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胡蝶の夢  作者: 秋澤 えで
高校生
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状況把握

入学式の直後、忙しそうな教師たちの間をかいくぐって職員室の入り口わきにある棚から全校生徒名簿を二部づつ拝借しておく。棚には『ご自由にお取りください』と書いてあるから問題はないはずだ。どう見ても教師陣に対する言葉ではあるが、ばれなければ問題はない。


キャラクターたちがどのクラスにいるかを把握するために欲しかったのだ。ある程度は入学式の時に分かるが、席順では見間違っている可能性もあるため、確実なものが必要だっ た。なにより、結局桃宮は入学式が終わるまで一度も席まで行かなかった。おそらく山岡先輩が止めていたのだろう。入ってきただけであの騒ぎだ。同じクラスになった同級生たちが浮き足立つのを予想してであろう。


拝借した名簿を自然にファイルの中にしまい、人が少ない場所を探す。たいていの場合最上階の端の教室は人が来ないし、基本的には使用していないだろうと思い、手近な階段をとりあえず上った。



******



「やっぱりこういうところは空いてるものですね……」



周りを見て誰も近くにいないことを確認してから身体を滑り込ませるように教室の中に入る。使われていない学習室であることもあって若干黴臭く、隅を見れば灰色の埃がうっすらと溜まっていた。あまり埃がたまっていない教卓に腰を掛け、ファイルから先ほどの名簿を取り出し深いジャケットのポケットから筆記用具一式を取り出した。その中から数色のマーカーを選び、目に付いた名前にアンダーラインを引いていく。


「えぇっと新入生は……、青柳仁に、赤霧翡翠……白樺蓮と、緑橋優汰……それと桃宮天音か……、二年生に黄師原煌太郎」



メインキャラクターの他にも、個人的な僕の友人やかかわりの深い知人の名前にアンダーラインを引く。そしてざっと名簿に目を通していくうちに、ゲームに関連するような名前を見つけ始めた。



「紫崎朔良……?あの教師のことかな……、あ、広瀬杏だ……」



広瀬杏、と書かれたところに目が留まった。


彼女は確かヒロインである桃宮天音のサポートキャラクターだ。新聞部に属していて桃宮にいろいろな学校の情報や生徒の情報を与えるのだ。季節もののイベントも彼女が教えてくれたりしてくれる、僕らからすれば全く迷惑極まりない存在だ。



ここで一旦整理をしておく。


まず白樺蓮。

白い髪に赤い両目のアルビノ。痩身で身長は170に届かないくらい。大財閥白樺家の二男坊で基本的にはあまり友好的ではないが、気を許した人間にだけは本心を見せる。優秀な兄に対して大きなコンプレックスを持つ。エンカウントスポットは裏庭、のどこかだった気がする。


さて、現実。

白い髪に赤い両目のアルビノ。かつては病弱で軟弱だったが、鍛えた甲斐もあり体格は一般的な生徒とあまり変わらず、身長も170後半ほどである。大財閥白樺家の二男坊で基本的には他人に対して無関心を装っているが、自分から話しかけるのが苦手なだけで、割とすぐに友好的な関係を築くことができる。だが初対面で印象が悪いとまず関係は好転しない。優秀な兄に対してコンプレックスを持っていたが、現在は問題ないくらいには仲がいい。日常的に連絡も取り合っており兄である白樺神楽(しらかばかぐら)の印象は『素直になれないちょっと残念な兄』という扱いである。たまに頭に鳥を乗せて歩いている。


ほとんど面影がない。ほぼ別人だ。もちろん、いい方向に。頭に鳥を乗せて歩く攻略キャラクターて……。



次に緑橋優汰。

緑の髪に緑の両目。痩身で身長も160前半である。両目は基本的に度のきつい眼鏡と長めの前髪に遮られて隠されている。自分の容姿に全く自信がなく、非常に気弱。コンプレックスの塊。成績は優秀で趣味は読書。友人と呼べる友人はあまりいない。いじめられっこ気質。エンカウントスポットは図書館。


