顛末
ライターは何事もなかったかのようにピンをはめられすましていた。ずっとポケットに入れたままだったから傷が付かなかったのだろう。
「本当は使わない方が良かったんだけど、役に立ったかは微妙な所だったネ」
「ええ、微妙でしたね。意識失う直前にパトカーのサイレンの音を聞きましたので。もう少し早かったらなー、と思わないこともないです。当にあった方がいいけど無くてもまあ、って感じです」
僕としては蓮様を逃がした時点で任務遂行って感じでしたけど。ベッドに腰掛け足をプラプラさせていると瀬川さんの気だるそうな顔に少しだけ驚きの色が見えた。
「……もしかしてお嬢ちゃん、自分が意識失った後のことって聞いてないの?」
眼を僅かに瞠らせる彼に苦笑いをおくる。普通なら一番最初に聞くことなのであろうが、そんなことよりも重要なことがあったので聞き損ねていた。というのも、
「いえ、意識無いときの家族の様子とかは聞いてるんですけど、犯人がどうなったとか、捕まったとかいう話は一切聞いてないです。……聞こうと思ってその話題をちらつかせると皆全力で話題を換えにかかるので聞けずじまいです」
そう言うと納得したような困ったような顔をされた。大方事の次第を言ってしまうべきか否か、図りかねているのだろう。
「……ま、その内聞けるかもね?どうしてもっていうならおじさんが教えても良いんだけど?」
「あ、いや別にそこまで」
「あっはっは、ドライだねー。……ところで話は変わっちゃうんだけどさ、」
カラリと笑った後に微妙な表情を浮かべる彼に首を傾げる。
「君の主人、蓮クンに何か吹き込んだの?」
「吹き込んだ、とは?」
色々と話してしまった上に感情も昂っていたため、失言をしたか不安になる。何か不味いことを口走ってしまっただろうか。
しかし瀬川さんの顔つきを見てそれが杞憂であることを瞬時に悟る。この顔はあれだ。以前神楽様の愚痴、否相談をしたときの顔だ。まず間違いなく神楽様関連なのだろう。
「いや、さ。最近御曹司様が一人で百面相してんのよ」
「……ここの病院の10階は確か精神病棟です」
「真顔ヤメテ。で、ちょいちょい探りいれてたらどうやら蓮クンが御曹司様にコンタクト取ろうとしてるみたいでサー」
全くどういう風の吹き回し、ほとほと理解できないといった風な彼に少しだけ口角が上がる。蓮様は不承不承ながら連絡を取ってみたらしい。その成長がほほえましい。
「それで、神楽様のご様子はいかがでしたか?」
あの人のことだから周りには気づかれないようにしつつ喜んでいると思ったのだが。予想外に瀬川さんは顔をしかめた。
「それがさ、ほら前までお嬢ちゃんの携帯に連絡入れてまで接触しようとしてたデショ?だから相当構うんだろうな、とか思ってたんだけど。最初の頃こそ馬鹿にしながら携帯眺めてたから多分挑発してたとは思う」
ここまでは予想道理なのだが、どうやらそれだけではないらしい。自然こちらも身を乗り出すようにして続きへ耳を傾ける。
「でもそんなのも最初の一日二日位で、とうとう最近携帯の呼び出しがある度、っと、御曹司様は蓮クンからの着メロをわざわざ設定してるんだよ。一日に何度もメール来るみたいでさ。呼び出しある度に恐る恐る画面を立ち上げて来たメールを何度も読み返してるんだよね、神妙な顔で。正直あの人の神妙な顔とか面倒事しか思い浮かばないから放置してたんだけど、なんとなしにさ、ちょっと茶化してみたら急に真顔になっておじさんに聞くんだよ」
『すいません、例え話なんですが。もし、もしもですよ?今まで疎遠になってて尚且明らかに嫌われてた年の離れた弟から突然連絡が来て、突き放しても突き放してもなんか今までになく素直に、普通の、日常会話を求められたらどうします?あ、これは別に例え話ですから。現実にいる人の話では決して……、』
紛れもなくあんたのことだろ。
「それはまた……、」
何と言うか、兄弟関連では挙動不審になるのは同じらしい。にしても、あの神楽様が瀬川さんに助言を求めるなんて余程パニックに陥っているらしい。
「もうね、携帯が鳴る度に肩揺らして、挙げ句メール読みながら百面相、もしくは嘲笑と喜びと戸惑いが綯い交ぜになった微妙な顔するんだよ。本当に薄気味悪くていけないネ。それをほぼ一日中見せられる俺の気持ちにもなってもらいたいよ。そう、それで何か赤霧のお嬢ちゃんが蓮クンに吹き込んだんじゃないかって思ってさ!」
なんとかしてほしいと言わんばかりの勢いに眉が下がる。
蓮様は僕のいった通り根気強く吐かせようとしてくれているらしい。瀬川さんの話を聞く限り、やはり神楽様も戸惑い尚且つ瀬川さんに助けを乞うレベルであるようなのでもう一押しなのではと、ここにいない蓮様に無言のエールを送ろう。
「まあ色々と吹き込んだ、というのはあながち間違いでは無いのですが、なんか外聞悪い言い方ですね。特に悪いことは言ってませんよ?もう少しあの二人が仲良くしてくれたらなーっと思い話しただけですし」
瀬川さんもあの二人が会う度にピリピリしてて胃に負担かけるより良いとは思いませんか?と言うとなんとも言えない表情を浮かべる。まあ言わんとすることは分かるのだが。
