を持ち1000もの魔法を操ると言われる魔法使い。

 さらに精霊の加護を受けた弓の使い手、エルフのエミリが丘に控えている。

 魔物に負ける要素は、もう一つとして残されていない。

 だから喜色満面となった兵士たちは拳を空へ向けて、何度も何度も叫んでいた。


「バンザイ! バンザァァイ!!」


「我らの希望よ!! 我らの勇者よ!!」


 敵の増援が、荒野の向こうから駆けてきた。

 それを見たタケルであるが、心は乱れなかった。揺るがなかった。

 勇敢にして冷静。鋼の肉体と光の速さを持つ勇姿の姿はまさに勇者。


「みんな。今日は休めそうにない。行くぞ!!」


 おう!!

 勇者の呼びかけに、仲間たちは不敵に笑い応じ戦場を駆け抜けた。



 

 これは世界の歴史に確変をもたらす物語。

 異世界より召喚された勇者と仲間の壮大な戦いの叙事詩。


――というわけではない。


 いつか勇者と出会う人物の物語。

 彼は好き勝手に過ごし、独善的な価値観と我儘で犯罪行為を繰り返していたら【真紅の臥竜】の二つ名を与えられた。

 法律を無視。

 善悪を無視。

 自己の価値観に添い行動していく。

 そんな社会不適合者の話である。


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