果物
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まだ長くなるかとは思いますが、どうぞお付きあい下さいませm(__)m
病院のベッドで眼が覚めて既に一週間。既に熱を持つ部位もなく、重症であった右肩も滞りなく動かすことができる。自分の身体が動かないというのに蓮様を守るも何もないだろう。
腹や腿、腕も傷跡こそ残ったものの問題はない。
……問題ないと思っているのは僕だけのようだが。両親が発狂しかけたとかは、知らない。
唯一問題があるとすれば、身体を動かせなかったせいで脚や腕が萎えてしまったことだろう。嘆かわしい。自分のものとは思えないほど細く、否ひょろくなった両足に溜め息をつく。ここまで細いと気持ち悪い。退院したらまた一から鍛え直さなくては。
今まで行ってきたトレーニングに退院したら何を足すのがよいのだろう。そんなことを考えていると、
ガタッ
引き戸に何かぶつかる音がした。バッとドアに眼をやると磨りガラスから人影が見え慌ただしく走り去っていった。
紛れもなく不審者。
ベッドから降りドアに近付く。磨りガラスにはなんの影も写っていない。どうするべきか逡巡する。
ここ、僕のいる部屋は個室であるため他の患者ではなく紛れもなく僕に用があったのだろう。そしてこの病棟には個室は二つしかなくおまけにネームプレートも掛けられているため部屋を間違えたということはまずない。
一応外に出て確認すべきか、いやもし何者かが待ち伏せしていたとしたら。残念なことに相手の力量、獲物が分からない以上無闇に外に出るのは良策ではない。それに今の貧弱な身体ではどこまで持つか……。
だがしかしこのままにして部屋に立て籠るのはどう考えても僕の柄じゃないし、何より気になる。誰かを呼ぶのは流石に申し訳ない。誰か呼んだのに何もなかった、では少々……。
悩むこと数十秒、そろりとドアに身を寄せ外の様子を伺う。近くに人の気配はないようだ。
意を決し、そっと扉を音を立てないようスライドさせる。やはり人はいない。それだけ確認して、ぐいっと扉を全開にする。すると目の前にビビッドカラーが飛び込んだ。
「これは……?」
何もなかったはずの白い床の上には紡錘型の瑞瑞しい檸檬が一つだけ置かれていた。丁寧というか何と言うか、小さな箱の上に置かれレモンイエローに映えるピンクのリボンが結ばれていた。
「……ということがあったんですよ」
「へぇ、そのレモンは?」
「そっちの棚の上です」
ほぼ毎日のように見舞いに来る蓮様に棚のレモンを示す。僕の知らない内にどうやら冬休みに突入してしまったらしい。窓の外は見事なまでの冬景色が続いている。
「何でレモン……?」
「やっぱりそこですよね」
昨日置かれていたレモンは今日も変わらず病室で圧倒的な存在感を放っている。
そもそもレモンは見舞品などには向かない。調理もできないし剥いて食べる訳にもいかないのだ。
「でも何か、こうやってレモン一つだけっていうと不気味だな。梶井基次郎の檸檬を思い出す」
「僕も一番に思いました。冷たい爆弾。新手の嫌がらせですかね?」
「……爆死しろ!みたいな?面倒なことこの上ない嫌がらせだな」
嫌がらせというと悪口の書いた紙とか落書きとか生ゴミを思い出すが、こういう嫌がらせなら歓迎する。非常に面白い。だがレモンから爆弾を連想する小学生が一体どれ程いるだろうか。もしこれが嫌がらせだとするならば完全に自己満足で終わってしまっているだろう。
「人違いとかは?」
「無いと思いますよ。病室の前にはネームプレートがありますし個室も二部屋しかないので。それとこれ、箱のなかに入っていました」
レモンの乗っていた小さな箱はてっきり土台なのだと思っていたのだが、箱の中には手紙らしきものがあった。
「『涼』……これだけだな」
何度も書き直したらしく若干依れた便箋。書いては消してを繰り返されたせいで何を書こうとして止めたのかは定かではない。気味悪い、といってしまえばそれまでなのだが、何となく嫌な感じはしなかった。
「今日、洋書とか鉛筆とかおいてあれば笑うのですが」
「明日は無いことを願えよ」
「暇潰しにはちょうど良いですよ」
クスクス笑いながらひょいと蓮様の手からレモンとり、ゴツゴツとした皮を指の腹で撫でた。
そしてその日の午後、昨日と同じ時間にまた磨りガラスから人影が見えた。じっとドア越しにその影を観察していると昨日と同じようにまたドアにぶつかり音を立てる。彼には学習能力が無いらしい。そして例のごとく慌てたように走り去っていった。
走り去るのを確認した後、少しワクワクしながらドアを開ける。
皿の上に赤く熟れた林檎が一つ鎮座していた。
「今度は林檎か」
「ええ、前回の檸檬とは関係ないみたいです。なかなか面白いと思ったのですが」
檸檬に続き林檎。病室はかなり華やかになったと言えるだろう。また檸檬と関係のあるものでも良かったのだが。
「これは見舞品っぽいよな。割りとメジャーだろ?」
「ですよね。檸檬と箱は妙でしたが林檎と皿は普通ですし」
「いや、そもそも林檎が剥き身で病院の廊下にあることが異常だ。何か感覚おかしくなってきたな。……これは見舞いなのか?本人には会ってないが」
恐らく当の本人は僕にバレないようにしているつもりなのだろう。僕に見られては困るのか?いや、見られて困るならわざわざ見舞いなどに来なければ良い。
「……嫌がらせなら毒林檎、ですかね?」
「白雪姫?王子のキス如きで解毒される毒って何だよ」
「え?あれって人工呼吸だったんじゃないんですか?」
「え?」
「え?」
いい加減耐えられなくなった、好奇心が。見たところ怪しげな様子はないし、危険物でもない。ここは病院だし、万が一ということもないだろう。ワクワクしながら影の来訪を待つ。見つけてどうしよう、というつもりはない。ただ純粋に気になるのだ。一応以前お見舞いに来た瀬川さんから頂いたごくごく普通の防犯ブザーも携える。市販のものらしいので信頼はしている。
昨日、一昨日と同じ時間、例の如く人影がドアに映る。前回、前々回とは異なり、人影が床にしゃがんだ時点で勢いよくガラッとドアを開けた。




