さあ僕らの話をしよう
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引き寄せた蓮様の背中を撫でる。それは蓮様を落ち着かせるためであり、僕自身を奮わせるためでもあった。
大丈夫。何も考えなくて良い。
僕はあるがままを話すだけだから。
「……何から話せば良いのか纏まりませんが、とりあえず僕の知っている限りを話します。そこには何の脚色もありません。全てが事実です。聞いて、そして知ってください」
そう言うとピクリと身体が震えたので僕はまたそっと撫でた。
「初めて貴方とあったのは、僕らがまだ三歳のときでしたね。お側付きとして顔を会わせるのにはあまりにも時期尚早でした。……時期を決めたのは嘉人様です。嘉人様は貴方のことをとても心配していらっしゃいました。身体も弱く表情も薄い、滅多に笑顔を見せない。……そして兄や親である自分たちにまで遠慮している節がある。さらに幼くして既に自らの死を認識していることを不安に思ったことでしょう。でも自身は多忙で会いに行くことはあまり出来ず、会ったとしても蓮様の体調を慮り遊ぶことも出来なければ雄弁でもない。そこで嘉人様は同年代の子供を側に置けば何か変わるのではないかと思い、僕らを引き合わせました。しかし、これは雲雀様から伺ったのですが、当初僕の父は反対したそうです」
居心地悪そうに身動ぎする蓮様をトントンと叩く。いった通り聞いてくれているらしい、と思い一息つく。
「まだ年端も行かないような子供に主従であることを仕込むのは良くない、未来を奪ってしまうようなものであると。……それでも嘉人様は頼んだそうです。ただ会うだけで良い、少し話をするだけで良い。そしてあの日僕らは顔を合わせることになったそうです。もっともそれのおかげで貴方が変わったかは貴方しか知りません」
どうでしたか、とは聞かない。蓮様の自然僕の右目上あたりに向けられ思わず少し笑ってしまった。いったん蓮様の身体から手を放す。きっともう逃げようとはしないだろう。臆病ではあるけれど律儀であるから。開いた左手でわずかに目にかかっている髪を掻き上げて傷は残っていないと示すと目に見えてほっと息をついた。
「……聞いてもいいか?」
「ええ、僕に答えられることなら何でも」
少し躊躇うように目を泳がせるがまた左手で頭を撫でるとしっかりとこちらを見据えた。
「涼は、あの時会って良かったと思ってるか?もしあの時会うのを断ってたら、お前はお側付じゃなかったかもしれない」
「僕は良かったと思っています。あの日貴方と会うことができて、僕もまた……変わりました」
「そう、か……」
もう少し言いたいこともあるが、今はとりあえず話を聞いてもらうことを優先しているので後に回しておくことにする。
「あのあと、僕はお側付になることを決めました。それから僕は雲雀様ともお話をしました。雲雀様は僕が貴方のお側付になることを不安に思っていらっしゃいました。お側付は大切な役目、それを初対面でなることを望む幼い女の子というのは全く、今の僕から見ても不安要素しかありません。僕の両親からの打診があったというのも一つの理由でしたが彼女は心から心配していました。僕のことも貴方のことも」
またそっと頭を撫でた。彼らの思いを何かと足りない僕が代弁するのは畏れ多くありとても緊張するものだ。側にいたとはいえ、人の見ているものやそれに含まれる意のすべてを知りえることはできない。だが烏滸がましいとは思うものの、僕は彼にその全て、否僕の知りえる全てを欠かすことなく伝えたい。
「これは僕の推測も混じりますが、少なくとも客観的に見た話をさせていただきます」
「正式に僕がお側付になってから、幾度となく嘉人様とも雲雀様ともお話をさせていただきました。その日貴方と何をしたか、何を話したか、どんな様子であったのかを、逐一」
二人とも過剰ともいえるレベルで知りたがった。余すことなく。それなのに二人は彼と直接話したり話を聞いたりということをしなかった。
そんなに気になるくらいなら自分で話に行けばいいのでは、と遠回しに伝えたことも何度かあったが二人はいつも困ったように、悲しそうに笑うだけ。笑っているのに今にも泣きだしそうな。
「いつも貴方のことを気にしているのに、何かと理由をつけては離れに行くことを避けていました」
そう言うとわずかに顔が歪められる。それを見て自分の眉が困ったように寄せられるのを感じた。何か言うかと身構えたが、彼は何も言わずに先を促すように僕を見た。
「僕にはそれが分かりませんでした。……でも数か月もするとなんとなくそれが見えてきます。身体が弱く、いつも死の淵に晒されているような状態で達観したように自らの死を語る貴方のことが……怖かったんです」
