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胡蝶の夢  作者: 秋澤 えで
高校生
96/157

東奔西走準備

「ちょっと涼ちゃん!どこ行ってたの!?もうホームルーム始まるよ!」

「ええと、すいません。迷ってました」



一年D組の教室に行くとすでにほとんどの席が生徒で埋まっていた。ぷんぷんとでも言えばいいのか、怒った風な日和に軽く誤り適当にごまかす。



「体育館から全員一緒に来たのに何でお前だけ迷子になるんだよ……」

「……どうせ、ナンパだろ……、もはや、新学期の恒例行事と、化してる、からな……」

「今回はしてませんよ」



今回はって……と呆れたようにため息を吐く蓮様と黒海をあしらいながら日和が確保してくれていたらしい最後列の机に荷物をおく。新学期ということもありほとんど中身の入っていない鞄は歪な形に歪んだ。



「まだ担任が来てないから問題ないが、厳しい教師だったら怒られる可能性もあったんだぞ?」

「……もしそうなったら、完全無欠『赤霧涼君』も形無し、だな」



面白そうに笑う黒海に苦笑いをこぼす。小学校、中学校と続き、僕は基本的にぼろを出すことなく非の打ち所のない優等生を演じ続けていた。そしてそれは今年も続くだろう。やはり演じていてわかるが、優等生である方がずっと動きやすい。教師や生徒から頼られるのは少々煩わしいが、その分信頼を得ることは容易く、また何かと融通が利く上に本来なら耳にし辛いような機密情報や噂を手に入れることができる。十分割に合う。だがまあ実際僕がどんなことを考えている分かっている黒海には時折ちくりと嫌味を言われるのだ。それこそ、気の置けない関係であるが故の気安さなのだろうが、少々耳が痛い。



「問題ありませんよ。今年、僕らの担任になるのは、」


「おうおう、おはよーさん」



がらりと突然あいた前の扉から気の抜ける挨拶をしながら藤本教諭がダルそうに教室に入ってくる。入学式ということもあって一応スーツは着ているがそこはかとなくだらしなさがにじみ出ている。教卓のそばにパイプ椅子を引きずってドカッと座る。天原学園中等部からエスカレータ式に上がってきた生徒は、彼らしいとでもいうように苦く笑って見せるが、エリート校と聞いてきた外部生は藤本教諭を見て目を白黒させている。



「あれっ!?藤本先生って中学校の先生じゃなかったっけ?」

「ん……でもたぶん、教職の免許取るときに、一緒に高校の免許もとった……んじゃないか……?あの人、小学校の免許を取るとは思えないし」


「おーい、話聞けくそ餓鬼共。今年残念なことにお前らの担任になっちまった藤本だ。今年のこのクラスの目標は『面倒事を起こさないこと』。頼むから問題起こすんじゃねぇぞー。先生に楽させてくれ」



中学の時と一言一句たがわぬセリフを吐いた後心底面倒くさそうに、今後の予定などを読み上げていく。ただひたすら配られたであろう書類の内容を棒読みにつらつらと。



「なんというか……相変わらずだな」

「まああの人のキャラはそうそう変わらないでしょうねえ……。真面目な藤本教諭は想像もつきませんし」



ダルそうに話す藤本教諭の声を聞き流しながら呆れた蓮様に返事をする。


今思ったのだが、なぜこの人は高校に来たのだろうか。担任こそ中学の一年以来だが、ほとんど僕らと同じように学年を上がってきている。確かに中学三年間、高校三年間持ち上がり続ける教師もいるが、中学高校まで継続して上がってくるようなことがあるのだろうか。まるでゲームに間に合わせたよう。そこまで考えてふと、藤本教諭は実は攻略キャラクターなのではないだろうか、という疑惑が浮かんだ。藤本教諭の名字にはそれこそ僕らのような色らしい色は入っていないが、『藤色』という可能性がないこともないかもしれない……?



「おいこら赤霧聞いてんのかぁ?」



いつの間にかそばに寄ってきていた藤本教諭に閻魔帳で頭をはたかれる。パコンと軽い音がすると黒海が「ぷっ……、」と噴出していた。



「はあ……、」

「おいこら人の顔見てため息吐いてんじゃねえよ」



……いくらなんでもこの人が攻略キャラクターってことはないだろう。誰がこんな人攻略したいと思うんだ。教師役なら紫崎朔良がいるし、そもそも藤本教諭は贔屓目に見ても若いとは良い難い。深読みのし過ぎだ。いや、本編が始まって意識過剰になっていたのだ。おそらく。



