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胡蝶の夢  作者: 秋澤 えで
小学生
72/157

堆積する

いつもと違い、午後に東雲道場を訪れるとにこやかな豪さんとここにいるはずのない蓮様がいた。しかも道着で。



「なっ、何故蓮様がここに……?」



若干放心しながらも問いかける。僕の姿を見るやいなや、目に見えて焦りだす蓮様に怪訝な視線を投げ掛ける。



「さ、散歩だっ!?」


「何故に疑問系!?……道着を着て散歩ですか」


「ひ、拾った!道で!」


「道に落ちてるものを拾わないでください……」



なんか誤魔化し方が翡翠と似てる気がする……。言い訳しすぎて自爆するタイプだ。呆れ混じりの僕としどろもどろに狼狽える蓮様を見て豪さんは相変わらず楽しそうにニコニコしている。



「蓮くん、別に隠す必要はないのではありませんか?」


「豪さんは何でしれっと隠し事してるって言っちゃうんだよ!?」


「あ、それは別に豪さんが言わずとも分かります」



キャンキャンと吠える蓮様を気にした様子もなく、楽しげかつ、話してしまいたそうに眼を泳がせる。前から思ってたけど、豪さんいつもニコニコした笑顔なのにすごい表情読み取りやすいな。



「それで、どうして貴方がここに?そんな話は聞いていなかったのですが」


「っお前こそ!午後に来たことなかったろ?!」


「ああ、今日は午前中足が少し痺れていたので収まるのを待って午後からにしたんですよ」


「えっ!今日来て大丈夫なのですか?無理はしないでください?」



傍観していた豪さんがあたふたとしながら僕を気遣う。



「ええ、今は収まっていますので。それよりも僕はどうして蓮様がここにいるのかを聞きたいのですが?」



蓮様に視線を投げると全力で明後日の方角を見ている。誤魔化しきれると思っているのだろうか?次に事情を知っているらしい豪さんに眼を向ける。じっと見つめる。するとニコニコしながらも冷や汗をかきだし目は泳ぎまくっている。


更に見つめ続けると諦めたようにチラリと蓮様にアイコンタクトを送る。ガッツリそれを受け取ったらしい蓮様は高速で横に首を振り、NOの意を示していた。困ったようにさっとこちらを見るのでにーっこり笑っておく。もう一度蓮様に顔を向け申し訳なさそうに笑ったので自分の勝ちを確信した。



「ええっと、それが、涼さんが入院してから、蓮くんが単身で、」


「あーーっあーーっあーーっ!!」


「ちょ、蓮様聞こえませんから黙ってください」


「むがっ?!」



折れた豪さんがせっかく話だそうとしているのに、蓮様は奇声をあげながら僕の耳にそれが届くのを阻止しようとしてくる。ので、足をかけてバランスを崩させてもらい、後ろからホールドしつつ口を塞がせてもらった。


もう少し抵抗されるかと思ったが、予想を反して僕の腕の中でおとなしくしている。まあ静かならなんであれ、それに越したものはないと、豪さんに続きを促す。僕らを見て苦笑いするも話始めた。



「手加減はしてくださいね?……貴方が入院してるときに私の元に蓮くんが来たんです。ある程度の話は聞いているので一目で嘉人さんのところの子だと分かりました」



思い出しつつ微笑ましげに僕ら、否蓮様を見る。居心地悪げに身動いだ。



「私が居るところはさよから聞いたようです。赤霧の子を指南するのはこの道場の通習でしたので、別に白樺の方が来てもおかしくはないのですが、案内も誰も連れず訪れたのは驚きました」



誘拐未遂にあってすぐの時に一人で出歩くなど……。無言の抗議としてホールドを心なしか強めた。



「更に自分に稽古をつけてほしいだなんてよもや言われるなんて考えていませんでした。本当に晴天の霹靂ですよ」



クスクス笑いながら話すがこちらからすれば笑い事じゃない。そこまで言うとこれ以上言われたくないのかなんなのか、大人しくしていた蓮様がまたジタバタし始める。諦めの悪い。手加減しつつ腕に力を込める。



「む、むぅーっ!」


「お気になさらず、続けてください」


「ははは、で理由を聞いてみたんです。赤霧の護衛を付けてるなら特に自身が強くなる必要はありませんし、今赤霧のお側付きがいたら……、いえこれは別に違いますね、すいません。無理して力をつけるのはどうしてか、」



ニッコリと少し嬉しそうな色を見せた。蓮様は諦めたらしくぐったりとしている。僕は豪さんの言いかけた言葉を理解し、一人青ざめた。



「貴方を、涼さんを守りたいから、だそうです。……最初はよくわかりませんでした、自分を守るはずのお側付きを自分が守るということが。でも、詳しく話を聞いて理解しましたよ」



以上ですよ、と楽しそうにする豪さんを恨めしげに睨む蓮様を解放してやった。



僕は特になにも言わず道着に着替えるべく、更衣室に向かう。



「……涼?」



気遣わしげに背中に声を受ける。僕は何も言うことができず、振り向いて何でもないようにただ、笑った。





更衣室に入り、いつもより重く感じる扉を締める。とたんに力が抜けて膝から崩れた。


バクバクと心臓は鳴り、寒気が襲う。肩は何かが乗ったように重かった。真冬だというのに冷や汗が背を伝う。


恐らく血の気の失せた僕の顔を見て、豪さんは言葉を止めたのだ。そんなにも、僕は分かりやすく動揺していた。



どうして貴方は強くなろうとするんですか?


そんなに僕のことが嫌いですか?



全く的はずれな質問だと理解してる。そして彼が強くなろうととしているのは、目が覚めたとき彼の言った言葉を現実にするため。



『お前を守れるくらい、強くなる。』



それは僕を側に置くために言ってくれた言葉。

でも違う、違うんです。僕が欲しいのはそれ(・・)じゃないんです。



自己嫌悪と焦燥感に吐き気がする。


だってもし。もし彼が僕よりも強くなってしまったら、そうしたら僕は……!



――本当は気づいてるんだろう?



いつかの言葉が頭の中で反響する。



ああ気づいてたさ。本当はずっと前から。



でも、それでも。


それを僕が真正面から見たならば、僕はきっと



****てしまうから。



自分の思考なのに、靄がかかったようにそこだけ聞こえない。多分僕はその聞こえない部分も既に知っている。


でもそこが僕に聞こえないということは、間違えようもなく、まだその時でないからだ。



僕は何かに謝りながら、響く言葉と聞こえない思考に鍵をかけて意識の深みに沈めていった。


その時が来たとき、底ではどれ程の言葉と思考が堆積しているだろうか。




僕は道着に着替え、道場へ足を踏み入れた。



「涼、何かあったか……?」


「え?いえ、特に何もありませんが」



どうしてですか?と問うと彼の中ではそれは気のせいとなったらしい。



「いや、別に何でもないや」



もし、僕の中の言葉と思考を知ったなら、彼は僕を軽蔑するだろうか。


ふと浮いてきた疑問を沈めるため、僕は強く帯を締めた。

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