そうさ彼女は
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「りょ、涼ちゃん?」
昨日のように涙を浮かべることはないが、茶色い瞳は揺らいでいた。
「……質問に答えてもらえますか?」
「えっ?」
「答えろ」
グッとただでさえ短かった距離を詰める。ヒュッと、彼女の喉が鳴るのが聞こえた。蛇に睨まれた蛙を体現している。僕の言葉にコクコクと首を縦に振った。
「僕らと君は違う小学校で、今まで一切の接点はなかった。初対面、そうだね?」
「う、うん……」
「だけど君、僕らのこと知ってたよね。どの程度かは知らないけど」
「な、何で……?」
「僕にさ、双子の兄弟がいるかって聞いたよね?」
彼女の質問攻めの中にあったいくつかの違和感。質問は本当に取り留めもない話だった。好きな食べ物、趣味、部活、家族、勉強エトセトラ……。
「なんであの時、『双子の兄弟がいる』かを聞いたの?普通なら『兄弟がいる』かを聞くのに」
彼女は僕に兄弟姉妹がいるのかを聞かず、双子の兄弟がいるかを聞いたのだ。たまたま、と言っても普通ピンポイントで双子がいるかなど聞くだろうか。
「それに、僕らがどこの部活に入るかを聞いた時だけど、何で蓮様に武道部に入るかを聞いたの?」
どこの部活に入るかを聞かれたとき、僕ら二人は帰宅部、黒海は陸上部だと答えた。黒海が陸上に興味があるのは知らなかったが今は置いておく。帰宅部だと答えたとき、彼女は僕らに剣道部か柔道部に入るか否かを聞いたのだ。
僕ならまだわかる。昨日今日で日和には何度も抱きつかれたし手を握られた。だから僕の身体が普通の人に比べ筋肉質で骨格がしっかりしていることから問うたのかとも思える。
だが蓮様は違う。彼はまだ武道を始めて三か月ほど。昔に比べれば身体はしっかりしてきたと言っても良いが、それでも全体的に見て細身で色白のため正直武道をやっているというよりも文化部の方がしっくりくる。手のひらだって肉刺も少なく、刀の痣もたこもまだない。
それなのに彼女は僕ら二人に向けてそう問うたのだ。
「なによりさ、蓮様から僕がお側付をしてるって言ったときに、何で僕の右肩を見たの?」
ビクリと肩が跳ねた。彼女への最初にして最大の違和感はこれだ。
何故あの時、僕の右肩を注視したのか。
普通の人ならまあお側付、などと言われてもイメージは湧かないないだろう。なんとなく守る役目だと分かったとしても右肩を見る理由はない。
だとすれば、僕が初日に言った男装する理由『怪我を隠すため』、ということから考えたのかとも思える。だが僕は一度も彼女にどの傷も見せてはないはず。どの傷も見て気分のいいものではないので気を遣いながら彼女のいないときや寝ているうちにさっさと着替えを済ませて目に触れないように注意していたのだ。それに『怪我を隠すため』ということから想像するなら女子の制服では晒され、男子の制服では隠される部位の怪我だと思うはず。それこそ僕が表の理由として挙げた腿の傷のように。
「僕の身体はそこら中傷だらけなんだけど、一番ひどい傷跡は右肩の傷なんだよね」
なんで知ってるの?