現実とそう大差ない。今まで何回か関わってきたが、ほとんど設定に影響は出ていない。強いて言うならやたらと僕になついていることくらいだ。



次に青柳仁。

青の髪に青の両目。体格は薄いが肩幅はしっかりあり身長は180前半。身体は大きいが喧嘩は弱い。耳にはいくつかのピアス。非常に社交性が高く、誰とでも話すことができる。極度の女好きだが基本的に男嫌いで、女子と男子とでは扱いの差がすさまじい。成績は底辺。声が大きく、テンションも高い。趣味はナンパ。顔立ちは派手で芸能事務所からのスカウトされることは数知れず(自称)。女好きであるが、特定の彼女を持たない。エンカウントスポットは教室や廊下。


現実も設定と寸分違わない。女好きの男嫌い。特に蓮様とは犬猿の仲である。本人ら曰く、生理的に無理なそうな。割と日和と仲がいいらしい。



次に黄師原煌太郎。

髪は黄色、両目も黄色である。身体は割とがっしりとしており、身長は180半ばでヒロインたちより一つ上の学年で生徒会会長。割と新しい成金財閥である黄師原グループの一人息子である。尊大な性格で非常にプライドが高い。基本的にその性格ゆえ人に嫌われやすく、周りに集まるのは彼の顔に寄ってくるものか、その財力に与ろうとする者、目を掛けてもらおうと必死な親から差し向けられた中小企業の子などである。人はたくさん集まるが、うわべだけのもの。唯一と言っていい友人は親友であり、生徒会副会長の山岡鉄司(やまおかてつし)


現実もほとんど設定通りである。友人がいないかどうかなど分からないが、取り巻きがいるのも事実。山岡先輩と仲がいいのも事実である。一度蓮様の妹を探しているとか血迷った話を聞いたが、いい加減忘れているものだと思っている。



最後に赤霧翡翠。

赤い髪に赤い目。白樺家に付き従う家系である赤霧家の一人息子で、白樺蓮のお側付である。あらゆる武道をおさめているため身体はがっしりしており厚みもあるが、着痩せしている。身長は180ほど。性格は基本的に柔和で白樺蓮至上主義。異様なまでに主人に執着する。誰に対しても敬語で話をする。成績はよく品行方正。ただし主人に危害を加えるものには一切の手加減をせず、気性や言葉が荒くなる。いつも白樺蓮の側を歩く。たまに辛辣。



……いろいろと違う、いや違うというよりもほとんど僕だ。



実際の赤霧翡翠は不良を演じている妙な生徒だ。成績はよく出席日数回数さえ目を瞑れば優等生だ。基本的にはひとりでいるが、なんだかんだで青柳と仲がいいらしい。以前はほかの不良と喧嘩もあったらしいが、翡翠が素人に負けるはずもなく、悉く伸していったようだ。中学一年のうちに他の不良に絡まれることはなくなり、半ば裏番のような扱いを受けている。



おそらくキャラクターのなかで最もゲームと差があるのは赤霧翡翠だろう。そして僕はほとんど赤霧翡翠に成り代わっている。


翡翠の代わりに御側付になったときからわかっていたし、想像もしていた。だがこうして改めて状況を整理すると自分のしたことをまざまざと見せつけられる思いだ。



誰もいない教室のなかでひとり項垂れた。何年も前に感じた重い罪悪感がのしかかる。


赤霧翡翠の居場所を奪い、赤霧涼(イレギュラー)が成り代わった。じゃあ赤霧翡翠はどこに行けばよかったのだろう。


答えなどない。わかりきっていたはずのことが今更僕の首を真綿のように締め上げる。

右手に持っていたペンの先をぎゅっと握る。尖った先でも、硬くなった手のひらに刺さることはない。微かな痛みを感じつつゆっくりと息を吐いた。



今更、何を……。


罪悪感から目を背ける。静かに、静かに、それは僕の前から消えた。


何を考えても、何を思っても、今更変更することはできない。


すでに開演してるのだ。役者は舞台を降りれない。



この一年が終わったら。この舞台が終わったら。片付けよう、全部。


教卓から降り、マーカーを引かれた名簿を濃い色のファイルに挟み腕時計を見る。入学式後にすぐ出てきてしまったため、あまり時間がない。ホームルームが始まるまであと数分であることに気が付き、うっすらと制服に付いた埃を落として学習室を後にした。


握りしめたままだったペンの先からでた赤いインクが、ジワリと僕の手を染めた。


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