「すいません、あまりに藤本先生の声がきれいだったので思わずため息が出ました」

「ぶはっ……!っくく……、」

「棒読みの美辞麗句ありがとよ。心がこもってないにもほどがあるぞ。それと黒海笑いすぎだ」



呆れながら去り際に僕と同じく閻魔帳で黒海の頭をはたいていった。



******



「そういえば涼ちゃん!」

「なんです?」



ホームルームが終わりみんなバラバラに解散しだす。すでに教室内はまばらだ。



「あの入学式の途中で入ってきた子見た!?」

「……そりゃあ、見ましたね」



あれだけ派手に登場したのだから、というものを言葉の裏ににじませるが、日和は特に気づいた様子はない。



「すっごい可愛い子だよね!肌は白いし髪はきれいなピンクだし、手足なんてモデルさんみたいに細くて!」



テンション高く噂の子の可愛さを語る日和に何とも形容しがたい気持ちが生まれる。


本当になんとなく。なんとなく僕は噂の彼女が気に食わない。まだ顔を合わせたことも話したこともない相手に対して、失礼で不実だという自覚はある。だがそれでも僕はあれを生理的に受け付けない。どう考えなおしても、僕は彼女を一人の人間として見ることができない。僕にとって彼女はいつまでたっても一人の人間ではなく、危険性を孕むヒロインにしか思えない。きっと彼女が僕の大切な人に害をなすという可能性がぬぐえない限り僕は彼女を受け入れることは決してないだろう。



「涼?どうかしたか?」

「え、ああ、いえ何も」



蓮様の声にやっと意識が戻ってくる。最近はどうにもいけない。すぐに意識が彼方に飛んで行ってしまう。



「んー……涼ちゃんはもしかしてあの女の子あんまり好きじゃない?」

「……!いえ、まだ話したこともないのに、好きじゃないも何もありませんよ。……しいて言うなら入学式のあれは少々頂けませんが」

「まああれは、流石にな……、」



黒海が微かに苦笑いを浮かべる。


正直なぜ、あんなことができたのかがわからない。体育館前には他の教員がいたはずだし、彼女の入ってきた後方の扉よりも前方の扉の方がずっと目立つ。もし迷ったとしても前方の方を先に発見するだろう。なぜわざわざ後方から入ってきたのか。もっとも主人公補正、と言われてしまえば二の句を継げない。



「結局入学式中は席に着かなかったが、どこのクラスだったんだ?」

「んーっと確かB組だよ!」

「ってことはあの青の馬鹿と同じか……」



入学式の席順でわかったのだろう蓮様は憎々しげな表情でため息を吐く。蓮様と青柳の二人は本当に仲が悪い。犬猿の仲という言葉がこれほどにも似合う者はほかにいないだろう。



「……?ところで日和は何で知ってるんだ?涼と違ってお前は体育館からずっと一緒にいただろ?」

「え?さっき青柳君からメールがあったんだよ」



ほら、と言ってためらいなく携帯の画面を見せる日和に見せていいのか、と思いつつ遠慮なく三人で覗き込む。


『桃宮天音ちゃんと隣の席!入学式で遅れて入ってきたあの美少女!近くで見るとさらに可愛いし性格も美人!あ、もちろん日和ちゃんも可愛いよ!小動物みたいで愛でたくなるし!ところで高校の近くにおいしいケーキ屋が……』



「相変わらずメールでも知性のかけらもないあいつの馬鹿さが露呈してるな」

「蓮様蓮様。気持ちはわかりますが携帯を振りかぶらないでください。それは日和の携帯です。日和に罪はありません!」



ひとしきり隣の美少女こと桃宮天音を褒めちぎった後しれっと日和を遊びに誘うあたり軽薄さがにじみ出るが、彼らしいといえば彼らしい。携帯を投げ捨てようとする蓮様の腕を掴み阻止する。昔にもこんなことあったな。



「でもどんな子なんだろうね?今日のこと考えるとかなり度胸はありそうだけど、見た目はそんな感じじゃないし」

「見た目と中身が、釣り合ってない例が、すぐ隣にいるぞ……?」

「否定はしませんがなんとなく腹立つ言い方ですね」



日和の携帯を救出して彼女に返すとその場で手慣れた手つきで返信を打ち出していく。その指さばきに思わずほう、と声が漏れた。僕も長いことメール機能を使っているが、いまだに打つのは遅い上に短文である。しかも基本的に業務的な内容なので絵文字や顔文字もまず使わないため、日和のように女子力の高いメールを見るとつい自分のものと比べてしまう。ちなみに先ほどの青柳のメールもまた、僕の中では女子力の高いものだと認識されている。



「……あの青の馬鹿とケーキ屋に行くのか?」



蓮様がジトリとした目つきで携帯を弄る日和に聞く。



「ううん、行かないかな」

「ん……?意外だな。お前が、イケメンからの誘いを断るなんて……?」

「んーっと、今年はたぶんあんまり青柳君に構ってる暇ないかなって、思ってさ。今年はいろいろやることあるし。花の女子高生だし」

「花の女子高生って……、なんか、どことなく古い香り、がするな」

「いろいろ、ですか……」



一般的女子高生の日和の『いろいろ』と聞いてなんとなくやるせない気持ちになる。


僕もまた今年は『いろいろ』とやる年になるだろう。きっと今まで一番濃い年になる。対ヒロイン戦線最終戦のため、僕はおそらく勝手に東奔西走するのだろう。

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