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胡蝶の夢  作者: 秋澤 えで
中学生
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筆頭と攻防

「おおっ!赤霧、ちょうど良いところに!」



珍しく蓮様や黒海、日和を連れずに、一人で廊下を歩いていた。六限の移動教室で使用した社会科教室の鍵を職員室に返却するためだ。なぜ一生徒である僕が特別教室の鍵を返しに行っているかというと、以前ワークの回収及び配布、チェックを手伝ったところ完全に気に入られてしまったのだ。しまった、というのは少し語弊があるかもしれない。僕が気に入られるように取り入ったのだから。そのお陰で社会科教室の利用権限をわずか半月で得られた上に、雑談などもよく聞かせてくれる。


ただ予想外であったのが、よく手伝いをしていることから職員室内でやたら広まり、正直ほとんど授業も受けたことのない教師からも手伝いと言う名の雑用係りとして認識されていることだろう。


そのお陰でそこら中で頼み事をされる。教材運びであったり、他クラスへの伝言、生徒への出頭命令などなど……もっとも、断るものは断ってはいる。体の良い使いっぱしりになるつもりは更々ない。あくまでも一目置かれつつ行動できるように振る舞っている。なので最近は先生側も引き際を覚えたらしく、こちらが許容できるくらいの頼みしかしない。

が、それでも半ば強引に仕事を押し付ける輩もいる。


担任の藤本教諭がまさにその筆頭だ。


どこからともなく聞こえてくる僕を呼ぶ彼の声に肩を跳ねさせる。あたりを警戒するように見渡すが、姿は見えない。上背はあるので見えないなんてことはないと思うのだが……。



「こっちだっての」


「っ!うあぁぁっ!?」



突如職員室の扉からぬっと腕が伸び、首根っこを摘ままれ親猫が子猫を咥えて移動させるが如く職員室内に引きずり込まれた。



「はははっ、いやぁ、色気のない悲鳴だなぁ……」


「僕に色気を求めることが既に間違いですよ先生。それと呼ぶならせめて一旦職員室から出てから呼んでください。ここで叫ぶのは他の先生方の迷惑です」


「問題ねぇよ、いつものことだから」



その言葉に近くにいた先生まで苦笑いする。まさかこの先生、既に何年もこの迷惑な召喚方法を取っているのだろうか。



「ん?その手に持ってんの鍵か?」


「え、ああはい。社会科教室の鍵です」


「ほう……返却しといてやるよ」


「へ、いや、別に……、」


「ま、ま、遠慮すんな」



返事も聞かず僕の手から鍵を掻っ攫い、社会科教諭の机に置いていく。現在位置から教諭の机までは大した距離がないので僕が行っても藤本教諭が行っても大して変わらないのだが。


なんとなしにその姿を見てはっとする。こいつ僕に恩を売って何かしら代償を要求するつもりだ。それに気づいた藤本教諭がニヤリと悪人面を浮かべるのを確認してから職員室からの逃亡を試みた。


が、至極あっさりと首根っこを捕まれ引きずり戻されてしまった。リーチの差が憎い。この子猫ポジションは尋常じゃなく屈辱だ。



「なあーに急いでんだよ、んん?」


「いえ、ちょっと用事が……、」


「ちょーっと先生頼みたいことがあんだけど…………、そうかそうか!喜んでやってくれるか!」


「ちょ、まだ僕何も言ってません!」



僕の言葉など全く聞かない藤本教諭に殺意が芽生える。突発性難聴か、いやこの人に至っては突発でもなんでもない。都合の悪いことは聞こえない大変素晴らしい聴覚をしているのは周知の事実だ。



「これをさ、進路指導室まで運んでくんね?」



机の上に山積みにされたワークや参考書を顎で示される。大切なことなのでもう一度言っておこう。机の上に山積みにされているのだ。



「……もちろん、先生も半分持ってくれるんですよね?」


「あっはっは、悪いな。俺今から会議だから。任せるわ!」



無茶ぶり筆頭とんでもない。明らかに一般的な女子中学生に持たせて良い量じゃない。ワーク類だけで少なくとも50はあるし、嵩張る参考書もバベルの塔を築いている。



「や、普通に考えて無理ですよ」


「諦めたらそこで試合終了だぜ?」


「いえ、むしろ終了したいのですが」



全力で拒否しているにも関わらず、引く気は微塵もない。もとよりこの人に勝てる気はしなかったが、せめて抵抗だけはしておく。抵抗せずに唯々諾々と流されたらそのときは紛うことなきパシリにされてしまう。



「何も一回で全部持ってけって言ってる訳じゃねえよ」


「何度も往復しろと?」


「そうだなぁ……いや、今から会議で会議室にいどうするから職員室の鍵閉めちまうわ」



ってことで一回で運んでくれ!なんて良い笑顔でサムズアップする藤本教諭の指をへし折りたくなった僕の感性は至極一般的であると言えよう。



「つうかよう、お前なら一回で全部運べるだろ。鍛えてんだろー?」



そう言ってペタペタと無遠慮に腕や肩を触られる。まあ確かに運べないことはないのだが不満があるといえばあるのだ。



「……白昼堂々職員室でセクハラとは良い度胸してますね」


「こんな硬くて細ぇ身体なんて触っても楽しかねぇよ。端から見たら男同士でじゃれてるようにしか見えねぇから問題ねぇ」


「なるほど。発育の良い生徒には手を出すと?わかりました。女子生徒に注意を促しておきます」



完全に教師としてアウトな言動を悪びれもしない先生に絶対零度の視線を送っておく。どさくさ紛れて退出しようとするが結局それも叶わない。



「 まあそう言うなよ。お前に期待してんのさー」


「っ!くっ……!」


「あ、腹擽られるの弱いのか」



どさくさ紛れてるのは藤本教諭もだった。腕や肩を触っていた手は脇腹に移動し細かく指を動かしている。これもう完璧にセクハラだ。言い逃れようがないぞ先生。



「ちょっ、ストッ、プ……!くくっやめ……っ、」


「ん~?何言ってっかわかんねえわー」



最終的にこのセクハラを終わらせたのは通りかかった学年主任のバインダーだった。是非とも僕が虫の息になる前に助けてもらいたかった。


藤本教諭、許すまじ。


なんやかんやあったのに、結局僕は教材を進路指導室に運ぶことに。わかってはいたが体力をものすごい浪費した。




教材を腕の中に堆く積み上げ廊下を歩く。既に掃除も終わり、生徒たちは部活に勤しんでいるので、廊下に人はいない。本館二階の職員室から生徒棟三階の指導室はとても遠い。それがこの仕事を断りたかった理由のひとつ。もうひとつの理由は進路指導室が生徒会室の二部屋隣に位置しているからだ。しかもこの時間帯なら生徒会は活動中。今日活動しているかは分からないが、無駄な接触を極力避けたい僕はあまり近寄りたくない。君子危うきに近づかず、だ。



「あっ!赤霧さん!」



とか思ってたら生徒会関係者にエンカウント。


頭の中には


・逃げる

・無視する

・立ち止まる


の三択が浮かぶ。現実逃避甚だしい。


逃げる、は漏れなくバベルの塔崩壊を意味するのでできない。


無視する、は流石に名指しで呼ばれてしまっている上に、廊下には僕と生徒会の彼しかいないので気づかないふりはできないし、あからさまに無視するのは……。


結局僕には立ち止まるというコマンドしか用意されていないのだ。

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