「本当に、あの仲の悪かった兄弟に連絡を積極的に、自主的にとらせるって……いったい何を吹き込んだんだか……」
「企業秘密です」
言うつもりはないとはっきりと言い切ることでこの話は終わりと蓋をさせる。これはおいそれと人に話すべきではないと僕は考えている。そんな僕にもただ笑うだけで追及しない彼はやはり誰よりも大人なのだろう。
カラリと笑うがふと思い出したように僕に言う。
「嘉人さんや光さんがお嬢ちゃんに伝えてないからおじさんから言うのはどうかとは思ったけど、子供とはいえ君は当事者だし何より話を聞くだけのことはした。俺の個人的な判断だけど、今回の顛末を聞くかい?」
口許こそ緩めているが眼は笑っていない。
僕自身先程適当に流していたが気になっていないかといえば嘘になる。あの場にいた四人中二人は僕が潰し、一人は仲間割れ、最後にいた警棒の男がどうなったまでは知らないし、軽自動車に乗ってた方の奴らは途中でいなくなってしまった。また狙われては厄介なので出来れば捕まっていて欲しいのだが。
「……お願いします、聞かせてください」
改めて頼むと我が意を得たりと口角を上げてゆるゆると話し出した。
「とりあえず、警察が来た時点であの場にいたのはお嬢ちゃんと刃物を持った男。男はその場で取り押さえられ現行犯逮捕。因みに強かったみたいで駆けつけた警官も負傷してる。で、取り押さえたあとは救急車が呼ばれて、気を失ってた他の三人は搬送先で事情聴取後の逮捕。その犯人達の供述から軽自動車で逃亡した共犯者三人も芋づる式に逮捕。以上だね。質問はあるかい?」
とうとうと語る様子に少々気圧される。無駄のない話し方である。
だがその無駄も誤魔化しもない喋り故、やはり気になるところがある。
「……その捕まった七人には依頼主がいますよね?」
そう低く問えば眠たげな眼が見開かれる。その様子を見るに、やはり僕が聞かなければ話すつもりはなかったのだろう。両親や白樺の人ならこちらもある程度気を遣い言及しないのだが相手は瀬川さん、彼が話始めた時点で遠慮する気は毛頭ない。
「……気づいてたんだね?」
「気づいてた、というよりも彼らは僕たちの前でべらべらと話してましたから。誰かに頼まれたってことと、しっかりとした情報交換は行われておらず金のほしい者、犯罪をしたい者の寄せ集めってことは分かりました」
彼らの話を思い出しても、肝心の標的の姿でさえまともに把握しておらずしっかりと練った計画にはとても見えなかった。
「流石、完璧の回答だね。……そう、結局犯人たちも依頼主についてはほとんど知らなくてね、警察は依頼主を特定できなかった」
「……警察は?」
明らかに引っ掛かる物言いに眉を寄せるも、瀬川さんは変わらず口元だけ微笑ませるだけだった。
言わなくてもわかるだろ?という笑み。
「ま、知らない方が幸せってこともあるんだよ!」
「……それもそうですね。話してくださりありがとうございました」
「いえいえ……お嬢ちゃんはもっとワガママいっても良いんじゃないかな?」
そういいながら自然に僕の頭を撫でる。今日はいつかのように避けることはなくされるがままになっていた。
「僕は一つだけですが大きなワガママを言い続けてますから」
「そのワガママもまた真面目なんだもんなー」
立ち上がり手に持っていたコートを広げる。そろそろ帰るらしい。話し込んで長居させてしまったことを反省するが、彼との話は楽しかったため後悔はしていない。
「今日はわざわざ来ていただきありがとうございました」
「相変わらず堅苦しいなぁ……あ、そうそう一つ伝えておくよ。三日前に会社、White birchが一つの中小企業を取り込んだんだ」
「中小企業……?」
さもなんでも無さげに言うが、穏やかでない気がする。
「そう、近畿を拠点にしてた観光会社なんだけど、どうやら勝手にウチをライバル視してたみたいでさ。観光業として商売敵ではあったけどウチの足元にも及ばない、浅井ツーリストっていう、あ、やっぱり知らないよね。正直放って置いても良かったんだけど西日本への足掛かりにって感じで取り込ませてもらったんだ。ウチのメインは貿易で、観光についてはサブで手を伸ばすのにもちょうど良かったからね」
「……」
「ただ社員のほとんどは解雇せずそのまま継続して雇い続けて、上役だけ総入れ替え」
何となく話の筋が分かり姿勢が自然よくなる。
「で、しかもさ、その上役のなかでも社長、会長と秘書が行方不明になっててさ。まあもといたその社員たちからの支持もないし、ここ数年業績も悪化の一途だから引き継ぎが終わった今、特に無理矢理探し出す理由もないから放置して警察に任せてるんだけどね」
背筋がヒヤリとした冷たさが駆ける。恐らくその人たちは皆、件の立食会に来ていたのだろう。こちらに挨拶はせず遠くから眺めて。
「まだ見つかってないらしいよ」
「……それは、気の毒ですね」
「ま、一つだけ言っておくとすれば、」
「やっぱり『白樺』って怖いねぇ」
「……全くですね」
笑顔でそう言い残し病室を去ろうとする彼に、僕は辛うじてそう返した。