「いくら貴方が辛くても、当人以外にそれを理解することなんてできない。二人も少しだけでもと、理解しようと励まそうと努力したのでしょう。それでもそれは叶わなかった。いつも貴方は何も感情がない様な、諦めたような目をしていました」
僕が初めて会った時のように。
あの時の嘉人様の話を思い出しても、あの様子が彼の常でありそれを変えることができないと半分諦めた風でもあった。あの時すでに嘉人様や雲雀様はできる限りをし、そして自分たちにできたことは、できることはない。そう思ってしまったのだろう。そしてあの無機質な赤い目を見るたびに自分の無力さを知り、罪悪感に身を苛まれる。
「お二人は自分たちにできる限りをして、そして自己嫌悪を感じていた。貴方がいや、貴方に会うことが怖かったんです。自分の不甲斐なさを知ることが、手の届かないことが、これ以上貴方を傷つけてしまうことが」
ふわふわとした髪を抑えるようにして指で梳く。
「愛してた。でもそれゆえに貴方を傷つけることを極端なまでに恐れて会いに行くことすらままならなかったんです」
愛して、愛して、愛して、でもそれはその一欠片でさえも彼の胸に届くことはなかったように感じられたのだろう。自分たちを映す赤い双眸はまるで、何か自らの過ちを糾弾するようで。
「……しかもほぼ初対面であった僕の前では笑うのに、自分たちの前では笑わない。やはり何かを間違えてしまったのだろう、そう思われたでしょう。でも自信をもって自分は正しいって思えるような案はない。どうすれば貴方が喜んでくれるか、何をすれば貴方は笑ってくれるのか。そればかりで……、」
「そんなッそれじゃあ……、」
黙って聞いていた蓮様がばっと顔をあげ目を見開く。
いつの間にか僕の青い患者服を握っていた蓮様の手に力が込められ、微かに震えた。
「……それじゃあ、俺が勝手に勘違いして、勝手に我が儘言って……馬鹿みてえじゃん……!」
身体を震わせ声を絞り出す蓮様を見て、本当に言って良かったものであっただろうかという考えが頭を過るがすぐに打ち消し抱き寄せた。そっと背中を落ち着かせるように撫でる。動かすことのできない右腕がもどかしい。
「……仕方ないんです。仕方なかったんですよ、全部」
「そんなことッ、俺がもっと早くちゃんと話してれば、」
「仕方ないんですよ、お互いに。皆して不器用で、臆病で、大切で。だから仕方なかったんです。『もしも』だなんて仮定の話は何の役にも立ちません」
一定のペースであやすように背中を擦る。抱きつかれている身体の節々が痛いことはこの際忘れておこう。
「……あのさ、」
「はい」
「俺……しっかり父さんとか母さんとも話がしたい……けど、」
「はい」
「……まだ間に合うと思うか?」
躊躇うように絞り出された言葉と不安げに歪んだ顔に腕の力を強くする。
「大丈夫、きっと大丈夫ですよ。嘉人様も雲雀様も喜んでくれます。是非僕の口からではなくお二人の口から聞いてください」
「なあ、涼……ごめん」
「……何がですか?」
そういうと少しだけ肩が揺れる。一体何について謝っているのか心当たりが多すぎて分からなかっただけで他意はないのだが彼はそうは取らなかったらしく、もしかしたら怒っている風に聞こえたかもしれない。
「迷惑かけて、ごめん」
「別に迷惑だなんて思ったことは一度たりともありませんよ」
白い髪を少し強めにくしゃりと撫でるとはにかむように笑うので自然僕の頬も弛む。
「……それで、ですが。貴方は神楽様が苦手ですか?」
「苦手だ、気にくわない、腹立つ」
唐突に出てきた名前にキョトンとしたあとに何を言ってるんだとばかりに眉が寄せられるので苦笑いがこぼれた。ほとんど会ったことないのにどんだけ嫌われてるんだあの方は。
「神楽様も神楽様なりに色々考えてらっしゃるんですよ」
「アイツが?……お前とそういう話をしてたのか?」
更に寄せられる眉間の皺を人差し指で解してみる。
「直接的に話をしたわけではありませんが、節々から……。神楽様とも話し合ってみてください。ただ神楽様のことですから最初は挑発と嫌味のオンパレードだとは思いますが、根気よく向き合えば吐きますよ」
「吐かせるのかよ……。……善処はしてみる」
彼なりの譲歩とみて良くできましたと頭を撫でる。
神楽様は絶対に自分からは言おうとせずはぐらかし続けようとするだろうが、十中八九蓮様の頼みなら断らない。本心では年の離れた弟が可愛くて仕方なく、同時にどうしようもないほどの罪悪感を抱えている。
本来見られることのないだろうと宛てられた一通のメールを思い出し、どうかこの子にもその一端だけでも伝われば良い、そう思いまた頭をかき撫でた。
『蓮、ごめんな。』
不器用で優しすぎる兄からのメール。
読まれることのないそれは、きっと懺悔のようなものなのだろう。
そのうち神楽様のことも書きたいなー……と思う今日この頃です(´・ω・`)