言い切ると彼女はただパクパクと口を動かすだけで何も言葉は出てこない。こちらが威圧しているからだとは分かっているが苛立った。
「誰から聞いた。……と言うより、誰に頼まれた?」
「へっ…………?」
「僕ら、いや寧ろ蓮様のことを調べるように頼んだのは誰だ?浅井か?河﨑か?瑞葉の者か?」
記憶にある白樺に対抗する会社や商売敵の名前を適当に挙げていく。だがそれから彼女の雰囲気ががらりと変わった。
「ち、違っ!頼まれてなんかないっ、」
「……答えろ」
先ほどまで怯えるばかりで何も言えなかったのに、誰に頼まれたわけでもないと主張し始めた。大人しく吐いてもらえるかと思ったが、そうもいかないらしい。大きくため息を吐くと大きく身体を震えさせた。
「本当に!誰かに頼まれたんじゃな、」
「じゃあ何故知らないはずのことを知ってるっ!」
ダンッと右手で彼女の背後の壁を殴りつける。喉が小さな音をたてた。ぽろりと彼女の目からしずくが転がり落ちた。声を上げて泣くでも、声を押し殺して泣くでもなく、ただ怯えの色を含んだ瞳からどうしようもないように、転がり落ちた。
それに一瞬怯むが、答えが聞けるまでこの尋問をやめる気は毛ほどもなかった。子供も女の子も友達も大切にする。……蓮様にさえ、弓引かない限りは。
「し、進藤……、」
「『進藤』……?」
ようやく出てきた一つの苗字に、そんな名前を掲げている会社などあっただろうかと検索を掛ける。いや、そもそも社名でない可能性もある。下っ端の名前や偽名を使われていては足跡は追えない。そうなるとこの子を囮に後ろの奴らを引きずりだす必要がある。
「進藤、さよっ……!」
「……『進藤さよ』?」
「お姉ちゃんから、聞いたのっ!!」
彼女の叫びに、やってしまったと自覚した。頭に上っていた血液がサァッと引いていく。
そうだ、彼女もこの子も苗字は『進藤』だ。
そこからは早かった。
光の速さで彼女を解放し数尺飛びのき全力で床に額をつけ謝罪する。
で、恐怖から解放された彼女は彼女で堰を切ったように号泣。
全身全霊で謝り続け、持てる力のすべてを使ってなんとか泣き止んでもらうところまで持っていき、彼女の機嫌を取るためにパウンドケーキを焼いて献上する。今ここ。
泣き止んだ彼女はパウンドケーキをナイフで切ることなく丸々一本を端から食べている。もう何も言うまい。
「本当に、すいませんでした!」
「んん……もう良いよ。ケーキおいしいし!」
もさもさとケーキを頬張る日和を横目にもう一本焼く準備をする。
12月の誘拐未遂のこともあり、神経が過敏になっていたとはいえこんな小さな子を尋問する必要はなかったと一人苦虫をかみつぶした。ちなみに先ほど一時部屋の外に出たときにさよさんに確認の電話をしたところ、日和は彼女の妹で間違いないとのことだ。しくじった。何故お詫びにパウンドケーキなのかというと、ことのあらましをさよさんに報告したところカラカラと笑い飛ばされ、甘いものか何かでもあげればすぐに機嫌を直すだろう、と助言されたからだ。甘党の上に大食いらしい。
あっという間にケーキ一本を平らげたところで僕に向かい合う。すでに怯えの色はないのだが、どうにも申し訳なく目が合わせられない。
「もう気にしなくても良いよ。ケーキおいしかったし、それに涼ちゃんも白樺くんのことを守るのが仕事なんでしょ?むしろ先にお姉ちゃんのこと言ってなくてごめんね?」
あああああ!天使かこの子はっ!心が広すぎる。逆にこちらが居たたまれなさすぎる。罪悪感が半端じゃない。間違えました、ごめんなさいではとてもすまないのに……。
焼きあがったもう一本のケーキを献上する。
「本当、すいません……気のすむまで殴ってもらって構いません、はい」
「えええっ!いや、いらないよ!?涼ちゃん殴っても仕方ないから!そんな趣味もないし。ケーキはもらうけど」
再びケーキに手を付け口にくわえる。……よく口に入るな。
強いて言うなら、これから仲良くしてくれないかな?なんていう日和に涙が出てくる。なんなんだこの良い子は。
「いえ、それじゃあとても僕の気が済みませんっ!」
「ええー……、」
引き下がらない僕に困った顔をする。
結局そこからお互いの妥協の末、僕がたまにでいいからお菓子を作ることになった。
お菓子作りは僕の趣味でしかないし、さらにそれを処理してもらうなんてどう考えても割にあわない、と抗議したところ鬼気迫る勢いで、
「いや、むしろ涼ちゃんのお菓子が食べられるなら何でも良い!だって何!?このパウンドケーキ!あんな短時間で作ったのに何でこんなにおいしいの!?売り物レベルじゃん!ところでおかわりもう一本良いですか!?」
とりあえずボウルにあったケーキの生地を焼ききり、再びもそもそと食べ始める日和を眺めていた。清々しい食べっぷりにこちらも作り甲斐があったというものだ。
とにもかくにも、僕の勘違いのせいで地に落ちた同室との関係を、餌付けしつつ向上させていこうと思います。




